25 ギルドマスターは怒ります
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「はぁ~い、グレイちゃん。
急用って何かしら?」
くるくるに巻いた長い金髪に、ロングスカートに入った深いスリットで男どもを悩殺している妖艶な魔法使いマダム・バタフライ。
その美女がハイヒールをカツカツ鳴らしながら歩くと、なぜか彼女の前に道が空くっていう不思議な現象を久々に見た。
蛇の道を出ながら直通会話で居場所をきいたらナゴヤドームだって言うから、面倒なので二人を連れて戻ってきたところなんだけど、西出口で待っていた彼女は、わたしたちの姿を見るとすぐに声を掛けてきた。
「……いえ、あのですね、悪いのはノーキーさんで蝶々夫人じゃないんですけどね」
「? うちのノーキーがまた何かやらかしたの?」
「見て見て夫人~こっの二人ぃ~」
いつもの軽いノリで割り込んでくるマメに、蝶々夫人は初めて二人の存在に気づいたみたい。
「あら、うちの新人ちゃん」
どうして二人がわたしたちと一緒にいるのか?
難しく説明する必要もないから、それこそ簡潔に話したの。
ノーキーさんが蛇の道に放置していったって。
ついでに大蛇を釣ってたから片付けておいたこともね。
「あーの馬鹿がー!
今日こそぶっ殺す!」
凄い怒りの形相で物騒なことを喚く蝶々夫人だけど、実は回復魔法の使い手なのよね。
それも蘇生まで極めた達人。
助けることは出来ても殺すことなんて出来ないんだけれど、ま、気持ちはわかる。
だからこそ余計にぶっ殺したいのかもね。
彼女の形相や気迫に、すっかり萎縮してしまっている新人ちゃん二人を連れて、たぶんノーキーさんを探しに行くんだと思う。
というか、今日も 【特許庁】 の大捜索が行われるってことかな?
去り際の彼女に、慌ててインベントリから出した希土塊を差し出す。
「これ、ドロップ。
大蛇はわたしたち、横殴りだし」
受け取る資格はないわよね。
ほかの金属塊はもちろん、蛇や蛇女蛇男のドロップはもらうけどさ。
でも希土塊は別。
受け取るべきは最初の交戦者である新人ちゃん二人だと思うんだけど、私の差し出した希土塊を見た蝶々夫人は、最初キョトンとして、それから私を見た。
「なんで?」
「なんでって、だから、わたしたち後続。
横殴りしちゃったんだよね」
「もらっとけば?」
「え?」
「だってこの子たちじゃ倒せなかったんだし、倒せなきゃドロップしてないじゃない。
だから関係ないでしょ?」
「いや、そういうわけには……」
そういうわけにはいかないと思ったんだけれど、見れば二人は、蝶々夫人が怖いのか、強ばった顔で首をブンブン横に振っている。
戻る途中できいたんだけれど、この二人は双子なんだって。
動作が見事にシンクロしているのが面白い。
でも、これはあれかな?
あとでこっそり二人に渡してあげたほうがいいのかな?
そう思ったんだけど蝶々夫人には読まれていた。
「あとでこっそり渡そうとか、気を遣わないでね。
欲しけりゃ自分で倒せばいいのよ。
とにかく、あたしはノーキーを探すのに忙しいの。
これ以上足止めしないで頂戴。
あ、このお礼は後日なんらかの形でさせてもらうから、またね」
蝶々夫人は言いたいことを言うだけ言って、投げキッス一つを残して行ってしまった。
このあいだの一件があるから、お礼なんて要らないんだけどね。
わたしたちも、思わぬ邪魔が入って今回の収集はここまでってことに。
今になって、ようやく目的の銀塊を拾い忘れていたことに気づいたマメの慌てぶりったら……あんた、どこまでも面白すぎるんだけど。
面倒だったから、インベントリからマメのアイテム受け取りポストに直接送付。
ウィンドウを開いてポチりだすわたしの前で慌ててたっていうか、踊っていたっていうか……でもインフォメーションでアイテムが届いたのを知って泣いて喜んでた。
面白すぎる
次は真面目に拾いなさいって一応怒って、トール君とマメとは別れた。
このあと、ちょっとやりたいことがあったんだけれど、すぐ後ろに立っているクロウを見て諦める。
わたしが何か企んでいることはバレバレだろうけれど、何を企んでいるかまではわからないはず。
さすがにそこまではね、いくらクロウでも無理……だと思う。
この日はこのまま他のメンバーに呼ばれるままダンジョンに潜ってたんだけど、次の日、ログインしたわたしは……本当はダメなんだけどね、挨拶もせずこっそりとりりか様の店に向かった。
店に着く前にメッセージを送り、チャットをエリア以外切っておいて欲しいことを頼んで。
もちろんわたしがログインしていることも内緒でね。
「いらっしゃい、グレイちゃん。
なにかご依頼?」
そういえばマメが、運営が第一回イベント予告を出して以来、素材が高騰してるって言ってたっけ?
だったら武器屋も繁盛してるのかな?
うん、ま、それはどうでもいいんだけどね、わたしは生産職じゃないし。
いつもと変わらない振りをしているりりか様だったけど、やっぱりわかってるわよね、どうしてわたしがこんなまどろっこしい真似をしてきたのか。
「……【シャチの鱗】200枚と【銀塊】150個でどんな短剣を作るの?」
これはりりか様が、マメの依頼に対して必要だといった素材とその量。
もちろんこれ以外にも必要な物はあるし、費用も払わなければならないわけだけど、主立った物がこの二つ。
わたしが言いたいことは、すぐにりりか様にも伝わった。
顔色も変わったし、表情も変わった。
急に表情を強ばらせ、怯えるようにわたしを見るのよ。
「そんな顔するんだったら、はじめからしないでよ!」
「ごめん、つい……」
「つい? なに?」
わたしもつい感情的に訊き返してしまう。
りりか様も悪いことをしたとは思ってるんだと思う。
強く言い返すわたしに、言い返そうとして口を噤んだ。
「ねぇ、なにか言ったら?
マメだからこんなことをしたの?
それとも他の人にもしてるの?」
「してない!
それはしてない!
マメは……つい、魔が差して……」
「魔が差してもやっていいことじゃないでしょ!」
「ごめん、もうやらないし、ギルドにも迷惑は掛けない!」
「ギルドなんてどうでもいいのよ!
あんたの信用問題でしょう!」
そう、わたしが怒っているのはギルドにまで火の粉が掛かるかも知れないってことじゃない。
だって、ギルドは切ってしまえばいいのよ、りりか様を。
ほんの一瞬で解決よ、ウィンドウをポチるだけだもの。
でも一度信用を落とせば、りりか様ぐらいの生産職は結構いる。
二度と仕事の依頼なんて来ないでしょうね。
ギルドも切られて、それでどうするのよっ?
引退事案だってわかってる?
「……本当にごめん。
もうやらないから、他の人には言わないで。
お願い!」
「……言わないわよ。
だから約束して、二度とやらないって!」
「約束す……る……」
どうしてりりか様の言葉が不自然に切れ切れだったのか?
どうしてその大きく見開かれた目はわたしを見ていなかったのか?
どこを見ていたのか、その視線を辿ってわたしも心臓が飛び出るほどビックリしたわ。
「クロウ……いつから……?」
ギルドチャットは切ってある。
りりか様が二度としないと約束してくれたら、この話はわたし一人の胸にしまっておくつもりだった。
だからクロウがいないことを確かめて、そもそもログインしていることすら誰にも報せずに来たのに、いつからそこに立っていたのか?
閉まった戸を背に、腕組みをしたクロウがもたれかかるように立っていたの。
様子を見る限り、いま来たばかりで話を聞いていなかったってことはない。
そりゃいつもの表情乏しいまんまだけど、目がね、すっごく冷たいの。
それもりりか様だけじゃなく、わたしまですっごく冷たい目で見るの。
……なんとなくわかってる、クロウの言いたいことも。
そりゃわたしも一杯失敗してるし、ギルドにも色んな迷惑を掛けてる。
でもりりか様のやろうとしたことは立派な悪事だし、いままで仲良くしていたギルドメンバーだって、知ればきっとりりか様を切ると思う。
失敗や迷惑と違って悪事だもんね、当然の反応だと思う。
でもこれまで仲良くやってきた仲間なのも事実。
だから今回だけ
もちろん実行させないために、こうやってマメが必要な素材を揃える前に動いた。
実行してしまえば、たぶん誰も許さないだろうし。
だからせめて主催者の責任として、未遂にしておきたかったの。
そして今回だけわたし一人の胸に納めておく、そう決めたのに……。
恨みを込めてクロウを見返したら……まさか拳骨を食らうなんて……。
しかもその拳骨でHPが1減るとか、こいつ、素手でPK出来るってこと?
ここPKエリアじゃないのよ。
それどころか安全地帯の一つ、ナゴヤドーム内なのになんでHPが減るのよ?
おかしくない?
「二人とも、動くなよ」
いつものいい声で脅されるとか、これ、なんのプレイ?
わたしとりりか様はギルドチャットを切っているからわからないけれど、たぶん直通会話を使ったんだと思う。
長い長い沈黙と重い空気にわたしが耐えきられなくなる寸前、クロエとカニやんがやってきた。
よりによってこの二人を呼ぶとか、クロウってばなにを考えてるのよ?
うん、もちろん他のメンバーだったらいいってわけでも無いけどね。
「うわ、空気重っ!」
「重量級だね」
白けた顔をしたクロウはともかく、わたしは死刑判決を待つ逃げ場のない囚人みたいな顔をしていたと思う。
りりか様はすでに判決が下りた顔ね、あれは。
クロウに脅され……じゃなくて、促され、仕方なく二人に事の次第を話す。
りりか様がマメから素材を、大量にぼったくろうとしていたってことを……。
「あの短剣用の素材?」
「だよな、なんかおかしいと思った」
それほど驚かなかったっていうか、カニやんも疑ってた感じ。
ってことはクロウもクロエも勘づいてたのかな?
二人をちらりと見ると、クロエはにやっと笑ったけれど、カニやんには小さく溜息を吐かれてしまった。
「そんな情けない顔しないでよ、ギルマスなんだから」
「だって、情けないわよ」
まさかギルド内でこんなことが起こるなんて、考えもしなかったわ。
ぼったくりなんて、外でのことだとばかり考えていたからトール君にもそう注意したばっかりなのに、よりによって内部犯とか……落ち込むでしょ。
「最初に言っとくけど、サブマスターは主催者に従うから」
「カニやん、いっつもそれだね」
横からクロエが茶化す。
でもちゃんとわかってはいるのよね。
すぐに口調を改めてわたしを諭してきた。
「でもクロウさんが僕たちを呼んだ意味、わかるよね?
こういう情報は最低限、この四人では共有しておくべきだと思う」
「一人で背負い込むな。
俺たちを信用しろ」
うん、クロエの言うことも、クロウの言うこともわかる。
でもりりか様のことを思うと、やっぱりわたし一人の胸に納めておきたかったんだよね。
今も気が気じゃないと思う、りりか様は。
「どうせグレイさんのことだから、今回は無罪放免でしょ?」
ま、クロエにはわたしの考えることなんてお見通しよね。
クロウは言うまでもないけれど、カニやんまで苦笑いを浮かべている。
でもその矛先をりりか様に向けた時には、ちょっと険しい表情になっていた。
「グレイさんが無罪にしたからって、まさかマメからそのままの数を受け取らないよな?」
「……それはそうだけど、でもあの子には数、200と150って言っちゃってるし……」
「どうしたらいいかわからない、とか言うなよ」
「わからないも何もないでしょ」
続きをクロエが受ける。
「どうにかして上手く誤魔化すんだね。
出来なきゃバラすだけだよ、マメさんだけじゃなく他のメンバーにも」
出た、ブラック・クロエ。
しかも今回はかなり厳しい。
いや、まぁ元々りりか様が悪いんだしね、文句は言えないんだけど。
「マメさんに気づかれないように、上手く誤魔化して正規の数だけを受け取ること。
これが今回の酌量。
グレイさんがなにを言ったって、これは譲らないよ。
残りについては下取りするかどうか、マメさんと相談すればいい。
マメさん、相場は詳しいから下取りじゃぼったくれないからね」
今、穴があったら凄く入りたい気分。
わたしってば、りりか様のことばっかり考えて、マメのことを考えるの忘れてたじゃない。
ほんと、つくづく主催者失格……
もぉ~嫌だぁ~
「……クロエ、なんかグレイさんが落ち込んでるけど?」
「いつものことじゃん。
どうせあとのことなんて考えてなかったんでしょ?」
正解です。
ぐうの音も出ないわ。
「だからサブマスターがいるんだって、いい加減、ちゃんと理解してよね」
はい、反省します。