12 ギルドマスターはサーカスに行きます
pv＆ブクマ＆評価、ありがとうございます！
もうセイウチでも瀬戸内でもいいわ。
ついでに哺乳類でも爬虫類でも魚類でもいいんだけど、水族館でよく曲芸しているあれ。
あれが二匹、フチョウの広い玄関で曲芸をしながら出迎えてくれるんだけど、鼻先にボールを乗せてバランスを取っている。
その目がちろりとわたしたちを見たような気がするのは……
「こっちを見た気がするのは俺の気のせいですか？」
トール君も気がついたみたい。
わたしたちの後ろを来るクロエが銃を構える音がする。
「ううん、気のせいじゃないわ」
言ってるまに右側のオットセイ（仮）が、バランスを崩した振りをしてボールを落とす。
落とすっていっても、勢いあまって飛ばし過ぎちゃった振りをして、天井の高いホールを、弧を描いたボールはこっちに飛んでくる。
ちょうどトール君の前にそれが来ちゃったから、反射的に拾っちゃうのよね、みんな。
トール君も反射的に両手で受け取っちゃって、直後に爆音が二つ轟く。
一つはトール君の手元で。
そしてもう一つは、もう一匹のオットセイ（仮）の鼻先で。
もちろん撃ったのはクロエ。
視線が動いた時点でトール君が狙われてるのはわかったし、トール君はクロウとココちゃんに任せておけばいい。
で、クロエがもう一つのボールを処分したってわけ。
「ヒール！」
「うわぁぁぁ、なんですか、これっ？」
ココちゃんが回復するのと、驚いたトール君が声を上げたのはほぼ同時だったと思う。
クロウが寸前でトール君を後ろに引っ張ったから直撃は避けられたけれど、全く無傷ってわけにはいかないから。
トール君の被弾箇所からHPドレイン現象が起り、ココちゃんがヒールを掛けるとその逆現象が起って、すぐに被弾箇所が消える。
うん、ココちゃんいいタイミング。
今日もいい仕事してるわ。
「あれは本来設置型の火焔魔法で、ファイアーボム。
ボールに擬態してるのは、あのオットセイ（仮）の固有ね」
わたしたち魔法使いも使えるスキルだけれど、あんな風にボールに見せかけることは出来ないから結構簡単に見つけられてしまう。
仕掛けとしては使えるかもしれないけれど、あまり実用的なスキルじゃないとわたしは思う。
「……来るぞ」
トール君を床に下ろしたクロウはじっと足下を見ていたんだけど、床に着いた足裏に違和感を覚えたんだと思う。
変化前に違和感があるのよね、これ。
で、次の瞬間にはザブンッと全員が水の中に落ちていた。
「○×▽※□●！」
トール君が、口から一杯気泡を出しながらゴポゴポ言ってる。
ちょっとパニックになってるっぽいけど、これで驚いてちゃ駄目なんだよね。
一瞬にして水に沈んだ玄関ホールには、さっきのオットセイ（仮）はもちろん、どこからともなく沸いてきたピラニアみたいな巨大魚が、鋭い牙を剥き出しにして何匹も襲ってくる。
ユラユラと漂っているボールは、もちろんさっきの設置型火焔魔法ファイアーボム。
触れれば爆発するし、被弾もする。
水の中とはいえ、もちろん火力が落ちるわけじゃないし、設置型のくせに漂って移動してくるし。
ちょっと狡くない？
うまく敵との距離を取れないこの状況だとクロエはちょっと苦戦するんだけど、何本かある柱を上手く使い、超近距離射撃スキル・ラピッドマスターで凌いでる。
それに多少かすってもたいしたダメージ受けないしね、硬いから。
位置取りのうまさは、さすが銃士。
トール君は……いいように遊ばれてる。
うん、遊ばれてるわね、あれは。
オットセイ（仮）によっぽど気に入られたらしく、ずっとトール君の周りを二匹でくるくる回ってるんだけど、時々漂ってるボールをトール君のほうに弾く。
今日も剣道の素振りよろしく頑張って青春中のトール君だけど、ちょーっとHPゲージが気になるかな？
爆発による被弾はもちろん、オットセイ（仮）の尾びれや手……じゃないわね、あれ、なんていう部位？
手みたいなあそこね。
あそこでトール君の手足を引っかけたりして、次々に被弾する箇所からHPドレイン現象が起こってる。
もちろん神経系魔法スキルとしてのHPドレインじゃないから、ずっと漏れてるわけじゃない。
いわゆる流血のイメージ？
ダメージを食らった瞬間に被弾箇所が光って、そこから粒子が瞬間的に漏れる。
この流れ出る粒子の量がダメージの目安。
がむしゃらに振る剣が時々オットセイ（仮）に当たってるんだけど、与ダメと被ダメが消耗戦。
トール君がオットセイ（仮）と戯れている周辺は、ずっとHPドレイン現象で淡くキラキラしててちょっと綺麗。
ま、仕方ないか。
まだトール君には早いクエストだしね。
たぶんレベル的にもまだ受諾できないと思う。
クロウははじめから心配していない。
あいつのどこに心配する要素があるのか、わたしのほうが教えて欲しいくらいだもの。
案の定、片手でココちゃんの襟首掴んで振り回して、もう一方の手で剣を振り回してる。
なんで両手剣を片手で振り回せるのよ、あいつは。
わたしもMPを温存したかったからファイアーボールで凌いでたんだけど、面倒臭くなってきた。
もういいや、一気に片つけちゃえ。
ってことで、幾つかファイアーストームを放ってまとめて片付けちゃった。
次の瞬間には水が消えて元の空間に戻る。
本当に一瞬でころころ変わるからトール君は目を白黒させていたけれど、ここはそういうところなの。
クエストを受ける前に連れてきておきたかった理由、わかってくれたかな？
「そういうって……？」
「強いて言えば絡繰り屋敷かな？」
この先もずっとこんな感じだと笑うクロエに、トール君はちょっと不安になったみたい。
でもクエストだから、トール君もそのうちクリアしなきゃならないんだよね。
もっとも普通に潜るよりクエストとして潜った方が少し難易度低めなんだけど、それでも関西エリア要のダンジョンの一つ。
そんな簡単にはクリアさせてくれない。
例えば今の水中戦も、普通に潜るとファイアーボムの数もピラニア（仮）の数も、もっと多い。
しかももっと速い。
そうね、全体的に普通に潜ると敵の数が多くて、速度が速くなると思う。
もちろん一部には、クエストだと出てこない敵もいるんだよね。
次に出てくるのはジャグリングをする猿。
三匹で、ナイフをジャグリングしてるんだけど、互いに投げ合う振りをして時々こっちに投げてくる。
動きが素早くて、崩れた壁の隙間や、柱の陰……あちらこちらを足場にしたり物陰からだったり、三匹が常に素早く移動してナイフを投げ合い、攻撃してくる。
しかもこの猿は結構硬い。
しかも属性が異なる。
「クロエ、どれから行く？」
「右側の赤い帽子。
火属性から」
わたしたちとは少し離れたところで銃を構えるクロエ。
飛んでるナイフを打ち落とせる射撃能力は、素早く移動する猿さえも捉えることが出来る。
「じゃ、行くわよ」
クロウとトール君には悪いんだけど、二人には盾代わりに飛んでくるナイフを払い落としてもらう。
その後ろで、わたしとクロエが赤い帽子の猿を水系、あるいは氷結系で同時攻撃。
どちらかが一人で連打してもいいんだけど、どっちもMPは温存しておきたいしね。
このほうが早いし確実でもある。
「次、青帽子。
水属性」
言われるままに、今度は青い帽子を被った猿を火焔系で同時に攻撃する。
最後に残った猿は……今回は緑の帽子だから神経系。
これは面倒だからわたしは参加しない。
っていうか、わたしとクロエが青い帽子の猿を撃破した次の瞬間、クロウの大剣が緑の帽子を被った猿に襲いかかっていた。
その直前にクロエの実弾が被弾。
刹那、クロウの一撃を浴びて三匹の猿は全て消滅した。
「うん、今日も調子いいわね」
ここまでは順調、順調。
ちょっとトール君は疲れた感じだったけど、この程度でフチョウに驚いてちゃ最後までもたないわよ。
ただひたすら出てくる敵を叩き潰せばいいナゴヤジョーとはわけが違うんだから。
……いや、猪突猛進してくる犬もいるんだけどね。
これはもう、ひたすら斬ってくれる？
剣道の素振りよろしく、青春してね。
もちろんわたしもメイスで叩くけど。
急に通路が狭くなったと思ったら、向こうからやってくるのは玉乗りをする象。
通路一杯一杯の巨大な玉に、同じくらい巨大な象が、今にも転けそうになりながら向かってくるっていうね。
もちろん狭い通路に逃げる場所なんてあるわけなくて、あの象を叩くしか前には進めない。
しかもあの象、ドンドン加速するの。
どんだけ下手くそなのよ。
おかげであっという間に迫ってきたところを、クロウが玉をぶった斬る。
もう、それはそれは気持ちいいくらい一刀両断に。
そういえばわたし、しょっちゅう一刀両断って言ってるんだけど、両手剣のスキルとして一刀両断っていうのがあるらしい。
最近知ったんだけど、いつもクロウが気持ちよく一撃で両断にしているのはスキルだったっていうね。
片手剣でも使えるスキルかどうか……ごめん、勉強不足です。
知らない
足場を失った象はといえば、重力加速度っていうの？
勢い余ってそのまま飛んでくるのよ。
で、それをわたしがメイスで打ってホームラン……じゃなくてね、あんな巨大なの、STRにステータスを振ってないわたしに打ち返せるもんですか。
魔法攻撃で溶かすのよ、もちろん。
うん、何度も言うけどわたしは魔法使いなの。
これがわたしの本職なの。
「サンダー！」
雷撃を一発お見舞い。
象と戯れたあともいくつかの仕掛けや敵を撃破して、やっと辿り着くのが屋上。
ラスボスの登場ってわけ。
「お楽しみはここからだよ、トール君」
ちょっとクロエ！
それ、わたしが言いたかったのに……
