210 ギルドマスターは骸骨に絡まれます
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【treasure ship1】 の骸骨甲板長から始まる五体の 【幻獣】 を倒し、いよいよ最終の船長戦が始まる……と思ったら、最終対戦場所までやっぱり自力で移動しなければならないっていう面倒さ。
てっきり 【treasure ship5】 の骸骨航海士を倒せば、自動的に転送されると思っていたわたしは思わず変顔をしてしまった。
見たのはクロウとカニやんと……不破さんにも見られたような気がする。
同じギルドの二人はともかく、どうやって不破さんの口止めをしようか?
そんなことを考えているわたしをよそに、まだまだ元気な剣士たちは走る気満々で……といっているあいだにも走り出し、船長を目指す。
まさかと思うけど、船長にもなにか試したいことがあるとか?
「ここまで来たら、クリアしたいんじゃない?」
まともなの~りんの至極まっとうなご意見、ありがとう。
まぁ実際走っている剣士たちの様子を見てもきっとそうなんだと思う。
でもここの運営は演出が過剰気味で、予想通りというかなんというか……凄い数の骸骨が沸いてお出迎え。
わかっていてもうんざりするくらいの骸骨が沸いて通路を塞ぎ、わたしたちの進行を阻んでくるの。
しかも今までと違い枝道にもかなりの数が沸いてどんどん出て来て、ともすれば進行方向を見失いそうになる。
さらにはうしろからも追いかけてきて、あっという間に囲まれて身動きがとれなくなるから止まることも出来ない。
幸いにして進行方向はノギさんと恭平さんがしっかり把握していてくれて迷うことはなかったんだけれど、何度となくがっちがちに囲まれて進行を止められ、わたしは危うく迷子になるところだった。
プレイヤーに短剣を奪われて丸腰になった骸骨が、なにを思ったのか、わたしの髪を引っ張ったの。
正確には骨にわたしの髪が絡まったってことなのかもしれない。
骨って結構複雑な形状をしてるのね。
しかもここの運営は造形に凝っていて、その精巧な造り込みがこのゲームの高い仕上がりにつながっているのはわかる。
現実と錯覚しそうになるくらい
でもそのおかげで骸骨の手にわたしの髪が引っ掛かるという迷惑さ。
最初は骸骨が伸ばした指に引っ掛かったんだと思う。
でも骸骨には解こうという意識がなくて……そもそも運営もこういう事態は想定していなかったと思う。
プログラムにない事態を骸骨は一顧だにせず素手での攻撃を続けようとして、でもわたしの髪が引っ掛かっていて思うように腕を動かせず。
不自然な動きのせいで余計に絡まった髪は腕にまで巻き付き、容赦ない力でわたしを引っ張る。
ちょ、これ、い、痛い痛い痛い痛いー!
やーめーてー!!
しかもこれ、このまま引っ張られたら骸骨の中に引きずり込まれちゃう。
まずいまずいまずい、それは絶対にまずい。
あんな中に入ったら髪が絡まるどころか、わたしまで絡まっちゃうわよ。
わたしの手足はゴボウなの。
自慢じゃないけど、骸骨たちの骨と骨のあいだくらい余裕で入るんだから。
ただでさえ走り回って汗を掻いているのに、このことに気づいた一瞬で、脱水症状でも起こすんじゃないかってくらい冷汗が噴き出す。
だってそんなことになれば、このメンバーよ。
ノギさんなんて、わたしの手足くらい容赦なく斬り落としちゃうわよ。
モヤシ過ぎるVITは、スキルなんて使わずとも簡単に斬り落とせちゃうんだから。
それこそ手足を斬り落として手っ取り早く解くか、置いていかれるかの究極の二択を迫られればまだまっし。
問答無用に切断の刑に処せられるわよ。
そんなみっともないことにはなりたくないからと、頑張って踏ん張ったところでモヤシなSTRの魔法使いなのよね。
でも頑張って踏ん張ってみる……けど勝てない!
「グレイ!」
髪が骨に引っ掛かったと思ったらあっという間に腕に絡まり、そのまま物凄い力で引っ張られて骸骨の中に引きずり込まれそうになるまでの一連の動作が数秒のこと。
すぐにクロウが気づいて骸骨の中に引きずり込まれるのは避けられたんだけど、絡まった髪が解けない。
しかも骸骨は腕にわたしの髪を絡めたまま動いてるし……そんなに引っ張らないで!
禿げる!!
ちょっと毟らないで!
クロウの声で気づいたカニやんもすぐ助けに入ってくれたんだけど、複雑に絡まった髪がなかなか解けなくて、焦りもあってカニやんの扱いが乱暴すぎる。
もちろんカニやんが焦るのもわかる。
だってここで遅れてしまえば隊列を分断され、わたしたちだけが骸骨の中に取り残されてしまう。
さすがにそれはまずい。
たぶん、取り残されたメンバーは生き残れない。
で、でもだからって……
「これ、切るしかない?」
それこそカニやんってば 「ここで切れ」 と言わんばかりにわたしの髪を鷲掴みにしてクロウを呼ぶ。
え……えっ?! 切っちゃうのっ?
ちょっと待ってよカニやん。
それ、言葉じゃ疑問形になってるけど、行動は 「切る」 ことが決定されてるじゃない!
しかもそこ、そんなに切られたらわたしの髪型、すっごくおかしなことになるわ。
このゲーム、髪は切っても戻ったっけ?
…………いや、待って
自分でいっておいてなんだけど、いくら夏だからって、アバターの髪が自然に伸びたら呪いの人形よね。
まさに真夏のホラーよね、怪談よ。
そんなアバター、怖くて使えない。
アカウントごとお祓いして、ユーザー登録からやり直すわ。
でも初期設定時以外に外見を変更しようと思ったら課金よね。
髪型や髪色の変更って結構なお値段がしたと思うんだけど、それで修正出来るならいいか。
うん、あとで修正出来るならいいんだけど、少なくともこのダンジョンをクリアするまではドジ丸出しのザンバラ髪を晒す羽目になる。
泣きそう……
自分のうっかりミスだってわかってるけど、髪を切るのはやめて……せめて先っぽちょこっとだけならともかく、そんなに切られたら……泣く。
部位欠損と同じように髪も直せたらいいんだけど、それを試すのも、失敗した時のことを考えたら……やっぱり泣く。
「待て、カニやん」
「一刀両断」
クロウが止めてくれたのに、誰かがわたしの髪の切断を実行しようとする。
しかもわざわざスキルを使って?
こんなモヤシなVITに、わざわざそんな怪力スキルを使わなくてもいいのに……助けてくれようとしてるんだってわかってるし、そもそもの原因はわたしのうっかりだってこともわかってる。
でも情けない泣き顔を見られたくなくてクロウにしがみついた直後、髪が軽くなる。
……ん? ……んん?
なにかしら、この違和感は。
スキル発動直後、髪を引っ張られることは確かになくなったんだけれど、なにかちょっと重いというか、違和感が残る。
引っ張られはしないけれど、なにかが引っ掛かっているような違和感。
「大丈夫だ、グレイ」
クロウの声に促されて自分の髪を見れば、斬られたのはわたしの髪じゃなくて骸骨の腕だったっていうね。
しかも斬った不破さんが、ついさっきまでわたしの髪を鷲掴みにしていたカニやんに言うの。
「気安く女性の髪に触るのも失礼ですが、切るなんて言語道断ですよ。
しかもこんな綺麗な髪を乱暴に扱うなんて。
でも、グレイさんのショートも、きっと可愛くてお似合いですよ」
「不破さん、安定のホスト感だな。
全くブレねぇ」
「当然です」
呆気にとられるカニやんに対し不破さんはどこまでも余裕。
あとで蝶々夫人が言っていたんだけど
「【特許庁】 じゃ不測の事態なんて日常茶飯事よ。
不破だってすっかり慣れてる。
この程度のことで慌てたりしないわ」
なるほど、なにをするかわからないのが 【特許庁】。
メンバー同士でも予測不可能な日常にいれば、わたし程度の小物がやらかすうっかりなんて蚊に刺されたほどもないってわけだ。
見事なほど冷静な対処にお礼を言って、ノギさんとノーキーさんに急かされるように分断されかかった隊列を戻す。
でも髪に絡まった骨を解く余裕はなくて、船長室に辿り着くまで骨をアクセサリーのようにぶら下げたまま走る羽目に。
そういえば前にルゥが、癖っ毛に壊した置物の破片を絡ませたまま海底散歩から戻ってきたことがあったっけ。
でもあれはルゥだから可愛いのであって、しかも破片程度だったからよかったものの、わたしの髪に絡まっているのは人骨。
それも肘から先がそのまんまとか、可愛さの欠片もない。
ちょっと猟奇殺人を思わせるシチュエーションで真夏のホラー……じゃなくて、船長室へと突入することになった。
いよいよラストね
未だイベントが終っていないということは……少なくとも終了を報せる運営の案内は入っていない。
だからわたしたちに終了を決めるチャンスはある。
気合いを入れていきましょう。
alert 骸骨船長 / 種族・幻獣
このビックリ黒ひげ危○一発……じゃなくて、船長は……どうせ模するんだったら船長にも髭を生やせばよかったのに。
「いや、そこまでやったらパクリ確定じゃん」
発想をパクっておいて確定されたくないっていうのはどうなのよ?
とっても素敵な骸骨の骨飾りを髪から外しつつカニやんに突っ込まれる。
この骨、結構重いのよ。
首が凝った
そこからここまでの距離だったんだけど、日頃運動をしないOLの筋肉は日々退化の一途を辿ってるの。
しかも首凝りと肩凝りはデスクワークの職業病だからね、仕方がないのよ。
さらにさらに、不器用すぎてなかなか解けない……。
「さぁて灰色の魔女、どう攻める?」
例の成金椅子にすわって出現した船長を見るノギさんは、美味しい獲物を前に舌なめずりとかしちゃって悪役そのもの。
しかもまた 「灰色の魔女」 って呼んで、解けない骨に苦戦しているわたしまでからかってくる。
今それどころじゃないから、適当にやっちゃってよ……というわけにはいかないのよね。
なにしろ相手の船長は対戦するたびに弱点が替わり、まずは弱点を探し出すところからはじめなければならない。
とりあえず、反射で身内に被害が出やすい魔法攻撃は後回しにしましょうか。
「んじゃ、接近戦からだな」
真新しい短剣に持ち替えたノーキーさんが、両手に握り直しながら詠唱する。
「一刀両断」
ノーキーさんらしいというかなんというか。
派手な技で一番手を決め、それ以上に派手にノックバックする。
…………うん? ちょっと過剰演出じゃない、ノーキーさん。
吹っ飛ばされたのは本当だけど、そのあと床を転がっていったのはノーキーさんの即興演技よね?
転がり方が回転レシーブで、最後はちゃんと起き上がってるし。
「効かねぇ!」
「このへっぴり腰」
「回転、甘くね?」
ノーキーさんもノーキーさんだけど、やっぱり 【特許庁】 ってよくわからない。
でもその 【特許庁】 のメンバーが次に試すのは、たぶん貫通攻撃なんだと思う。
でも船長に肉はないから、剣を肋骨の、骨と骨のあいだに突き刺すというのはどこか奇妙な感じに見える。
しかも剣を抜く前に船長の腕に振り払われて一瞬で壁に叩きつけられる。
さすが 【幻獣】 の怪力。
しかもまるで痛みを感じておらず、骨のあいだに短剣を刺したまま、援護のため次々に斬り掛かる剣士たちを振り払う。
これで斬撃、貫通攻撃は確認済み。
続けざまに打撃を試すべく素手で殴りかかったのはノギさん。
でもあれだけ屈強な 【幻獣】 を持つだけあって船長も達人で、成金趣味丸出しの眩しい短剣を手に、ノギさんの拳をあっさりと受け流す。
すぐさま剣で斬り掛かろうとしてくるのを見て、素手のノギさんは骨のあいだに刺さっていた短剣に手を伸ばす。
さすがの機転。
しかもそれを実行出来るほどの反射神経は驚嘆もの。
でも残念すぎるAIを搭載するルゥとは違い、船長のAIはかなり優秀らしく読んでいた。
体の向きを変えて短剣を遠ざけようとしたんだけど、寸前、わずかにノギさんの指先が触れたためか、遠心力で短剣があらぬ方向に吹っ飛んできた。
ノギさんの舌打ちを耳で聞きながら、わたしの目は短剣の軌道を追う。
の~りんっ?!
う、動けない、あれは動けない!
あれは無理、絶対に無理!
絶対に避けられない!!
見ているわたしも動けなかったけれど、当事者のの~りんも驚きすぎてすっかり体が固まっていた。
身じろぎ一つせず飛んでくる短剣を真正面に捉えたまま……
「アホかー!」
だって仕方ないじゃない。
魔法使いはこういう時にとっさに動けないから、近接武器で間近に敵と戦う剣士を選ばないのよ。
筋肉と反射神経の塊と一緒にしないで。
罵声とともに、素晴らしいくらいの瞬発力を発揮して一瞬での~りんの前に出るノーキーさん。
でも振り下ろした短剣が空振りっていうところまでがノーキーさん。
ええ、空振りしたのよ。
つまり剣はそのまま飛び続けての~りんの首に……刺さる寸前に不破さんが登場。
の~りんの体を押して脇に避けつつ、もう一方の腕で短剣を止める。
なに、この美味しいところ取り?
さすが不破さん
美味しいとこを絶対に外さず持っていくのね。
根こそぎかっ攫いよ。
……と、とりあえずの~りんが無事でよかった。
心臓が止まるかと思ったわ。
はぁ~、気が抜けたら腰が抜けた。
わたしはその場にへたり込みつつ不破さんにお礼を言う。
ちょっとみんな、落ち着こう。
うん、落ち着こう。