205 ギルドマスターは恋愛フィルターを知りません
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alert 骸骨甲板長 / 種族・幻獣
アラートが出るのとほぼ同時にクロウとノギさんが教えてくれる。
次の瞬間、みんなが一斉に見るのは船の舳先。
そこに現われた骸骨甲板長はいつものように、この嵐で多いに揺れまくる船に全く動じることなく……いや、普通に動揺はしてるのか。
動揺というか、足下の悪い舳先にがに股で立った巨大骨格標本、骸骨甲板長は揺れに合わせて右に左にゆ~らゆら。
まるで酔っ払いのように、骨しかないその体を左右に振る。
何回見ても思うんだけど……
どうして落ちないの?
あれをするのに必要なのはSTRやVITじゃないわよね。
当然INTでもないと思う。
どう考えたってINTは頭でっかちで、却ってバランスが悪そうだもの。
じゃあAGI?
え? 速さであれが出来るの?
ううん、やっぱり器用さといえばDEXよね。
残念なことに銃士は全員ドーム防衛班だからいないのよね。
「それ、重要なこと?」
強弱のある揺れに大波小波がざっぷんざっぷん。
そんなカオスの中を頑張って近くに来たカニやんは、バランスを崩しそうになりながらもなんとか堪えている。
わたしと同じモヤシのくせに生意気。
「それも重要じゃないよな」
うん、全然。
「へぇ~い、グレイ!
あれの弱点はっ?」
波を被って乱れた髪型を気にしながらのノーキーさんが、今更な質問をしてきた。
だって骸骨甲板長は 【treasure ship1】 よ。
まさかクリアしてないってことはないわよね。
そもそもこの最終戦、船長攻略に参加出来るのは 【treasure ship】 を全クリして船長戦の挑戦権があり、かつ船長を攻略することが条件という結構な関門がある。
船長攻略戦にはじめから挑まずドーム周辺で遊撃しているギルドなんかは、おそらく条件をクリア出来なかったんだと思う。
ソリストは余計に条件が厳しいと思うんだけど、ここに混じっていることを考えるとノギさんは野良パーティでクリアしたってことよね?
凄い
相変わらずの実力者。
もちろんその実力があるからずっとソリストを貫けるんだろうけれど、それもわかるんだけど、今回は条件が多かったから改めて実力を知らされた感じがする。
わたしだったらとっくに挫けちゃってるわ。
もちろんノーキーさんだってソロでも十分やっていけると思う。
お馬鹿なクズだけど、なぜか人望だけはあるというか、愛されキャラというか……………………ちょ、ちょっとだけよ。
ちょっとだけなんだけど、思ってしまった。
羨ましい
でも 【特許庁】 はこの愛情が時に暴走することもあり、このすぐあとでもね、とんでもない形での暴走が起こる。
まずはこの、わざわざわたしに聞いてくるノーキーさんに蝶々夫人が呆れる。
「ごめんね、グレイちゃん。
この馬鹿の記憶、三分と続かないのよ」
それ、なにかの病気よね、確か。
高次なんとか障害。
ノーキーさんと一緒にされたら、本当にその病気で苦しんでいる人たちが迷惑するからやめてあげて。
ノーキーさんは覚える気がないだけなんだもの。
でも、この期間限定イベント 【treasure ship】 最終攻防戦のトップバッターが骸骨甲板長ってことは先が長い。
あらかじめ予想していたとはいえ、このあとにもまだ船長を含めた 【幻獣】 が五体もいるってことを意味するから。
だったらさっさと片付けてしまいましょう。
ドームの防衛戦線も気になるし。
そう思ったわたしが問答無用で先制を仕掛けようとした矢先、うしろから飛び出す人影があった。
ん? JB?
今のJBよね?
一瞬遅れてその影を目で追った私の見ている前で……ううん、みんなが見ている前でなにを思ったのか、JBってば舳先で弥次郎兵衛をしている骸骨甲板長の顔面を目掛けて跳び蹴りをかました。
馬鹿?
ねぇ、JBってあそこまで馬鹿だったのっ?
ボーナスステージじゃない甲板長よ、それ!
気づかなかったとは言わせないわよ、ちゃんとアラートが出たんだから。
この局面まで来て見るのを忘れたとか、わたし以上のうっかりも言わせないわよ。
幻獣はノックバックしない
これはこのゲームで遊ぶための基礎知識。
初心者ならいざ知らず、ランカーに迫る実力とレベルを持っているJBが知らないなんて言わせないわよ。
案の定、甲板長に弾かれて盛大にノックバックする。
もちろんただノックバックするだけならいいわよ。
ダメージもたいしたことはないでしょうし。
でも甲板長は出現の位置が悪い。
船の舳先にいるのよ。
せめて甲板に下りるのを待ってからすればよかったのに、なにを焦ったのか舳先にいる時にそんなことをしちゃったから見事に吹っ飛ばされて、そのまま海へ転落。
つまり……そういえば今回はどこに行くのかしら?
この最終戦でも中途離脱扱いになるの?
それとも死亡扱いになるのかしら?
すでにちゅるんさんが中途離脱しているけれど、エリアオーバーしたプレイヤーがどうなるのかはわからない。
ダンジョンを出てしまったプレイヤーとはインカムが通じなくなるからね。
これは終了後の話なんだけど、もちろんJBはノーキーさんと違って骸骨甲板長が物理耐性だってことをちゃんと覚えていた。
覚えていてそんなことをしたのは、この最終ダンジョンに潜ったそうそう甲板長戦に挑んだわたしたちは全員が丸腰。
魔法使いはそれでも全然かまわないんだけど……どうせ武器なんて持っていたってSTRがモヤシだし。
しかも物理耐性の 【幻獣】 が相手じゃ、HPを1でも削れるかどうか怪しいもの。
まぁそのぐらいモヤシなSTRだし、魔法使いだって自覚がある。
剣士はSTRもVITもあるけれど、さすがに 【幻獣】 の直撃を素手で受けたら部位欠損は免れない。
そこでJBは、魔法使いの誰かが詠唱を終えるまでの時間稼ぎを考えたらしいんだけれど……よりによってそれ?
跳び蹴り
そして予定どおりに吹っ飛ばされてエリアオーバーとか、どんな馬鹿よ?
「ちょっと見ないあいだに【素敵なお茶会】 まで 【特許庁】 化してんのな」
ノギさんのこの言葉は屈辱的だった。
でも否定出来ないことがたった今、みんなの見ている前で起こったのよ。
JBがやってくれたのよ。
これもあとでJBが言っていたことなんだけれど……
「なんで?
あそこはファ○トー! いっ○ぁ~つ! だろ?
なんで?
なんでだよ、なぁキョウちゃんっ!」
あー……前に脳筋コンビがやっていたあれね。
つまりJBはあれをやりたくて、しかもその相棒に恭平さんを希望したんだ。
んーっと、これは……まず恭平さんを相棒に選んだのが間違いよね。
だって恭平さんは剣士だけど、元は魔法使いだったこともあって脳筋じゃないもの。
どっちかっていうと考える筋肉?
とっさにいい言葉表現が浮かばないんだけど、でも筋肉に従って動くタイプじゃないのは確か。
動物的本能とか、そういう言葉が全然に合わない。
だから成功させたかったのなら事前に打ち合わせないと。
そもそも脳筋コンビの絶妙なコンビネーションは、それなりに長い付き合いがあって、しかも元々二人の思考傾向が似てるから出来ること。
同じようなことを考えて同じように動く。
この二人がコンビを組んでいるのは、そういう事実があって自然とコンビになったんだから。
即席じゃないの
それこそ即席ラーメンですら、お湯を注いでから3分も待たなきゃいけないのよ。
その程度に短いものでいいから、ちゃんと打ち合わせしてから実行しなさい。
「話を持ちかけられた段階で断る」
うん、恭平さんらしい塩対応ね。
もちろんこれにJBが五月蠅いくらい嘆いたんだけれど、それは全てイベント終了後の話。
とりあえず今は、手っ取り早く初戦を片付けましょう。
「起動……焔獄」
骨だけのくせに重量感たっぷりに甲板に降り立った骸骨甲板長。
さっきまでの千鳥足弥次郎兵衛はどこにやら、この激しい揺れの甲板に変わらないがに股でしっかりと立つ。
さっきも言ったけれど、ここが最初の転送位置で剣士たちは丸腰。
ただでさえ揺れと波に行動を制約されており、ここで甲板長の二刀流に斬り掛かられてはプレイヤー側に損害が出るのは必至。
その前に、甲板に降り立った瞬間を狙って攻撃を仕掛ける。
もちろん魔法攻撃対象とはいえ 【幻獣】。
焔獄でも一撃で落とすことは出来ない。
足を止めて被弾効果で大量にHPを流出させているところを、カニやんやの~りん、【特許庁】 の魔法使いたちが次々と攻撃し甲板長を撃破すると、さっきまで閉じられていた船内へと下りる階段の入り口が開く。
うん? これって……
「たぶん次の敵は自分たちで探せってことですね」
その入り口を前に、不破さんがホストっぽい怪しい笑みを浮かべる。
でもここで立ち止まっていても始まらないし、相手はやる気満々。
嵐が去ったあとの海は穏やかで、揺れも収まって波を被らなくなった。
でも船長はやる気満々で、入り口を前に集結するわたしたちを骸骨たちに出迎えさせる。
船内通路を進んできた骸骨たちはどんどん階段を上がってきて……それこそいつものように、欠片ほどの譲り合い精神を持ち合わせることなく押し合いへし合いしながら、どんどん甲板に出てくる。
もちろん先頭に立つ剣士たちは抜け目なく、まずは素手で殴って骸骨たちの手から剣を奪う。
さすがに重火力揃いだけあってすぐさま船内へと下りる道が開く。
魔法使いの前後を剣士が二手に分かれて挟むように隊列を組み、決して広くはない船内通路を駆け抜ける。
もちろん目指すのは船長だけど、骸骨甲板長の次は確か骸骨料理長、そして骸骨操舵手と続くはず。
でも文字通り船内通路は迷路と化し、当然のようにマップは存在しない。
これだと次は料理長以外と遭遇する可能性もある? ……そんなことを考えながら剣士たちに挟まれて必死に走るんだけど息が……
苦しい
メンバーのほとんどが男の人っていうこともあって、骸骨を斬り捨てながら進んでいるはずなのに速いのよ。
日頃デスクワークに勤しむOLは往復の通勤でぐらいしか運動をしなくて、それだってほとんどが電車に乗って突っ立っているだけっていうね。
しかも先頭を走っているノーキーさんとノギさんが競い合うように骸骨を落としているから、他の剣士の出番がないほど。
「これ、俺たち出番なくない?」
前方を守る恭平さんがこっそりと囁いたんだけど、油断は禁物よ。
何が起こるかわからないっていうのはもちろんあるけれど、ノギさんはともかく、ノーキーさんは突然なにをしでかすかわからない人。
それこそ突然落ちることだってあり得るから、いつでもフォロー出来るようによぉ~く目を懲らして見張っておいてね。
「さすがによくおわかりで」
クロウとともに後方を守る不破さん。
どうして不破さんが後ろなのかとちょっと考えてみたら、きっと 『監視するため』 ね。
もちろんノーキーさんの。
そしてお馬鹿なことをして落ちたら、すぐさま穴を埋められるように備えているんだと思う。
あくまで落ちたあとのフォローであって、落ちるのを止めたりはしないんだろうけど。
「さすがです、女王陛下」
ここでバロームさんに感心された理由がわからない。
「不破さんの酷薄さをよくご存じで」
魔法使いの彼女はわたしたちと一緒に隊列の真ん中にいるんだけど、とりあえずわたしを女王陛下と呼ぶのはやめて頂戴。
ノギさんと競い合うノーキーさんはとにかく楽しそうに調子に乗ってるんだけれど、それを後ろから見ていたバロームさんが 「格好いい……」 とか呟いていたのは聞かなかったことにする。
うっとりした表情をするのはともかく、うっかり速度を落としちゃってその酷薄な不破さんに背中を蹴られたのも見なかったことにする。
先頭の二人はとにかくがむしゃらに斬りまくるから何体も落とし損ねたりして、それを続く恭平さんや串カツさんたちが片付ける。
うん、この二人だって全然格好いいじゃない。
ねぇバロームさん、ノーキーさんなんてやめて乗り換えない?
このゲーム、女性プレイヤーは少ないから選びたい放題なのよ。
それなのに、どうしてよりによってあれを選ぶのっ?
「はぁ……やっぱり好き」
…………全然聞いてないわね、この人も。
でも私はバッチリその呟きを聞いちゃって恥ずかしくなる。
聞いてるこっちが恥ずかしくなるからやめて……。
「大丈夫か、グレイ?」
後ろから来るクロウが、わたしの体力と根性のなさを心配して声をかけてくれる。
あ、でも顔が赤いのはバロームさんのせいだから大丈夫よ。
とりあえず、運営に欠片ほどでも良心が残っていたら次は骸骨料理長が出現するはず。
先頭を行く二人の順路選択が間違っていなければ、骸骨料理長に辿り着けるはず。
それを信じて対戦場所まではなんとか頑張るわ。
だって骸骨料理長は物理攻撃対象で魔法使いの仕事はないもの。
休憩させてもらうわ!!
恋は盲目なのです。
頑張れバローム!