191 ギルドマスターは腕を失います
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下りぬなら、下ろしてみせよう、ぶっ飛ばせ!
もちろんわたしが詠んだわけじゃないわよ、柴さんとムーさんよ。
どう見たって脳筋的発想じゃない。
それにJBやトール君が同調しちゃって、ジャック君や、普段物静かなマコト君まで。
「さっきのベリンダを見たあとじゃな。
というわけで俺も参戦してくる」
わたしにとって心ここにあらずの元凶である恭平さんなんだけれど、言った本人は意外なほどケロリとしていて、他のメンバーに混じって航海士攻略を始める。
みんな、わたしと違って反射神経は普通以上にあるから、航海士が投げてくる巨大鉛筆に串刺しにされることはないけれど、まず、あの物見台まで辿り着くのが難しい。
だってあの巨大骨格標本、航海士なんてインテリっぽい仕事をしているくせに鉛筆投げが上手いのよ。
帆柱を上る柴さんたちを的確に狙ってくるの。
しかも凄い腕力……は 【幻獣】 だから朝飯前ね。
わたしは寝坊しちゃったから朝ご飯抜きだけど……ちょっとお腹空いた……。
「あれ、下りてくるぞ」
不意にカニやんが言い出す。
ん? どういうこと?
あれって、あれよね? 航海士……そう思って話しかけてきたカニやんから視線を物見台に移したら、丁度巨大鉛筆を担いだ航海士が物見台から身を躍らせるところだった。
来た!
あれ、追い込めば下りてくるの?
つまりこれが航海士の攻略方法っ?
なんでもいいけど! ……あ、全然よくないけど来たから細かいことを考えるのはあとで。
来た来た来た、下りてきた。
帆柱から飛び降りるだけならともかく、わざわざこんな近くに着地しないでよ。
「わざとだろ」
「下がれ」
カニやんの皮肉にクロウの声が重なる。
言われるまでもなく、カニやんはキンキーを庇いつつ後退。
わたしとカニやんのあいだから飛び出したクロウが、飛び降りた骸骨航海士とわたしたちのあいだに立ちはだかる。
「起動……」
ライカさんに聞いた話では、骸骨航海士は物理攻撃対象。
だから魔法が通じるかはわからないけれど、足止めくらいにはなるかと思ったのにクロウのほうが速かった!
腹が立つ!!
さすがに 【幻獣】 が相手ではクロウの 【一刀両断】 も、それなりの威力はみせるけれど一撃のもとに落とすことは出来ない。
航海士も遠距離攻撃用の杭からすぐさま換装……したのはわかったんだけれど、またまたあれはなによ?
わざわざ換装したんだから近接用の武器だと思うんだけど、あれは武器なの?
だってどう見たって三角定規とコンパスよね?
三角定規を盾代わりに、コンパスを剣……というより短い槍?
「槍っていうより銛」
うん、さすがカニやん、適切だわ。
よくわからない戦闘スタイルなんだけど、でもそういうことなんだと思う。
最初の一撃は打ち込めたクロウだけど、さすがに二撃目は三角定規で防がれた上に反撃の銛を撃ち込まれて後退を余儀なくされる。
クロウには盾がないから、持っている短剣で打ち払えなければ下がるしかない。
「演蛇」
速さでクロウに負け、発動し損ねていた 【演蛇】 がやっとの出番よ。
地団駄踏んで魔法陣を踏み潰してもよかったんだけど、堪えてよかった。
もちろん物理攻撃対象だから魔法が効かないのは予想済み。
足止めが出来れば十分。
でもね、だからってラウラが仕掛けるのは想定外。
木登りが出来ないからってクロウと居残り組になっていたラウラが、演蛇で金縛り状態になったのをいいことに航海士に殴りかかったの。
ソレは 【幻獣】
もうね、何回同じことを言えばわかるの?
【幻獣】 のVITはそこらの敵とは桁違い。
まして魔法耐性なんだからダメージが出ないのはもちろん、【演蛇】 が強力な攻撃スキルであったとしてもどれほども保たない。
それこそ足止めが出来るのは一瞬。
わたしはクロウが体勢を整える時間だけを稼げればいいと思っていたからこのタイミングで 【演蛇】 を放ったわけで、ここでラウラが飛び出すのは本当に想定外。
気づいたくるくるが首根っこを捕まえようとしてくれたけれど、掴める襟首がなくて空振り。
水着装備だからね、それこそ首根っこを掴むくらいしか出来なくて、それはさすがに躊躇われたらしい。
で、逃がしてしまい、航海士に向かって真っ直ぐに駆け出すラウラ。
そもそも本来は前に立つべきクロウがわたしより後ろにいたのは、前に立たれるとわたしの視界を塞ぐから。
それでいつもすぐ後ろに立っているんだけれど、まだまだ剣士初心者のラウラはまだ自分の立ち位置を理解していなくて普通に、それこそ何も考えずに後ろに立っていたのがギリギリで幸いした。
以前はトール君もそうだったわね、懐かしい。
レベル差と、ステータスの配分違いでAGIもわたしのほうが上回っていたと思う。
VITも上回っていると思うけれど、わたしはあくまで魔法使いなの。
だから 【幻獣】 の攻撃に耐えられるはずがない。
ギリギリでラウラに追いつき腕を伸ばして前進を押しとどめたところに、【演蛇】 を振り切った航海士の投げる銛が飛んでくる。
痛い!!
見事な航海士の投擲コントロールで、ラウラの胸部を狙った銛はわたしの腕を貫通。
足りないVITの分だけラウラに刺さる。
ごめん!
わたしにもう少しVITがあればよかったんだけど、魔法使いだから仕方ないの。
レベルは同じでも剣士より全然VITはないのよ。
だから 【幻獣】 を相手に、ここまで頑張れただけでも褒めて欲しい。
わたしの、ゴボウのような足よりさらにゴボウな左腕は肘より先を欠損。
わずかな時間とはいえ、貫通攻撃によるダメージは継続する。
そこに多大なダメージを受ける部位欠損で、わたしは大量のHPを流出させた。
その被弾効果は自分でもちょっとビビるくらい。
一瞬で脱水症状を起こすんじゃないかって思うくらいの冷汗が噴き出す。
大ダメージを受けた時は視界の隅に数秒間、HPゲージを表示するよう設定しているんだけど、ギリギリ安全圏を示すグリーン。
部位欠損自体継続ダメージだからどんどん減っていくんだけどね。
これは落ちるかも……
そんな不安を頭の隅によぎらせながらも、胸部に銛を受けたラウラを回復する。
魔法使いは、攻撃が全方位なら回復だって当然全方位。
一番ラウラに近い場所にある左腕は肘より先がないから、視界による誘導で回復対象を指定する。
このあいだにも剣士たちは航海士を攻撃し、わたしはHPを流出し続ける。
こういう時に限ってゆりこさんがいないのよね、困ったことに。
「なんで自分じゃねぇ!」
怒声と共にカニやんにHPポーションを投げつけられる。
わたしを心配してくれるのは嬉しいけれど、これはちょっと乱暴すぎない?
すぐさま同じようにHPポーションで回復してくれるくるくるとぽぽが止めてくれるんだけれど、なぜかクロエだけはMPポーションっていうね。
「え? だってすぐ部位欠損回復するんでしょ?
じゃあMPがいるじゃん。
演蛇で消費して、お人好しして消費してるくせに」
なるほど。
このままHPを回復しても流出は止まらないもんね。
「だからそうじゃねぇだろうが!」
もう一本、カニやんにHPポーションを投げつけられる。
投げないでよぉ~。
そんなに怒ることないでしょ?
だってラウラのほうがHPの最大値が低いんだから、直撃じゃなかったにせよ、あれだけの流出があればちょっと危険な領域に入ってるわよ。
ゆりこさんもいないんだし、先に回復しなきゃ。
「それも練習!
自分でやらせろ」
…………あ、そういうこと…………。
そっか、そうだった。
わたしは攻撃魔法使いだから、一緒に戦うメンバーはわたしに回復魔法使いの役目を期待しちゃいけない。
このダンジョンは回復魔法使いはいないという前提での攻略だから、被弾状況とHP残量、回復タイミングを全て自分で判断しなければならない。
まぁ普通のダンジョンならそれでもいいけれどここはイベントダンジョンだし、ボーナスステージが混在する悪影響か、みんな 【幻獣】 ってことを忘れがち。
ベテラン勢ですらそうなんだから、まだまだ剣士としては初心者のラウラじゃ仕方ないじゃない。
もちろんカニやんが言いたいことだってわかるけれど、ちょっと厳しいと思う。
「そうじゃなくて、自分が落ちてまですることかっ!」
大丈夫、もう少しだけなら保つわ。
まだちょっと危険な領域だもの。
「さっさと回復しろや!」
はいはい、そんなに怒らなくてもいいじゃない。
…………ん? ……あら? なんだっけ?
久しく使っていなくて、すぐには思い出せなくて、それでもかなりヤバい領域に入る直前には部位欠損を回復。
リカバーよね、うん、ちゃんと思い出した。
でもこれを使うとMPの消費が半端なくて、回復にポーションを大量消費することになる。
わたしがHPとMPの両方の回復に忙しくしている最中、剣士たちが航海士を落とし、直後、全員にインフォメーションが出た。
information 骸骨船長への挑戦権を得ました
やっぱり最終戦は船長なんだ。
でもこのまま挑戦出来るわけじゃないらしい。
このあと骸骨航海士をクリアしたわたしたちに、インフォメーションはダンジョンを出るかどうかを訊いてくる。
選択肢もいつもどおり 『yes』 しかないから、このまま船長に挑戦出来るわけではなさそう。
試しに 『yes』 をポチったJBはすぐさまどこかに転送される。
タイムラグがあって、インカムからその声が聞こえてきた。
『浜に転送されたっす』
【treasure ship】 通常ステージをいつもどおり攻略終了ってことね。
つまり挑戦権は得ても、すぐ挑戦出来るわけではない。
う~ん、これはどうしたらいいのかしら?
「グレイ、大丈夫か?」
他のメンバーと一緒に航海士を落としてクロウが戻ってくる。
大丈夫よ、あんな大きなダメージは初めてだったからビックリしたけど。
部位欠損だって、他の人が欠損するのは見たことがあったけど自分では初めてで、あんなに痛いなんて思わなかったけど泣かなかったわよ。
「そうか」
どうしてそこでこそっと笑うの?
わたしのこと、馬鹿にしてるでしょ。
「…………」
その沈黙はなに?
否定しないのっ?
否定もしなけれど肯定もしないクロウは、黙ったままわたしの頭を撫でてくれるだけ。
これはどう解釈したらいいのかしら?
「無事でよかった、とかじゃないの?」
いつもと変わらない恭平さんがいうと、すぐさま脳筋コンビが 「俺もそれに一票」 「俺も」 とか言いだして、他のメンバーまでが同意するとか……それ、なんの投票?
とりあえずここにいても仕方がないから浜に戻りますか、ルゥもそろそろ待っているだろうし。
浜に転送されてみれば、先に戻っていたJBがルゥを発見してくれていた。
波打ち際で……あれは何をして遊んでいるのかしら?
打ち寄せる波から猛ダッシュで逃げて、引く時に慌てて追いかける。
で、また打ち寄せるタイミングにダッシュで逃げる。
たまに失敗して波を被ると、ビックリして大きく眼を見開いちゃって……うん、安定の可愛さね。
残念なところも通常運転だわ。
ルゥ、ただいまぁ~! って声を掛けて両手を広げてみせたら、すぐに気がついたルゥはきゅー! って嬉しそうな声を上げて走ってくる。
その短い足で、本当に速いんだから。
浜に戻ってから船長戦についてメンバーで話し合ってみたんだけれど、当然といえば当然だけれど結果は出ず。
知っていることを忘れているだけなら思い出すことも出来るけれど、知らないことはいくら考えてもわからないのよ。
仕方ない
というわけで一度解散することにした。
丁度お昼時でログイン人口も減っているらしい。
浜に見掛けるプレイヤーもまばらになっている。
よし、急いで顔を洗って着替えて、ご飯をちょっとだけ食べて歯を磨いてくるわ。
第二部こそ遅刻しないようにしなくちゃ。
気合いを入れてログアウトしようとしたわたしに、脳筋コンビが話しかけてくる。
「着替える?」
「全裸でゲームか?」
そんなわけないでしょっ!!
そういえば 【Gの逆襲】 二日目第一部の勝敗はどうなったんでしょうねw