268 ギルドマスターはメンバーをトレードします
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関東エリアにあるエリアダンジョン 【東京砂漠】。
その地下にある巨大迷宮で、迷っていたギルド 【アタッカーズ】 の主催者ロクローさんを無事回収。
世に地図の読めない女の人は多いと聞くけれど、ロクローさんは男の人だけれど酷い地図音痴の方向音痴。
けれどその自覚が全くないのか、自力で目的地に辿り着けると主張してメンバーたちを困らせる人。
わたしのイメージでは落ち着いた感じの人だったんだけれど、実際はかなり自己主張の強い人だった。
個性的
そんなロクローさんを回収したムーさん、トール君と合流したのは 【東京砂漠】 に蜘蛛の糸を採取しに来た 【アタッカーズ】 本隊の待機場所。
あらトール君、無事だった?
「はい、俺はなんとか」
それはよかったわ……と安堵したのも束の間、誰かが合図を送ったわけでもないと思われるんだけれど、一斉に 【アタッカーズ】 のメンバーが跪くの。
だからそれをしないでってば!
ここは 【東京砂漠】 の地下巨大迷宮の中。
普段でもそこら中にNPCがウゴウゴしているのに、今日は悪意のあるプレイヤーのせいでいつも以上に繁盛してるんだから。
すぐにでも動けるように備えて頂戴。
「御意!」
だから御意じゃないわよ、御意じゃ!
ほらロクローさんも、すぐに立ってパーティ分けして頂戴。
「おや、君はロッ君じゃないか」
わたしのすぐうしろから、周囲を警戒する脳筋コンビが 「げ」 と声を上げて迎えるのは不破さん。
もちろん 【特許庁】 の不破さんよ。
他のメンバーはどうしたのかと思ったら、それぞれに 【東京砂漠】 に入ったから、それぞれで来るだろうって笑っている。
うん、まぁ一緒に入ってもバラバラに落とされる仕様だからね。
でも蝶々夫人とか、いいわけ?
「蝶々夫人ですか?
攻撃手段はありませんが、あの人、死にませんから」
そうなんだけど……心配して迎えに行くのかと思ったけれど、行かないのね、不破さんってば。
「串カツがクズ連れて行ってます」
そう言って自分のインカムを指さす。
つまり、そういう連絡が来たのね。
離れすぎていてエリアチャットは通じないし、かといってギルドが違うからギルドチャットも通じない。
だから 【特許庁】 内で交わされる会話は全くわからない。
当然ウィンドウを見せてもらわなければ、メンバーの所在もわからないんだけどね。
不破さんの話では、参加してくれる 【特許庁】 の他のメンバーも、とりあえず最初の難関である大蟻地獄の巣を無事に脱出。
全員で不破さんの位置情報を目指して集まってきているらしい。
それなら手っ取り早くパーティ分けをして頂戴。
「よかったら俺、そちらに入れていただけませんか?」
ロクローさん指導で 【アタッカーズ】 も早速パーティ分けを始めたから、それぞれ準備が出来たら始めましょうと話している最中に唐突な不破さんの申し出。
せっかくだけれど、【素敵なお茶会】 は丁度五名でパーティを組んでいるから空きがないの。
「あっらー、だったら……トール君だっけ?
あなた、わたしたちのパーティに入りなさいよ。
不破とトレード」
足場の悪さもなんのその。
その高いピンヒールをカッカッカッと鳴らしながら闊歩してきた蝶々夫人は、わたしたちに声を掛けながら悩殺ポーズを決める。
今日は一発で決まったらしい。
いつものことながら、素晴らしい体幹と見事な脚力よね。
砂漠さえもそのヒールって、本当に凄いわ。
「そこ、褒めるところじゃないから」
ボケたつもりのないわたしに突っ込みを入れたカニやんは、わたしの襟首を掴んで脳筋たちのほうに放り投げると、不破さんと蝶々夫人に突っかかる。
「魂胆丸見えだから。
旦那の不在中になに考えてんすか、あんたらは」
「寝首を掻くわけじゃあるまいし、お堅いわねカニやんってば」
「俺だって討ち取って堂々と頂きたいですが、あの人は手強い」
「んなこたぁわかってることでしょ」
んー……これはなんの話?
勢い余って柴さんにぶつかったわたしは、そのまま見上げるように背後で背を支えてくれる柴さんを見る。
「知らぬが仏だな。
ちゃんと立てよ、そこに大毒蜘蛛がいる」
それはまずいと思って柴さんの手を借りて自立したら、あっと言う間にパーティ分けを終えた 【アタッカーズ】 のメンバーが狩る。
糸が欲しいメンバーがいるらしいから、今日は積極的に攻めることになっているらしい。
むしろメンバー内でも争奪戦らしい。
なかなかの向上心ね。
一方でカニやんと 【特許庁】 の二人はまだ揉めていた。
「旦那にバレたらまた揉めますよ」
「百も承知」
「バレなきゃ大丈夫でしょ?」
「蝶々夫人、それは絶対に無い。
バレる」
「あら、そう。
じゃ、明日からはしばらく用心するわ。
でも不破、あんたも今回だけだからね」
「もちろん」
「我が儘なんだから」
「だからって、あんたも手を貸すなよ。
だいたいトール君とグレイさんがなんていうか」
渋るカニやんの言葉に促されるように三人がトール君を見ると、突然注目されて焦るトール君。
こういう時にとっさに対応できないのがトール君で、剣士としてはどうなのかちょっと心配になる。
でも何も考えていないわけじゃない。
「俺はいいですよ。
違う人も見たいですし。
ノーキーさんと串カツさんもトップランカーじゃないですか」
…………まぁトール君がそう言うならいいんじゃない?
最終的に意見を求められたわたしが了承して、トール君と不破さんのトレードが成立する。
トール君が入るのは蝶々夫人をリーダーとするパーティで、他のメンバーはもちろんノーキーさんと串カツさん。
五人目には誰が入るのかと思ったら、近くでずっと話を聞いて名乗り出るチャンスを狙っていたバロームさんが立候補。
「はい、はい!
マダム、わたし入ります!
入りたいです!」
まぁ積極的ね。
ねぇバロームさん、いっそノーキーさんなんて振っちゃってトール君に乗り換えない?
冗談半分だったけれど、半分は本気だったわたし。
トール君は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていたんだけれど、バロームさんは蝶々夫人からパーティに勧誘されて万々歳で華麗にスルー。
ノーキーさんと同じパーティに入れて、そんなに嬉しかったのね。
わたしの声なんて聞いちゃいなかった。
頑張ろう、トール君。
「はい」
ノーキーさんは好き勝手行っちゃう人だから、くれぐれもはぐれないようにね。
蝶々夫人、よろしく。
「任せなさいって」
じゃ、始めましょうか。
お掃除隊は 【素敵なお茶会】 から1パーティ。
【アタッカーズ】 と 【特許庁】 が2パーティずつの参加で、合計5パーティによる大掃除よ!
この地下大迷宮は三層に分かれているからもう1パーティ欲しいところだけれど、残念なことに 【暴虐の徒】 とは連絡がとれず。
そして状況的にたぶん、セブン君を筆頭に 【鷹の目】 のメンバーは雲隠れしていると思う。
しまった!
誰かにマメの監視をお願いしておくべきだったわ。
信用がないわけじゃないけれど、そもそもなにを考えているのかわからないのよね、あの子は。
「それを信用がないっていうんだよ」
なるほど、そっか。
わたしたちのパーティは先頭を脳筋コンビに走らせ、中盤に私とカニやん。
そして殿に不破さんが付く。
トール君と不破さんが入れ替わることでこのパーティだけが際立つ重火力になってしまい、単独で二層を担当することになった。
一層と三層を2パーティで担当してもらい、二層でなにかあった場合、どちらの層からでも応援に来てもらえるようにという配置。
それこそこの火力なら、タランチュラが謎の大量発生でもしない限り 「なにか」 はあり得ないと思う。
タランチュラの主な出現位置は大毒蜘蛛の巣近くだけれど、必ずしもそうとは限らず、各層に一体ずつしか出現しないとか、そういう法則というか、規則も存在しない。
つまりどこにでも出現する。
極めて近い位置に時間差で出現したりね。
だから油断は出来ない。
巨大地下迷宮に散っていった5つのパーティ。
【アタッカーズ】 の本隊が待機していた一層からそれぞれ担当する層へと散っていったんだけれど、人数が人数だからその足音が洞窟内に響く。
その音がどんどんばらけてゆくんだけれど、不意にどこからか聞こえてくる陽気なサンバホイッスル。
続くのはもちろんノーキーさんの怒声。
「るん、うるせー!!」
今日もちゅるんさんのご陽気なサンバダンスが炸裂してるらしい。
一層の担当は 【特許庁】 だからすでにお掃除が始まっていて、ずっとこの調子なんだと思う。
「あの人、あれでもランカーなんだよな」
ちゅるんさんはもう一つある 【特許庁】 パーティのリーダーです。
たぶん 【特許庁】 でも群を抜く個性的な人だと思うけれど、ランカーで結構な火力の持ち主。
一応不破さんも認めているらしいから……もう一つのパーティのリーダーを誰にするかって話になった時に、当たり前のように不破さんがちゅるんさんを推薦していたの。
だからまぐれランカーなんかじゃないと思う。
ちなみに火力と諸々の都合でローズは不参加です。
本人は 「虫が嫌い!」 と言っていたらしいけれど、嘘か本当かは不明。
「ところで 【鷹の目】 がどうかしたんですか?」
不意に不破さんが、わたしとカニやんのあいだから話しかけてくる。
これはさっきの、マメに監視を付けておけばよかったっていう話の続きね。
わたしたちのあいだでは終わったつもりだったから、不意に蒸し返されてちょっとびっくりした。
「不破さん、素材の高騰は知ってます?」
カニやんの問い掛けに、不破さんは 「ああ」 と答えながら横から出て来た大毒蜘蛛を斬り払う。
自分のじゃないけど、屍鬼で蜘蛛を斬らないで欲しい。
なんか嫌!!
もちろん口に出して不破さんに訴えたりはしないけどね。
続くカニやんの話を聞いて、不破さんは 「またあいつらは」 と呆れている。
【特許庁】 も生産職のカジさんを抱えているから、素材の高騰は他人事じゃないでしょうね。
「カジ?
ああ、あいつはいいんです」
どういうこと?
ギルドに所属している生産職なのに、その扱いはなにかしら?
みなさん、ずいぶんと難儀な注文をわんさとしておいて、そんなぞんざいな扱いをしていいの?
「あいつは素材の持ち込みしか受けないんですよ。
自分では採取にいきませんし、滅多なことじゃ無人バザーにも行きません」
ずいぶんな物臭ね。
「グレイさんはあいつのアバターのことは?」
年齢を誤魔化しているというか、逆サバのこと?
オプションでわざと皺とか付けて、職人気質の玄人ぶってるんでしょ?
「ご存じなら話が早い。
動きとかもオッサンぶってるのに、素材の採取でシャキシャキ動いたら台無しでしょ。
だから基本、店からも出ません」
………………【特許庁】 って本当にわかんない!
もちろん理解する気ははじめからないんだけれど、ちょっとだけ……本当にちょっとだけ 【特許庁】 のメンバーの職業を、ここの運営じゃないかと疑ってしまった。
だって演出が過剰すぎるんだもの。
「ただあいつもサブ垢を持っていて、そっちの時は普通ですよ。
店が暇な時はそっちで採取に出て、一応貯蓄してるんじゃないですか?」
そうなんだ。
わたしはこのアバターしか持っていないけれど、結構別にアバターを持っている人っているのね。
「俺もこれだけです。
それにしても 【鷹の目】 の連中は……」
あ、待って待って。
それはわたしたちの勝手な予測だから。
まだ確定じゃないし、確かめようもないし。
「そうでしたね。
でも、素材の高騰に一石を投じるいい方法を思いつきました」
ん? なに?
ちょっと不破さん、例の悪い顔をしたわよ。
本当に一瞬だったけれど、あの悪い顔をして何を企んだの? ……ってしつこいくらいに訊いたんだけれど教えてくれない。
「明日にはわかりますよ。
気が向けば 【素敵なお茶会】 も協力して下さい」
内容によりけりだから教えて下さい……と粘ってみたけれど、いつもの妖艶な笑みで誤魔化されてしまう。
ヤバい、顔が赤くなる……。
でもこの顔を一瞬で蒼白にしてくれる事態が起こった。
二層に下りて、いくつかの大蟻地獄の巣を掃除しながら話していたんだけれど……けれど……
これ、なに?
卵から孵化した大蟻地獄の幼虫がすっかり成虫になって、新たに卵から孵化した幼虫とで巣が一杯一杯の満杯。
もりっもりに溢れちゃって、山から崩れる瓦礫のように一体、また一体と大蟻地獄が巣から転がり出てくる。
満員御礼よ
すかさず柴さんとムーさんが転がり落ちてきた大蟻地獄や、仲間に蹴り出された幼虫を斬り落とす。
わたしとカニやんで大蟻地獄の成虫幼虫ない交ぜ団子を焼き払い、そのあとに出てくる卵を三人の剣士が鈍器に持ち替えて潰す。
この状態じゃ卵は隠れて見えないし、魔法攻撃は無効だから一緒に溶かせないからね。
ここに来るまでにその方法でいくつかの巣を掃除してきたんだけれど、今回はちょっと勝手が違った。
大蟻地獄の山の上に、それこそ御山の大将よろしくタランチュラが君臨していたの。
どうしてそこにいるのっ?!
昆虫王国万歳!!