180 ギルドマスターは予測出来ない事態に振り回されます
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「なんでぇい、結構いるじゃん。
よぉグレイ!」
参戦者なのか野次馬なのか、わからない人だかりの中を出てくるのはノーキーさん。
状況のまずさに冷汗が止まらないわたしが振り返ると、呑気に手なんて挙げてくる。
今、お呼びじゃないから。
邪魔をするならルゥでバックリよ! ……って思ってるまに、挨拶に挙げたノーキーさんの手にルゥがバックリ。
あら早い
突然どこからともなくすっ飛んできたルゥの突撃に、驚いたノーキーさんは大声を上げ、腕を振り回してルゥを振り払おうとする。
その程度で落ちるルゥじゃないわよ。
「なんだよ、こいつっ?」
「なにって、それは例のあれだろ?」
一緒にいる不破さんの呑気な返事に……実はこれ、不破さんはわざと呑気に返してあげたらしいんだけれど、気づいていないノーキーさんはイライラとさらに声を荒らげる。
「あれってなんだよっ?」
「グレイさんの愛犬ルゥ君」
「なんじゃそれ?
ってかこれ、犬かっ?」
「えーっと、犬じゃないんだっけ?」
「狼よ、フェンリル」
このあいだのイベントで見たでしょう? ……と続くのはもちろん蝶々夫人。
今日も長い金の髪を麗しく派手派手に巻いて、ハイヒールをカツカツと鳴らしながら歩いてくる。
そして立ち止まったところで悩殺ポーズをまず一つ。
直後、決まらなかったのか?
あるいは不満があったのか?
すぐさまポーズを変える。
どうやら今度は決まったらしい。
そのポーズでもってわたしに笑顔を向けてくる。
「はぁい、グレイちゃん」
「ちょ、グレイ! これはずせ!!」
嫌よ、どうしてノーキーさんに命令されなきゃならないのよ。
わたしはルゥの自主性を重んじるわ。
「自主性っておまっ?!」
「うるさいからちょっと黙ってろ、このクズ」
ルゥの鼻先をちょこちょこと指で撫でた不破さんは、目一杯出したルゥのちっちゃな爪に狙われてシャキーンとやられる寸前に手を引っ込める。
なかなかやるわね、不破さん。
今のはいいタイミングだわ。
「可愛いね、ご主人様に忠実で」
「可愛くねぇよ!」
「お前はご主人様じゃないだろう」
「だからっていきなり食うかっ?」
「そう言ってたじゃないか、このあいだ」
「いつっ?」
ああ、たぶんこの期間限定イベント開催初日のミスコンでの話ね。
わたしはそのあたりの記憶があやふやなんだけれど、ベリンダやゆりこさんに聞いた話ではルゥについて熱く語っていたらしいから。
それで不破さんや蝶々夫人がルゥを知っていて、噛まれるってこともわかっていたらしい。
ん? ちょっと待ってよ、確かあのイベントの時ノーキーさんもいなかった?
いたわよね?
そんでもってバロームさんをみんなの前で振ったわよね?
いたのに聞いてなかったの、ルゥのこと。
「そんな話、知らね」
「グレイさんが頑張って喋ってたのに」
「グレイが可愛かったのは覚えてる。
でもなに喋ってたのかは全然覚えてねぇ」
「お前、とことんクズだな」
ふ~ん、不破さんとノーキーさんって普段はこんな感じなのね。
うん、でも今はどうでもいいわ。
この時間のない状況にコントなんてしないでくれる?
しかも全然面白くないし。
「不破、お馬鹿のことなんて放っておきなさい。
それよりグレイちゃん、こっちでいいの?」
さすが蝶々夫人、【特許庁】 の頭脳だわ。
すぐに状況を察してくれたみたい……というか、ドーム内はもとより、公式サイトでも伊勢湾側は 【素敵なお茶会】 が陣取るから他の火力は反対側に行こうというか、そういう呼び掛けがあったらしい。
それも開始時間ギリギリに……っていうか、ついさっき?
もう、勝手なこと言わないでよ!
そういう呼び掛けをするなら、実際に陣取っているかどうかを確かめてよ。
せめて 【素敵なお茶会】 に確認してよ。
ちなみに 【特許庁】 は、休みの日でも朝は集まりがグダグダ。
いや、ま、元々個人主義で好き勝手やっているギルドなんだけれど、イベントの時は目一杯楽しむために団結する。
あくまでも自分が楽しむためにね。
知らない人とパーティを組んで気を遣うより、気心の知れた同士で好き勝手にやった方が楽しいっていう 【特許庁】 ルール。
お互い個人主義なのがわかっているからね。
で、まぁ第一部は参加していなかったというわけ。
その参加しなかった第一部でプレイヤー側が負けて措置としてHPが1%減少。
では自分たちが取り戻してやろう! ……といつものノリと盛り上がりで二部から参戦を決めたらしい。
案外第一部でプレイヤー側が勝っていたら乗らなかったかもね。
でも知り合いギルドとここで会えたのは好都合。
今からこちら側に配置された 【素敵なお茶会】 は伊勢湾側の出入り口に全力疾走するとして、たぶんそれだけじゃ足りないと思う。
かといって知り合いのソリストを掻き集めている時間もないし、知らないソリスト一人一人にお願いしている時間もない。
適当なギルドに声を掛けてもいいけれど、火力も構成も人数もわからない。
それをいちいち確認している時間的余裕も、わたしの心の余裕もない。
というわけで、貧乏くじを承知で一緒に伊勢湾側に回ってくれない?
「あら、いいわね。
もちろん行くわよ」
「人数が少ないってことは、一人あたりの担当数が多いってことですよね。
楽しそうだ」
わたしが蝶々夫人や不破さんと話しているあいだにも走り出したノーキーさんが、続くギルドメンバーを煽る。
うん、こういう状況って一番 【特許庁】 が盛り上がるシチュエーションよね。
みんな楽しそうに、それこそ我先にと走り出したし。
「開始時間に遅れた奴、ペナルティー!
どブス、考えろ!」
「一週間、ノーキーの彼氏か彼女になってもらうわ」
なんでもないことのようにサラッと言ってのける蝶々夫人に……【特許庁】 のメンバー同士は移動中でもインカムで会話が可能なんだけれど、わたしたちにも聞こえるくらいの大声量でほぼ同時に不平を上げる。
「絶対に嫌!!」
「俺も嫌じゃー!!」
うん、ノーキーさんも負けてないわね。
とりあえずカニやんに、【特許庁】 を先に派遣したことを連絡しておく。
『なんか声がすると思ったら 【特許庁】 ご一行様の移動音か。
賑やかなわけだ』
でもこれでGに埋もれずに済むかもしれないって、ちょっと笑うカニやんの声。
その最後の言葉に被るように、久々にセブン君からの直通会話がいきなり入ってきた。
『バランスがおかしくなってるけど、【鷹の目】 はどっちに行ったほうがいい?』
銃士を主体とするメンバー構成の廃課金ギルド 【鷹の目】 だけど、ちゃんと剣士や魔法使いもいる。
ただ銃士主体ギルドとして有名だから加入希望者にも銃士が多くて、後方支援に火力が偏っている。
主催者のセブン君を筆頭に射撃センスの高い銃士が多いのも確かで、その分剣士や魔法使いが結構なモヤシなのよ。
よし、【鷹の目】 にはこっちを任せるわ。
野次馬も含めた近くにいるプレイヤーたちをざっと見回してみれば、装備がほとんど近接武器。
たぶん剣士。
万が一にもGに攻め込まれても、セブン君たちがいれば後退を助けてくれるはず。
イベント的な敗北と個人の死亡事案は別だもの。
負けた上に死亡回数まで増えるとか、しかもGに埋もれて圧死とか、最悪じゃない。
『わかった。
今度は勝ちたいね』
うん、そうね。
じゃ、わたしたちも向かいましょうか。
「行くわよ、ルゥ」
声を掛けるとルゥはきゅ! と弾むような声で鳴いて走り出す。
一瞬ルゥのほうが早く走り出したとはいえ、足は絶対にわたしのほうが長い。
なのにあの短い足に追いつけないとか……落ち込みそうなくらいショックを受けながらも頑張って走るわたしの速さに、現われたインフォメーションがついてくる。
call ライカ / 暴虐の徒
え? ライカさんから直通会話?
珍しいこともあるのね……なんて思いながらも受ける。
ちょっと急いでいるからゆっくり話せないんだけれど、そこはライカさんもわかっていた。
というか、だから直通会話だったんだけどね。
『火力、偏ってますよね?』
うん? ライカさん、どこにいるの?
【暴虐の徒】 も参戦するの?
『します。
反対側で待機していたんですがプレイヤーが多くて、ひょっとしたらと思いまして』
伊勢湾側の心配をした矢先、走り出すわたしたちを見たらしい。
それで直通会話を入れてきた……ということは、応援に入ってもらってもいいってこと?
『もちろんです。
伊勢湾側の出入り口に急行します』
助かるわ。
わたしが伊勢湾側出入り口に到着した直後、息を吐く間もなく始まった 【Gの逆襲】 初日第二部。
伊勢湾側出入り口には、予定どおりこちらに配置していたカニやんたちの他に、反対側からダッシュで移動してきた 【特許庁】 のメンバーたち。
他には数人のソリストや、聞いたこともないギルドが幾つか集結。
こそっとの~りんが耳打ちしてくれたところによると、こちら側に来たギルドの一つに初心者ばかりが集まっている身内ギルドがあるらしく、もちろんそれはいいんだけれど、伊勢湾側は 【素敵なお茶会】 が陣取るから楽が出来ると思ってあえてこちらを選んだらしい。
しかも実際に来てみればこのガランとした有様。
さっきまで 「話が違う」 とかブーブー文句をいっていたらしい。
それもこそこそと、でもギリギリ聞こえるような声でチラチラの~りんたちを見ながら。
それって凄く感じ悪くない?
「悪いよ。
あそこに岩でも落としたい」
このイベントじゃPKは出来ないから、露骨じゃなければ一発ぐらい誤爆してもいいわよ。
あくまでも誤爆ね。
「ラジャ」
他力本願だって別にいいわよ。
それで本人が本当に楽しければ。
でも自力じゃないんだから文句をいうのはやめてよね。
さすがにわたしも腹が立つ。
なにが楽しくて遊んでいるのかわからないもの。
当然戦況は芳しくなく、件の初心者ギルドは開始早々にほとんどのメンバーがGに押し潰されて圧死。
かといってすぐに救出にいけるほど火力に余裕があるわけでもなく、防衛ラインを維持するのが精一杯。
きっとこれ、あとで公式サイトにトピを上げて文句を垂れ流すパターンよね。
『その時はマメにお任せを。
廃の名に懸けて叩き潰してやります!』
懸けるものが違う気もするけれど、まぁ加減を忘れずにね。
こっちは今、マメの相手をしている余裕はないから……っていうか、まだギルドルームに籠もってるのね。
これが終わったら、今は作業部屋に籠もっているハルさんも 【treasure ship】 に潜るから一緒に来たらいいのに。
でもそれは 『時間があれば』 だって。
ほんと、ずっと籠もって何をしているんだか?
駆け付けてくれた 【暴虐の徒】 に、ライカさんの知り合いギルドが参戦。
なんとか押し返せそうなくらい火力が集まったと思ったら、後から後からばらばらと反対側から移動してくる。
え? ちょっと待って!
この調子で移動されたらまたバランスが崩れるんじゃない?
中には 【暴虐の徒】 の大移動を見て伊勢湾側の危機に気づいたプレイヤーもいたみたいなんだけれど、気づいたプレイヤーが移動するのを見て不安を覚えたまた別のプレイヤーがそれを追いかけて移動……ちょっとちょっと、ほんとに待って!
これ、最悪なパターンじゃない?
案の定、イベント終了時間を待たずにまたインフォメーションが出た。
information Your loss
最悪の二連敗よ!!
まぁMMOあるあるですねw