229 ギルドマスターは帳尻を合わせます
pv&ブクマ&評価&感想&誤字報告、ありがとうございます!!
【特許庁】 の襲撃は、わざわざ 【素敵なお茶会】 を故意に狙ったものなのか、それとも偶然だったのか。
この広大な森 【富士・樹海】 を探し回ったところで見つけられる可能性は低いんだけど、偶然だったとしても謀略はあらかじめ練ってたわよね。
あの色ボケば……ゲフゲフ……やばい、聞かれたら殺される。
しかもわたしを狙ってきた不破さんってば、よりによって顔を斬ったのよ。
痛かった!
鏡がなくて自分が斬られるところというか、斬られた姿を見ることは出来ないんだけど、だから感覚なんだけど、たぶん頬のあたりを横真一文字にバッサリと。
ほんと、痛かったんだから。
しかも頭部に限っては部位欠損がなくて……だって想像してみてよ。
頭を上半分失っても動くプレイヤーなんて、落ちてはいないけれどゾンビじゃない。
生きる屍
ゾンビは死んでるはずなのに動いているもので、生きているのに死体さながらのプレイヤーとは真逆だけど、いずれにしたって見るからにグロテスクよ。
しかも欠損部分からHPを流出させながら歩き回るとか……あ、でもその場合視界はどうなるんだろう?
だって見えないわよね?
腕を欠損したら当然物は掴めないんだもの、目を失えば見えないのが普通だと思う。
いずれにしたって見るからにグロテスクなゾンビの出来上がり。
運営は自主規制として、頭部のみ部位欠損はなしとしている。
だからわたしも頭の上半分を失うことにはならなかったんだけど、とにかく痛かった。
しかも不破さんってば躊躇なく、一瞬でザックリすっぱり。
もちろんお仕置きとして首を刎ねてあげたけど。
当然!
不破さんにきついお灸を据えたあと、クロウと交戦するノーキーさんを後退させる方法を考えるわたしに、クロエとカニやんが、ノーキーさんをも落とせという。
貪欲にポイントを稼げというより、危険を後に残すなって意味だと思う。
で、ノックバックしないノーキーさんをどうするか?
それを考えるわたしの耳に、ジャック君の声が聞こえてきた。
「マダム・バタフライって、回復型魔法使いですよね。
だったら俺でも」
え? ……えっ?!
声だけじゃ状況がわからなくて振り返ってみれば、蝶々夫人の援護を受けつつ脳筋コンビ二人を一人で相手にしていた串カツさん。
その串カツさんがちょっと蝶々夫人から離れたのを見て……その時、ジャック君が脳筋コンビのそばにいたのも間が悪かった。
しかも他に誰も……いた、カニやん!
でもカニやんじゃちょっと運動神経が……
「やかましいわ!
待て、ジャック!」
【グリーン・ガーデン】 のアンジェリカさんフレデリカさんコンビ並みに早口にまくし立てたカニやんは、剣を片手に握って蝶々夫人に迫るジャック君を呼び止める。
でも止まらないジャック君の足。
それを見た蝶々夫人が、草が茂る地面に視線を落とす。
来る!
「串カツ!」
「へい」
容赦なく斬り掛かる二人の剣を受けつつも蝶々夫人から離れる串カツさん。
それが意味するところを脳筋コンビはちゃんと知っていて、自分たちと蝶々夫人の距離を瞬時に確認。
そしてジャック君とカニやんを見て声を掛ける。
「下がれ!」
「来るぞ!」
「わかってるっての!」
でもカニやんは、言っていることとやっていることが逆。
カニやんの声はもちろん、脳筋コンビの制止も聞かず蝶々夫人に斬り掛かるジャック君を追い、その腕を捕らえる。
そのまま自分を軸に、脳筋コンビに向けてジャック君を放り投げる。
「受け止めろ!」
「お前はっ?」
串カツさんの相手をムーさんが一人で引き受け……そもそもこの三人は均衡するランカーで、蝶々夫人の援護がなければムーさん一人でも十分に相手が出来る。
だから串カツさんの相手をムーさんに任せた柴さんは、カニやんが渾身の力で放り投げたジャック君を受け止める。
でも掛けられた問いにカニやんが応えるより早く、蝶々夫人の真っ赤な唇が冷酷な言葉を紡ぐ。
「逃がすかよ。
浸食!」
「アイスクレセント!」
蝶々夫人とカニやんの魔法の応酬。
でも残念なことに発動は蝶々夫人の唱える 【浸食】 のほうが速い。
彼女を起点にして、その足下から半径数メートルに広がる毒々しい絨毯はまるで人の血管というか、血肉というか……黒緑や鮮血を思わせる赤や紫、青といった脈打つ管が何本も複雑に絡み合うように伸び、そのあいだを同じような色をした薄い膜が繋ぐ。
それらで構成された絨毯が彼女を中心に広がり、その中にいたプレイヤーを絡め取る。
「いてっ!」
浸食の発動は本当に一瞬で、効果範囲から逃げることの出来なかったカニやんが伸びる毒々しい管に絡め取られ、見るからに気持ち悪い膜に覆われる。
でも浸食の発動時間はほんの一瞬。
すぐさま気味の悪い絨毯は消え、蝶々夫人の肩口を、カニやんが放った三日月を象った氷の刃が切り裂く。
「ちっ、外したか」
直後、蝶々夫人の眉間の真ん中を銃弾が撃ち抜く。
一発、二発、三発……寸分違わず同じ位置に撃ち込まれる銃弾。
でも彼女は回復型魔法使い。
カニやんから受けた傷も含め、自らを回復する。
「よせ、クロエ。
弾が無駄になる」
『何うっかり食らってるのさっ?』
「はいはい、仇討ちありがとうよ」
『さっさと死ね!』
「言われなくてももうすぐ死ぬって。
なんでクロエが怒るんだよ?」
浸食を食らった時の衝撃で草っ原に倒れたカニやんは、ゆっくりと起き上がりながら力なく笑う。
今の、モロよね?
「モロだな。
凄い勢いでHPが減ってる。
自分のゲージだけど、これ怖ぇわ」
じゃあこっちも加減無しで。
あっちの事情などお構いなしに、わたしのすぐ近くで斬り結んでいたクロウとノーキーさん。
もちろんノーキーさんはカニやんが 【浸食】 を食らったことに気付いている。
「さすが毒婦。
不破とカニの首交換か、やるねぇ」
「飛んで火に入る夏の虫。
せっかくだからいただいちゃったわ」
うふふ……と笑いながら、髪を後ろに払う仕草でポーズをとってみせる蝶々夫人。
やっぱり今日もピンヒールなのね、お見事。
でも余裕をかませるのはそこまでよ。
不破さんの首一つでカニやんと同等だなんて、計算間違いもいいところよ。
そもそも不破さんはわたしの顔を斬ったお仕置きなんだから、カニやんの首と交換になるもんですか。
カニやんの首と交換するのはこっちよ。
ノーキーさん
そもそもノーキーさんも呑気なものよね。
不破さんが落ちて、ここにわたしがフリーで突っ立ってるっていうのに。
「グラヴィティ」
ノックバックしないなら足を止めるまでよ。
単体魔法のグラヴィティなら、すぐそこにいてもクロウを巻き込むことはない。
確実にノーキーさんの足だけを止められる。
「あ、ちょ、おま!
またかよっ?」
ええ、またです。
それが何か?
「ちょっとノーキーっ?」
ここでわたしが逆襲すると思っていなかったのは蝶々夫人も同じ。
グラヴィティを食らい、頭上に大剣を振り上げたまま動きを止めるノーキーさんの悲鳴を聞きつけてこちらを振り返る。
蝶々夫人が 「飛んで火に入る夏の虫」 をいうのなら、わたしは 「後の祭り」 といってあげる。
もちろんあのまま斬り結んでいてもいずれは落とされたでしょうね、相手がクロウだもの。
でも万が一の確率も残してあげない、確実な首交換を成立させるためにね。
ノーキーさんが、わたしに文句を言いながらも動きを止めたその刹那、クロウの大剣がノーキーさんの首を断ち、クロエの弾丸が側頭から撃ち込まれ、反対側に抜ける。
「クソいてぇー!」
ノーキーさんらしい断末魔ね。
静かに落ちないところもノーキーさんらしい。
五月蠅い
ノーキーさんが落ちた直後、蝶々夫人の舌打ちが聞こえた。
その蝶々夫人に、草の上に座ったままのカニやんが言うの。
「お前さ、さっき一瞬地が出てたぞ」
「うるさいのよ、この死に損ない」
「化けるんなら徹底しろよ、半端野郎が」
「余計なお世話。
串カツ!」
わたしにはなんの話かわからなかったんだけど、蝶々夫人に呼ばれた串カツさんは返事をしつつムーさんと距離を取る。
「ノーキーと不破が落ちたわ。
撤退する」
「なかなか思ったとおりには行きませんか」
「相手が相手だしね」
「了解。
ちゅるん!
鉄砲玉回収して撤退する!」
いつものように派手派手しい羽根飾りを背負ったちゅるんさんは、串カツさんの声を聞いて 「はぁ~い」 って返事をするの。
あら、結構可愛い声ね。
しかも鉄砲玉って……ひょっとしてローズ?
え? ちょっと待って。
だって、おかしいでしょ?
あまりにも静かだったから、てっきりとっくの昔に落とされていないと思ってたのに、あのローズがまだ生存してるだなんて……
うっそぉ~ん
わたしには信じられなかったんだけど、実際にローズはまだ生存していて、剣を片手に持ったちゅるんさんに抱えられるように連れ去られていくじゃない。
他の生存メンバーと共に撤退を余儀なくされるローズを見てちょっと嬉しく思う反面、落としに行きたい衝動を抑える。
やだ、わたしったら……つい……ね。
【特許庁】 ご一行様が去ってすぐ、周囲の警戒をしつつ 【素敵なお茶会】 もゆりこさんに回復を急いでもらう。
わたしが急いでカニやんのところに駆け付けた時には 【浸食】 がかなり進行していて、こちらを見上げる顔にもうっすらと文様が浮かび始めている。
でもカニやんったら座り込んだまま、自分のウィンドウを開いてなにかしているの。
「時間がないからとりあえずこれ、渡しておく。
それとさっきのHPの件だけど、蝉かもしれない」
蝉?
ひょっとしてあの鼓膜を破ってくれた鳴き声?
「そう、それ。
他に思い当たることがない」
なるほど、可能性はあるわね。
注意するわ。
information カニやん からアイテムが届きました
この非常事態に何をやってるの? と思ってウィンドウを操作したら、送られてきたのは沢山のポーション。
これをわたしにどうしろと?
「もちろん使って。
インカムが外と通じないってことは、ハルからの追加は出来ないと思う」
運営がインカムの機能を制限しているのは、大型モニターで観戦しているイベントエリア外にいる不参加メンバーから、参加メンバーには知り得ない情報がもたらされることを防ぐため。
つまりイベントに参加出来るのは、あくまでも登録したメンバーだけ。
でも、そうよね。
参加登録していないイベントエリア外のメンバーが、情報提供やアイテムを送付するなどの形で後方支援できるのなら登録制の意味がないし、人数制限も形骸化する。
その防止策が施されている以上、ポーションなどの回復アイテムは参加プレイヤーが所持する数だけ。
だから残しておくってことね。
わかった。
これはありがたく使わせてもらって、終ってから返すわ。
「要らない。
こんなに早く中途離脱する予定じゃなかったんだけど、まぁそのお詫びってことで使っちゃって」
相変わらず男前なことを言ってくれるんだから。
カニやんには自分のHPゲージが見えている。
その残量と相談しつつ話してるんだけど、【浸食】 がどういうスキルか知らないトール君が言う。
「あの、早くカニやんさんも回復したほうが……」
いつものように遠慮がちに。
でもね、カニやんが落ちるのは決定事項なの。
「言っとくけど俺に触れるなよ。
これ、感染するからな」
「え? 感染するんですかっ?」
カニやんが袖をまくって見せてくれる腕にはくっきりと、【浸食】 の発動時に展開するあの気味の悪い絨毯模様が浮かび上がっている。
しかもそれが脈打っていて気持ち悪いったらありゃしない。
初めて見るトール君は怯えた顔で後じさる。
そりゃそうでしょう。
古今東西、呪いは感染するって決まってるじゃない。
「決まってねぇよ」
あら、そうだった?
死ぬ死ぬ詐欺でこのままカニやんが死ななければいのですが……(涙
次話はお久しぶりのあの人の登場予定です。