168 ギルドマスターは昼休みを取ります
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ギリギリまで通常装備で歩いていたわたしは、期間限定エリア 【海】 に入るところに来てようやく装備を変更する。
このタイミングを間違えると、いつもルゥが見えない壁に衝突する。
でも何度ぶつかってもルゥは何が起こったのか理解出来ないらしく、驚いたようにキョトンとした顔をしている。
大きな赤い目を、飛び出んばかりに見開いてね。
どうやらルゥは学習しないAIを搭載しているみたいなんだけれど、これはこれで可愛いからよし!
そうして入った 【海】 でルゥの生みの親、運営の小林さんと会った。
いつものようにフンフンフンフン……なにもない砂浜を興味津々に探索を続けるルゥは、ぶつかったプレイヤーの足にいきなりがっぷりと噛みつく。
自分からぶつかっておいて怒るんだもの、どんだけ短気なのよ?
「チビ助、ちょっと薄情すぎないか?」
ルゥに足を噛ませたまま余裕を見せる珍しいプレイヤーがいると思って顔を見たら……昨日会ったばかりなんだけれど、ちょっと記憶に自信がない。
だってほら、慌ただしかったし、色々あったじゃない。
最後は記憶が飛んでるし。
そんなわけで自信はないんだけれど、確か運営の小林さんよね?
「これはこれは女王陛下、本日も麗しくていらっしゃる。
今日はお一人でお散歩ですか?
いつもご一緒の騎士は?」
ん? それは誰のことを言っているの?
他の男性プレイヤーたちと同じ海パン姿の小林さんは、とてもお天気のいい浜辺でのんびりと寝そべっていて、気ままに伸ばした足をルゥにバックリやられている。
「いつも一緒にいる男前」
んーっと、わたしがいうのもなんだけれど 【素敵なお茶会】 は男前だらけなんだけれど?
わたしは本心からそう思ってるんだけれど、なぜか小林さんには笑われてしまった。
「そうでした。
誰だっけ、あの人。
確か一番背の高い人だったんじゃないかな?」
一番背が高いのはクロウだったと思うけど、お昼ご飯よ。
いくら私の保護者を気取っていてもご飯くらい食べるし、あれだけ体が大きいと燃費も掛かりそうよね。
一緒にご飯したことはないから知らないけれど。
ところで小林さんはここで何をしているの?
「俺もお昼休みです。
飯食ってちょっと時間があったんで、ここで一休み」
休憩時間は労働者の権利だけれど、仕事場で遊んでもいいわけ?
「一応、現場の巡回ってことにしてあるから大丈夫。
天気もいいのに、なにが楽しくて籠もりっぱ生活。
せめて息抜きくらいさせてよ。
それよりコンテストの賞品、追加でもう一体どう?」
もう一体って、なにを?
「なにって、もちろんこいつ」
その指が差すのは小林さんの足に噛みついたままのルゥ。
よくよく見てみれば、怒って噛みついているというより遊んでる感じかな?
そのルゥをもう一体くれるの?
ちょっと魅力的なお誘いなんだけれど……けれど……ど、どうしよう……?
「返事は今じゃなくてもいいよ。
保護者さんの許可がいるんでしょ」
そう! じゃあちょっと考えてからメッセージでお返事するわね。
なんだか引っ掛かることもいっていたような気もするけれど、すっかり気持ちがウキウキしちゃって聞き逃しちゃった。
それよりちょっと訊きたいことがあるんだけれど。
「ゲームのこと?」
もちろん運営の人にゲームのことを訊くのはちょっと反則なんだけれど、どうしても疑問なのよね。
かといってこの状況で小林さんに、他になにを訊くっていうのよ?
それこそ個人的なことなんてまるで興味も用もありません。
「まぁ答えられる範囲なら」
小林さんが、なかなか柔軟な頭の持ち主で助かったわ。
わたしは小林さんの隣に腰を下ろしながら尋ねる。
もちろん訊きたいのは確率のこと。
「ああ、ダンジョン被り?
そういえば結構な問い合わせが来てたな」
それってつまり、【特許庁】 以外にも同じダンジョンを何度も潜っている人たちがいるってこと?
機関長以外にも呪いをかけている 【幻獣】 がいるってこと?
「呪いって……面白いことをいうなぁ。
夏企画はもう終わってるから、ハロウィンあたりに呪いネタもいいな。
確かに辛い確率にしてあるけれど、期間が二週間もあるからそう簡単に全クリされちゃ運営としては困るでしょ。
プレイヤー側だって面白くないんじゃない?」
つまり 【特許庁】 が機関長に愛されまくっているのはあくまで確率なのね?
【素敵なお茶会】 まで汚染されちゃったけど。
「問い合わせにはちゃんとそう答えてるよ。
そのうち別のダンジョンにも入れるんじゃない?」
他にも、何人かが船内のどこかに閉じ込められるのは仕様だけれど、鍵がそこにあったのは偶然らしい。
【幻獣】 の数も教えてくれなかったけれど、やはりMAPはいくつかあって、組み合わせもただの確率。
もちろん全て個別に操作出来るものではないから、【特許庁】 のダンジョン被りは本当にただの偶然らしい。
その偶然こそが 「呪い」 なんじゃないの?
しかも 【素敵なお茶会】 まで感染させてくれちゃって!
「呪い、ねぇ。
ほんと、可愛らしい女王陛下は仰ることも可愛らしい。
ところで俺も訊きたいことがあるんだけど、このアバター、どうですか?」
え? 普通……だと思う。
「普通……ですか?」
あまりに小林さんの質問が唐突だったから、わたしもいい言葉に思い当たらず、うっかり出て来た言葉をそのまま吐き出しちゃったらショックを受けられた。
でも結構打たれ強い人らしく、すぐさま気を取り直してきた。
「それは具体的にどう普通?
このアバター、色んなプレイヤーのアバターを参考にしてステータスとかも凝りまくったんだよ。
でもダメ?
全然ダメ?」
…………この人、よくわからない。
そもそも司会業にステータスが必要なの?
とりあえず顔が近い。
ちょっと離れてくれない? ……って思ったら、二人してほぼ同時に、下から突き上げてきたルゥの頭突きを顎に食らう。
ごぁぁぁ~!
た、たぶんルゥは、近い距離で顔を突き合わせているわたしと小林さんを見て、自分も仲間に入れて欲しかったんだと思う。
気づいた瞬間に、小林さんの足下から一直線にすっ飛んできたらしい。
前にも、わたしとトール君のあいだに頭をねじ込もうとしてきたことがあったもの。
でも、だからってこの割り込み方は強引すぎる。
わたしは痛みのあまり、両手で顎を押さえて浜に横たわる。
反対側では、わたしに背を向けるように小林さんもほぼ同じ状態になっていて、あいだでルゥが、何が起こったのかわからない顔でキョロキョロしている。
そして毛繕いを始めるっていう平常運転。
そりゃわからないことはいくら考えてもわからないけれど、だからってその、僕は知りませーん! ……みたいな態度はどうなのよ、ルゥ。
「グレイ、どうした?」
クロウの声がすると思って空を見上げてみたら、眩しい日の光の代わりにクロウの顔がある。
顎を押さえて、「あがぁぁぁ……」 とか 「うごぉぉぉ……」 とか言っているわたしと小林さん、そのあいだで我関せずとばかりに毛繕いをしているルゥ。
そんな二人と一匹の様子を見てクロウは状況を察したらしい。
わたしを見下ろしたまま小さく息を吐く。
そして毛繕いをしているルゥの頭に拳骨を一つ、落とす。
直後にキャン! と鳴き声を上げたルゥは、指先でつまみたくなるほど小さな牙を剥いてクロウとにらみ合い。
低く唸りながらもわたしの体を乗り越えて……たぶんルゥは乗り越えたかったんだと思うけれど、足が短すぎて、結果、踏みつける形でわたしの前に来ると、まだ引かない痛みに涙を浮かべているわたしの胸に大きな頭を押しつけてくる。
抱っこ?
うん、抱っこよね、わかった。
ルゥをぎゅっと両手で抱きしめてあげると、代わりに、大きな頭の耳と耳のあいだあたりに顎をゴーリゴーリ……って押しつけてあげたんだけれど全然意味がないっていうね。
【幻獣】 のVITの前に、モヤシな魔法使いのSTRなんてあってないようなものなのよ。
でもここまで来るとさすがに落ち込むというか、なんというか……。
だってルゥってば、わたしが顎ですりすりしてると思ってるんだもの。
そう思ってご機嫌なんだもの。
全然お仕置きになってない!
飼い犬の心は飼い主に丸わかりなのに、ここまで飼い主の気持ちを理解しない飼い犬っていうのも珍しいんじゃない?
そもそも犬じゃなくて狼なんだけどさ。
はぁ~……痛みも引いてきたし、もういいや。
そう思って砂だらけになりながらギュッてルゥを抱きしめたんだけれど、別の問題が背後で発生中???
「ここで何をしていた?」
最初、わたしが声をかけられたかと思ったんだけれどちょっと声の位置というか向きが違っていて、掛けるクロウの声もなんだか険しい。
誰に怒ってるのかと思ってルゥを抱えたまま起き上がってみたら、ひげ剃りのあとに剃り残しがないか確かめるみたいに自分の顎を手でなぞっている小林さんとクロウが見合っている。
うん? クロウはなにを怒っているの? ……というか、これは怒っているのかしら?
「やっと騎士様のご登場か」
やれやれと言わんばかりに肩をすくめて見せた小林さんは、ゆっくりと立ち上がる。
うん、クロウのほうが背が高い。
『問題はそこじゃないし』
ギルドチャットで割り込んでくるのは恭平さん。
いつもならカニやんの登場タイミングなのに、珍しいキャスティングね……と思ったらカニやんが続く。
『出遅れた』
どうやら二人して近くでわたしたちを見ているらしい。
チラリと見回してみたんだけれど、そろそろ昼休みから戻り始めた休日のプレイヤーが増え始め、二人の姿は見当たらない。
そこでわたしはルゥを浜に下ろす。
「いい? ルゥ。
いつもルゥを力一杯モフる悪い奴を探してきて」
そう言い聞かせるとルゥはワンッと犬みたいに一つ吠え、いつものフンフンフンフンフンフン……と歩き出す。
よし、恭平さんを巻き添えにカニやん捜索はルゥに任せて、問題はこっちよね。
クロウはなにを怒ってるの?
浜に座ったままのわたしはそっとクロウの手をつかもうとしたんだけれど、直前に気づかれ、その大きな手を頭に乗せられる。
これはこのまますわっていろっていうことかしら?
大人しくしていろっていうのは間違いないと思う。
まぁ 【幻獣】 ほどじゃないにしても、クロウのSTRも軽く四桁越えだもの。
わたしじゃ逆らいようがないんだけれど……と困った顔をしていたら、小林さんがチラリとわたしを見る。
「そういえば、最終日に花火大会を企画してるんだって?」
公式サイトの掲示板で参加者を募集しているんだもの、そりゃ運営にもバレているわよね。
注意を受けたら、掲示板のスレッドを消してもらってギルド単位でするわ……って思っていたら、逆にお墨付きをくれた。
「プレイヤー主催の企画も大歓迎。
ゲーム内を盛り上げてくれる分には全然問題なしです」
そう? じゃあ一斉に点火とかして、一瞬でサーバーに負荷を掛けてみようかしら。
悪戯のつもりで思いつきを口にしたら、とたんに小林さんは慌ててくる。
「いや、それはちょっとやめて。
参加人数にもよるけど、ちょっと落ちそう。
回線弱者が切断されるから、やめてあげて」
運営のことはいいけれど、同じプレイヤーに被害が出るならやめておくわ。
でも本当に危ないのか、小林さんってば凄く早口になってる。
「とりあえず花火の数は増やしておくよう設定は変えておくから、それで許して」
ついでに金貨も増やして……って、調子に乗ってみたら、ニヤリと笑う小林さん。
「それはちょっと無理な話かなぁ~」
やっぱり? 話のノリでOKしてもらえるかと思ったんだけれど、ダメか。
残念……と、わたしも精一杯にっこりと笑ってみせる。
自分じゃ見られないから綺麗に笑えたかわからないし、自信もない。
「ここで美人の笑顔はなしにして。
俺の立場が悪くなるから」
ん? どういうこと?
「ほんと、女王陛下はいい性格してるよ。
運営から直接情報を引き出そうとするとか」
だって丁度いいところにいたんだもの。
利用しない手は無いでしょう。
『いけしゃーしゃーとまぁ……ってかこのクソワンコ!』
あ、ルゥがカニやんを発見したみたい。
じゃ、そのまま二人を連れてきてね。
ところで小林さんは、途中からクロウを見て話すのはなぜ?
んーっと、これはクロウが怒っていることと関係してる?
「この人、ずっとこんな調子だったから。
俺が言わなくてもわかってるだろうけれど。
それに、いくら美人でもゲーム内でユーザーには手を出しませんって。
そのくらいの分別は付けてますから、ご心配なく」
これはなんの話?
わたしにわかるように説明して欲しいんだけれど……って攻め込もうとしたら、立ち上がった小林さんが海に向かって走り出す。
逃がさないわよ!
とっ捕まえようとしたけれど、頭に乗せられたクロウの手が重い。
重くて立ち上がれなくてまんまと逃げられる。
「またね、アールグレイさん!
あ、そうそう!
花火大会、俺も参加するかも!」
そんなことをいいながら、膝まで海水に浸かった状態でログアウトしていった。
惜しい、せっかくだからもう少し喋らせようと思ったのに。
……っていうかクロウ、そろそろ手を放して。
じゃないとわたし、砂浜にめり込みそう。
「めり込んでしまえ!」
あら、カニやんお帰りなさい。
クロウに続きカニやんまでなにを怒っているのかと思ったら、海パンの裾をルゥに引っ張られているっていうね。
それを必死に押さえて脱げないようにしているから結構みっともなくて、少し後ろから来る恭平さんが他人の振りをしている理由がわかる気がする。
あ、でも他人の振りはしているけれど、一応カニやんの面子というか、なんというか……まぁなにかを守っているつもりらしい。
なにを? ……って訊いたら、恭平さんじゃなくて、どこからともなく現われたJBがいうの。
「カニやん、半ケツになってるんすよ。
後ろから見たらケツ、半分見えるっすよ」
一緒に見ます? って誘われた……誘われた……み……見ない!
一瞬頭が真っ白になったけれど、今日は頑張って堪えたわ。
堪えて言い返した。
オッサンのケツになんて興味ないわよ!!
最近、クロウが露骨になってきたので少し抑えようと思います(汗