20 ギルドマスターは反省します
pv&ブクマ&評価、ありがとうございます!
今日はいつもの時間帯でお届けいたします。
よろしくお付き合いくださいませ。
「……これは……あ~……」
「珍しくやっちゃったね」
ログインしたわたしの挨拶に、最初に応えたカニやん。
他のメンバーが挨拶を返してくれる中、直通会話で言われるままウィンドウを使って公式の掲示板を確認したんだけど、昨日、シャチ銅で遊んだタイムトライアルが問題になっていた。
炎上中っていうか……見ているあいだにもスレがどんどん伸びてるし……。
そもそも何が問題だったのか?
ナゴヤジョーにある三つのダンジョンの一つ、通称シャチ銅は初心者用ダンジョンでもあり、入場にレベル制限がない。
ダンジョンクリアとタイムトライアルが、それぞれ一回ずつクエストにもなっている。
タイムトライアル自体は銀でも出来るんだけど、レベル制限があって誰でも挑戦できるわけじゃないのよね。
だから銅は初心者にとって貴重なんだけど、実はタイムトライアルも結構貴重だったの。
毎日午前零時更新で、前日の順位トップにはHPポーションが賞品みたいな形で支給される。
初心者支援みたいなもんなんだけど、それを……絶対塗り替えられないような記録にしちゃったのよね、クロウが……。
初心者どころか、そこそこのプレイヤーじゃ太刀打ちできないような記録に。
あの時クロウがやめるよう言ったのはこのことだったと思うんだけど、覚えてたんならあの時言って欲しかったわ。
いつも言葉が足りない……いや、もちろん忘れていたわたしも悪かったんだけどさ……でも言って欲しかった。
しかも、よりによってどうしてあんな記録を出しちゃうかな?
もう絶対わざとよね……
しかもあの時のクロウの 「覚えてろよ」 の意味もすぐにわかった。
プレイヤー同士、任意にアイテムのやりとりが出来るシステムがあるんだけれど、その受け取りポストにHPポーションが入ってるのよ。
差出人はクロウ。
嫌がらせよね?
「ごめん、俺もすっかり忘れてて」
「ううん、わたしなんてクロウに止められたのよねぇ~」
「でも理由は説明してくれなかった?」
いかにも魔法使いって感じの大きな杖を持ったカニやんは、いつものように中央広場の噴水に腰掛けるわたしを見下ろし、ニヒッと笑う。
よくおわかりで。
「言ってくれるわけないよね、クロウさんは」
「言って欲しいんだけどね」
「無理でしょ、クロウさんだし」
「それ、本人の前で言ってよ」
「無理、怖い」
「掲示板も放っておけないけど、とりあえず運営に連絡してみる」
わたしはウィンドウをポチり、運営へのメッセージを入力する。
どうしてここで運営が出てくるのか、カニやんにはわからなかったみたい。
不思議そうな顔で、メッセージを打ち込んでいるわたしを見ている。
「銅の順位だけリセットしてもらえないかと思って」
「ああ、そういうこと」
何をしたいのかは理解してくれたけれど、無理じゃないかって言われた。
「クエストはタイムトライアルに挑戦するってこと。
ストップウォッチ使ってダンジョンクリアすればOKだから、順位は関係なし。
運営は気にしないんじゃない?」
「気にして欲しいからメッセージを送るのよ」
もう、わかってないんだから。
文字数制限があるから、要点だけを書いたメッセージを運営に送った直後、セブン君からのメッセージ到着が表示される。
information ラッキーセブン からメッセージが届きました
「……お呼び出し……」
「誰から?」
「セブン君」
内容は実に簡単。
こっちも文字数制限があるから……にしてはとっても簡潔だったんだけどね。
文字数制限にも引っ掛からないような短い文には……
ちょっと話があるからドーム南のNPC武器屋に来て
【特許庁】 のノーキーさんにも声を掛けてあるよ
「なんか、嫌な予感がする」
「だよねぇ~」
この状況じゃ、お呼び出しの理由なんて他にないじゃない。
ちょっと憂鬱になりながらも溜息を吐く。
「俺も一緒に行こうか?」
カニやんは、何気にあたりを見回しながら言う。
今日はまだクロウが見当たらないから気にしてくれたみたい。
でも 【特許庁】 のノーキーさんにも声を掛けてるってことは、主催者同士でってことだからここはわたし一人で行かなきゃね。
セブン君はともかく、ちょっとノーキーさんは苦手なんだけど、わたしが責任者だもん。
しっかりしなきゃ。
「じゃ、話が終わるまでここで待ってるよ。
ギルチャはまずいけど、直通会話は繋いでおいてくれる?」
ほんと、【素敵なお茶会】 のメンバーって心配性揃いよね。
うん、まぁわたしも人のことは言えないんだけどさ。
ココちゃんのこととか、トール君のこととかね。
セブン君指定のNPC武器屋にはすぐ着いたんだけど、そこにはすでに二人のプレイヤーが待っていた。
一人はもちろん呼び出したセブン君。
もうひとりはなぜか、くるくるに巻いた長い金髪の美女で、ロングスカートに入った深いスリットで悩殺ポーズを決めている。
彼女はギルド 【特許庁】 のサブマスターをしているマダム・バタフライで、わたしたちは蝶々夫人って呼んでる。
でも肝心の主催者がいないのよね。
「揃ったね」
最初に口を開いたのはセブン君。
この集まりの発起人というか、なんというか……。
「主催者に召集が掛かってるのにどうしてあんたがいるのよ、クロウ」
蝶々夫人に言われてわたしも初めて気づいたんだけど、いつの間にかクロウがいたの、背後に。
本当にあんたってストーカーね!
心臓に悪いから、もう少し存在感出してくれない?
『やっぱりクロウさん、いたんだ』
「わたしも今気づいた」
ビックリしていたわたしは、カニやんの囁きに慌てて小声で返す。
これは直通会話だからクロウにも聞こえていない。
ま、わたしが他の誰かと喋っていることは、こんな狭い店内にいるんだからバレてはいるんだけどね。
今はセブン君の指示でエリアチャットだけに切り替えて、ギルドチャットを切っているからここにいる……なぜかいるクロウを含めて4人しか聞こえてないってことになっている。
ちなみにエリアチャットっていうのは、普通に話して聞こえる範囲内での会話のこと。
インカムを通していないから、いつもの広場じゃ、そばにいる人にしか聞こえない程度のものね。
『大丈夫だとは思うけど、このまま待機は続けるよ。
俺のことは気にしないで話して』
「わかった……」
ちらりとセブン君を見ると苦笑いを返される。
「切って欲しいけど、【素敵なお茶会】 は仲がいいから。
みんなグレイさんが心配なんだろうね」
「心配って、クロウがいるのに?」
たぶん課金オプションだと思うんだけど、蝶々夫人は長い真っ赤なつけ爪をした指でクロウを指さす……すっごく無造作な手つきでね。
「そういう蝶々夫人だって、僕が呼んだのは主催者なんだけど?」
「来るわけないでしょ、あれが」
わざわざ蝶々夫人にセブン君からのメッセージを転送して、代理出席を主催者として命令してきたんだって。
こういう時だけ都合よく主催者権限を使うって怒るわりに、蝶々夫人も、律儀にちゃんと従うのよね。
さっさと見限っちゃえばいいのに、あんな主催者……。