211 ギルドマスターは鏡を見て震えます
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「わりぃ、無事かっ?」
船長の狙いをとるノギさんは近くにいた剣士から代わりの短剣をもらって応戦しつつ、後方に声を掛けてくる。
まだ船長の狙いはノギさんのままだから、周りの支援を受けても振り返る余裕はないから仕方がない。
飛んできた短剣で肘から先を失った不破さんは、蝶々夫人に回復をしてもらいつつ、もう一方の手を挙げて無事をノギさんに伝える。
そしてわたしと同じように腰を抜かしているの~りんを見て声を掛ける。
「悪いな、うちの下手くそが驚かせて」
失敗なんていつものこと……なのかどうかはしらないけれど、颯爽と仕事を終えたとばかりにノギさんの援護に戻ったノーキーさんも、忙しくしつつも罵声を上げていたけれど不破さんはどこ吹く風の涼しい顔。
代わりに後方に控えているバロームさんが猛抗議する。
「ギルマスの見せ場をとらないでください!」
これについてはわたしからもいわせてもらうけれど、失敗は見せ場じゃないと思う。
それとも 【特許庁】 では失敗すら見せ場なの? ……【特許庁】 ではありかもしれないと思ったので、ここでわたしは引っ込みます。
「うるさいよ、ヘボ」
これを言い返す不破さんの顔が、バロームさんに 「酷薄」 と言われるのがわかるような冷ややかな顔。
それも普通に冷たいんじゃなくて、ちょっとこう……見下すような感じ?
え? ちょっと不破さん、その顔、ホストとして商売上大丈夫なの?
でもバロームさんも全然負けてないのよね。
うん、そこはさすが日常的に 【特許庁】 をしているだけのことはあると思う。
「愛人ごときがぁ~」
「誰が誰の愛人だ?」
「誰だっていいんです!
ギルマスの見せ場を返せ!」
「自力で取り戻しやがれ」
「では僭越ながら、再現します!」
そう宣言したバロームさんは、へたり込んでいたの~りんをわざわざ立たせるの。
女の人の手を借りて立たせてもらうって……の~りん、ちょっと格好悪い。
絶対にココちゃんには見せたくない場面だったわね。
ちなみにわたしはクロウの手を借りて立ちました。
はい、これもデフォです。
ところでバロームさん、再現ってどうするつもり?
またノギさんに剣を……っていうのは無理よ。
ノギさんは、そういうお遊びには付き合ってくれない人だもの、絶対に。
万が一にも付き合ってくれた場合、ノギさんは次こそ失敗せずにあのタイミングで船長の骨のあいだから剣を抜き取るから。
再現の意味がバロームさんとは違うの。
同じ失敗を繰り返すような人じゃない。
そういう自分を許せない人だから……何度も取り逃しているわたしをどうあっても落としたいのよね。
だから会うたびにいきなり斬り掛かってきたり、首を絞めたりするんだ。
でもまぁ、つまりノーキーさんや不破さんとはノリが違うから、バロームさんの希望するノーキーさんの見せ場の再現というのには絶対に付き合ってくれません。
ノギさんはノーキーさんを嫌いだから余計にね。
もう一つ言わせてもらうと、次こそノーキーさんが成功するっていう保証もないしね。
むしろ失敗しそうよ。
そうすると、次こその~りんが落ちるからやめて頂戴。
もちろんの~りんもぼけーっと突っ立てなんかいないわよ。
身の危険を感じ、バロームさんを刺激しないようそーっと場所を移動してカニやんの後ろに隠れる。
そのことに気づいているのかいないのか、詠唱をはじめるバロームさん。
ん? 詠唱?
…………ちょ、待って待って、それはちょっと待って!
せめて剣士を一定距離下げないと、船長は魔法反射じゃない。
あんな接近戦を繰り広げている最中に魔法なんて放り込んだら、危険なんてレベルじゃないわよ。
そもそも魔法攻撃はノーキーさんでも撃ち落とせないんだけどっ?
物理攻撃じゃないんだから、ノーキーさん以外の剣士でも無理。
それこそノギさんでも不破さんでもね。
さっきの再現とかいっていたくせに、全然違うじゃない。
聞いてるっ? バロームさん……っていっているあいだにも詠唱を終えて放つのは……それ、なに?
ホットポット
初めて聞くスキルね。
なに属性かしら?
どうやらバロームさんの固有スキルみたいなんだけど……あとでカニやんに訊いたら、たまたまわたしが知らなかっただけで全然珍しくないスキルらしい。
うん、まぁそれは今はどうでもいい。
とりあえず誰か止めて!
でもカニやんやの~りんは少し離れたところにいて間に合わず。
すぐそこに不破さんと蝶々夫人がいるんだけど、止めてくれないどころかじっくり観察中とか……ほんと 【特許庁】 はどこまでもマイペースなんだから!
「火焔系反射確定」
「ここって、船長のみ氷水属性ありだったかしら?」
「そういえば他の 【幻獣】 は効きませんでしたね」
「ええ。でも船長はOKだったわよね?」
「試しますか?」
なんなのよこのカップルはっ?
これが世にいうバカップル?
バロームさんが放つ火焔属性魔法を、船長がこともなげに反射するのを見て酷く冷静に言い合うの。
しかもホットポットって詠唱にちょっと時間を要したからそれなりに威力のあるスキルかとも思ったんだけど、ファイアーボールの三連弾って感じ。
これ、単体魔法に入るのかしら?
だったら欲しいな……っていうのは後回しで!
つまりファイアーボールが三発、連続して船長に向かって撃たれたわけで、当然三発とも反射されて周囲の剣士に向かう。
もちろん見た目はファイアーボールの三連発といっても詠唱魔法。
一発一発はファイアーボール単体より火力があるはずだし、しかもそれが三発ほぼ同時に反射される。
反射……
船長が、弱点以外の攻撃魔法を反射するのは初見からずっと変わらない。
それなのに今の今までその言葉に引っかかりを覚えなかったなんて、これはもううっかりなんてレベルじゃないわよね。
しかもよりによって反射の一つが恭平さんに向かってる。
わたしと違って恭平さんはしっかり者だし、大丈夫よね? ……って思うんだけど、語尾上がりの疑問形が不安の証。
恭平さんには申し訳ないくらい信頼しきれず、思わず叫んじゃった。
「恭平さんは魔法反射!」
いま組んでいるメンバーの中で、【特許庁】 のメンバーには今日が恭平さんと初対面だったプレイヤーもいるかもしれない。
でも恭平さんはランカーだから名前と顔くらいは知っているかもしれないけれど、この事実を知っているのはあの日、わたしと恭平さんが地下闘技場で対戦したのを観戦していたプレイヤーだけのはず。
でも、知っていたとしても今この瞬間に覚えているとは限らない。
避けて!
「反射?」
「お?」
案の定、あの日の対戦を見ていたはずの柴さんもムーさんも忘れていて、いきなり恭平さんの前面に展開された魔法陣を見てとっさに恭平さんとの距離を取り……うん、さすが超高性能危機管理センサー内蔵剣士。
こういう時の反射神経は賞賛に値するわ。
しかもわたしの不安が的中し、船長が反射したファイアーボールを反射する自分に、恭平さん自身が驚いているっていうね。
危なかった……
そう、恭平さんは魔法攻撃を反射する常時発動スキル 【震える鏡】 の所持者なのよ。
ステータスを振り直して剣士に転職した元魔法使いの恭平さんは新たに剣士スキルを取得したけれど、すでに所持していた魔法スキルは消していない。
ただステータスの振り直しでINTを失っているため魔法スキルの大半は発動出来ない……以前、そんなことを言っていたのを覚えている。
んーっと、フェンリル戦の時だったんじゃないかな?
しかもそのことを恭平さん自身も忘れていたなんて、ちょっと意外だったわ。
頭のいい人なのに
そもそもこの常時発動スキル 【震える鏡】 はちょっと問題があって、取得にはよくよく考えなければならない。
常時発動スキルのほとんどは、詠唱スキルと違い特定のステータスを必要としない。
だからSTRを持たないわたしでも常時発動スキル 【盾の剣】 を所持出来て、発動によって常時STRを底上げされている。
それでもモヤシはモヤシなのよ
ちなみになぜ魔法使いのわたしがそんなスキルを所持しているのかといえば、クロウのお付き合いよ。
初期の頃、クロウに引きずり回されているうちに一緒に取得していたっていうオチです。
そんな常時発動スキルの中でも 【震える鏡】 はちょっと特殊で……もちろん取得に条件があるのはどのスキルも一緒なんだけど、わたしが所持する同種類の常時発動スキル 【愚者の籠】 と一緒に所持することが出来ないという条件がある。
つまり恭平さんは 【愚者の籠】 を取得することが出来ず、わたしは 【震える鏡】 を新たに取得することが出来ない。
しかもこの二つの常時発動スキルは一度所持すると破棄できないから、わたしと恭平さんはアバターを作り直しでもしない限りもう一方のスキルを取得することが出来ず、それを取得してしまうといま持っている方のスキルは取得出来ないことになる。
まぁそんなスキルなんだけど、いま、この状況で問題なのは、船長が反射したファイアーボールを恭平さんがまた反射して船長に返し、船長がまた恭平さんに反射し返しているっていうこと。
「ピンボールだな、これ」
少し離れたところでの~りんと一緒にいるカニやんが、苦笑いをしながら呟く。
遠巻きに見ている剣士たちも面白がって笑っているんだけど、誰も近づこうとしないところはさすが。
どこのギルドも、筋肉は危険を察知する能力が高い。
とりあえず状況的に船長の狙いは恭平さん。
反射という形で船長に攻撃を仕掛けちゃってるからね。
でも身動きすれば角度が変わってファイアーボールが他に飛んで行っちゃうから、さっさと手を打つわ。
反射を繰り返して速度が上がってるから、下手にそこらの壁に当てようと角度を変えようとしても、間に合わなければ誰かに当たってしまう。
落ちないけど
バロームさんが船長に放ったホットポットは三連発。
残る二発は誰にも当たることなく消火されたんだけど……うん、そこもさすが。
筋肉は危険を察知する能力も高いけど、反射神経も凄いのよ。
だから誰にも当たらずに済んだんだけど、当たっても一撃で落ちるようなメンバーじゃない。
さすがに焔獄あたりだと危なくなるプレイヤーもいるらしいけれど、ここで炙り出すのはやめておく。
またバトルロワイヤルで遭遇した時のお楽しみしておくわ。
余裕ないけど
でもこのピンボール現象が終ったらすぐにでも船長は動き出すはず。
不用意に被弾するのは得策じゃない……ということで、わたしが船長と恭平さんのあいだに割り込む。
それを見て 【特許庁】 のメンバーは驚くんだけど、大丈夫、大丈夫、わたしには 【愚者の籠】 があるから。
光属性、闇属性を含む一部のスキルをのぞいた魔法攻撃を吸収する常時発動スキル 【愚者の籠】 は、吸収したスキルの発動に必要なMPの三分の二をわたしに還元する。
今、わたしのMPゲージは、全然仕事をしてないおかげでfullなんだけど……あ、違うの違うの、全く仕事をしてないわけじゃなくて、ちょっとはしてたわよ。
でも少しずつMPを回復してくれる常時発動スキル 【夢見る杖】 のおかげですっかり回復しちゃって今はfullなんだけど、【愚者の籠】 は術者のMPゲージの状態にかかわらず絶対に発動する。
だからほとんどの魔法攻撃はわたしに通じない。
こんなファイアーボールもどきならわけないんだけど……さっき自分で言っておいてなんだけど、この反射合戦が途絶えたら船長は仕掛けてくるわよね。
忘れてた……
・・・なんだかわたしが色々忘れていたことをねじ込んでいるような・・・(汗