186 ギルドマスターは悪夢には悪夢で対抗します
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伊勢湾側とは反対の出入り口では多くの剣士が超巨大Gに押し潰され、死亡状態となってその場を動けないまま。
そのプレイヤーの屍を踏みつけるような形で超巨大Gがどんどん押し寄せてくる。
伊勢湾側もそうだったけれど、おそらくこちら側も最初の一斉沸きの段階で総崩れになったんだと思う。
そんな阿鼻叫喚の中でも生き残っているのが、暇を持て余していたところを柴さんたちにスカウトされたノギさん。
それにライカさんやリーさんたち、一部の中堅剣士。
特にノギさんなんて、一部や二部で誰も誘ってくれなかった反動か、それはそれはもう生き生きとしちゃって絶対に落ちそうにない勢い。
それでもきっと、結構なHPを削られているはず。
その健闘っぷりに感化され踏ん張っているライカさんたち 【暴虐の徒】 や 【アタッカーズ】 のメンバーたちも。
実際、Gの隙を見て自分でHPポーションを使って回復を試みている。
でもこの状況はすでに持久戦ではなく消耗戦。
いずれ回復が追いつかなくなるのが見えている。
そうして一人、また一人と落ち、最後は誰もいなくなる……まぁ消耗戦が続けばそうなるわよね。
「すいません、酷い有様で」
駆け付けたわたしを見て、セブン君は開口一番に謝罪してくる。
ここはセブン君が謝るところじゃないし、謝って欲しくもない。
今わたしが一番欲しいのはこの状況を打開する案よ、なにかない?
「あれば実行してるよ」
すぐそばにいた 【鷹の目】 のメンバーが横から口を挟んでくる。
名前は知らないけど顔に見覚えはある。
確かサブマスよね。
でもまぁ言っていることはごもっともだし、今は言い返さないでおく。
その 【鷹の目】 も、さすが主力の銃士たちはなんとか健在で、まだ誰一人落ちていない。
第二部の敗走を、殿代わりに支えた火力だけのことはある。
でも数少ない剣士は全滅。
前衛の現状を支えているのはノギさんと 【暴虐の徒】 と 【アタッカーズ】。
それに他のプレイヤーたち。
これはまず、死亡状態のプレイヤーの救出より、現状を支えているメンバーの回復が先かな?
「グレイさん?」
「ちょっと乱暴な方法だけど、考えがあるの」
わたしがなにを考えているのか、もちろんセブン君にはわからない。
だからちょっと苦笑いされちゃったけれど、他に方法がなく、まだ生き残っているメンバーたちだって、このまま抑えの前衛が全滅してしまえば生き残れないもの。
同じ主催者の立場だから、少しでも早く死亡状態のメンバーを救出してあげたい気持ちはもちろんわかる。
でもそれじゃあ立て直せない。
立て直せなければ根本的な解決にはならず、また敗戦よ。
それこそ運営の思う壺って気がして面白くない。
そもそもこういうものは、やられたらやり返すのが礼儀でしょ?
マナーでしょ?
それもただ返すだけじゃ駄目。
倍返しよ!
……これ、ちょっと古かったかしら?
そういうドラマがあったような気がするんだけど、忘れて頂戴。
ちょっと恥ずかしくなって思わず顔を隠しちゃったわ。
「お任せします」
ありがと。
セブン君の承諾を得たわたしは前線で自由自在に斬りまくっているノギさんに声を掛けるんだけれど……これ、わざとよね?
ちゃんと大きな声を出して呼びかけているのに無視されてる。
うん、これ絶対にわざと無視してる!
ムカつく!!
いいわよ、そっちがそのつもりなら別の方法を使うから。
……ということでわたしは急遽、伊勢湾側からベリンダを呼び寄せる。
一応伊勢湾側の戦況を確認したら、とりあえず死亡状態のプレイヤー救出はほぼ終わり。
今はHPを回復させつつ前線の維持をしているらしいんだけれど、それを見て、敵前逃……ゲフゲフ……えっと、【金魚すくい】 の悪夢に怯えたプレイヤーたちもボチボチ戻り始めているらしい。
さすがに全員とはいわないけれど、ある程度戻ってきてくれれば勝てるんじゃない?
うん、希望が持てた。
よし、じゃあこっちも押し返すわよ。
ということで要領を託したベリンダに、前線にいるライカさんたちのところまで伝令に走ってもらう。
だってここから叫んでも、聞こえているくせにノギさんは無視。
かといってわたしがあんな前までノコノコ歩いて行ったら、一瞬で圧死確定よ。
誰が行くものか
もちろんベリンダもSTRやVITはそれほど高くはない。
だからAGIを生かして伝令役だけを果たしてくれれば任務完了。
無理に戦ってGを落とす必要はない。
作戦を託したベリンダは 「任せて」 と意気揚々、さらなる地獄へと飛び出していく。
勇ましい
しかもちゃんと役割を果たして無事生還。
作戦が前衛に伝わったところで、わたしは足下でちょこんとお座りをしているルゥを見る。
その大きな赤い目と目が合うと、撫でてもらえると思って期待にキラキラ輝く。
うん、可愛い。
ねぇルゥ、撫でてあげる。
あとで抱っこもしてあげるから一つ、お願いを聞いてくれない?
すわったままのルゥはきゅ? と一つ鳴いて不思議そうに小首を傾げると、わたしのお願いを聞いて犬のようにワンッと一つ吠える。
そして次の瞬間、迫り来るGの群れに向かって走りながらその小さな体をまるで風船のように大きく膨らませる。
その向かう先にいる超巨大Gは、たぶん 【幻獣】 じゃない。
元々Gはこのナゴヤドーム周辺にたまに沸いて、そこそこ物理攻撃にも魔法攻撃にも耐性がある。
レベル上げをする初心者が、最初に出くわす手強い相手といってもいい。
それを超巨大化させたってことは、元々高めに設定されているVITをさらに高くしているはず。
ついでに体の巨大化に伴ってSTRも上げて、HPも上げているはず。
でも 【幻獣】 ではないはず。
以前の 【金魚すくい】 に現われた巨大金銀銅シャチは、元々ナゴヤジョーから脱走してきた……えっとなんていったっけ?
あ、そうそう。
スタンピード!
ナゴヤジョーから溢れた魔物たちっていうイベント設定だったから、あの巨大金銀銅シャチは間違いなく 【幻獣】 だった。
でもこのGは、【treasure ship】 の沈没船から陸に上がってきたっていう設定。
だったら元が 【妖獣】 だか 【魔獣】 だか忘れたけれど、どっちにしろ餌を食べ過ぎて巨大化しているだけで 【幻獣】 じゃないことは間違いない。
つまりただの肥満
ただの肥大化現象よ。
そんなもの 【幻獣】 の敵じゃないわ。
あの 【フェンリルの森にようこそ】 で出現したフェンリル本来の姿に戻ったルゥは、残虐非……ゲフゲフ……えっと、野生の獣そのもの。
うん、相変わらず猛々しいわ。
見事な高STRと高VIT、そして高HPで巨大Gの数にものをいわせた攻撃なんてものともせず。
俊敏性までも生かしてやりたい放題よ。
あの姿を生で見たことがあったのは、イベントで唯一フェンリルが捕らわれていた岩屋に辿り着けた 【素敵なお茶会】 のメンバーだけだったから、初めて直接見た 【鷹の目】 のメンバーたちはほとんど顔を引き攣らせちゃって。
さすがのセブン君も驚いている。
「あれを倒したんですよね、グレイさんたち」
そうね、かなり痛い目に遭ったけれど。
ううん、凄く痛い目に遭ったわよ……主にクロウが。
もちろんルゥ一体じゃ広い出入り口全体をカバー出来ないから、そこはわたしを含めた後衛で。
そのあいだに剣士たちが回復を急ぐ。
そろそろ伊勢湾側に戻ったベリンダからわたしの伝言を聞いた蝶々夫人が来てもいい頃なんだけれど……まだ回復にかかってるのかしら?
もちろん蝶々夫人を呼んだのは死亡状態のプレイヤーを救出するため。
ただ、ルゥが暴れているこの状態では、あの足下には近づけない。
だから蝶々夫人の到着と、剣士の回復をもってルゥは下げる。
プレイヤーに対して攻撃を仕掛けることはないと思うけれど、たぶん邪魔になったら容赦なく蹴り飛ばすと思うから。
だってルゥだからね、ルゥなのよ。
残念すぎる子
「はぁ~いグレイちゃん、お、待、た、せ」
到着した蝶々夫人は乱れた金の髪を整えながら、妖艶なポーズをとってみせる。
そのピンヒールで全力疾走とか、ほんとどんな足をしているのかしら、蝶々夫人って。
「来たな、変態野郎。
魔女、ペットを下がらせな!」
髪の色や装備が装備だし、しかも背が高い蝶々夫人は本当に目立つ。
すでに回復を終えていたノギさんはその到着を待っていたらしく、目ざとく彼女を見つけてわたしに声を掛けてくる。
もちろん下げるわよ。
「ルゥ、小さくなって戻ってらっしゃい」
わたしが声を掛けると一瞬ルゥの耳がぴくりと動く。
その直後にGの突進を食らってしまったルゥは、怒りの唸り声を上げて一撃のもとに踏み潰す。
そしてまた、いつものように一瞬で小さなルゥに変身。
華麗な着地を見せたものの、直後、別のGが大きな足で小さくなったルゥを踏み潰そうと迫る。
そのおぞましい足を、素早くあいだに入ったノギさんの大剣が受ける。
「さすが 【幻獣】 だな。
さっさと飼い主のところに帰んな、チビ助」
ノギさんなりの労いなんだろうけれど、気に入らないルゥはぎゅ~! っと不満そうな声を上げ、鼻に皺を寄せて牙を剥く。
ちょっとルゥ、ダメよ!
ほら、戻っておいで……ってわたしが改めて呼びかけると、一瞬でノギさんのことなんて忘れてしまったかのように一目散にわたし目掛けて走ってくる。
あの短い足で、びっくりするくらい速い速い。
はい、到着!
ボフッと飛び込んできたルゥを受け止めたわたしはガッツリとホールドし、ルゥと入れ替わりに前線に戻ったノギさんたち剣士を援護。
少しずつGを押し返し、隙を狙って蝶々夫人が死亡状態のプレイヤーたちを拾っていく。
もちろん時間は掛かる。
でもわたしたちの目的はドームの防衛であってGの殲滅じゃない。
そもそもイベント時間内は無限沸きだから、殲滅は出来ない仕様だもの。
だから瞬発的な大火力は必要ない。
一定の火力をひたすら維持し続けること、それが勝敗の鍵だと思う。
そうすることで、案の定、撤退していたプレイヤーたちも戻ってくる。
残り時間は30分を切っている。
こちら側の前線も安定してきたし、わたしと蝶々夫人は伊勢湾側に戻るわ。
あ、そうそう。
こちら側のみんなにはお願いがあるの。
ルゥを使ったことは内緒で
だってわたしってば伊勢湾側がメインの防衛隊員のくせに、こんな大きな火力を持ったルゥのことをすっかり失念していて使わなかったのよね。
最初からちゃんと覚えていたら、もっと楽に伊勢湾側だって立て直せたのに……だから内緒でお願いします。
みんなの嫌味が……特にクロエの毒舌が怖い!
「【幻獣】 を使うとか、プレイヤーの裏をかいた運営の、さらに裏をかく反則技だね」
結局いわれた。
動画や公式サイトのトピで実況をしていた人がいたらしく、ログを見たマメによってみんなにバラされたっていうね。
つまりわたしは口止めするところを間違えたらしい。
で、でもいいじゃない!
勝てたんだし
そう、やっと勝てたのよ。
三戦目にして初勝利。
それでもまだプレイヤー側はHP1%の減少措置が残っている。
ということで次も勝ってタイに戻すわよ!
……とりあえずルゥを洗わなきゃ!!
目には目を、歯には歯を。
そして巨大化には巨大化をw