174 ギルドマスターは樽を転がします
pv&ブクマ&評価&感想、ありがとうございます!!
ちょっと海水に浸けすぎてかなり塩辛くなってしまったライカさんからの情報は、わたしたちがまだ潜ったことのない 【treasure ship5】。
たしか 【幻獣】 は航海士で、物理攻撃で落とせるっていってたっけ。
その情報をくれたライカさんが主催する 【暴虐の徒】 は剣士だけで構成されたギルドだから魔法攻撃は検証出来ないから分からないけれど、確実な攻撃方法が分かっているならいらないわ。
でも出現場所は甲板っていってなかったっけ?
「だな。
見張り台」
同じくせっかくの情報を塩漬けにしていたカニやんの塩っぱいお顔の面白いこと。
でもこれでボーナスステージを合わせた全ステージは10。
船長がいたら11か、それもボーナスがあれば12。
多いっ!
小林さんはイベント期間が二週間もあるから簡単に全部クリアされては困るなんていっていたけれど、これは普通にクリアするだけでも結構大変。
今すぐに確率を甘々の極甘に変えてくれないかしら?
だって明日からは平日になるから、ほとんどのメンバーがログイン出来るのは夜だけ。
しかも夜時間は骸骨がゾンビに入れ替わるから、ただでさえ一周を潜るだけで時間が掛かるこのダンジョンは、ゾンビに代わると進行がウサギとカメほどに代わる。
追っ手の足取りがウサギからカメに変わるだけじゃなく、追われるプレイヤーまで視界の悪さに足取りがウサギからカメに代わるっていう超スローダンジョン。
トチョウのシャキシャキ感をちょっとは見習って欲しい。
江戸っ子のチャキチャキ感と大阪商人のセカセカ感、あの辺に進行スピードを求めるわ。
そんなわけで貴重な昼時間攻略が出来る休日、夜時間が来るまでにもう少し周回をこなしておきたいわたしたちは早速潜ったんだけれど……
「グレイさんが海底散歩なんて試さなきゃ、もっと早く始められたのにね」
クロエの余計な一言で始まったダンジョン攻略は…………揺れる!
ボス戦が始まったとたんに襲ってくるこの嵐は間違いなく甲板長。
激しく揺れる船の甲板には時折波が被りわたしたちをさらおうとする。
流されまいと耐えるわたしたちを、樽がさらに襲ってくる。
樽っ?!
え? なに、この樽?
大波小波に激しく揺れる甲板を、バケツサイズの樽が右にぃ~左にぃ~ゴロゴロゴロゴロゴロ……わたしたちを弾き飛ばすように容赦なく転がってくる。
最初の揺れで、昨日からお巫山戯が過ぎているラウラが弾き飛ばされてエリアアウト。
船の縁を越えて海の藻屑に……アーメン。
『みんな、酷ぉ~い!!』
浜に転送されたラウラの嘆きがインカムから聞こえてくる。
最初に落ちたマコト君と違い、【treasure ship1】 で船から落ちるとエリアアウトして中途離脱扱い。
死亡回数にも計上されず、ダンジョンクリアが出来ないだけってことはすでにわかっているからみんな全然心配しないのよね。
他のメンバーはもちろん、心配性のわたしですら。
「お前、通常ステージでも巫山戯て柴やんかムーさんに助けられてただろ。
そんなことばっかりやってるお前が悪い」
この状況でも的確にお説教とか、実はカニやんて、サラリーマンじゃなくて先生とかじゃないの?
このあいだの出張も、実は校外学習とか……
「んなわけあるかい!」
失礼しました。
まぁ状況が力の入るシチュエーションだけあって、ちょっと強めに叱られました。
床に這いつくばるに近いくらい低姿勢のわたしたちは、転がってくる幾つもの樽から身を守りつつ耐えていると、相変わらずこの揺れでも、細い舳先から落ちない甲板長が見下ろしてくる。
「あれさ、なんか腹立つよね」
激しくクロエに同意。
もちろん揺れに合わせて甲板長も右にぃ~左にぃ~ユラユラユラユラ揺れてるんだけれど、絶対に落ちないのよね。
あれ、蹴り落としたい。
「気持ちは分かるけど、【幻獣】 ……じゃないんだっけ?」
言い掛けたカニやんは、途中で気づき、そして考え込む。
うん、どうかした?
「いや、【幻獣】 だと蹴落とせないけど、【幻獣】 じゃないなら突き飛ばせるんじゃないかと思って」
なるほど、【幻獣】 はノックバックしないのよね。
だから蹴ってもたぶんあそこからは落ちない。
通常ステージにしても、甲板長が登場する舳先で一定時間を、まるで弥次郎兵衛のように左右にユラユラ揺れているのは、ひょっとしたらわざとプレイヤーを誘っているのかもしれない。
頭では 【幻獣】 だと分かっていても、あれをみれば 「蹴り飛ばせるかも」 って思っちゃうじゃない。
でも実行しちゃうと甲板長はノックバックしない、つまり後退しないからプレイヤーのほうが弾き飛ばされる。
十中八九、海に落ちてエリアアウト。
そして浜に転送されて中途離脱確定。
これはもう、二週間という長いイベント期間を保たせるというより、全クリアを阻止するために用意されたプレイヤーを陥れる仕掛けっぽくない?
しかもこのボーナスステージでは、舳先にいる甲板長の動きもおかしいんだけれど、今、甲板を転がっているより大きな樽を放り投げてくる。
え? ちょっと待って!!
それ、当たったら潰されそう。
はじめから甲板を転がっていたバケツサイズの樽は中が空っぽぽくて、当たりそうになったら腕で庇うだけでモヤシな魔法使いでも交わせるんだけれど、甲板長が投げてくる大樽はいかにも重そう。
実際に帆柱の一本に当たって勢いよく、それこそパッカーンと弾けるように砕けた。
圧縮空気でも入っているのかしら?
しかも甲板長は大樽を投げたあと、まるでゴリラみたいに存在しない胸板を両手で叩くとか……でも肉がないから胸板が存在していなくて……柴さん、ムーさん、胸を貸してあげたら?
「あれにか?」
「そんな互助精神、ねぇーよ」
「それよかこれ、なにかを思い出す」
「あー……あれじゃねぇか?
ド○キーコ○グ」
「ああ、あれな!」
脳筋同士でわかり合っているんだけれど、わたしにはさっぱり分からない。
さりげなくクロウが教えてくれたところによると、そういうレトロゲームがあるらしい。
よくわからないんだけれど、ゴリラっぽい振りをする割に全然獰猛さを感じないのはやっぱり骨しかないからよね。
所詮骸骨甲板長は骨格標本なのよ。
「甲板長は物理無効だっけ?」
ええ、魔法攻撃対象のはず。
これも間違いなくボーナスステージだから、当たればすぐに落ちるはず。
それこそあっけないほど簡単にね。
でも、これもボーナスステージの特徴なんだけれど、近づくのが大変。
物量作戦が凄くて、料理長のG攻撃には精神をやられたわ。
機関長には眉間をナットで撃たれるし、さすがに航海士のナイフとフォークは食らわなかったけれど脳筋コンビに卓袱台返しの実演を断られた。
ちょっと見たかったのに……
「そこは攻略優先で」
恭平さんに注意された。
ラウラも一人浜で待っていることだし、さっさと片付けますか! ……と気合いを入れたのはいいけれど、あの甲板長、舳先から下りてこないわよ。
もちろん 【幻獣】 でないのなら蹴り落とすのもありだけれど、位置が悪すぎる。
蹴り落としたプレイヤーも甲板長と一緒に海に落ちてしまう……けど、やる?
挑戦するなら止めないわよ?
「なんか期待されてるな」
「俺的には、あの骨ゴリラの挑発がムカつく」
柴さんはともかく、ムーさんには、腐肉の一片すら残っていないくせに筋骨隆々を装ってみせる骨格標本が許せないらしい。
じゃあやってみましょう。
邪魔な樽は一掃してあげるから、心置きなく行ってらっしゃい!
「起動……業火!」
これ、最初は目の錯覚かと思ってたんだけれど、どうやら違うみたい。
このバケツサイズの樽は、転がる振動……というか、そのブレで分裂のような現象を起こして増える。
だから幾つ勢い余って海に落ちても、プレイヤーに打ち砕かれてもなくなることはない。
それを業火の焔で一瞬だけ一掃。
出来た道を柴さんとムーさんが瞬時に駆け抜ける。
直後、わたしはバランスを崩して甲板を転がりそうになったところをクロウに助けられるという相変わらずのうっかりさ。
すぐ横ではカニやんが小さく息を吐く。
大丈夫よ、エリアオーバーは死亡扱いにはならないんだから。
二人とも心配性ね……なんてわたしが思っているあいだにも、勢いよく甲板長に跳び蹴りを食らわせるムーさん。
よほど筋肉と骸骨は相容れないみたい。
たまった鬱憤を晴らすようなムーさんの見事な重い蹴りに、甲板長は両手を上げながら海へと落ちていく。
予定どおりならここでムーさんも一緒に海に落ちるはずなのに、伸ばしたその筋骨隆々な手を、同じく筋骨隆々な腕がつかむ。
もちろん柴さんの手ね。
あら、やだ。
このシチュエーションってお馴染みのあれじゃない?
「ファイトー!」
「いっぱーつ!」
うん、それよね。
どおりで二人一緒に対処に向かったわけだ。
クロウが参加しなかったわけにも納得だわ。
甲板長さえ落とせばすぐに嵐は収まって、穏やかな海に浮かぶ船。
揺れが治まった船に、柴さんがムーさんを引き上げる。
「筋肉は裏切らない」
「美しき筋肉の友情」
もういい、好きなだけ二人で悦に浸ってて。
頑張ってくれた二人には悪いけれど、なんだか感謝する気になれないのはわたしだけ?
わたしの心が狭いから?
「大丈夫、俺もムサさに感謝が激減」
「僕なんて0だよ、0」
わたしより感謝の気持ちが低いというか、少ない人々が……。
そもそもこのイベント自体、筋肉のためにあるというか……自分で言ってなんだけれど、筋肉のためっていう言葉自体がもう嫌。
わたしたちモヤシには、水着着用というとんだ罰ゲームだわ。
もういい、次行くわよ!
長い夏になりそうです・・・(汗