171 ギルドマスターは頑張って呪いを解きます
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ルゥにはまたしてもやられちゃったんだけれど、可愛いから許すしかない。
許すしかないんだけれど、クロウも拳骨を一つ落としただけに止めてくれたんだけれど、ルゥのほうが治まらないらしい。
低い姿勢でわたしの膝に爪を立て、小っちゃい牙を剥いて低く唸り声を上げている。
痛い、痛い、痛い!
ルゥ、爪を立てちゃ嫌。
凄く痛い、足に食い込んでる。
パレオのおかげで直には見えないけれど、絶対食い込んでる。
これ、すっごく痛ぁ~い!!
「グレイ、もうしばらくルゥを仕舞っておいてくれないか」
う、うん、そうする。
ルゥ、またあとで出してあげるから、もうしばらく腕輪でおねんねね。
怒っていたルゥはまた腕輪に仕舞われると気づくと、慌ててわたしにしがみついてくる。
まるで嫌だって駄々をこねるみたいに。
ちゃんとあとで出してあげるから、もうしばらくだけ大人しく寝ていてね。
でも何回言い聞かせてもルゥは悲しそうにきゅーきゅー鳴いて嫌がるから、ここはちょっと気を引き締めて腕輪に収める。
膝が痛い!
ルゥが爪を立てていた跡が残るパレオを両手で擦ると、またガッツリクロウにホールドされる。
「爪を立てられたか」
うん、ちょっと痛かった。
それとは別に、クロウの腕も痛いからちょっと力を緩めて。
「もう少しだけ、こうさせていてくれ」
い、いいけど……わたしの心臓が止まる……と、止まるけど、で、でも頑張る!
なんだかクロウが凄く辛そうなんだもの、声とか。
大丈夫?
お仕事とか……いや、仕事は問題ないはず。
だって凄く出来る人だもの。
トラブルも聞いていないし、順調というのもちょっと違うけれど、とにかく問題はないはず。
ということはクロウ個人ってことになるんだけれど、わたしに口出し出来ることなら協力するわよ。
なにか出来ることはある? ……って凄く心配したのに、わたしの首の後ろあたりでクロウが笑ってる。
声は出さないんだけれど、この震えるような動きは絶対に笑ってる。
ちょっと、なにがおかしいのよ?
大丈夫なのっ?
「心配させて悪い。
もう大丈夫だ」
わたしとしてもクロウの不機嫌が直ってくれたのならそれでいい。
改めてルゥを出してあげると、隣のギルドルームへ。
困った顔をするムーさんの前ではラウラとカニやんが格闘中。
もちろん取っ組み合いの喧嘩をしているわけじゃないんだけれど、状況的には似ている気もする。
まだお説教が終わらないのなら、わたしたちだけで先に行くわね……って背中を向けたらラウラの助けを求める叫び声が響いたんだけれど、今回はラウラが悪い。
わたしはちゃんと忠告したはずよ、カニやんを本気で怒らせたら怖いからねって。
誰でも本気で怒ったら怖いんだけれど……そうね、大人の階段を一段上ると思って最後まで怒られなさい。
これも一つの社会勉強よ。
抱っこと散歩とどっちがいいって訊いたルゥは散歩を選び、いつものようにフンフンしながらわたしたちの前を歩いて、閉じられたままのギルドルームの扉を前足で、まるで猫のようにカリカリと引っ掻いて鳴らす。
そしてわたしを振り返る。
うん、開けて欲しいのよね。
はいはーい
思わず軽快な足取りで戸口まで行っちゃった。
扉を開けて 「はい、どうぞ」 ……とルゥを先に出してあげる。
そのあとにわたしが続いて、あとから来るクロウがぼそっとなにかを呟く。
悪かったな、カニやん
たぶん、直通会話だと思う。
でもわたしはすぐそばにいたから聞こえちゃった。
もちろん聞こえない振りをしてルゥを追いかける。
いくらわたしが空気を読めない喪女でも、そのぐらいの気は利かせられます。
わたしとクロウがルゥの散歩を兼ねて期間限定エリア 【海】 に着くと、ちょうど攻略を終えたメンバーが浜に転送されてくるところだった。
「また機関長!」
わたしたちの姿を見つけたクロエの第一声がこれ。
あははははは……まだ呪いが解けないんだ。
回復アイテムに問題がなければ早速次を潜ってみましょうってことで海に入り、沈没船を目指すわたしは途中で気がつく。
うっかりルゥを収納し忘れていたっていうことに。
備考にあるとおりルゥは泳げないらしい。
でも水に入れないわけじゃなくて、でも泳げないから海底を、いつものようにフンフンしながらご機嫌に歩いていた。
なんか凄いわね、深い海底を歩く犬……じゃなくて狼。
興味津々に探索中のところを悪いんだけれど、ルゥが行けるのは沈没船まで。
クロウに運んでもらったわたしはそこでルゥを待ち伏せて……って思ったら、どこかに行っちゃったみたい。
ひょっとして脳筋と同じ超高性能危機管理センサーを搭載してもらったのかしら?
それで収納されちゃうって気づいたのか、どこかで進路変更してしまったらしい。
つまり来なかったのよ。
ちょっとぉ~
ルゥってば、学習しないAI搭載じゃなかったっけ?
この広さを探すのも大変だし、どうしようかな?
海の中を歩き回っているだけならプレイヤーに迷惑を掛けることもないだろうし、一周くらい潜ってきても大丈夫よね。
まぁあれを見たプレイヤーはきっとびっくりするだろうけれど……海底を楽しげに歩くチビフェンリルなんて。
でも実害がなければよし。
じゃ、一周してきましょう!
『飼い犬放置とか、飼い主失格じゃね?』
気合いを入れて出発しようとしたら愛犬家に突っ込まれた。
うるさいわね、そんなことをいってもルゥはあげないわよ。
小林さんがもう一体くれてもいいって言っていたけれど、カニやんには譲ってあげない。
『いや、初心者が多頭飼いなんて無理だから』
どこまでも真面目な愛犬家なんだから。
さっさとラウラのお説教を終えて合流してよ。
ちょっとずつメンバーを変えても解けない呪いに手こずっていた 【素敵なお茶会】 の 【treasure ship】 攻略にようやくのことで変化があったのはこの回。
うん、確かにあったんだけれど、その変化に問題というか、物言いというか、ね。
ビミョーな感じ
「これ、なんだと思う?」
クロエの問い掛けに、クロウの後ろに隠れるわたしは 「さぁ?」 と応えるのが精一杯。
機関長は機関長だったんだけれど、攻撃手段がインパクトドライバーっていうの?
あれでナットを撃ってくるっていう、ちょっとおかしなことになっている。
通常バージョンの機関長とは攻撃方法が違うし、しかもインパクトドライバーって近代兵器じゃない?
電源とかどうなってるのよっ?
「兵器じゃないから。
工具はもっと平和利用して」
不在のカニやんに代わってすかさず突っ込みを入れてくれるのは恭平さん。
機関室には色んな大型機械があって、それが動いてドンドコドンドコうるさいんだけれど、わたしたちはそういった機械の陰に隠れて機関長の近代攻撃をかわす。
さっき不覚にも当たった柴さんの腕からはかなりの被弾効果があった。
筋骨隆々の腕は結構な面積があって、当たったナットも一個どころじゃなくて余計に被害が広がった感じ。
「ギルマスの腕、ほっそいから当たらないんじゃないっすか?」
そんなことはない。
動きが鈍いから、それこそ同じ場所に二、三発当たりそうよ。
「グレイさんの腕ぐらいなら、一発当たっただけでもげるから大丈夫だよ」
ちょっとクロエ、ろくでもないことをいわないで頂戴!
しかも全然大丈夫じゃないから!
もう、みんなして人のモヤシをいじらないで。
そんなことはどうでもいいから、この状況の打開策を考えて。
「でも腕がもげても、グレイさんって自分で回復出来るんですよね?」
うん、部位欠損回復スキルは持ってる。
でもねトール君、今はそういう話はしてないから。
普通の口調でそういう突っ込みはいらないから。
状況の打開策を頂戴、さっきからそう言ってるでしょ!
鍵探しとか、どうしても時間の掛かる要素があるこのダンジョンは幸いにして制限時間がない。
だからといって一周に時間を掛けるわけにもいかないし、そもそもこのダンジョンはクリアしても意味がない。
だって、どう考えてもボーナスステージだもの。
その割に内容が厳しいけれど……ううん、ひょっとして料理長が優しすぎたのかしら?
いや、あれはあれで精神的にかなり厳しかったわ。
しかも挑戦したのが夜だったから余計にね。
あれは昼間に挑戦したら、少しはGの数が減ったりしないかしら?
もちろんもう挑戦したくないけどね。
物陰からちょっと顔を出して様子を見ようとしたら、ボーナス機関長はすかさずインパクトドライバーを向けて勢いよくナットを飛ばしてくる。
「同時に行きますか?」
マコト君の提案は、同時に飛び出せば一人くらい機関長に辿り着けるんじゃないかって。
試してみましょうってことになったけれど、耐えられるVITは柴さんとクロウだけ?
「当たることを前提に選出?」
え? じゃあ恭平さんも行く?
「行く。
マコト君とトール君も行ける?」
HP残量にもよるわね。
柴さん、恭平さん、トール君、JBが恭平さんの合図で、いま隠れている物陰から少し離れた物陰に飛び込む。
マコト君はすでにかなりのダメージを食らっていてHPの残量に不安があって不参加。
どう考えても班分けの火力に偏りがあったと思う。
ごめんね
でも不参加だったのは大正解。
恭平さんの合図で四人が同時に飛び出すと、機関長は一瞬動きを止める。
それを見てこの方法ならいけるかもってわたしも一瞬思ったんだけれど、機関長はすぐさま対応してきた。
なんとインパクトドライバーをまるで機関銃のように乱射したの。
どうなるかと思って、隠れている物陰から顔を出して見ていたわたしの鼻先を流れ弾がかすめる。
直前でクロウが引っ張ってくれなければ頭を撃ち抜かれるところだった。
まさかあそこまで連射出来るとは思っていなかったから、四人全員が被弾。
それぞれのVITに見合った被弾効果が出る。
「銃さえあればあんな奴、一撃なのに」
本職の銃士としては悔しいところ。
クロエは負けず嫌いだから余計にね。
でも今のわたしたちには近接用の物理攻撃武器しかなくて、飛び道具に相当する魔法じゃ届かない。
一度、ベリンダが機動力を生かして機関長に接近を試みてくれたんだけれど、物理攻撃はほぼ無効。
かといって彼女が使える程度の魔法、最低火力のファイアーボールでは落とせなかった。
気の強い彼女は、ほんの短い時間に被弾しながらも出来る限りの可能性を試してくれたのよね。
でももうHP残量を示すゲージが赤い。
つまりかなりやばい状態で無理は出来ない。
いっそ被弾覚悟でわたしがギリギリまで接近して、演蛇で拘束する?
VITがないから演蛇を撃ってすぐに落ちるかもしれないけど、あのインパクトドライバーさえ封じられれば、の~りんの火力を主体に、恭平さんとキンキーのサポートでなんとか出来ない?
盾にクロウを貸してあげるわ。
『てめぇの旦那をレンタルするとか、相変わらずひでぇ嫁』
こういう時は絶対に突っ込んでくるカニやん。
でもわたしは落ちたあとだし、クロウの物理攻撃は効かないんだもの。
この高VITを無駄にする手は無い。
しかもご存じの通り、の~りんのVITは喪女の精神並みに弱いのよ。
紙よ紙、ぺらっぺらの紙。
あのナット攻撃にも二、三発くらいなら耐えられそうなわたし以下なんだもの。
たぶん一発で落ちるわよ、の~りんは。
「クロウさんを盾にするってどんな贅沢?」
の~りん自身もまんざらでもない様子なのに、恭平さんが却下してきた。
「魅力的な提案だけど却下」
この直後、キンキーが面白いことを言ってきた。
まるでトール君並みに遠慮がちなしゃべり方と声で。
「あの、ギルマス、コンセントがありました」
はい? コンセント…………ってなに?
この船には発電機もあるんですかね?
あって欲しいけれど、そこまでボーナスステージに手間を掛けたくない・・・(涙