215 ギルドマスターは花火で遊びます
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以前、昼休みを利用して巡回の名目でゲーム内に入り込んでいた小林さんと会った時、この花火企画のことを知っていた。
公式サイトの掲示板に書き込まれていたから隠すのは無理だし、バレても問題はないと思っていたから削除の依頼もしていない。
小林さんも問題はないと言っていたし、自分も参加するかもしれないと言っていた。
でもまさか、こんな形で参加してくるとは予想外だったわ。
その運営からのプレゼント、打ち上げ花火が終ったらいよいよ花火大会の開始。
合図を待ちきれないと急かしてくるマメの両手に大量の花火が握られていてわたしを驚かせたんだけど、よくよく見たら周りのプレイヤーも同じように大量の花火を両手に握ってるじゃない。
…………
はい、わかりました!
もちろん現実じゃやっちゃ駄目だけど、ここは仮想現実の世界だもの。
ちょっとくらい羽目を外してもいいわよね? ……ということで、皆さん準備はいいですかっ?
「お疲れ様でした!」
わたしが声を上げながら最初の一本に火を付けて頭上高くに振り上げると……背が低いから、こうしないとみんなに見えないのよ。
だから頑張ってみんなに見えるように振り回したら、方々から 「お疲れ様でした!」 という声が上がって一斉に花火に火が付く。
打ち上げ花火が終って、わずかな星明かりにだけ照らされていた暗い海岸が、一瞬にして手持ち花火に明るく照らし出された。
足下で大人しく待っていたルゥが花火を近くで見たがって、後肢立ちになって前足の肉球をわたしの足に押しつけてくる。
いつもならヒラヒラしているパレオにじゃれつくところなんだけれど、花火のほうが気になって気になって仕方がないみたい。
はいはぁ~い、ルゥもお待たせ。
さっきの打ち上げ花火も綺麗だったけど、手持ち花火も綺麗よね。
しゃがんだわたしと並ぶルゥはわたしの膝に手を乗せ、身を乗り出すように火の付いた花火を見る。
さすがに花火はいつものようにフンフンしないけれど……もちろんしてもいいのよ。
いいけど、もし何かしら臭いがするとしたら火薬の臭いよね。
くさい……
ついでに煙たくて、敏感な鼻を持つ犬には厳しいかも。
喘息持ちのわたしにも致命的だわ。
でもここは仮想現実だから全然心配いらず。
ルゥも好きなだけ楽しんでね。
火傷の心配もないから好きにしていいからね……といっているあいだにも、パチパチと弾ける火花を前足でちょいちょい。
この火力に威力があったとしても 【幻獣】 は気にせずちょいちょいしちゃうんだろうけど。
「花火に威力があったらとか、グレイさんの頭の中って常に攻略思考?」
すぐ近くで火の付いた花火を持つの~りんに聞きつけられ、空恐ろしい顔を向けられる。
しかもそれが花火に照らされた微妙な陰影で、いつもとは違う表情が創り出される。
こう……恐怖感増し増し?
うん、二割くらい増し増しの空恐ろしい表情ね。
ちなみに違います
いつもそんなことを考えていたら、船長戦だってもっとパッパと終らせられていたわよ。
カニやんはともかく……うん、カニやんにせっつかれるのはいつものことだもん。
でもノギさんの、あの無言の圧力は結構な威力があった。
敵として遭遇しても怖いけど、味方として遭遇しても怖いのね、ノギさんは。
今後はそれを肝に銘じて誘うわ。
どうしても火花に手が届かないルゥは、ついにはわたしの膝に乗っかってきた。
モゾモゾしてると思ったら這い上がってきたの。
ちょっとちょっとルゥ、それはわたしがやりにくい!
でもルゥはわたしの都合になんて全くお構いなしで、火が消えると次の花火を出せとせっついてくる。
我が儘
今日も絶好調なくらい我が道を行ってるわ。
でも右側からルゥが膝に乗っかっていて右利きのわたしにはやり辛く手間取っていたら、隣に屈んだクロウが新しい花火を出してくれる。
するとその火にルゥが食いついて、ちょっと遠いからってまたモゾモゾとわたしの膝の上で匍匐前進。
ぴょこんと立った尻尾がわたしの顔に当たってこそばゆい。
「花火は俺が持つ」
あ、ありがとう。
つまりわたしはルゥと一緒にクロウの花火を見ていればいいのね。
ふにょふにょとご機嫌に揺れるルゥの尻尾がこそばゆぅ~い。
「あ、わたしもわたしも」
わざわざ花火をしに来たゆりこさんが、クロウとは反対隣にしゃがんで花火に火を付けるとルゥの目がキラキラと輝き出す。
「んじゃ俺も」
ついには脳筋コンビが参加して、高いところで振り回される花火を見たルゥはわたしの膝を這い出し、ぴょこぴょこと跳ねて飛びつく。
でもその小っささじゃ届かないのね。
ギリギリ届くか届かないかの高さで振り回したりして、完全に柴さんたちに遊ばれてるんだけど、頑張る姿が可愛い。
ふふ
少し離れたところではトール君たちが花火を振り回して遊んでいる。
人が多いから、ぶつからないようにだけ気をつけてね。
また別のところに人だかりが出来ている思ったら、こちらは 【特許庁】。
バロームさんの意外な特技というべきかしら?
クラブ代わりに火の付いた花火を使って、砂浜を床代わりに新体操の演技をしているの。
でも花火の火はすぐに消えちゃうから、そうするとメンバーの誰かが新しく火の付いた花火を投げてあげて、それを演技の中で受け取る。
夜空に放り投げられた花火がクルクルと回って綺麗ね。
少し離れたところでは、やっぱり火の付いた花火を花の代わりに口を咥えたちゅるんさん。
そのスタイルだと、てっきりカスタネットを打ち鳴らしながらフラメンコでも踊るのかと思ったら、やっぱりサンバホイッスルで腰を振りながらサンバを踊るのね。
衣装のスパンコールとかが花火をキラキラと反射して凄く綺麗なんだけど、なにか違和感が……。
このちゅるんさん、最終戦では早々に落ちて戦力外となったんだけど、よくよく思い出してみたらランカーだったのよ。
すっかり忘れていたけれど、この人、第五回イベントのバトルロワイヤルでクロエよりも上位に入賞していたっていうね。
ほんと、【特許庁】 ってよくわからないわ……。
「や! や! お楽しみですかぁ~?」
この声は誰? ……と思ったら、花火を楽しむプレイヤーの合間を縫うように、水着姿の小林さんが再登場。
夜時間でプレイヤーの顔が見えにくいことと、遊ぶことに夢中で誰にも気づかれなかったらしい。
わたしたちも小林さんから声を掛けてこなければ気づかなかったわ。
用もないし、気づく必要もないもんね。
ところで一人?
お連れさんが見当たらないんだけど。
「連れ?
ああ、ワニ……じゃなくて熊ね。
あいつならサーバの確認が終ったらすぐ帰りましたよ」
サーバ?
なにかあったの?
ひょっとしてまた不具合?
この楽しい時間に水を差されるのは御免なんだけど……とちょっと不機嫌そうに睨んでみたら、小林さんは少し慌てたように否定してくる。
「違う違う、バランスがね、ちょっと。
ほら、今 【海】 エリアにプレイヤーが集中しちゃってるし、一斉に花火点火とかしちゃうし。
気になって一応監視してたわけ。
でも用が済んだらさっさと帰りました。
今月も残業多かったし」
だったら小林さんもさっさと帰れば?
これ、残業なんでしょ?
「うん、まぁ現場巡回だけね。
終ったら帰ります」
そう言って小林さんは周囲を見回す。
人が集まればそれなりに小競り合いもあるんだけど、今回は集まった趣旨が趣旨だし、みんなももめ事もそこそこにとりあえず離れて回避しあう。
この調子なら運営が気に掛けるようなことは起こらないと思う。
小林さんも平和的に花火を楽しむプレイヤーを見て、エリアを一周だけぐるっと回ったらまたログアウトして、今度こそ帰るらしい。
わたしたちと別れ際、ゆりこさんが手に持った花火にじゃれついていたルゥに声を掛ける。
「お前、今回は大活躍だったな。
俺もGの巨大化は賛成してなかったんだが、ちゃんと宝箱も見つけてくれて」
賢い、賢い……と褒めてくれるのはいいんだけど、ルゥには小林さんが生みの親という認識はないのか、迂闊に撫でようとしてバックリやられる。
もちろんルゥもルゥだけど、小林さんだって生みの親なんだからそのくらいのことはわかっていたでしょうに、今更驚かないで欲しい。
ところで宝箱ってなに?
イベント前に届いたメッセージどおり、ルゥは船に乗せてないんだけど?
「それはね……」
小林さんの説明によると、あの海賊船が沈没した時に船内から流されたという細かい設定で……本当にここの運営は演出過剰で、海底にも金貨の入った宝箱が設置してあったらしい。
でもプレイヤーは誰もそれに気づかなくて、危うく企画失敗かと思ったのをルゥが全て回収した、と……。
なるほど
でもこれで説明が付くわ、わたしが個人順位で入賞できた理由が。
ルゥの暗躍のおかげでわたしの金貨取得枚数が跳ね上がったわけなんだけど、これ、いいの?
ルゥを持ってるのはわたしだけなんだし、不公平じゃない?
ルール的にどうなの?
「アールグレイさんは真面目ですね。
こいつがいなくてもあなたが強いのは事実だし、誰も不平は言わないでしょう」
それがわたし、実はゲーム内に敵が多いのよね。
不本意なんだけど。
でもこれは黙っておく。
たぶん小林さんはルゥを褒めに来てくれたんだと思う。
だから余計なことを言って水を差したりしない。
でもルゥ、そろそろ戻っておいで。
小林さんはまだお仕事が残ってるから、また今度、ゆっくり遊んでもらいなさい。
「それ、じっくりかみ殺せって聞こえる」
ちょっとカニやん、怖くなるくらい物騒なことを言わないで。
苦笑いを浮かべながら行ってしまう小林さんを見送りながらも、あまりにも物騒なことを言われて思わずクロウにしがみついちゃったじゃない。
どうしてわたしが可愛いルゥにそんな物騒なことを言うのよっ?
そもそもルゥがその気になれば、小林さんなんて丸呑みよ。
一口
もちろんカニやんもね。
ここでわざとにっこり笑って見せたんだけど……やっぱりわたしに女優の素質はありません。
顔が引き攣っちゃって、逆にカニやんににひって笑われた。
なんか悔しい
「クロウさんを差し置いて仲良くしてるところ悪いんだけど、グレイさん、ちょっといい?」
なんだか気になる凄く長い前置きと共に登場したのは恭平さん……これはひょっとして、いよいよ?
いよいよわたし、退会を宣言されるの?
た、例えばよ、この場を逃げ出せば回避できる……ってことは、ないわよね……うん、ない。
もちろん恭平さんの自由意志だから引き留めることは出来ないんだけど、引き留めたい。
これはやっぱりあれかな?
恭平さんは嫌だって言ったのに、サブマスになってってお願いしたこと。
そんなに嫌だった?
あの発言を撤回したら、ギルドを辞めるのも撤回してくれないかしら?
ちょっとクロウ、一緒に考えてよ。
どうやったら恭平さんを引き留められる?
「恭平がギルドを辞める?
いつの間にそんな話になっているんだ?」
うん、クロウにも話してないから驚くわよね。
もちろんカニやんにも話してないから驚かれたんだけど、どうして当事者である恭平さんまで驚いた顔をするのかしら?
「俺、ギルド強制退会?」
どうして恭平さんが、わたしにそれを訊くのっ?!
繰り返しますが、花火はルールを守って安全にお楽しみ下さい。
そして遊び終ったら、必ず火を始末して後片付けを忘れずに!
(決して本文の真似はしないで下さいねw)