261 ギルドマスターは恩を仇で返します
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ノギさんの提案で、ノーキーさんが不破さんの屍鬼を借りてクロウと再び屍鬼対戦。
この不破さんの屍鬼は元々ノーキーさんの物で、その扱いに惚れたとかなんとか気障なことを言って不破さんに譲った。
でもそれ以前はクロウもノーキーさんも屍鬼を装備していたから、二人が大剣に持ち替えて以来の屍鬼対戦が始まろうとしていた。
しかも不破さんとノーキーさんのあいだで、もしノーキーさんが負けたら全額ノーキーさん持ちで屍鬼を修理してから不破さんに返す。
逆にノーキーさんがクロウに勝ったら……確率は極めて低いみたいだけれど、それでもノーキーさんがクロウに勝てたらノーキーさんは屍鬼を折れるまで酷使していいし、その修理とノーキーさんの大剣の修理費まで全額不破さんが持つという賭けが取り交わされた。
だけど、転送を見送った不破さんったら
「これで修理代が浮いた」
それってつまり、ノーキーさんの負けを確信してるってことよね?
ちょっと酷くない?
本心はこの際どうでもいいけれど、せめて上辺くらいは取り繕ってよ。
上っ面だけでも応援してあげて……って思うんだけれど、串カツさんに笑われた。
「【特許庁】 はこんなもんだから。
特に不破は酷いですけどね」
「お前こそ素に戻ってるぞ。
ほら、彼氏が押されてるぞ。
声援送ってやれよ」
「送っても聞こえねーよ。
お前こそ、愛しのギルマス様を応援してやれよ」
「バロームじゃあるまいし。
揃いも揃ってくそキモいもの見せやがって」
「なんだ?
羨ましいのか?
でもノーキーは譲ってやらねぇよ。
まだ初日だからな」
「やってろ、クソ」
やっぱりなんだかんだいって仲がいいのね、【特許庁】 も。
それにしても不破さん、【特許庁】 内じゃずいぶんと口が悪いのね。
でも今回は、そもそもの原因がクロウにあるのよね。
本当にごめんなさい。
明日から三日間出張で遊べないからって、何を考えているんだか。
まるで子どもみたい。
「あんたのほうが子どもじみてるけ……クロウさんが出張?」
け……?
わたしを馬鹿にしようとしたカニやんは途中で何かに気づき、変なところで言い掛けた言葉を切り、続きを変える。
うん、言ってなかった?
「聞いてない。
そういうことはもっと早く言ってくれないと……」
困るってカニやんは嘆くんだけれど、そんなに困ることじゃないと思う……というか、何が困るのよ?
「誰がグレイさんのお守りをするんだよ?」
いらないわよ、子守なんて。
わたしは自立するって決めたの。
成人女子として立派に自立するんだから!
「カニやんがしてくれるんじゃないのか?」
…………ノーキーさんてば、あれだけ大見栄張って転送されていったくせに、情けないくらいあっさりとクロウに負けた。
そして余裕で勝ち戻ってきたクロウの言葉に、カニやんは心底嫌そうな顔で返す。
「俺一人で?」
それを聞いて、インカムの向こうからトール君の呼び掛けがある。
『カニやんさん、よかったら俺も一緒に』
『あ、俺も。
グレイさんに相談があったんで』
「お、いいねぇ。
んじゃ俺も」
「もちろん俺も」
いつもの申し訳なさそうなトール君の申し出にキンキーが続いたら、脳筋コンビまでが乗ってきた。
キンキーはまるでもののついでみたいな感じだったけれど、そこは聞かない振りをします……じゃなくて! だからわたしは自立するって言ってるじゃない。
聞いてる?
肝心要なところを揃いも揃ってスルーしないで。
三日間ぐらい、ルゥと二人で遊びます。
地下闘技場はプレイヤーが密集しているし、ノギさんやノーキーさんとかがいて危険だから腕輪で休ませることにしたのはいいけれど、結局この日はルゥをこのまま出し忘れてログアウトしちゃったけど。
ログアウトのためギルドルームに戻る途中でりりか様のお店に寄り、損耗回復をした屍鬼はまたわたしのインベントリへ。
もう一本の屍鬼を使ってクロウと対戦したノーキーさんは、「剣が軽すぎる!」 と負けた言い訳をしていた。
大剣とは全然重さも違うらしいし、ノーキーさんは本当に久しぶりだったものね。
もちろんクロウも屍鬼を握るのは久しぶりだったけれど、その前に一戦していたからちょっとは感覚が戻っていたかもしれない。
でも勝負は時の運だって重要なの。
負けは負け
ということで賭に負けたノーキーさんは、削れまくっていた屍鬼の耐久損耗を修復してから不破さんに返したらしい。
後日その話を聞いた時、結局クロウに屍鬼の修復費用を払わせてしまったことに気づくとか……わたしもとんだうっかりさんだった。
うっかりついでに翌日のログイン時、ルゥを落っことしてしまった。
ごめんっ!!
腕輪から出したルゥは、中空にポンッと出現する。
いつもはそれをキャッチして抱っこするんだけれど、この日はうっかりタイミングが合わず落としてしまった。
自分でもどうしてこうなったのかわからないんだけれど、気がつくとルゥを抱き留めているはずの両腕は空っぽで、わたしに抱きつくつもりでいたルゥはお尻から床にポテッと着地。
尻餅をついた状態で何が起こったのかわからない様子。
慌てて抱き上げようと腰を屈めたところ、ルゥはルゥで、自力で飛び込もうとしたらしく力強くジャンプ。
ええ、久々にやられたわ。
顎が砕ける……
ぐ、ぁ……ぁ……ぁ~
下にズボンを穿いているとはいえ、スカートの裾が捲れ上がっていることにも気づかず、痛みのあまり床をのたうち回ってしまった。
あ、顎……顎が……ぁ……
だってルゥは、とっても可愛いけれどこのゲーム最強のNPC 【幻獣】。
その高STRも高VITも伊達じゃない。
いつもプレイヤーを噛む時は加減をしているようだけれど、どうしてわたしには加減してくれないの?
それともこれで加減してくれているの?
だとしたらルゥの本気は、紙のようなVITしかもたないわたしが相手じゃ、顎を砕かれるどころか頭蓋骨を粉砕されるレベルね。
あるいは全身バラバラ……殺人?
あら、ミステリーっぽくなってきた。
もちろん目下の事件というか、問題はわたしの顎が無事かどうかってことだけど。
痛い……
涙が出るくらい痛い。
しかもルゥってば、飛び上がった時にこう……なんていうのかしら。
ちょっと顎を引いて、頭頂を突き出すような感じ?
うん、はっきり訊くわ!
頭突きをするつもりで、そのポーズでジャンプしたわよね、ルゥ!
まだズッキンズッキンする顎を押さえ、涙目で睨みながら尋問するわたしにルゥはきゅ? と短い声で鳴いて首を傾げる。
短い前足をお行儀よく揃えた可愛らしいポーズで……嗚呼、ダメ!
可愛すぎる!!
しかも仰向けに寝転がったわたしの胸の上に乗っかってきたと思ったら、またそこでお行儀よくお座りし、顎を押さえるわたしの両手の上に前足を添えてきた。
これはあれかしら?
いわゆる 「痛いの痛いの飛んでいけぇ~」 的な?
手の甲に感じる肉球の感触が気持ちいい……でも痛いのよ。
いわゆる 「痛いの痛いの飛んでいけぇ~」 になんの効果もないように、ルゥの肉球には、癒やしの効果はあってもそれが効くのは心にだけ。
顎の痛みは取れません!
だから顎は痛い。
でもルゥは超絶可愛い。
でも顎は、砕けてなくなったんじゃないかと疑わしいほど痛い。
そんなわけでルゥの可愛さに頬を緩ませながらも耐えがたい痛みに涙を流し、ご機嫌に前足でわたしの顎をぎゅっぎゅっと押さえるルゥを見ていたら、不意にその可愛いもっふり頬毛をつまみ、ビロォ~ンと左右に広げてくる手がある。
もちろんプレイヤーの手よ。
しかもルゥにこんなことをする……というか、こんなことが出来るプレイヤーなんて一人しかいないわよねっ?
「ついにワンコに殺されたのかと思った」
死んでません!
「そりゃよかった」
そういってルゥの顔の横から覗いてくるカニやんの顔がにひって笑う。
直後、その鼻先をルゥにバックリとやられて悲鳴を上げた。
「食い千切られたかと思った」
鼻がちゃんとあるか訊いてくるから 「ある」 と答えたわたしは、自分の顎があるかを訊いてみる。
いや、あっても裂けてるとか、割れてるとか……大丈夫?
「大丈夫、今日も美人だから」
質問と答えが合っていない気がするのは、わたしの気のせい?
これはあれね。
わたしもさっき 「ある」 じゃなくて 「イケメン」 って答えておけばよかった。
「気のせい、気のせい」
投げ遣りに言いながら立ち上がるカニやんは、大きく伸びを一つ。
「迎えに来たら床に倒れてるから、マジビックリした」
ああ、そういうこと。
ちょっと不幸な事故があってあの様です。
ゆっくりとわたしが体を起こしたら、胸の上におすわりしていたルゥはそのままの状態で後ろへと転がる。
とっても可愛いもっふりボディが一回転し、起き上がったところで万歳をしながらきゅっ! と短くひと鳴き。
これはきっと体操選手の着地の真似ね。
そして改めてわたしの胸に飛び込んで、頬ずりをしてくる。
わたしもルゥもこうしたかっただけなのに、どうしてこんな遠回りをする羽目になったんだか。
それでもまだ残る顎の痛みに無意識のうちに手を当てていたら、カニやんに
「髭の剃り残しを確かめるオッサンみたい」
といわれ、インカムの向こうから大勢の笑い声が上がる。
本日のお休み予定はクロウだけ……と思ったら、ゆりこさんが飲み会でお出掛け。
パパしゃんも奥様と映画デートに出掛けてお休みらしい。
いいなぁ……
「はいはい、たった三日だから諦めて俺らと遊べ」
「シャチに潜るの?」
カニやんに促されてみんなが待つナゴヤジョーへと行こうとしたら、隣の作業部屋にいたハルさんが部屋から出て来た。
今日も麗しい美人は本物の女の人と見まごうほど。
これから無人バザーに向かうところだという。
じゃあ途中まで一緒に……と話していたら、腕に抱いたルゥがモゾモゾしだした。
下りたいんじゃないかと飼い主の勘を働かせ、腕の力を緩めてみたら……別に緩めなくても 【幻獣】 のSTRにわたしが勝てるはずもないんだけどね。
でもそれでルゥもご主人様のお許しが出たと思ったのか……絶対違うと思うけど、わたしの腕をするりと抜け出して見事な着地でポーズを決めると、わたしたちの賞賛を浴びながらハルさんの足下をするりと抜けて作業部屋に入ろうとするじゃない。
ダメよ!
さすがにそこはダメ。
便宜上ギルドルームとつなげてあるけれど、そこはハルさんが個人で購入したギルドルーム……なんてルゥにわかるはずないわよね。
いつもは閉まっているハルさんの作業部屋。
たまたまその扉が開くのを見て興味が沸いたらしい。
しかも慌てて止めようとするハルさんの手を容赦なくバックリ。
聞けば昨日、ルゥの花飾りが歪んでいるのを見たハルさんが 「直してあげる」 と話しかけたらお許しが出たらしい。
それこそ初めてじゃない?
飼い主以外にルゥが体を触らせたなんて……って話を聞いたカニやんの顔が絶望してる。
だから少しは気を許してくれたのかと思ったハルさんは、すっかり油断してたった今ばっくり……という現在に辿り着き、カニやんの顔が平時に戻ってくる。
わかりやすいわね
「グレイさんほどじゃないから」
と、ともかく、ハルさん、ごめんなさい。
ルゥが体に触らせたのはビックリだけれど、所詮は残念なAI搭載のNPC。
他の事柄にすぐ上書きされてしまうのか、三秒前の記憶すら怪しいと言い訳を並べようとしたわたしは、自身が以前に同じようなことを言われたのを思い出す。
ひょっとして、ひょっとすると飼い主に似るの?
プログラムされたAIのはずだけど、それでもやっぱりペットは飼い主に似るの?
「わからないけど、とりあえずルゥ君を外してもらえると助かります」
忘れてたっ!!
本当にもっふりボディとのイチャイチャで終わってしまった・・・なぜだ・・・(涙