253 ギルドマスターは自ら嵌まります
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「お、間に合った」
「セーフ」
ん? 柴さん、ムーさん、どうしたの?
声を聞いて振り返ってみれば、みんなと一緒にナゴヤジョーにいたはずの脳筋コンビが立っていた。
それも息なんて切らせちゃってどうしたの?
まさか走って来たとか。
「どうって、旦那と女王が組んでノギと対戦するんだろ?」
「見たいじゃん」
うん、地下闘技場のシステムは記録が見られないからね。
でも不破さんを忘れてるわよ。
「あいつ、またノギと組むのか」
「物好きな筋肉だな」
わたしもそう思う。
でも 「物好きな筋肉」 はちょっと意味不明です。
まぁ筋肉は筋肉なんだけど、みんな男前な細マッチョっていうのはどうよ?
しかもノギさんはノーキーさんを嫌いだし、串カツさんはアレだし。
もしノーキーさんとノギさんが仲良し小好しなら、ノギさんが頑張って串カツさんから救ってくれたかも。
もちろんタッグを組むためだけに。
「その場合は修羅場」
「串カツの野郎、うぜぇ」
この二人からも 「うぜぇ」 とか言われるなんて、串カツさんってばどんだけ束縛彼氏?
でもその場合、修羅場のどさくさでわたしとクロウは逃げます。
とりあえずこの筋肉の壁の中に居るのは心地が悪いので、ちょっと離れていい?
「離れるって、自分で筋肉にしがみついておいてなに言ってるんだよ、この喪は」
…………忘れてたわ。
御免、クロウ。
「かまわない」
「色々パニクってるな」
クロウがいいって言ってくれてるからカニやんは黙っていて。
筋肉はないけれど、カニやんも背が高くて嫌。
「筋肉がないは余計。
マッチョな魔法使いってなんだよ?」
新ジャンル?
「酒みたいだな」
わたし、お酒は飲みません。
下戸中の下戸、best of 下戸です。
「意味わかんねぇから黙ってて」
わたしだって自分がなにを言っているのかわからなくなってきました。
ちょっと落ち着きたくて癒やしが欲しいところだけれど、ここでルゥを出すのは極めて危険なので我慢する。
それこそうっかりノギさんをバックリやれば、そのまま人質ならぬ犬質……犬ですらないけれど。
狼です
そのへんの凶悪さと卑怯さには定評があるのよ、ノギさんは。
もちろんわたしの中でね。
他の人の評価は知りません。
だからルゥは出せないので、クロウで我慢しておく。
「相変わらずというか、さっきからひでぇ嫁。
塩どころじゃねぇ。
お……」
なにかに気づいたらしくカニやんの言葉が止まる。
何かと思ってその視線の先を見やれば、地下墓地から帰ってきた恭平さんとアキヒトさん。
わたしたちに気がついた恭平さんは、やれやれ……といわんばかりに肩をすくめてみせるんだけれど、アキヒトさんは元気そのもの。
杖を腰に差して空けた両手を大きく振っている。
「ただいま戻りましたー!
ギルマス、またタッグマッチするんですか」
ん? インカムで聞いてた?
「聞いてました、聞いてました。
ノギさんって、クロウさんと並ぶ剣士でしょ?
そんな人と知り合いなんて、さすが顔がデカいですね」
その言い方は嫌、やめて。
広いといって。
そもそもノギさんとはテスト版からの付き合いだから、全然狭い世界よ。
その狭い世界の片隅にいるノーキーさんも 「俺もいるっつーの!」 と必死に喚いているんだけれど、すぐさま串カツさんに関節技を決められて悲鳴を上げる。
「おま、やーめーろー!」
「黙れ、浮気者。
このまま首へし折るぞ」
……束縛からDVに移行しつつあるような……気のせい?
ちなみに二人が地下墓地から戻ってくるのに少し時間が掛かったのは、アキヒトさんが面白がって地下迷路で迷いそうになったかららしい。
恭平さん、お疲れ様。
「マジ、お疲れ。
グレイさんはまだ付き合うの?」
付き合うも何も、わたしはお断りしてるんだけど、ノギさんが早々に相棒を決めて勝手にやる気になってるだけ。
しかもよりによって不破さんに……って話したら、アキヒトさんが言うの。
「それですけど、ギルマスは魔法使いなんですから、ノギさんはカニやんと組んだらいいんじゃないですか?」
それで釣り合いがとれるんじゃないかとアキヒトさんは得意気なんだけれど、問題はそこじゃないから。
そもそもノギさんは、カニやんを目の前にしておきながら不破さんを選んだの。
つまりカニやんとは組まないわよ。
理由もだいたい見当がつくけれど。
「馬鹿言うな。
魔女に魔法は効かねぇ。
魔法使いと組んでどうする?」
ほらね。
ノギさんは凄く頭のいい人。
だからカニやんじゃなくて不破さんなの。
ちゃんと戦力と状況を理解しての選択よ。
勝ちよりも自分のこだわりを優先するノーキーさんは、絶好の機会を逃してでも張り合おうとするけれど、ノギさんは勝ちにこだわる人。
同じく勝ちと強さにこだわる不破さんとはいいコンビかもしれない。
わたしの感覚では、ほんの少しだけ不破さんのほうが優しいけどね。
ノギさんはガチだから
さすがにこの状況では、役立たず呼ばわりされたカニやんも、苦虫を噛み潰しながらも口を挟まず。
だって余計なことを言えば、タッグマッチのあとでご指名されるかもしれないから。
何度もいうとノギさんを怒らせそうだけれど、以前にこの二人は引き分けていて勝負がついていない。
でもノギさんの性格的に、絶対に決着をつけたいはず。
そういう人だもんね。
「ここは不破さんに譲っとく」
うん、それが賢い選択だと思う。
例えそれがカニやんに譲ってもらった立場だとしても、ノギさんの相棒として対戦できることが満足らしい不破さん……というか、結構大人なのかもしれない。
ホストの営業スマイルを浮かべてカニやんに礼をいうの。
違うわ……
これはカニやんに対する嫌味だ。
しまった、うっかり騙された! ……恐るべしホストの営業力、さすが。
お礼をいわれたカニやんの嫌そうな顔ったらないんだから。
「さっさとエントリーしろよ」
それこそ 「こっちはいつでもいいぞ」 といわんばかりのノギさんなんだけど、話を最初に戻しましょう。
受けるなんて一言もいってないわよ、わたしもクロウも。
勝手なことを言わないで!
もちろんクロウが受けたいなら一人で受けて。
それこそカニやんとか脳筋コンビのどちらかと組めばいいじゃない。
わたしは嫌!
「嫌って……ガッツリホールドしながらもクロウさんは好きにしろとか、言ってることが無茶苦茶。
やるんならムーさんか柴やん指名してください」
絶対に自分はやりません! ……というカニやん。
別にクロウは好きに遊んでいいの。
わたしは自立するって決めたんだから、クロウがどこで誰と遊んでいても文句はいいません。
でも!
その身長でわたしを囲まないで!!
カニやんにはわからないでしょ?
背の高い人ばかりが密集したこの状況が、どれほど圧力を感じるかなんて!
この圧力に耐えるのに支えが必要なの。
「わかんねぇよ。
靴脱いで裸足になっても、俺の身長が180㎝以下になることはない」
「あ、俺も」
「俺もだな」
柴さんやムーさんの身長が、カニやんと同じ180台後半だってことは知ってた。
でも恭平さんやアキヒトさんまでが……
「180㎝にはちょっと足りないかな」
「180は全然足りてないけど、170㎝をきることはないなー」
うるさいわね。
170㎝どころか、わたしの身長は160㎝もありません!
クソが……
ちなみに会社の健康診断の結果を、こっそり覗き見したクロウの身長は192㎝。
たぶんここに密集するメンバーの中で、一番背が高い。
個人情報なので、覗き見したことは内緒です。
「しかも支え扱いとか、どこまでもひでぇ嫁だな」
うるさい、その身長を5㎝寄越せ。
わたしは本気でそう思っているのに、ノギさんってば 「まだか?」 とか気怠そうに急かしてくるの。
ド畜生!
わかった、受ければいいんでしょ、受ければ。
でも条件があるの。
「条件?」
気怠そうな表情から一変、興味が沸いたらしいノギさんの顔。
わたしがなにを言い出すのか、ちょっと期待のようなものを持ったらしい。
それは別にいいんだけれど、この条件はタッグマッチを受けることと引き替え。
つまり勝敗とは関係なく、タッグマッチをしたければまずこの条件を受け入れること。
そんなに難しいことじゃないの。
一つだけ、わたしたちのお願いを聞いて欲しいの……ってお願いしたら、ノギさんは露骨に拍子抜けした顔をする。
「なんじゃ、そりゃ?
んじゃ俺たちが勝てば一つ、なんでもいうことをきくってことか?」
それはつまり、わたしたちが勝てばもう一つ、お願いを聞いてくれるってことよね?
「あ?」
あ? じゃないわよ、あ? じゃ。
頭のいい人が、わざと頭の悪そうな顔をすると却って嫌味だわ。
でもそんなので誤魔化されないわよ。
日々体力と筋力が退化の一途を辿る事務職がわたしの仕事だけれど、頭だけは毎日使ってるのよ。
ルーティンワークをつつがなくこなし、突然営業がぶっ込んでくるイレギュラーを捌くだけでなく、それら全てを如何に就業時間内に収めるか……などなど、考えることは日々沢山あるのよ。
だから脳だけは退化してません。
あくまで一つ目の条件は、タッグマッチを受けることと引き替えよ! ……って気張ったら、意外なほどあっさりと条件を呑むノギさん。
意見を聞かれることもなかった不破さんだけれど、不満はないらしい。
ごねられると思っていたわたしには拍子抜けだったんだけれど、でもあとでよくよく考えてみたらごねるはずがないのよ。
これ、やっちゃった……
では対戦と参りましょうw