185 ギルドマスターは悪夢の再現に悩まされます
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なにがどうしてこうなったのか?
気がつくとわたしたちは地獄の中にいた。
ううん、なにがどうしてじゃなくて、わたしたちは運営を舐めていたのよ。
だからこうなったの。
なによ、これっ?!
夜時間を迎えてから始まった 【Gの逆襲】 初日第三部。
その開始を知らせるブザーを聞いた数秒後、わたしは逃げ出しそうになった。
「そこの喪魔女、どこ行くつもりだ?」
露骨に逃げようとしたらバレるから、こっそりと……ゲフゲフ……知らず知らずのうちに恐怖から後じさっていたらしいわたし。
でもすぐに気づいたカニやんに、非難めいた質問を受ける。
どこって、ギルドルーム。
だってあそこが一番安全そうだもの。
「どうだろうな?」
『ちょっとカニやん、不安になるようなことを言わないでくれる?』
そのギルドルームに隣接する自分の作業部屋にお籠もり中のハルさんの声が、インカムから聞こえてくる。
本気で不安がっているわけではなさそうだけれど、状況はちょっと不安になったほうがいいかもしれない。
だって攻防戦開始を知らせるブザーを聞いた数秒後、ナゴヤドームを襲うべくわたしたちの前に現われたのは巨大G。
忘れてた……
以前にあった、一見アットホームなファミリーイベントに見せかけた 【金魚すくい】 は、終了時間間際になって突然狩り対象のシャチが巨大化……じゃなくて、巨大シャチしか沸かなくなって、それも沸きのスピードが猛烈に上がってあっという間にエリアが金銀銅の巨大シャチに埋め尽くされ、目が痛くなった……じゃなくて、えっと、どこを見てもピカピカで目が痛くなったのは本当だけれど、そのおかげでほとんどのプレイヤーが最後まで生き残れなかった。
まさに大量虐殺。
終了後、歩いてナゴヤドームに戻ろうとしたら死亡状態のプレイヤーが邪魔で全然進めないという、まさに死屍累々。
何人か手足を踏んじゃったのはご愛敬よ。
開き直って寝転んでいたプレイヤーにいたっては、お腹とか踏んじゃったけど。
だって手前にいたプレイヤーを避けようと思ったら躓いちゃって、踏ん張ろうとして足を出した位置に丁度寝転んでたんだもの。
不可抗力よ
ちゃんと謝ったから。
怒ってたけど、踏まれたくなかったらあんなところで寝転ばなきゃいいのよ。
向こうだって立派な通行妨害じゃない。
死亡状態になったプレイヤーはその場から動けなくなるけれど、だからって通り道を塞ぐように横たわる必要ないじゃない。
せめて端っこですわっていればいいのに。
しかもそれをやっているのが一人や二人じゃなくて、何回蹴躓いて、何回踏みつけたかなんて覚えていない。
元々数えてなかったし、すでに終わった過去のイベント。
どうでもいいわ。
そもそも問題は運営で、プレイヤーじゃないの。
運営なのよ!
またやってくれて、わたしたちプレイヤーを地獄に落としてくれた。
そう、やってくれたのよ、大量虐殺を!
開始を知らせるブザーを聞いた数秒後、ナゴヤドームを強襲してきたのは無数の巨大G!!
そのフォルムが凄くよくわかるくらい大きな巨大Gが……それこそ手足に生えた毛みたいなものまで見えるくらい巨大なGが、暗闇の中をウゴウゴと蠢くように次々と沸き、ガサゴソと襲ってきた。
直後、前衛の剣士たちはもちろん、肉壁の向こうにその姿を見たわたしたち後衛からも悲鳴が上がる。
うん、わたしも叫んじゃったわ。
だってまさかこう来るとは思わなかったもの!
予想外よ
すでにプレイヤーは二連敗。
HPを最大値から3%減少される措置を受けている。
次に負ければ5%の減少。
さすがにこれ以上は負けられない。
そう思ってこの第三戦はちゃんと準備をして挑んだのに、おかげで総崩れ。
逃げ出したプレイヤーの中には、金魚すくいの恐怖を思い出した人もいたのかもしれない。
もうちょっと早く思い出していれば恐怖心も薄れたかしら?
少なくとも心構えは出来たかも。
とにかく大失敗よ。
「一刀両断」
最初は、柴さんたちと一緒にNPC武器屋で購入しておいた使い捨ての両手剣を装備していたクロウは、素早く状況を判断して砂鉄に換装。
剣士には珍しい詠唱スキル 【一刀両断】 を使って巨大Gを、言葉どおり一振りで両断する。
それを見てノーキーさんも調子づく。
「あ、俺もやるやる!
一刀両断!」
うん、ノーキーさんも持ってるのね 【一刀両断】 ……と思ったら不破さんや串カツさんまでが続く。
さすがに 【素敵なお茶会】 や 【特許庁】 のメンバーは逃げずに踏みとどまっていて……あ、ジャック君やトール君たちはビビってたけどね。
ビビって露骨に後退はしていたけれど戦線は離脱せず。
前衛と後衛の中間点あたりでギリギリ留まっている。
もちろんヤバそうなら下がってよ。
本来ならばこの 【Gの逆襲】 は、【素敵なお茶会】 が得意とする持久戦。
だから人数を減らさず火力を維持する必要がある。
落ちても回復魔法のプロがいるからすぐに復活してもらえるけれど、復活スキルよりHP回復だけのほうが手っ取り早くて数をこなせる。
一番人数の少ない回復役を維持するためにも、落ちるよりHP減少に止めておいて欲しい。
もちろんその中途半端な後退も、脳筋コンビとかの援護があってこそだけど……これはちょっと無理ね。
「立て直すわ。
下がって!」
「起動………………」
「起動……」
わたしの合図に合わせ、わたしより詠唱時間の長いカニやんが先に詠唱を始める。
遅れてわたしも詠唱。
かなりの戦線離脱を出しながらもGの侵攻を押しとどめようとした剣士たちの、壁が割れるのにタイミングを合わせて業火をぶっ放す。
幸いにしてこちらには回復魔法の使い手が二人もいる。
協力ギルド以外にも回復魔法使いはいるかもしれないけれど、それはわからない。
でも確実に二人いるのはわかっていて、しかも一人は死亡状態の回復まで出来る。
うん、まぁわたしも出来るけれど、今は火力として参戦しているから回復まで手が回らない。
そもそもこのゲームには攻撃を専門にする魔法使いと、回復を専門にする魔法使いっていう職分けはされていない。
最近の~りんに聞いたんだけれど……もちろんゲームによって色々とシステムは違うと思うけれど、このゲームでは攻撃を専門にする魔法使いをソーサラー。
回復を専門にする魔法使いをヒーラーって呼んでいるらしい。
つまりわたしやカニやん、の~りんはソーサラー。
蝶々夫人やゆりこさんはヒーラーね。
でも公式にそんな職分けはされていない。
あくまでもプレイヤーのあいだで作られたローカルルール。
だからどちらのスキルも取得出来るんだけど、実際に戦場に立つと、攻撃参加していると攻撃に忙しくて回復には手が回らず、かといって回復をしようと思えば攻撃にまで手が回らない。
パーティーを組んでいるメンバーにしても、それだと期待する火力を得られず、回復も援護もしてもらえない。
そこで攻撃専門か回復専門か、分けた方がやりやすいってことになった。
だから火力として参加している以上、みんなはわたしに回復を期待しないし、わたしも回復はしない。
しかもスキルがあるからって両方の役をしていたら、自分のMP回復が全然間に合わない。
魔法使いのMPが枯渇したら死活問題だから。
死亡フラグ直立よ
1°の狂いもなく綺麗に直立するわ。
だからわたしは得意の火焔系範囲魔法を連発し、開始直後の混乱で被弾したプレイヤーの回復や、圧死したプレイヤーの救出はゆりこさんと蝶々夫人に任せる。
「先に回復する」
MPを回復するためとはいえ、同時に攻撃の手を止めることは出来ない。
だからタイミングをずらすため、カニやんが声を掛けてくる。
大技を使うわりに、わたしとカニやんのMPは保っている方だと思う。
すでに他の魔法使いは回復を始めていて、少しずつ火力が落ちていく。
これ、通常装備でこの調子だと、水着装備だったらとっくに攻め込まれて終わってるわね。
「ヤバいよなー」
うん、絶対そうよね。
最初の一斉沸きの勢いで際どいところまで攻め込んできたGを、あともう少し押し返しておきたい。
でも個々にMPの回復を始めた魔法使いの火力はどんどん落ち、範囲攻撃を持たない銃士の援護だけでは維持が難しくなってきた。
剣士を戻してこの位置をギリギリ維持するか、ギリギリまで頑張って押し返せるところまで押し返すか。
ただでさえ優柔不断なわたしなのに、この状況以外の不安要素がさらに判断を迷わせる。
ど、どうしよう
「グレイ、一度引け」
クロウ?
詠唱を続けながら悩んでいたから、考えていたことが口から漏れていたってことはないはず。
でもわたしの迷いが全部ダダ漏れになっていたようなタイミングでクロウから指示が来る。
それにノーキーさんが続く。
「野郎ども、押し返せ!
気ぃ抜くんじゃねぇーぞ!!」
まるでヤ○ザの出入りのようなノーキーさんの煽りに、 【特許庁】 の剣士だけでなく柴さんやムーさんはもちろん、【グリーン・ガーデン】 の剣士やフリー参加のプレイヤーまでが陽気に応える。
じゃあここはお言葉に甘えて、ノーキーさんに旗振り役をお願いするわ。
わたしはもう一つの案件を確かめるべく、MPの回復をしながらウィンドウを操作してセブン君に直通会話を繋ぐ。
だって伊勢湾側がこれだもの。
向こうだって意表を衝いた巨大Gの襲撃に、結構なプレイヤーが逃げ……ゲフゲフ……後退、あるいは戦線離脱している可能性がある。
わたしはそう思ったんだけれど、どんな感じかしら?
『御明察』
そう答えるセブン君の声はいつもの穏やかさはなく、かなり切羽詰まっている。
わかった、そっちに行くわ。
『え? そっちはどうするの?』
伊勢湾側はカニやんとクロウに任せるわ。
この二人が落ちる可能性は少ないし、万が一が起こってもクロエや蝶々夫人がいるもの。
でも配置を換えることだけは知らせておかないと。
「えー! 僕は嫌だよ、このメンバーじゃ。
その時は蝶々夫人がやってよね」
「この我が儘っ子。
大丈夫よ、いざという時はあたしが責任を持ってお尻ひっぱたいて働かせるから」
クロエはいつものクロエだけれど、蝶々夫人は責任を持つところが違うと思う。
でもそれを指摘する前にノーキーさんに割り込まれる。
「ぐれぇ~い、俺もいるぜぇ~」
「黙れ脳筋、さっさと斬れ」
「ん?」
「呼んだか、不破?」
どうして不破さんの言葉に柴さんとムーさんが反応するのよ? ……と思ったら……
「俺ら、いつも女王に脳筋って呼ばれてるから」
「わりわり、ついついいつもの癖で」
…………わたしのせいなの?
なんだか腑に落ちないんだけれど、とりあえずわたしは反対側に走るわ。
押し返したら戻るから、それまで維持よろしく。
「気をつけて行け」
ありがと、クロウ。
こっからそこまでだもの、転んだりしないわよ……と思ったのに、走り出そうとした矢先、足下に可愛らしくお座りしていたルゥに躓くっていうね。
どうしてそこにいるのかしら?
ううん、そもそもルゥのことを失念していたわたしが悪いのよね。
またしても……
ほんと、飼い主失格だわ。
しかも 【幻獣】 のVITは魔法使いのモヤシなSTRなんかじゃビクともしなくて、「なにか当たった?」 くらいの認識しかないらしい。
お座りしたままのルゥは不思議そうな顔をしてきゅ? と鳴きながら首を傾げる。
そしてわたしに蹴られたところを後ろ足で軽く掻き掻き……うん、虫に刺されてちょっと痒いって感じね。
わたしのSTRはルゥにとってそんなものなのね……なんか落ち込む。
「ちょっとグレイさん、それ、連れて行ってよ」
今の出来事でわたしがルゥを忘れていたことに気づいたの~りんが、空恐ろしい物でも見るように言う。
そんなに怯えなくてもいいじゃない、こんなに可愛いのに。
さ、ルゥ、行くわよ。
わたしが声を掛けて走り出すと、ルゥもきゅ! と可愛く応えて走り出す。
ここまではよかったんだけれど、どうしてこれだけ足の長さに差があるのにルゥのほうが速いのよっ?
しかも今回はわたしの方が先に走り出したのに、こんなにいとも容易く抜かれるなんて……さらに落ち込むわ。
でも、まぁルゥはルゥだからね。
わたしを追い抜いて得意げに前を走り出すんだけれど、相変わらず目的地をわかっていないの。
こっちよぉ~
なんて、泣きながら追いかけてくるルゥの前を走って、ちょっとの優越感に浸っていられたのはわずかな時間だけ。
駆け付けた反対側の出入り口はすでにプレイヤーが死屍累々。
あの金魚すくいの悪夢が再現されつつあった。
同じ悪夢でも、巨大シャチのビッチビチ、シャコーン! の方が全然マシですよね・・・(涙