221 ギルドマスターは残念なアバターに負けます
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今日、恭平さんの紹介でアキヒトさんが新たにギルド加入することは、昨日の段階で決まっていた。
だからログインしてすぐに表示されたインフォメーションを気にも留めなかったんだけど、実はもう一人加入希望者がいて、表示されたインフォメーションはこちらの人の申請を報せてくれるものだった。
よくよく考えてみればわたしがログインした段階ですでにアキヒトさんはお試し加入を始めていて、インカムから聞こえる賑やかなギルドチャットにはしっかりアキヒトさんらしき声が混じっていた。
つまりそういうことよね
恭平さんの紹介だったから心配はなかったけれど、それでもやっぱりどんな人か気になるじゃない。
しかもわたしは小心者なのよ。
楽しみの反面やっぱり心配で、気になって気になってちょっと寝不足気味。
もちろん会社に遅刻はしてません。
嘘だと思うならクロウにきいてみてよ。
朝一から会議があって、わたしが着席した時にはすでに部屋にはいなかったけどさ。
「それ、遅刻してない証人にはならないだろ?」
まぁね、そうともいう……ってすっとぼけようとしたら、させてくれないのがカニやんで、脳筋コンビと一緒になって色々言われつつももう一人との約束の場所に向かう。
女性プレイヤーと聞いて張り切って一緒に向かったのは、わたしたちが良く集合場所に使うナゴヤドームの中央広場。
その人がなんのエピソードをしていたのかまでは聞いていないらしいけれど、向こうから指定してきたらしい。
ギルドルームから近いから別にいいけど、散歩に行けると張り切っていたルゥは少し不機嫌そうな顔をしてわたしの前を歩いている。
尻尾やお尻の振り方からもいつもの可愛さが影を潜めてるし。
ごめんね、用事が終ったら琵琶湖に行きましょう。
安心させてあげようと思って話しかけたら、犬みたいにワンッて一つ吠え、またいつものようにフンフンフンフンしだした。
うん、通常運転に戻ったわね。
可愛い
待ち合わせてしている女性プレイヤーの名前はナツコさん。
これは本名なのかしら?
恭平さんやアキヒトさんもそうだけど、設定時に考えるのが面倒臭くて本名そのままって人も少なくないから特に珍しくはない。
けれどすでに使用されていると登録できないから、よくある名前だとだいたいもう使えない。
だからみんなアルファベットにしたり、スペースを入れたり使用可能な記号を入れたりしてなんとかその名前を使おうと努力するらしい。
わたしなんてまだまだ登録数が少ない頃だったし、アールグレイなんて使おうとするプレイヤーもそういないから楽勝だったけど。
一発登録
問題のナツコさんはすでに噴水のそばに立っていて、カニやんを見て自分から手を振って居場所を知らせてくる。
そこまでは全然良かったんだけど……
「これ犬?
ぶちゃカワ~」
ルゥのどこが不細工なの?
ねぇどこがっ?
凄く可愛いじゃないっ!
おっきな目は綺麗な赤色だし、おっきな頭とか二頭身のところとか、足なんて凄く短いくせにわたしより走るの速いし、ご機嫌な時は短い尻尾をブンブン振るのよ!
凄い癖毛だけど全身モフモフでー!
可愛すぎるのに!!
不細工と言われてショックを受けるわたしをよそに、ナツコさんはルゥを抱き上げようとしてバックリやられた。
…………なんか、想定外過ぎてすぐには言葉が出ない。
えっと……その……これ、どうしたらよかったっけ?
「とりあえずワンコを離そうか」
あ、そ、そうね。
ルゥ、おいで!
両手を広げて呼んだら、ルゥはナツコさんをペッと……なんか、いつもと違う放り出し方ね。
いつもは興味がなくなったと言わんばかりに放り出すんだけど、今回は自分が悪く言われたことがわかるのか、こう……唾を吐き捨てる感じ?
しかもちょっと悪い顔でナツコさんの手を放り出し、わたしの胸にボフッと飛び込んでくる。
でも泣いてるのかと思ったら全然ご機嫌だったっていうのは通常運転のルゥなんだけど、それを見てナツコさんがいうの。
「躾のなってない犬ぅ~。
飼い主ならちゃんと謝ってよね」
もちろんわたしが飼い主だから謝らなきゃならないんだけど、なぜかこの時わたしの頭には、以前に聞いたゆりこさんの言葉が浮かんでいた。
人様のペットを勝手に触っちゃいけません
凄く凄くモヤモヤするんだけど、一応謝った。
その言い方も凄く引っ掛かったっていうか、わたしを見る彼女の目もなんだかちょっと嫌っていうか、不快っていうか……わたし、見下されてる?
もちろんわたしの気のせいかもしれないから、気を取り直して挨拶をしたんだけど……。
「【素敵なお茶会】 を主催するアールグレイです。
加入希望のナツコさんですよね?」
彼女はなにも言わず、まるで値踏みっていうのかしら?
そういう感じの顔でわたしをジロジロ見る。
それこそ足の先から頭のてっぺんまで。
なんなの、この人?
わたし、この人になにかしたっけ? ……というか、以前にどこかで会ったことがあったっけ?
もちろん会ったことがあるとしたらゲームの中だろうけれど、記憶にはない。
しかもこの人、たぶん初心者よね?
装備がね、全くの初期装備ってわけじゃないんだけど……部分的に課金装備を使ってるんだけど、それが、外見はいいんだけど性能が今ひとつでプレイヤーには人気がなく、バザーで投げ売りされている装備なの。
ガチャでよく出るのか、バザーでよく見掛けるからマメに訊いてみたらそう教えてくれた。
しかも……他のVRなら珍しくないかもしれないけど、このゲームでここまで盛ったアバターは珍しいかもっていうくらい盛ってるナツコさんはちょっと凄い。
ノーキーさんやクロエ顔負けのド金髪にピンクのメッシュが入っていて、髪型も独創的。
んーっと、モードのモデルを意識してるっていうか……ちょっと表現が難しいんだけど、そういう個性的な髪型にするならもっとパンチの効いた濃い色一色にしたほうが、陰影を強調した化粧にも合うと思うんだけど……もちろんこれはわたしの個人的意見だけどね。
でもそんな感じで、化粧ももちろんモデルを意識した流行色。
ここは流行を追わず、その独創的な化粧に合った色を使ったほうが似合うと思うんだけど……せっかくの課金でこれなんて残念すぎる……っていうくらいな無駄遣いをしてると思う。
ほんとに無駄遣い!
極めつけは体型。
たぶん盛れる限界まで胸を盛って、絞れる限界までウエストを絞ってる。
このゲームは体型と顔そのものはいじれる限度があって、課金も出来ない。
ナツコさんの場合、顔は化粧でかなり誤魔化されているけれど、不自然な胸の盛り方とか……ここまで残念なアバターは 【特許庁】 でも見ないわね。
しかもウエストはわたしのほうが細いと思う。
背は負けてるんだけど……
「ふ~ん、最強火力って聞いてたからどんな厳ついゴリラが出てくるかと思ってたら、ちんちくりんなお猿さんじゃない。
あたしのことはナツコさんって呼んでね、呼び捨ては絶対に嫌。
許さない。
あたしはあんたのこと、お猿って呼ぶわ。
お似合いよ。
でもこれだったらあたしがギルマスしたほうがいいかも」
そう思わない? とか言ってカニやんに同意を求めている。
わたしを前にして、さすがのカニやんもストレートに同意はしないけど、その困ったような顔は何?
わたしがいなければ同意してたってこと? ……っていうかこのナツコさんって、何?
さすがに鈍いわたしでも、ここまで露骨に悪意を向けられたらわかるわよ!
『ここまで露骨じゃないとわからないんだ』
うるさいわよ、クロエ。
ここに来ないんだったら黙っていてくれる?
『お手並み拝見。
面倒臭いから僕はこっちで傍聴してるよ』
ええ、是非ともそうして頂戴。
わたしだってね、少しくらいこういう感じの悪い女には慣れてるの。
中学校くらいからいつも一定数いたのよ、この手合いが。
わたしが生っ白いモヤシだから、なにを言っても言い返さないと思って言いたい放題。
いま思い出しても腸が煮えくりかえる!
「あら、なぁ~にお猿。
ぶっさいくな顔、真っ赤にしちゃって」
その残念アバターでなにを言っているのかしら、この人は。
こういう時はあれ?
鏡を見て出直せとでも言えばいいのかしら?
あ、我ながらナイスアイディーア!
ちょ、ちょっと性格悪いけど、これだけ言われてるんだもの。
ちょっとくらい言い返してもいいわよね?
大丈夫よね?
でも言ったら、せっかくの新規加入希望者を駄目にしちゃう。
わたしの一存でそれをしてもいいのかといえば、よくないわよね。
え? ということは言っちゃ駄目?
い、言いたい……
「何を一人我慢大会してるんだか」
そういうカニやんこそ我慢大会してるじゃない。
『ちょっとカニやん、そこにいるんでしょ?
そんなクソ女、さっさと切りなさいよ!』
『まさかと思いますが、加入させるんですか?』
『言いたい放題言わせすぎじゃないっすか?』
りりか様の怒声とか、いつもの申し訳なさそうなトール君の声とかJBとか……ギルドチャットで結構な圧力を掛けられている。
この分だときっと、わたしには聞こえない直通会話で、もっと色んなところから色んなことを言われていると思う。
うんざりした顔をしてインカムに手を当てているから間違いないわよね。
もちろんナツコさんはまだギルドに加入していないからここにいないメンバーに彼女の声は聞こえないんだけど、暇をしているのか、脳筋コンビがわざわざ二人で実況して他のメンバーに教えていたの。
それでみんながここでのやりとりを全部知っているわけなんだけど……
どうしてカニやん?
だってここにはわたしもクロウもいるのよ。
そりゃクロウに言っても無駄だろうけれど……ギルドチャットが荒れていることなんて露ほども知らないナツコさんは、そのクロウの腕をとって今からどこかに行きましょうと誘っている。
クロウはクロウで荒れるギルドチャットなんて気にもしないけど、珍しく迷惑そうな顔をしてナツコさんの腕を払おうとしている。
その迷惑そうな顔、会社で見たことがある。
もちろん内緒
クロウの性格もそうだけど、しかも今の状況で言っても無駄なのもわかるけど、そもそも主催者はわたしなのよ。
本来ならこの苦情の数々はわたし宛に来るはずなのに、どうしてカニやんに行くわけ?
なにかこう、モヤる。
目の前でイチャつくクロウとナツコさんにもモヤる。
なに、これ?
……………………とりあえず、わたしじゃ冷静な判断を下せないからカニやんに任せる!
わたしは当初の予定どおり、髪ゴムを作るための素材集めをしてきます。
ルゥ、琵琶湖湖畔に行くわよ! ……って声を掛けたら、わたしを振り返ったルゥは嬉しそうにワンッてひと吠えして短い足で走り出す。
ほら、やっぱり可愛いじゃない。
その可愛いお尻とか尻尾を見ていたら出遅れてしまった。
ちょっと待ってよ、ルゥ!
置いていかないでぇ~!!
「また泣きながら追いかけるのかよ、懲りないな」
カニやんに馬鹿にされたけど、一所懸命走らないと追いつけないルゥの速さってなんなのよ!
息が苦しくて言い返す余裕がない。
……あ、まだ追いついてないけど。
『カニやん、あとは任せる』
さすがにナゴヤドームの出入り口近くまで来ると、さっきまで近くにいたクロウの声もインカムから聞こえてくる。
いつもの溜息もね。
『それ、俺の好きに決めていいってこと?』
『任せる』
『はいはい、行ってらっしゃい』
『俺らも追いかけるかな』
『ここにいても暇だしな。
恭平たちはどうする?』
『二人がギルマスと行くなら、俺はカニやんと残るよ。
アキヒトはどうする?』
『どうするって……さっきカニやんに取扱注意の天地無用って言われたけど、邪魔しに行ってもいいわけ?』
わたしには理解出来なかったカニやんの 「取扱注意の天地無用」 を本当に理解出来たらしいアキヒトさんは困惑気味。
『この程度で邪魔にはならないから大丈夫』
『さっさと素材集めてシャチ銀か金に潜ろうぜ』
『じゃ行く。
でも俺、まだ金は無理なんだよな』
『さっさとレベル上げろよ』
『手伝ってやる』
んーっと、これはクロウと脳筋コンビとアキヒトさんがこっちに来るってこと?
素材集めを手伝ってくれるのは助かるけど……ま、いっか。
わたしってばちょっと頭に血が上っちゃって、何を考えてもよくない方向に考えてしまいそうだもの。
さっさと素材を集めて、みんなでナゴヤジョーに潜ってスカッとしましょう。
『あとで合流する』
居残りを決めた恭平さんが脳筋たちを見送る挨拶をすると、カニやんはどこかにいるクロエに話しかける。
『お前も俺に一存でOK?』
『好きにしちゃってよ、そんなドブス。
わざわざ顔見に行く価値もないでしょ』
『了解』
で、ここからカニやんの声が全く聞こえなくなったってことは、チャットを切ったってことよね。
もちろん無責任だってわかってるし、カニやんがどうするか気になる。
でもいきなりあんなことを言われて、冷静に切り返せるほど鋼の心臓は持ち合わせてないの。
いつも言ってるけど蚤の心臓なのよ。
ちょっと自分で思っていた以上にダメージを受けていたらしいわたしは、エリア移動の最中なんだけど、思わず通り道に座り込んで泣き出してしまった。
なんか悔しい……
この話は次話で終了。
そろそろ次のイベント準備に入る予定ですw