177 ギルドマスターはワンコの習性を嘆きます
pv&ブクマ&評価&感想、ありがとうございます!!
…………これ、どんな地獄?
阿鼻叫喚?
無間?
まぁなんでもいいんだけれど、安全地帯であるはずのナゴヤドーム入り口は、入り込もうとする大量のGと、入れてなるものかと必死に追い払おうとするプレイヤーのあいだで熾烈な戦いが展開されていた。
……悲鳴が凄い。
実際のGもそうだけれど、無言でカサカサカサ……って目的地に向けて一直線というか、一目散っていうか。
脇目も振らず、仲間同士の連携とかお構いなし。
それどころか焼け落ちる仲間の屍を土足で踏み潰し、我先にと進もうとする貪欲さ。
そんなにお腹が空いているのかしら?
もちろん空腹を満たしてあげようなんて微塵も思ってないけどさ。
物量と我先にとばかりに突き進む勢いで押し切ろうとするGに対し、必死になりながらもそのおぞましさに耐えるプレイヤーたち。
その形相が、悲鳴付きで凄いの。
「グレイさんもその一人なんだけど?」
呆れるカニやんはわたしのすぐそばにいるんだけれど……魔法使いだから当然後衛よね。
最前線に出たところで、手足をかじられるのがオチだもの。
Gたちの侵攻を押しとどめる最前線で大活躍中の脳筋コンビの声が、通常ならエリアチャットで十分な距離にいるのに、悲鳴というか、雄叫びというか……なんとも形容しがたい騒動のせいで聞こえずインカムから聞こえてくる。
『これ、あれだな』
『どれだ?』
『消耗戦だから、武器の摩耗が半端ない』
『あ~、昼の部は耐久高いので使い捨てにするか』
『オケ。
時間前にNPC武器屋に行くべ』
『行くベ』
忙しいはずなのにずいぶんと余裕ね。
凄く淡々と話してる。
しかも次の部の打ち合わせとかしてる。
脳筋のくせに計画とか立ててる。
『カニ、女王が錯乱してるぞ』
「錯乱させておく。
だいぶん溜まってきたから一度掃討するか?」
『頼む』
『カウント3……』
「待てや!
詠唱が間に合わねぇよ!」
じゃ、わたしが先攻するわ。
それまで剣士たちのあいだから魔法を飛ばして援護をしていた魔法使いと銃士。
柴さんの少し性急なカウントに合わせていくつかの範囲魔法を連発する。
『……1……0』
「起動……業火!」
うん、タイミングバッチリ。
一斉に割れる剣士たち……というか、筋肉の壁。
その向こうにうぞぞぞぞぞ……と詰め寄せるGの姿が後衛職の前に現われる。
ひぃぃぃぃ~!
わたしは喉まで出かかった悲鳴を押しとどめ、盛大に範囲魔法をぶっ放す。
カニやん、の~りんが続くと、あとは見ず知らずの魔法使いたちが参戦してくる。
これでかなりGを後退させられたはず……と安堵するわたしの足下に小さなGが……ぁああああああああああああああ~!!
ごめんなさい、叫んじゃった。
このイベントに用意されたGのサイズは、それこそナゴヤジョーのように大小様々。
でも、金魚並みに小さいサイズまでいるとは思わなかったわ。
たぶんみんなもそうだと思う。
だから見逃されて、これほどのプレイヤーが集まる中……というかあの筋肉の壁を潜り抜け、後衛守備位置まで辿り着けたんだと思う。
いないクロウの代わりにカニやんにしがみついたら、出しっ放しにしていたというか、放し飼いにしていたというか……すっかり忘れていたルゥが……ごめんね、だってほら、本当は 【海】 エリアに行くつもりだったから。
お散歩をするつもりだったから自由に散策させたままになっていて、わたしも思わぬ事態についうっかりルゥの存在を失念。
でもどうやら戦闘中という状況は理解していたらしいルゥは、わたしの足下で大人しくお座りをしてイベントが終わるのを待っていた。
その足下をカサカサと小さなGが歩いてくるのを、物珍しそうに大きな目で追っていたルゥは、なにを思ったのか?
いや、たぶん動物の本能よね。
前足を上げてプチッて……プチって潰したーっ?!
いーやーっ?!
「ワンコと猫はG潰すよな」
入りかけていたGをドームの外まで押し返したところで、魔法使いのほとんどはMP切れ。
その回復タイミングを合わせて場を剣士に任せ、魔法使いと銃士は援護に戻る。
枯渇はしないだろうけれど、みんなとタイミングを合わせてMPポーションの瓶を割って回復する愛犬家のカニやんは、犬系動物と猫系動物はそういうものだと酷く冷静。
そのあとに残る無残な残骸を片付けるのが飼い主の役目だとも冷静に話してくれる。
つまりそんな感じでいつも片付けをしているのね、カニやんは。
わたしの場合、データだから片付けはいらないけれど、あとで足を洗うわ。
ルゥの可愛い肉球がGを潰したなんて、悲しすぎるもの。
そのままじゃもう触れない。
「絶対触るくせに、なに言ってやがる」
当たり前じゃない!
このイベントが終わったらルゥと一緒に 【海】 までダッシュ。
そのまま海で全身洗浄よ!
もちろんその前にGを壊滅させるわ。
でもこれ、制限時間ありの消耗戦じゃない。
経験値とか、そういう問題じゃないわ。
剣士はわからないけれど、魔法使いと銃士はポーションと銃弾の消費が半端ない。
これを予測していたわけじゃないだろうけれど、朝から調合に精を出していたハルさんGJ。
『予定外ですけど、終了時間に合わせて無人バザーで一稼ぎして、一周くらい潜ってお昼にしますか?』
わたしと一緒に 【treasure ship】 攻略班に入る予定だったハルさんは、さすがにこの状況に出番はなし。
プレイヤーが突破された時に備えて……もちろん突破されたらどうなるかわからないんだけれど、ギルドルームにはギルドメンバー以外は入れないっていう鉄則だけは破られないと信じ、自分の作業部屋に避難中。
終わるまでのこの一時間を有効活用し、さらにポーション作りに精を出しているらしい。
そうね、せっかくだから一周くらい潜ろうかしら?
それはかまわないんだけれど、そのあとでお昼ご飯を食べるの?
わたしはとっくに食欲が失せてるんだけど、みんな、食べられそう?
『え? 普通に食う』
『もう小腹が減った』
筋肉はカロリーの消費が激しいのね。
まぁそういう意味では、魔法使いや銃士は突っ立ってるだけだもの。
さほどカロリーは消費しないと思う。
でもGによる食欲減退は夏バテに直結する問題だと思う。
「グレイさんだけでしょ?
クロウさんと飯行けば?」
どうしてクロウと行くのよ?
緊張して水も喉を通らないわよ。
それこそこぼして恥をかくのが関の山。
絶対に行きません!
「本人にも聞こえてるからやめてあげて」
うん? 大丈夫よ、理由はクロウもわかってるし。
そのクロウと一緒に前線に立っている柴さんが 『旦那、こっそり爆笑中』 って教えてくれた。
きっとクロウも、あれだけのGを見たあとでも平気でお昼ご飯を食べるのよね。
食べられるのよね。
しかもこっそり爆笑しながらも、確実に一撃でGを落としてる。
さっき柴さんとムーさんも話していたけれど、Gを斬るのに砂鉄を使うとか確かにもったいなさ過ぎる。
だからといってわたしが預かっている屍鬼でもダメよ。
「あれ、クロウさんのだろう?」
だって使う時は言うからわたしが持っていていいって、クロウが言ったんだもの。
「グレイさん、あれお気に入りだもんな」
綺麗でしょ、屍鬼。
「あれの固有スキル、えげつないのにな」
たぶんわたしじゃ発動させられないと思うんだけれど……そういえばこのあいだのイベントで不破さんと斬り結んだ時、二人とも屍鬼を構えていたのよね。
「隠れキャラ」 の件に気をとられてすっかり忘れていたけれど、どっちも発動していなかったのかしら?
それとも不破さんの屍鬼は発動していたのかしら?
「なんだったら斬りに行ってみれば?」
だから屍鬼でGは斬らないって言ってるでしょ!
だいたいGじゃわからないじゃない、被ダメ以外にHPが減るかどうかなんて。
Gが喋るとでも思ってるわけ?
「いや、あれが喋るとうるさそう。
ってか何語?」
全人類の敵なんだから、人語を話すわけがないでしょ! ……とわたしが断言した直後、いきなりブザーが鳴り響いた。
え? なんの音? 何が起こったのっ?
周囲でも同じようなざわめきが起こる中、ドーム内への侵入を試みていた無数のGが一斉に消える。
それを見てイベント時間が終了したのかと思ったのはわたしだけじゃないはず。
でも開いたウィンドウで確認してみれば、まだ予定の半分を過ぎたくらい。
つまり30分ほどしか経過していないのにどうして?
ブザーの意味はわからないけれど、Gが消えたってことはイベント終了よね?
それとも久々に不具合でも起こしたの?
ドーム内が酷くざわめく中、おそらくドーム内にいた全プレイヤーの手元で一斉にウィンドウが開く。
information Your loss
……そういうこと……いやいやいや、どういうことっ?!
一瞬は納得しかけたわたしの、カニやんとは反対隣りでクロエが小さく息を吐く。
「そういうことか」
うん? どういうこと?
「え? だってドームの出入り口ってここだけじゃないじゃん」
そう言って指さす遙か向こう、ここからでは様々な建物や壁に遮られて見えない場所に反対側の出入り口がある。
それが意味することは一つ。
反対側が破られたってこと……やられた!
そっか、ここだけを守ってもダメなのね。
「みたいだな。
うっかりだった」
反対隣でカニやんも少し悔しそうに言う。
まさか負けるとは思っていなかったからカニやんもクロウもわたしには説明してくれなかったんだけれど……それもどうかと思うんだけれど、でも負けは負け。
課される措置はHPの1%減少。
全プレイヤーが対象で、今この時からHPの最大値が1%減り、期間限定イベント 【treasure ship】 が終わるまでそのまま。
もちろん次の第二部で負けたらさらに減っていくという加算方式。
つまり減らされたHPで 【treasure ship】 の後半戦を戦えってこと?
「そりゃイベント的には別だけれど、【Gの逆襲】 は 【treasure ship】 の一環だし」
しかも参加しようとしまいと関係なく全プレイヤーの運命は一蓮托生。
命運は 【Gの逆襲】 参加者に託される。
さらにさらに連続で負けたら次は3%の減少で、三連続で負けると5%。
しかも3%に減らされたあとに一勝しても1%減少に戻るだけ。
タイの状態に戻してGを破ればようやくGのほうが下がるって、なかなか厳しいルールじゃない。
「なかなか手の込んだルールだな」
そうね。
とりあえず負けるなんて思いもよらなかった結果に終わっちゃって、予定より大幅に早く終わったから、気分直しに 【treasure ship】 に潜りましょうか?
「いいね。
参加者は沈没船に直接集合!」
カニやんの声掛けにみんなの返事が返ってくる。
時間的にアイテムの買い足しは必要ないかな?
いつもうっかりしてしまうわたしはインベントリを開いて残量を確認。
うん、OK。
じゃあ 【海】 に行くわ。
まずはルゥの足を洗わなきゃ! ……って思うわたしの先を見越し、すでにルゥはドームの出入り口に向かって短い足で、いつものようにフンフンしながら歩き出している。
短い尻尾をブンブン振っちゃって本当に楽しそう。
ちょっと待って、ルゥ。
置いていかないでぇ~!!
このあと置いて行かれそうになったグレイが、泣きそうになりながらルゥを追いかけたのは内緒ですw