137 ギルドマスターは禁じ手を使います
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このゲーム 【the edge of twilight online】 最強にして最悪のぶっ壊れスキル 【灰燼】 は、わたしだけが所持する固有スキル。
もとは現在最強にして最悪のインスタンスダンジョン 【富士・火口】 に出現するボス・スザクの固有スキルで、そのスザクを初見のソロプレイで一番最初に倒したプレイヤーのみが取得することの出来る特殊な固有スキルで、その威力や効果も特殊中の特殊。
文字通り、全てを焼き尽くす。
ただこのスキルにも欠点が二つほどあり……いや、三つかしら?
まぁどんなスキルにも使用に適した状況というものがあるわけで、【灰燼】 にも適しない状況というものがある。
いつでもどこでもというわけでもなくて……そもそもこのスキルには使用制限がある。
いわゆる再起動準備が二四時間という、おそらく職を問わず全スキルの中でも一番の長さ。
つまり一度使うとその日はもちろん、翌日も、状況次第では使えないというかなり厳しい制約がある。
もっともそうそうに使うスキルでもないし、使える状況もない。
本音をいえば、今だってギルドメンバーがわたしの他に一人でも残っていれば使うつもりはなかった。
考えもしなかったと思うわ、今から犠牲にしてしまう不破さんやノーキーさんには悪いけれど。
でも全員落ちちゃったしね、躊躇なんてないわよ。
あるとしたら不安かな。
そう、不安。
失敗するかもしれないっていうね。
だって 【灰燼】 はエリアの境界を越えない。
例えば関東エリアで 【灰燼】 を使っても、隣接する 【中部東海エリア】 まで焼き尽くすことはない。
もっといえば関東エリア内であっても 【樹海】 で使用すれば、影響範囲は樹海内に限定され、マサカドの首塚……は 【樹海】 に含まれている可能性があるからちょっとわからないけれど、間違ってもトチョウを燃やすことはないし東京砂漠も炎上しない……たぶんね。
やったことがないからあくまでも 「たぶん」 になっちゃうんだけれど、しかもわたしの他には誰も検証出来ないから、それこそ外部の攻略wikiにも 「unknown」 と記載されているほど。
スキルとして存在は知られているからもちろん項目としては存在しているんだけれど、詳細は全て 「unknown」 なのよね。
わたしがあの時……つまり初めての発動をしなければスキルの存在自体未だ知られることなく、わたしにも 【灰色の魔女】 なんて二つ名も付かなかったでしょうけれど。
そもそもあの時は発動場所が悪かったわね。
当時のダンジョン 【富士・火口】 は 【富士・樹海】 とひと続きになったエリアダンジョンだったから、対スザク戦で使うと樹海にいたプレイヤーまで燃やしてしまうっていうね。
一緒にいたクロウとクロエを落とした 【灰燼】 の焔はそのまま樹海に広がり、なにも知らず樹海にいたプレイヤーたちをも落とした。
【灰燼】 の存在は、おそらくそのプレイヤーたちのあいだで広まったのが最初だと思う。
以来わたしはスキルを使うことはなかったんだけれど……それこそゲーム内での伝説にでもなってしまえばいいと思っていたのに、まさかこんな場面で使うことになるなんて。
巻き添えになることを快く承諾してくれた不破さんと、ノーキーさんに感謝しつつ賭けに出る。
「起動……かい……じん……」
わたしを中心に展開する超巨大な魔法陣は、離れたところにいる不破さんやノーキーさんの足下にまで届き、詠唱の最中からゆらりと焔を上げる。
そして詠唱が終わると同時に一気に激しさを増し、まずは不破さんとノーキーさんを呑み込む。
そのまま激しく燃え盛る焔はわたしの視界を遥かに超えて広がり、一時的にほぼ止まっていたインフォメーションをどんどん上げる。
残念なことに 【灰燼】 の焔は平面の広がりだけでなく、それこそ廃ビルの屋上までも燃やし尽くす。
逃げることも隠れることも許さない無慈悲な最凶スキル。
文字通り全てを灰燼に帰してその焔を鎮めるか、あるいは数百名のプレイヤーを収容した広大なこのイベントエリア。
ひょっとしたどこかにあるかも知れないエリアの境界に阻まれ、「隠れキャラ」 たちを取り逃がすか。
ちなみに取り逃がした場合、このスキルが持つ欠点の一つと、HPを回復出来ないというイベントルールによって、わたしは落とされるのも時間の問題という危機的状況に陥る。
だからこれは賭け。
ゲームを白けさせてでもなにもせず生存点だけを稼ぎたい 「隠れキャラ」 たちが生き残るか、わたし以外の全員が 【灰燼】 によって灰に帰すか……
『最終生存者アールグレイ』
足下に展開していた魔法陣が消える……つまり 【灰燼】 が収束するのとほぼ同時に入る運営の音声インフォメーションでわたしの勝利が確定し、カウントダウンによる誘導のあと通常エリアに戻される。
もちろんこれで終わりじゃない。
むしろここからが始まり。
祭りのね
わたしと不破さんを吊し上げる盛大なお祭りの始まり。
五〇名近く残っていた生存プレイヤーのポイントを総取りにしたばかりか、ノーキーさん、不破さんのポイントまでもらっちゃったわたしには、生存点としてイベント開催時間の二時間もポイントとして加算される。
申し訳ないくらいの一人勝ちってだけでも非難を浴びるには十分。
しかも最凶のぶっ壊れスキル 【灰燼】 まで使っちゃって、炎上条件は整いすぎているくらい整っている。
どこまで炎上するかも想像が付かないし、わたしの、絹ごし豆腐顔負けのヘタレメンタルがどこまで保つか……これは全くといっていいほど自信がないわ。
通常エリアに戻ったわたしのすぐそばにいた見知らぬプレイヤーが、わたしの転送に気づいて悲鳴を上げる。
もう、これだけでも十分傷つく……
「灰色の魔女!」
わたしをその名で呼ばないで! って言うより早く逃げられてしまった。
ギルドに所属するプレイヤーの中にはギルドルームのモニターで落ち着いて観戦していた人もいたんだろうけれど、もちろんギルドルームを持たないギルドもあるし、大型モニター前で、みんなでワイワイしながら観戦したいってプレイヤーも多くいて賑わうナゴヤドームの中央広場。
大勢のプレイヤーが集まる中、わたしの周囲では早くもヒソヒソと……感じ悪!
この居心地の悪さは未だかつてないほどで、もちろんその理由にはわたしの後ろめたさだってある。
わかってるわよ、【灰燼】 なんてぶっ壊れスキルの使用は反則だって。
でも、じゃあどうしたらよかったのよ?
『グレイさん、お疲れ。
今から回収に行く』
わたしが周囲に向かって爆発する前に、インカムから、先に通常エリアに戻っていたカニやんの声が聞こえてくる。
そのうしろからうしろからギルドメンバーたちの 「お帰り」 とか 「お疲れ」 の声が……泣きそう。
でもまだ泣かない!
わたしは周りがヒソヒソと囁きあう中をかき分けて噴水に向かう。
でもこんな時に限って結構広場の隅っこに転送されちゃって……すでに大勢のプレイヤーが集まりすぎてこんな隅っこにしか転送位置がなかったっていうのが正解かも知れないけれど、とにかく噴水が遠い。
てっきりカニやんが柴さんムーさんあたりを引き連れてくるのかと思ったら、予想外にもクロウが来た。
全プレイヤーの平均身長より低いわたしは完全に群衆に埋もれてしまうんだけれど、あそこまで身長があると、全然埋もれないっていうか、余裕っていうか……。
そもそも男性プレイヤーが圧倒的に多いから、どうしても平均身長が高くなるのは仕方がなくて、わたしの身長が遙かに平均を下回るのも仕方がないの!
そのまま見つけてくれたクロウに回収され、抱えられるようにみんなと合流したら
「グレイちゃん、お疲れ様」
なぜか蝶々夫人を筆頭に……えっと主催者はノーキーさんなんだけど、もちろんそれはわかっているんだけれど、どうしてもそう思ってしまうのはもう許してもらうとして、【特許庁】 のメンバーまでがうちのメンバーと一緒に集まっていた。
もう一ついうと、久々に会う黒髪をした中性的な銃士も。
「お久しぶりです、グレイさん」
どうしたの、セブン君まで。
確か 【鷹の目】 はギルドルームでのんびり観戦じゃなかったっけ?
「ちょっとグレイさんとお話がしたいと思って出てきたら、先客がいまして」
もちろん先客っていうのは 【特許庁】 ご一行様のことね。
しかもイベントエリア内でのやりとりは、先に戻っていた不破さんからすでに聞いて知っている。
さらに聞けば、屋上に陣取っていたセブン君を落としたのは別の廃ビルにいた見知らぬ銃士らしいんだけれど、落とされる原因になったのは、やっぱり 「隠れキャラ」 に襲われたから。
ただその 「隠れキャラ」 も、大人しく隠れていればよかったのに一人くらい……なんて欲を出したおかげで、セブン君を落とした銃士に、セブン君より先に落とされたらしい。
「いやぁね、変な欲を掻いちゃって。
話はだいたい不破から聞いたけれど、丁度よかったじゃない 【灰燼】 があって。
こういう時に使うためのスキルだったんじゃない?」
つまり蝶々夫人は、わたしと不破さんの考えに賛成ってことよね。
脇でノーキーさんが 「俺の話も聞けよ、このドブス!」 とか、お母さんに話を聞いてもらいたくて仕方のない子どものように喚いているのがうるさい。
ちなみにローズとわたしの不仲は両ギルド公認(?)なので、ローズはどこかに隔離されているらしい。
ノーキーさんも一緒に隔離しようとしたらしいんだけれど、さすがにこういう話し合いの場に、お飾りとはいえ主催者がいないのは外聞が……ってことで、お情けでいさせているらしいんだけれど、あまりにうるさくて、今からでも隔離したほうがいいんじゃないかって、周りにいるギルドメンバーが笑っている。
でもつまり、蝶々夫人の了承が出ているってことは 【特許庁】 は不破さんを咎めない…………ってことでいいのよね?
脇下とかに冷汗を掻きながら尋ねるわたしに、蝶々夫人は優雅に髪を払う仕草をしてみせる。
「当たり前よ。
こんな面白いネタ、乗らない手は無いでしょ」
うん、つまり一緒にこの炎上祭りを楽しむつもりなのね 【特許庁】 は。
実際、わたしたちが話している周りで、蝶々夫人の 「ねぇみんな」 という呼び掛けに歓声が上がる。
さすが、お祭り大好き 【特許庁】。
このギルドがメンタル最強ってことをすっかり忘れていたわ。
でも、ちょっと蚊帳の外に置かれた状態の 【鷹の目】 はそうもいかなくて、【特許庁】 の盛り上がりをよそにセブン君は苦笑い。
「判定を下すのは運営だからね、【鷹の目】 はまだ動けない」
セブン君個人とわたしたちは付き合いも長いけれど、主催者個人の感情で 【鷹の目】 のメンバー全員を巻き込むことは出来ない。
【素敵なお茶会】 や 【特許庁】 とは少し距離を感じるギルドだから、メンバーも納得しないんでしょうね。
でも……そうね、判定を下すのは運営。
あの場面でのスキル 【灰燼】 の使用を悪質とするか、しないか……。
その判定が出る前に、わたしはまずメンバーと話さなきゃね。
「え? なにを?」
なにをって…………なにかしら、その反応は?
さすがにギルドを巻き込んでの勝手が過ぎて、今回こそ怒られるとか、それこそ脱退を言い渡されるとか……いや、主催者は脱退出来ないんだっけ?
じゃあ追放?
まぁそのくらい厳しいことを言われるんじゃないかって覚悟……は決まってないけれど……うん、全然決まってなくて恐る恐る尋ねてみたんだけれど、なんかね、凄く間の抜けた顔をカニやんに返された。
柴さんとかムーさんも。
マコト君やトール君は眉をハの字にして苦笑いだし、JBや恭平さんは困惑顔。
クロエなんて、もうね、それこそ 「あんた、馬鹿?」 とでもいわんばかり……っていうか、言われたわ。
それどころかさらに悪態を吐かれそうになって、カニやんが止めてくれなかったら本気で泣き出してたかも。
「いや、だからさ、もうこれ何回言ったか覚えてないんだけど、俺たちは主催者に従うって。
まだ言わなきゃ駄目?」
もうダメ、泣く……。
エリア内に存在する全てのプレイヤーを、ことごく逃すことなく溶かしきる最凶ぶっ壊れスキル【灰燼】の使用は反則か?
グレイの生還にくすぶる不満が次話で大炎上! ・・・の予定です。