129 ギルドマスターは花を考えます
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そりゃ胸当てを作って欲しいって言い出したのはわたしだけれど、そこまで胸を凝視されるとは思わなかったわ。
こ、これ、どうしたらいいの?
さすがに耐えきられなくなってクロウに助けを求めちゃった。
だって、こういう場合なにを言えばいいの?
どうしたらいいの?
わかんないじゃない……もう泣きそうよ。
またフンフンフンフンフンフン……興味津々に店内を散策していたルゥもさすがに心配して戻ってきてくれたんだけれど、カジさんじゃなくてクロウがわたしを虐めていると勘違いして、クロウの屈強な足に喧嘩を売るとか…………ダメな飼い主のペットはお馬鹿になるのね……可愛いからいいけど。
他人がなんと言おうと、ルゥは可愛いからいいの。
飼い主のわたしがそれで満足しているから。
とりあえず今の問題はカジさんの視線なんだけれど……
「その花、なんて花?」
やっと出てきたカジさんの言葉はその行動の理由を教えてくれたんだけれど……つまり花を見ていたの。
わたしの着ているチャイナシリーズの青には、左肩から胸元に掛けて流れるように杜若が刺繍されている。
それがなんの花だったか思い出そうと凝視していたっていうね。
恥ずかしい……
色んな意味でもう恥ずかしすぎて、どこかに穴、開いてない?
ないならいいわ、ルゥ、掘って! ……ってお願いしようとしたら、やっぱりルゥってば、勝ち目のないクロウの足に飽きたのか、でも少し苛立った感じで毛繕いとかしてるし……可愛い。
わたしと目が合うと、撫でてもらえると思って足下にやってきて行儀よくお座り。
うん、撫でて上げる……じゃなくて、花の名前だっけ?
あ、もちろん撫でて上げたわよ、ルゥは。
「たぶん杜若だと思うけど?」
カジさんがあんなにも見ていた理由はわかったけれど、そもそもこれがどうかしたの?
「胸当てすると、それ、隠れるだろ?
だったら胸当てになにか代わりを……って思ったんだが、杜若か」
あ、そっか。
言われてみればそうよね。
サラッとした触り心地のサテン……じゃなくて、もう、ここはシルクみたいなっていわなきゃいけないのよね。
ついついいつもの生活レベルが出ちゃって貧乏臭くなる。
せっかくの仮想現実なんだから、高級感も楽しまなきゃ損よ損……っていうここがすでに貧乏性だわ……悲しい。
「杜若ねぇ、うーん……やっぱ同じ花がいいか?」
なるほど、他の花でもいいのよね。
「花ならそこら中で写真引っ張ってこられるから、デフォルト加工して……まぁパパッと出来る」
つまりそれほど難しくはない。
だったらお願いしちゃおうかしら?
でも花っていわれても、これは最初から……ていうか、運営のデザインだからわたしの趣味じゃないのよね。
もちろん綺麗で気に入っているけれど、どうせ作るなら別の花でもいいかしら? って思ったら、タイミング悪く花の名前が一つも浮かんでこない。
それでクロウの意見も訊いてみようと思って、ルゥを撫でながらクロウを見上げる。
「花か……」
呟いたクロウは、なぜか申し訳なさそうに笑う。
今の、SSに撮りたかったぁ……あ、もちろんこれは内緒ね。
「悪いが、桜くらいしか思い浮かばない」
まぁ男の人はそんなものかな?
わたしだって思いつかなかったくせに、そこはちゃんと棚に上げておく。
でも桜とか梅とか薔薇とか紅葉とか、一つ名前をいってくれたらどんどん浮かんできた。
桃にチューリップに……チャイナにチューリップはなしか。
わたしの中では薔薇といえば真っ赤で、地色の真っ青に似合わないような……あ、地色っていえば、防具は別の色に出来るんだっけ?
「そうだなぁ、組み合わせでだいぶんイメージが変わるな。
同じ青にしてもいいが、もっと深い青にしてもいいし、いっそ赤を合わせたら鮮やかになる。
淡い色もいいが、そうすると胸元が膨張して見えるかもな」
それは却下。
即時却下です。
胸が大きく見えるならともかく……いや、まぁ本当に大きくなるわけでもなく、ただ大きく見えるだけっていうのは虚しいか。
しかも大きく見えるわけでもなく、膨張して見えるって……それ、おデブに見えるってことでしょ?
絶対却下!!
「……俺には違いがよくわからんのだが……」
呟いたカジさんは 「わかる?」 と問い掛けるような視線をクロウに送る。
受けたクロウは……ルゥを撫でるためにわたしは腰を屈めていたんだけれど、カジさんと違って胸元を……はクロウの位置からだと見えないんだけれど、だからって全身を見ないでくれるっ?
「グレイは気にする必要ないだろう」
あ……ありがとうございます。
他にどう言ったらいいのかわからないから、とりあえずお礼を言っておく。
でも恥ずかしいから……また顔が熱くなってきたから、隠すためにルゥを抱き上げる。
これ、結構便利ね。
今後、抱きつくのに丁度いい木がない時はルゥを抱き上げることにする……って思ったら、なぜかクロウが小さく溜息を吐く。
なに?
「いや、別に」
別にってことはないでしょう?
なにか言いたそうじゃない。
そんな顔をして言わないなんて……いいわ、そのうちに訊き出してやるから。
っていうことで胸当ての地色に柄を決めてわたしとクロウはカジさんの店をあとにしたんだけれど、合流したギルドメンバーの中でジャック君が意外なことを言い出したの。
「俺、次のイベントから参加します!」
いつの間にかレベル18になっていたジャック君。
わたしとクロウがカジさんの店で色々と話しているあいだ、ギルドチャットではずっと、まだ噂の段階でしかない第五回公式イベントについての話題で盛り上がっていた。
その盛り上がりに触発されて参加したくなったみたい。
もちろんそれはかまわないんだけれど……あ、でもイベントについては内容と制限の有無によるから、まだなんともいえないんだけれど……それよりジャック君、一つ訊いてもいいかしら?
「なんですか?」
トール君やマコト君よりちょっと下、でもキンキーやラウラよりちょっと上って感じのジャック君は、どこをどう見ても剣士にしか見えない装備をしていたの。
NPC武器屋で購入出来る廉価装備なんだけれど、でも鎧に剣って、どこをどう見ても剣士よね。
まだブーツや腕装備なんか不揃いな部分もあるんだけれど、でも、腰に剣を携えれば、防具なんてなくても剣士じゃない。
それこそ鎧っていう剣士装備をしていても、銃を持てば銃士なんだけれど……
どうして?
だってジャック君、銃士になりたいって言ってなかったっけ?
それで最初は銃士がメンバー構成の主体になっている 【鷹の目】 に入ろうとして、でも廃課金とか廃人とか、条件が揃わないからってセブン君に 【素敵なお茶会】 を紹介されたのよね?
なのになんで剣士装備?
これ、どうなってるの? どういうこと?
ちょっと意味がわからないんだけれど……混乱するわたしを見て、ジャック君と一緒にいるトール君が苦笑い……っていうより、いつもの申し訳なさそうな顔をする。
いやいやいや、君がそんな顔をする必要はないから。
そんな顔をしなくてもいいから、もし知っているならこの状況を説明して欲しい。
「状況っていうか……俺もついさっき知ったんで……」
なるほど。
つまりその顔は申し訳ないっていう表情じゃなくて、戸惑ってるのね。
わたしも戸惑ってるもの、わかるわ。
じゃ、本人に訊きましょう。
「クロエさんには悪いですが、俺、剣士で行きます」
『全然悪くないよ』
インカムから聞こえてくるクロエの声は、むしろ助かったといわんばかり。
団体戦になると戦略の都合上、銃士の指揮はクロエが執る。
一番レベルも高いし慣れてるからね。
だからジャック君が当初の希望どおり銃士になればクロエの指揮下に入る。
ねぇクロエ、確かにジャック君のギルド参加の時にはちょっと揉めたけれど、まだ根に持ってるの?
あの時はすぐさま、それこそわたしがビックリするくらいあっさりとモード変換しちゃったくせに、実は根に持っていたなんて大人げない。
『人聞きの悪いこと、言わないでくれる?』
都合上、生産職については人数制限を考えざるを得ないのだけれど、戦闘職についてはどの職を選ぶかはプレイヤー任せ。
だから当然ジャック君が剣士を選んでも文句はないし、大歓迎。
むしろ銃士や魔法使い、回復職など後衛が増えすぎると戦略的にちょっと苦しくなるんだけれど……いや、もちろん剣士ばかりが増えても支援が足りなくなるわけで……そう考えると何事も需要と供給……じゃなくてバランスよね、バランス。
このあいだ話を聞いたらキンキーは魔法使い希望で、ラウラは剣士希望。
この双子に関しても逆がいいんじゃない? ってわたしみたいな保守的な人間は考えるんだけれど、選択の自由は尊重するわ。
でもそれも、ここでジャック君が当初の希望を翻してきたことを考えれば、いつ変わるともしれないってことよね。
でも剣士希望なら、そろそろゆりりんから離れて……
「俺、グレイさんと組みたいんです」
指導を誰にお願いしようか考えていたら、ジャック君の口から予想外の言葉が出てきた。
うん? わたしと組む?
なにを思ってジャック君がそんなことを言い出したのかわからないんだけれど、近くで遊んでいたルゥが急に耳をピクピクさせたと思ったらすっ飛んできて、ジャック君に飛びかかる。
短い足で勢いよく走ってきて、力強くジャンプ!
あら、ルゥってば格好いいじゃない……じゃなくて、何してるの?
「お前が何してる?」
ルゥにガッツリ腕を噛まれて悲鳴を上げるジャック君から、低く唸りながらも放そうとしないルゥを引き剥がそうとするクロウに怒られてしまった。
ジャック君、ごめんごめん。
まさかルゥが飛びかかるなんて思わなかったから止めるのが間に合わなくて……っていうかルゥ、どうしたの?
わたしが見ていた限り、ジャック君はルゥにちょっかいを出してないのに。
なにか気に障ることでも言われた?
『グレイさんの相棒は自分っていいたいんじゃないすか?』
『ワンコのくせに男前だな』
『足、みっじかいくせにな』
んー……JBと柴さんはともかく、カニやんはあとでルゥにガッツリやらせる。
『なんで俺だけっ?』
自分の胸に手を当てて、よぉ~く考えてください。
『思い当たらねーよ』
『胸に手を当てて思い当たらねぇなら、ここは思い切って揉んでみろ』
投げ遣りに返すカニやんを柴さんがからかうんだけれど、それ、今のわたしにはうんざりな禁句だわ。
もうね、いい加減胸から離れてよ!
やっとカジさんとの話が終わったと思ったのに。
そんなに揉みたければ自分の胸でも揉んでなさい!!
『揉むほどねぇーよ』
そう? 柴さんって筋肉凄いじゃない。
きっと胸筋だって……あ、ダメ、なんか思い出しちゃった。
不破さんとか串カツさんの、その…………ああ、もう今日はダメ。
血圧と一緒に頭がおかしくなりそう!
『……いつもおかしいじゃねぇか。
なに今更なこと言ってんだよ、この喪は』
『それよりさ、なんかジャック君が大変なことになってるんじゃないの?』
助けなくてもいいの? ってクロエに言われ、目の前で、ジャック君から引き剥がされたルゥが八つ当たりよろしく、引き剥がしたクロウに噛みついている。
ごめん、忘れてた……
でも問題はルゥだけじゃなくて、ジャック君の発言にもあったらしいんだけれど……うん? なんだろう?