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214 ギルドマスターは夜空を見上げます

pv&ブクマ&評価&感想&誤字報告、ありがとうございます!!

 いつものテンプレはどこに行ったのか?

 そう思ったのはわたしだけではなかったらしく、海辺に集まったプレイヤーにざわめきが起こる。

 しかも驚いたのはプレイヤー(わたしたち)だけじゃなくて、熊の着ぐるみの 『中の人』 も。

 オールを放り出す勢いで、慌てて声を荒らげる。


「ちょっとちょっと小林さん!

 いつものテンプレ言って下さいよ!

 あれ言わないと、渋沢さんに怒られるんです」


 渋沢なる謎の新人物が登場。

 運営の人ってことはまず間違いないと思うけれど、しかも、ひょっとしたら小林さんよりも上役。

 いずれにせよ初めて出てくるこの名前はきっと、すぐにでも公式サイトの掲示板を賑わせるに違いない。


「お前さー、自分でテンプレとか言っちゃいかんだろ」

「あ、えっと……なんていえばいいんでしたっけ?」

「前置きとか挨拶とか」

「あ、いつもの挨拶!」


 小林さんが上役らしくちゃんと指導しているのも意外だけれど、着ぐるみの 『中の人』 もなかなか素直な人らしい。

 でも小林さんが結構な意地悪というか、着ぐるみの 『中の人』 がわたし以上のうっかりさんというか……。


「んじゃお前、言ってみろ」

「え? 挨拶ですか?」

「もちろん」

「いや、その……今日は言う予定じゃなかったから暗記してないっていうか、その……」


 うん、見事なうっかりね。

 『中の人』 はきっと無茶振り上司を相手に、気の抜けない日々を送って……ないか。

 今日もうっかりテンプレを暗記するのを忘れていたとか、無茶苦茶気を抜いてるじゃない。

 仮想現実(ゲーム)のわたしはこんな小心なうっかりさんだけど、仕事じゃもっとしゃきっとしてるわよ。

 テンプレごとき、三分で暗記してみせるわよ。

 そして退職まで忘れない。

 寿退職は予定にないから定年退職……ちょっと長いわ。

 ちょっと待って、さっきのは訂正するわ。

 定年退職なんてあと何十年先よ?

 さすがに長すぎて覚えてられない。

 そのあいだにも覚えなきゃならない重要な仕事がもっと沢山あるんだから、定型文(テンプレ)なんてどうでもいい。

 コピペで常にOKよ。

 でもここにはカンペなんてなくて困り果てた着ぐるみの 『中の人』 を見て、小林さんは意地の悪い顔で笑う。


「今回は代わりに俺が言ってやろう。

 次までには暗記して、いつでも言えるようにしておけよ」


 なんだかとっても偉そうで、ちょっと嫌な上司だわ。

 でも偉そうぶってみせるだけあって、淀みなく言ってのけるのよね。


「というわけで……いつも 【the edge of twilight online】 をご利用いただき、誠にありがとうございます。

 【the edge of twilight online】 運営の小林です。

 今回は2週間という長い期間にわたって行われましたイベント 【treasure ship】 にご参加いただき、誠にありがとうございます。

 多くのプレイヤーの皆様にご参加いただきましてイベントは無事成功を収めることが出来ましたと共に、皆様におかれましても楽しんでいただけたと存じます。

 ここに感謝と、プレイヤーの皆様の勝利をお祝いしたいと思います。

 どうぞ、ご笑覧下さい」


 うん、偉そうなことを言っただけあってよくもまぁスラスラとこんな、心にもないことあることない交ぜに上手く言うものね。

 ところでなにを見ろというの? ……と思ったら小林さんの背後から、完全に日の落ちた夜空になにかが打ち上がる。

 爆発音と共に広がる夜空の芸術……打ち上げ花火!


 綺麗!!


 凄い凄い!

 ねぇねぇ見てる、クロウ?

 人混みで誰かの足を引っ掛けないようルゥを抱えたわたしは、隣に立つクロウの腕を引っ張る。

 こんなに人の多いところでうかつに蹴躓きでもしたら、とっても危険な人間将棋倒しだもの。

 データだからプレイヤーが死ぬことはないし、ルゥも蚊に刺されたほどにも痛みを感じないだろうけれど、騒ぎになったら花火が楽しめないからと思って。

 でもルゥは花火が好きみたい……というか、初めて見るものにはなんでも興味津々なのよね。

 だから見せてあげようと思って連れてきたんだけど、逃げ出さないよう両手に抱えてガッチリホールド。

 ルゥは大人しく腕の中にいてくれて、次々に夜空に打ち上げられる花火に目をキラキラさせている。


 うん、可愛い


 腕を引っ張ったクロウも、チラッと見上げてみたら……背が高いから、わたしよりずっと高い位置に顔があるのよ。

 そこは癪なんだけど、でも格好いいから我慢する。

 わたしの視線に気がついたのか、クロウもこっちを見てくる。


「き、きえいね」


 か、噛んじゃった。

 予想外にクロウと目が合っちゃって、顔がにやけそうになったらかなにか言って誤魔化そうとしたら噛んじゃった。

 綺麗って言いたかったのに……。


『そこで噛む?』


 やっぱりクロエが突っ込んでくる。

 もう放っておいてよ。


『クロエ、邪魔すんなよ』

『お前、なんだかんだいって邪魔するよな』

『やっかんでんのか?』

『そんなわけないでしょ?

 こんなところで噛むなんて、グレイさんの成長がまだまだってことじゃない。

 僕を悪者にしないで』


 ちょっとクロエ、成長って……わたしの背はこれ以上伸びないわよ。

 高校一年生の身長測定から、1㎜くらいは伸びていたかもしれないけれど、1㎝も伸びてないの。

 ずっと158㎝のままなの。

 悲しいくらい伸びないの……自分でいっていて泣けてきた。


『身長とかいってる時点でアウトだな』

『だな』

『同情の余地なし』


 ほんと、カニやんと脳筋コンビって仲いいわよね。

 羨ましいくらい。

 もちろんその中に入れて欲しいとは思わないけど。

 でも話が逸れて、ちょっと平常心が戻ってきた。

 まだ顔は赤いと思うけどこの暗さだからきっとわからないわよね……ってちょっと安心したら、クロウにまた頭ぽんぽんされちゃって心臓が早鐘を打ち出しちゃった。


「また人が増えてきたな。

 離れるなよ」


 は、はい……な、なんか恥ずかしい。

 声かけてもらっただけなのに、初めてでもないのになんか恥ずかしい。

 うっかり横顔なんて見ちゃったのがいけなかったのかも。


 失敗した


 幸いだったのは、みんなが花火を配り歩いている最中だったから周りにいないこと。

 だから声だけがインカムから聞こえてくるんだけど、人が多くてどこにいるのかわからない。

 しかも打ち上げ花火のことを聞いたのか、まだ増えているらしく、少しでも見えやすい位置を探して移動するプレイヤーの何人かと肩や腕がぶつかる。

 ちょ、ルゥを落としちゃうからやめて。

 ルゥの小ささじゃ下ろしちゃうと全然花火が見えなくなっちゃう。

 せっかく凄く喜んで見てるのに可哀相じゃない。

 四肢とか尻尾とかピコピコ動かして、本当に楽しそうにしてるんだもの。


 邪魔したくない


 可愛いルゥをずっと見ていたいのもあるんだけど、花火も見たい。

 ペットを飼っている人が、動画を撮る気持ちがわかるような気がする。

 この可愛さをずっと見ていたいのよね、うん。

 それをネットにあげる気持ちもわかるし、ユーザーが何度も繰り返し見ちゃう気持ちも凄くよくわかる。

 目を離したくない可愛さなの!

 でも花火も見たい……。


「ルゥはいつでも見られるだろう。

 こちらへ」


 クロウの隣で花火を見上げていたら、またすれ違った人に腕をぶつけられて気が逸れる。

 落ち着かなくてわたしがイラッとしたらそれが抱っこするルゥにも移っちゃって、ぶつかったプレイヤーの後ろ姿に唸り声を上げて威嚇とかして……駄目よ、ルゥ。

 ほら、花火を見ましょ?

 丁度打ち上がったタイミングでルゥに声を掛けてご機嫌を取る。

 そんな一人と一匹を見かねたクロウが、わたしを抱えるように自分の前に立たせる。

 し、身長差があるから全然クロウの邪魔にはならないんだけど、けど、その……そ、その、ね、背中がクロウと当たってる。

 ちょ、これ、無理。

 しかも今は通常装備じゃなくて水着で……へ、変な汗で背中が、背中が…………え?


 あれ、なに?


 機嫌を直してくれたルゥは全然いいんだけど、むしろ可愛すぎて困るんだけど、変な汗を掻きながらひたすら焦るわたしを驚かせてくれたのは運営というか、この場合は小林さんかしら?

 本物さながらに打ち上げられていた花火の中に、文字を描くものが混じってきたの。

 たぶん現実でこれをしようとすると結構難しいんだろうけれど、ここは仮想(ヴァーチャル)現実(リアリティ)

 逆に、現実と錯覚させるほどの仕上がり(クオリティ)を維持しつつ、これをするのは難しいのかもしれない。

 もちろんただの文字ならわたしだってそれほど驚かないわよ、それどころじゃなかったし……今もそれどころじゃないけど。

 まず打ち上がった文字は


『thank you everyone!』


 これは特に驚かなかったんだけど、夜空を見上げていたプレイヤーからは歓声が上がった。

 このあとにもいくつかの花火が打ち上がり、続いて夜空に浮かび上がった文字は……


『次のイベントもお楽しみに』


 このあとに日程が打ち上がり、そして……


『ボクとワタシの夏休み』


 これが次のイベントの標語というか、題名(タイトル)というか……まぁそういうものらしい。

 もちろん詳細の発表は後日、公式サイトにて。


「見逃し不可の必須情報だな」


 そうね……ってあらカニやん、いつの間に戻ってきたの?

 みんなも一緒に? ……っていうか、ひょっとして近くで見てた?


「挨拶が入ったってことは、そろそろ終りじゃないかと思って」


 それで戻ってきたというわりに、みんなお揃いじゃない。

 懐疑的なわたしはまだまだみんなに言いたいことがあったんだけど、それを遮る最後の花火が盛大に打ち上げられる。

 その満月を思わせる明るい花火の下、海岸に居並ぶプレイヤーたちに向かって船上の小林さんが恭しくお辞儀をする。


「このあともプレイヤーの皆様にはお楽しみいただきますように。

 今後とも 【the edge of twilight online】 をよろしくお願いいたします」


 ちょっとプロね。

 あれだけ熊の着ぐるみに偉そうなことを言っただけあって、ちゃんと最後の挨拶を忘れていない。

 やっぱり運営の挨拶はこれで終わらなきゃ。

 よし、小林さんたちがログアウトするのも見届けたし、最初の予定どおり花火大会を開始しましょう。

 ということで、ちょ、ちょっとぎこちなくクロウからほんのちょっと離れる。

 ルゥを下ろす振りをしてなるべく自然を装ってみたんだけど、わたしに女優の素質はないの。

 バレバレでクロウはずっとひっそり笑ってるし、カニやんとか脳筋コンビとかには憐れみの目で見られるし……泣きそう……。


「グレイさぁ~ん、花火ぃ~」


 久々にギルドルームから出て来たマメが、両手に何本もの花火を持って開始の合図を催促してくる。

 ちょっとあんた、まさかそれ全部に火を付けるつもりじゃないでしょうね? ……いや、火は付けてもいいんだけど、一斉に付けるつもりじゃないでしょうねっ?

 マメらしいと言えばマメらしいんだけど、その発想の危険さにわたしの涙も一瞬で引っ込んだ。

花火はルールを守って安全にお楽しみ下さい。

遊び終ったら火の始末と後片付けを忘れずに!

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