208 ギルドマスターは順番と手順の関係を考えます
pv&ブクマ&評価&感想&誤字報告、ありがとうございます!!
いよいよ始まった期間限定イベント 【treasure ship】 の最終戦。
すでに 【treasure ship1】 の骸骨甲板長と 【treasure ship2】 の骸骨料理長をクリアしたわたしたち。
でも次に向かう先は 【treasure ship3】 の骸骨操舵手が待ち受ける甲板。
ついさっき甲板長を倒すために行ってきたばかりなのに……転送位置でもあった甲板に戻りながら、その面倒さに不破さんなんかが効率的な攻略を提案してくる。
このまま順番どおりに攻略すると 甲板(転送位置) → 台所兼食堂 → 甲板 → 機関室 → 甲板 →船長室(?) と、何度も甲板と他の場所を行き来しなければならず、時間も掛かる。
わたしもあまりにも面倒で時間が掛かることを思えば二手に分かれることを考えたけれど、たぶん駄目だと思うの。
不破さんが提案したのは二手に分かれ、片方は甲板に固定。
もう一班が残る機関室に向かうというもの。
当然船長戦は機関室に向かった班が対戦することになるから、火力はそれを考えて配分することになる。
だけど骸骨の沸きで次の場所が示されるのなら、機関室への順路は甲板からでないとわからないと思う。
それに……たぶんこれが一番重要なことだと思うんだけど、機関長を倒さないと次の航海士は現われないし、航海士と対戦出来るのは機関長を倒したメンバーだけだと思う。
そして船長と対戦出来るのは、機関長と航海士の両方を倒したメンバーだけだと思う。
「つまりグレイは、ダンジョンをクリアする順番だけでなく、全てのダンジョンをクリアする手順も必須要素と考えるんだな?」
さすがクロウ。
わたしの下手なしゃべりでもちゃんと理解してくれて、それをみんなにもわかるように簡潔な説明をしてくれる。
VRゲームとはいえ所詮データ。
その精巧さはゲームによって雲泥の差があるけれど、この 【the edge of twilight online】 はかなりレベルの高い出来だと思う。
現実と錯覚しそうになるくらいね。
でもあくまでもゲームであり、わたしたちのこの体すらデータでしかない。
だから同じ甲板であっても、たぶんデータは違うのよ。
【treasure ship1】 の甲板と 【treasure ship3】 の甲板も、【treasure ship5】 の甲板も、一見同じだけれど違うデータ。
そして最初の転送位置である 1 はともかく、3 と 5 はそれぞれの前の手順、つまりそれ以前の 【幻獣】 を倒さないと展開されない。
3 の操舵手を倒したあとに甲板で待っていても、ずっと 3 の甲板データに居続けているだけで、そのあと機関長を倒した班にしか 5 の甲板データには辿り着けない。
たぶんね
もちろんこれはわたしの推測。
ひょっとしたら二手に分かれてもクリア出来るかもしれないし、そうであれば当然二手に分かれたほうが早いし効率もいい。
火力的には十分だしね。
でもわたしが一番危惧するのは、もし手順を正しく踏まなければクリア出来ない場合、悪戯に船内を彷徨うことになる。
対戦場所から順路を逆走してくる骸骨の道案内は、おそらくクリアしてしまった対戦場所からは沸かなくなくなってしまうと思うから。
だから甲板に残った班を正しい手順に戻すにも時間が掛かりすぎて、この重火力メンバーですら全滅の可能性が高くなる。
ここも一つのインスタンスダンジョンだから、一度潜ればクリアするか全滅するまで骸骨は無限沸き。
そんな場所で迷えば間違いなく消耗戦。
全滅のリスクは極めて高くなる。
たぶん全滅
そしてこのイベントは、一度死亡すると次の機会はない。
死体置き場に強制送還され、イベント終了まで復活出来ない。
わたし個人の意見としては、確実にクリアしたい。
それも出来たら全員でね……あ……えっと、すでに二人ほど落ちちゃったのは忘れておく。
だから手間は掛かっても手順をきちんと踏襲して進めたいと思ってるんだけど、あくまでもこれはわたし個人の意見。
このメンバーにおいてわたしに決定権はない。
どうする?
「【特許庁】 とノギさんはどうする?」
「そういうお前はどうするんだ?」
ギルドで参戦している 【特許庁】 はともかく、ソロで参加しているノギさんはカニやんの問い掛けに、ちょっと不思議そうな顔をして返す。
たぶんすでに腹づもりの決まっているようなカニやんの態度が不思議だったんだと思う。
そういえば相談していないのに 【素敵なお茶会】 は誰もなにも言わないのね。
すぐそばで 【特許庁】 のメンバーがそれぞれに自分の意見を主張し合ってるのに。
「【素敵なお茶会】 はギルマスに従うのがデフォなんで」
あ、危なかった!
これ、みんなに 「相談しないの?」 とか訊いていたら、また笑われるところだったわ。
でもうっかりホッとしちゃって、しかもそれをカニやんに気づかれちゃって結局にひって笑われる。
「いい加減覚えなよ」
ごめん。
でもそんな 【素敵なお茶会】 を、ノギさんってばわざわざ挑発してくるの。
「相変わらず生ぬるい仲良し小好しギルドだな。
女にいいように使われて、情けないと思わないのか?」
なんだかちょっと時代錯誤なお言葉が出て来てない、ノギさん?
まだそんなお歳でもないでしょうに。
ちょっとムッとしたら、苦笑いのクロウに頭を撫でられる。
わたしが言われたわけじゃないけど腹が立つじゃない!
しかも 【素敵なお茶会】 のことを生ぬるいとか、馬鹿にされたし。
でも怒るばっかりで反論出来ないわたしに代わり、カニやんが冷静に返す。
「まぁちょっと、今のグレイさんの話に補足もある。
俺たちよりも先にこの船に潜っていた連中がいたはずなんだが、まだイベントが終了していないところをみると、たぶんすでに全滅してる。
時間が掛かりすぎているからな。
でもこの船に乗れるのは通常イベントで船長を倒した連中だけ。
つまり先に潜っている連中も通常イベントで船長を倒してるんだ」
そして船長戦への挑戦権を得るには、それ以前の 【treasure ship】1~5をクリアしていること。
つまり十分に火力はあり、わたしが提案する手順を踏めばクリア出来るはずなのよ。
もちろんラスボスの船長戦に細工がないとは限らないし、普通に対戦しても弱点を探し出すのに時間が掛かりすぎる。
それでもこのイベントダンジョンに時間制限はないし……この最終イベントは三時間という制限ではあるけれど、開始直後に潜ったのなら十分すぎるほど時間はある。
そもそも難関の船長戦ですら一時間も掛かることはないしね。
先行するのは一組や二組ではないし、わたしたちが潜った直後、ノギさんとノーキーさんの小競り合いを見ていたプレイヤーたちも潜ったはず。
つまりかなりの数のギルドやパーティが潜っている。
だったらイベントが始まって一時間が経過しようとするそろそろ、どこか一組くらいクリア出来ていてもいいんじゃない?
わたしたちが潜ってからは三十分くらいしか経っていないけれど、それでも 【幻獣】 二体をすでに撃破している。
しかも心残りを晴らすために時間をたっぷりと無駄遣いしてね。
それを考えたらなおのこと、終っていてもおかしくないんじゃない?
でも運営からなにも案内がないってことは、まだイベントは継続中。
つまりまだ誰もクリアしてないってこと。
すでに全滅しているか迷っているか。
少なくとも、わたしたちのパーティみたいに余計なことをしているとは思えない。
一度迷ってしまえば、早急に順路回復出来ればともかく、迷えば迷うほど消耗戦になる。
いずれ全滅するから結果は同じなんだけど……とまぁカニやんがノギさんにしたのはそんな話。
確実にクリアしたいのなら、手間を掛けてでも手順を踏むべきだってね。
「なるほど、確かにな」
ノギさんもタイプ的にはクロウと同じ。
つまり頭がいいの。
性格は悪いけどね。
だからたぶん、ここまでカニやんに話させずともある程度はこのダンジョンの理屈くらいはわかっていたはず。
それをわざわざ話させる、こういうところに性格の悪さが見えるのよ。
「いいぜ、魔女に付き合ってやろうじゃないか。
そっちはどうするよ?」
ノギさんが話を振ったのは蝶々夫人なんだけど、お呼びでない扱いを受けたノーキーさんが横から強引に割り込んできてノギさんに嫌そうな顔をさせる。
これはこれで面白いからいいんだけど、返ってきた答えもいかにも 【特許庁】 らしい。
「俺たちは全部ぶっ倒す。
走り回ってやろうじゃないか。
なぁー野郎ども!」
バロームさんなんて女の子なのに、他のメンバーと一緒になって 「はい!」 って滅茶苦茶優等生なお返事してるし。
あ、他のメンバーはそんな綺麗なお返事はしないわよ。
拳とか突き上げちゃって、ちょっと雄叫びっぽい声を上げている。
それを聞いたノギさんには 「動物園か」 って突っ込まれていたけど、【特許庁】 はいつもこうだもの、仕方ないじゃない。
それに残りの 【幻獣】 にも色々と試してみたいことが残っているらしい。
そういうところも 【特許庁】 よね。
【素敵なお茶会】 の脳筋コンビとかも心残りがあるらしいんだけど……はいはい、このイベントラストだもの。
全員心置きなく暴れて頂戴。
行くわよ
あ、そうそう。
カニやんの話を聞いている途中で気づいたんだけど、あまり時間に余裕をかましているとどこかのギルドやパーティに先を越されちゃうわよ。
たぶんこのダンジョン、早い者勝ちだもの。
わたしたちよりも先行しているグループがいるはずだから、先を越されたらそこでイベントは終了。
たぶんわたしたちは強制終了させられると思う。
「それを先に言え、この馬鹿魔女!」
立ち止まったノギさんは、わざわざわたしが追いつくのを待って頭の上から怒鳴りつける。
こういう形で背の高さを見せつけないでくれる?
腹が立つ!
本当に性格が悪いんだから。
すぐさま再び走り出したノギさんは凄い勢いでノーキーさんに追いつき、声を荒らげる。
「俺たちが一番だ!」
「あったりめーよ!」
あら、そんなところは一致するのね。
そういえばこの二人、第二回イベントのラストでアイコンタクトの一つもなしにわたしを狙うって団結してたっけ。
嫌なことを思い出したわ。
さすがに今回は全員味方だからそんなことにはならないと思うけど……何が起こるかわらかないメンバーだから確信はない。
うん、まぁせっかくノーキーさんまでがやる気になってくれてるし……いや、やる気だけははじめからあったと思う、うん。
でも……その、なんて言えばいいのか?
やる気とはまた違う、集中力?
これもちょっと違うんだけど、でも集中力が一番近いかもしれない。
どこのグループよりも一番早く船長を倒す。
その目標が定まって余計なことをやめた……と言っても相変わらず脱線しそうになるんだけどね。
もちろんバロームさんを金魚のフンのようにくっつけて。
方向音痴?
ノーキーさんを見ているとね、ちょっとそんな風に思ってしまうのよ。
かといって先頭を外しても、横道に逸れるのはどうしようもない。
だったらノギさんと張り合わせて先頭を走らせた方が役にた……ゲフゲフ……なんでもありません。
ノーキーさんはともかく、これをノギさんに聞かれたら間違いなく殺される。
上手く誤魔化して辿り着いた甲板で待ち構えていたのは、予定どおり 【treasure ship3】 の操舵手。
「あ、そうそう。
あれから調べたんだけど、操舵手が投げるあの丸いの、操舵輪っていうらしい」
その操舵輪の一撃を、身を低くしてかわした直後にカニやんが教えてくれる。
相変わらずの勤勉家だこと。
でも誰もそんな質問してないけどね。
操舵輪を武器に飛ばしているあいだはその軌道に注意が必要なんだけど、操舵輪が舵に戻ると、操舵手の操舵に従って船が右に左に大きく揺れる。
振り落とされると当然エリアオーバー。
今回はそのあとがどうなるかはわからない。
かといって甲板長の時のノーキーさんみたいに縁で踏ん張ろうとしても、今回はそこが針山になる。
ここにいる重火力高レベルメンバーが一撃で落ちることはないだろうけれど、かなりのHPを失うことは間違いない。
それ以上に痛そうでわたしは刺さりたくない。
いや、刺されるが正解? あ、でも転がっていって刺さるわけだし、刺さるが正解?
ん? んん?
「曖昧な日本語についての検証は後回しにしてくれない?」
そ、そうね。
なにか用?
「凄い用がある。
操舵手は魔法攻撃対象なんだよ」
うん、ごめんなさい、お仕事します。
でもこの揺れの中では近づけない。
操舵手の攻撃が操舵輪に変わるのを待たないと……話しながらもカニやんは自力で固定された積み荷にへばりついてるんだけど、わたしは相当に信用がないらしく、クロウに抱えられて柱にへばりついている。
バロームさんや蝶々夫人も自力なのに……情けなさ過ぎて泣きそう。
「とりあえずグレイさんに一つ、リクエストがあるんだけど」
なにかしら?
「避雷針、あれは船長戦まで残しておいてくれる?」
なるほど。
船長の弱点はその都度変わる。
そして初見で対峙した時の弱点は雷撃系だったから、今回だって当然雷撃系の可能性はある。
問題なのは雷撃系のスキルが少ないってこと。
消費MPも半端ないけど、その分問答無用の威力を持つ避雷針は、船長の弱点が雷撃系だった時に絶対必要になる。
確かにこんなところでは使えない。
舵を左右に切って船を激しく左右に揺さぶっていた操舵手が、再び操舵輪を外して手に持つ。
仕掛けるわ!
もうすぐ、もうすぐ船長と会えます。
終ったらルゥと一緒に花火大会だー!!