133 ギルドマスターはポイントに逃げられます
pv&ブクマ&評価&感想、ありがとうございます!!
運営の音声アナウンスのあと、いつもと同じくサイレンの音によって開始が告げられた第五回公式イベントはプレイヤー同士のバトルロワイヤル。
内容や基本的ルールは同じとはいえ、前回とは違っていることもある。
その顕著なのが、プレイヤーのレベルが全体的に上がっていること。
ちょっと戦い慣れているプレイヤーが多くて、わたしみたいなうっかりさんには冷汗が止まらない。
うっかりついでに汗染み対策も忘れてきたっていうね。
装備や動きなんかから推測して、みんなレベルが高いと思う。
もちろんたまに、制限レベルギリギリでの参加を思わせるプレイヤーもいたけれど、それはごく少数。
圧倒的に高レベルプレイヤーが多数を占めている。
『それな、なんか不思議な感じがする』
これも前回同様、イベントエリア内にいるメンバーに限ってギルドチャットが有効で、さっきから雄叫びやら雄叫びやら雄叫びやら……ちょっと柴さん、ムーさん、うるさい!
ここぞとばかりに筋肉披露もいいけれど、ちょっと静かにしてくれない?
カニやんの声が聞こえづらい。
『おいカニ、声張れや!』
『発声は腹筋、腹筋!』
『マジこいつら、うるせぇ……』
うん、逆効果だったみたい。
ごめん、カニやん。
で、何が不思議なの?
ここはもう、脳筋の雄叫びはBGMとして聞き流しましょう。
こんな形でスルースキルを使うなんて思いもしなかったけれど、そのうちレベルアップさせておくわ。
今はまだレベルが低くて、結構うるさく感じるけれど。
『なんか、わざとランカーあたりを狙ってる気がして……ちょい待ち。
起動』
詠唱を始めちゃったから、言われたとおり待ちましょう。
と思ったら、また来たわ。
「アールグレイ、覚悟!」
しませんって何度もいっているのに、ローズってば懲りないんだから。
アカウント停止処分から明けたばかりだっていうのに、全然懲りてないっていうか、元気っていうか。
とりあえずその大振りの大剣に当たってたまるものですか。
煙となんとかは高いところが好きって言葉があるけれど、ローズはその典型?
前回のイベントでも木の枝から飛び降りてきたけれど、今回も廃ビルの二階から飛び降りてきた。
まぁあまり綺麗な着地じゃなかったし、直後、どこかの屋上にいる銃士に頭を撃ち抜かれるとか。
馬鹿じゃないの?
でもせっかくのポイントだもの。
どこの誰かは知らないけれど、ローズはわたしのポイントなんだから横取りしないでよ。
今回のイベントも、与ダメではなく、落としたプレイヤーのポイントになるのがルール。
ローズだって馬鹿じゃないから……いや、結構なお馬鹿なんだけれど、一撃食らえばすぐに危険ぐらいは察する。
銃撃を避けてすぐさま移動してくれたおかげで、どこの誰ともしれない銃士にカモを奪われずにすんだわ。
「起動……焔獄」
はい、また5P。
で、カニやん、何?
今度はわたしが敵と遭遇しちゃったから、カニやんを待たせちゃった。
『なんかランカー狙いっぽいって話』
ああ、そんなことを言っていたっけ?
でもどうして?
『思うにトール君かな?』
トール君?
トール君がどうかした?
何かした?
この会話はギルドチャットだから当然参加しているトール君にも聞こえていて、丁度手が空いたのか、申し訳なさそうな声が聞こえてくる。
『あの、俺、何かしましたか?』
『前回のバトルロワイヤルじゃなくて、その前の女神イベント。
ノギさんと斬り合って、あれで結構有名になっただろ』
なるほど、だからランカーを狙っているのね。
もちろん参加者全員ってわけじゃないだろうけれど、カニやんの予想通り、一部のプレイヤーがランカーを狙っているとしたら……それってつまり、売名行為よね。
やだやだ。
それで実際に強くなれるなら誰も苦労しないじゃない。
いま、トール君がどれだけ苦労してると思ってるのよ。
そもそもそんなことをして楽しいのかしら?
『楽しいかどうかは知らないけど、とりあえず忙しいわ。
ポイントは稼げるけれど、落ちるのも時間の問題そう」
……ん? ちょっと待って、今、途中からカニやんの声がインカムからじゃなくなってないっ?
ハッとしたわたしが周囲を見回すと、同じように周囲を見回しているカニやんがそこに……起動!
「スパーク!」
やばっ!
一瞬反応が遅れてカニやんの先制を食らっちゃった。
しかもカニやんだからね、わたしに魔法攻撃が効かないのは先刻承知。
スパークを食らったわたしはノックバックで、背中から崩れかけた柱に叩きつけられた。
いったぁ~い!
無制限のMPと違いHPは回復出来ないんだから、減ってたらカニやん絶対ぶっ殺す!! ……って思ったのに、人がノックバックしているあいだに一目散に逃げちゃうとか……なに、それ?
ちょっとカニやん?!
『まともに遣り合うわけないだろ、グレイさんと』
それこそ馬鹿じゃないんだからって、息を切らしたカニやんの声がインカムから聞こえてくる。
つまりもうそれだけ距離をとられちゃったってことよね。
完全に逃がした。
嗚呼、わたしのポイントが……。
背中を向けて逃げ出したあのタイミングで、いっそ、それこそクロエあたりに脳天からぶち抜かれればよかったのに。
なんか悔しい!
『ちょっとカニやん、それ、僕が考えたグレイさん対策じゃん。
勝手に実践しないで、著作料もらうよ』
わたしの足止めをして、そのタイミングで逃げる……そういえばそんなわたし対策をクロエが立案していたっけ?
魔法使いであるカニやんはスパークを使ってわたしをノックバックさせたけれど、銃士であるクロエは徹甲弾あたりでノックバックをさせて逃げるって。
逃げるが勝ちって……ああ、もう悔しい!
こういうとっさの事態にすぐ対応出来ないのがわたしの弱点。
わかってはいるんだけれど、カニやんだって狙っていた事態ではないとはいえ、見事に虚を突かれちゃったっていうか、してやられたっていうか……とにかく悔しい。
次に会ったら絶対落とす!!
『一応首は洗っておく』
ええ、それはそれは綺麗に洗っておいてね。
それこそ加齢臭なんてさせていたら、じわじわHPを削って苦しめてあげる。
『うわ、俺、やべ!』
『俺もむっちゃ汗臭い!』
『あ、それ、俺もヤバいわ。
逃げるのに久々にダッシュしたから汗だく』
さっさと洗ってこい、親父ども。
『……とりあえず、無事そうだな』
小さな溜息のあと、クロウの呟きが聞こえる。
ええ、まだまだ無事ですとも。
一応調べてみたけれど、スパークで減ったHPは辛うじて一桁。
早速作ったばかりの、VIT特化の新装備が役に立ったみたい。
もちろん油断は出来ないけれどね。
これ、訊くだけ野暮だけれど一応訊いておく。
「クロウも無事よね?」
『心配するな』
羨ましいぐらい余裕だこと。
いわれずとも心配なんてしてあげない。
そもそもそんな余裕がわたしにあるわけないじゃない。
さっきカニやんが言っていたとおりなら……前回のイベント順位はどうだったかしら?
1位 アールグレイ 【素敵なお茶会】 主催者
2位 ノギ 無所属
3位 クロウ 【素敵なお茶会】 サブマスター
4位 ノーキー 【特許庁】 主催者
5位 カニやん 【素敵なお茶会】 サブマスター
6位 ラッキーセブン【鷹の目】 主催者
7位 クロエ 【素敵なお茶会】 サブマスター
8位 不破 【特許庁】
9位 ライカ 【暴虐の徒】 主催者
10位 しば漬け 【素敵なお茶会】
11位 ミンムー 【素敵なお茶会】
12位 シシリー 【シシリーの花園】主催者
13位 串カツ 【特許庁】
14位 ポール 【暴虐の徒】
15位 リー 無所属
そうそう、確かこんな感じ……そういえばわたしが1位だったのね、すっかり忘れていたけれど。
一つ二つ入れ替わっているところがあるかもしれないけれど、まぁだいたい合っていると思う。
この時点でわたしとクロウ、クロエ、それにノギさんノーキーさんにセブン君がレベルカンストで、他のメンバーはレベル30台だった。
14位のポールさんと15位のリーさんとは全く面識がなくて情報もないんだけれど、だいたいみんなと同じくらいだったんじゃないかな。
そのレベル30台が今のゲームの中心層になっていて、ボチボチ40を越えるレアプレイヤーも増えてきたという噂もある。
だから今回のイベントとレベルの上限開放、どちらかが来るんじゃないかってもっぱらの噂になっていて、蓋を開けてみれば第五回イベントが来たわけだけれど……これって狙ってるのよね、運営は。
イベントが終わってから上限開放をしたら、それはそれでまたレベル上げにみんな精を出すもの。
【修験の書】 とか、経験値に関する課金アイテムが売れるわ。
また 【鷹の目】 の暗躍が目に見える……ってことは置いとくとして、みんなの情報によれば前回の15位までに入るランカーは、今回のイベントに全員参加している。
その全員が狙われてるってことかしら?
前回は……まぁ色々あってサクッと落ちちゃったの~りんも、今回はまだ健闘している。
奇しくもわたしに落とされたJBもまだまだ元気だっていうし、トール君もマコト君も頑張っている。
転職で変わった距離感になかなか慣れなかった恭平さんも、前回のフェンリルの森での戦闘でだいぶん感覚が掴めたらしく、相手の不意を衝く魔法攻撃を巧みに織り交ぜて善戦中。
位置取り命の銃士クロエとくるくるは、森という銃士が不利だった前回の立地から一転、有利なこのステージに面目躍如……といけばよかったんだけれど、ついさっき、くるくるが落ちたインフォメーションが上がった。
惜しい……
位置取りがちゃんと出来れば射線が通るこの廃墟の、立体感のある構造は確かに銃士に有利なんだけれど、結局寄られてしまえば剣士には勝てない。
魔法使いの範囲魔法で巻き込まれれば逃げ切られない。
もちろんクロエやセブン君くらいになれば近距離対策も万全で、それを活用出来る技術もある。
くるくるにそれが出来ないわけでもないんだけれど、これはこれでちょっときな臭い話が出てきた。
くるくるが落ちた直後、気がついたクロエが言い出したの。
『なんかさ、屋上の隅っことかに隠れてる奴がいる』
ん? なに、それ?
クロエとの遭遇を避けて隠れるのは当然じゃないの?
『それはそうかもしれないけれど、普通に考えて、剣士が屋上に上がっても仕方ないんじゃない?』
仕方がないわけじゃない。
見晴らしのいいところで景色を見ればMAPが広がる可能性がある。
視覚から情報を仕入れられるかもしれないもの。
そうやって情報を収集していた可能性もあるというわたしの意見をクロエも否定はしなかったけれど、狙撃のしやすい屋上で銃士同士が遭遇。
場所取り合戦を演じるのが普通だが、銃士より剣士や魔法使いと遭遇する方が多いというのはやはりおかしいかもしれない。
あとできけばくるくるも、そうやって隠れていたプレイヤーにうしろから襲われたらしい。
クロエ自身も何度もそういうプレイヤーに襲われ掛けたらしいんだけれど、近距離対策は万全。
ましてやわたしみたいにとっさの場面に弱いわけじゃなく……なにしろ剛毛がぼうぼうと生えているような心臓の持ち主だもの。
鼻で笑いながら撃ち落とすぐらいのこと、軽々とやって見せてくれるわ。
矜持も高いしね。
決して広くはない屋上で剣士同士が斬り合っているところに遭遇した時は、遠慮なく二人分のポイントをもらったらしい。
それは当然のこととして……なんだかおかしな感じよね、今回のイベントは。
始まりました第五回公式イベント。
ギルドメンバーは変わりましたが、変わらない人は変わらず・・・です。