117 ギルドマスターは 「お詫び」 と 「ご褒美」 を間違えます
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今回は甘味成分多めで・・・
連れだってナゴヤドームに戻ってきたわたしたち。
道中、トチョウでのことをインカムで話していた不破さん。
もちろんわたしたちには不破さんの声は聞こえていたけれど、インカムの向こうで応える声は全く聞こえず、誰と話していたのかもわからない。
まぁ見当くらいはつくけれどね……たぶん蝶々夫人。
訊いて教えてくれるかどうかはわからないけれど、訊く必要もないし関係ないことだもの。
余計な詮索はしないでおく。
「今日は助かりました。
こいつと二人だと、手足の一本くらいはなくなるかなって覚悟していたんですが、おかげで楽まで出来て」
また嘘ばっかりのご謙遜。
不破さんってば見た目もだけれど、言うこととかもホストよね。
わたしたちがいなくても全然楽勝クリアだったくせに。
「じゃ俺は、蝶々夫人の許可も出たので五日分、ノーキーを斬ってきます」
バロームさんに報告を忘れないようにだけ言い残した不破さんは、串カツさんが呼んでいる地下闘技場へ。
ノーキーさんが憂さ晴らしの如く手当たり次第に斬りまくっていて、そろそろ誰かが灸を据えなきゃいけないらしい。
うん? だったらクロウを貸したほうがいい?
柴さんの話じゃ、クロウはほぼノーキーさんに負けなしらしいし。
「いや、俺も今日はもう休む」
そう?
まぁクロウも明日も仕事だもんね。
じゃあ一緒にログアウトってことで、トール君はNPC長官にクエストクリアの報告ね。
忘れないうちにってことで、このままバロームさんと一緒に長官室へ行くらしい。
二人とも、次のクエストの受諾も忘れないようにね。
それが終わったらマメと話してみる?
ほら、塊をバザーで売る相場とか、課金装備のこととか知りたがっていたでしょ?
『あ、それ、是非』
「どう、マメ?」
『マーメ、ひーまでーす!』
その返事はOKってことね。
じゃあ指南役はマメに任すとして、トール君の報告が終わったらどこかで待ち合わせて話すといいわ。
あ、ギルドルームに来る?
落ち着いて話すならすわって話すのもいいけれど、バザーを回りながら話すっていうのもありよ。
ただこの時間だとプレイヤーの人数も減ってきて、バザーも空きが多くなると思うけれど……そんな話をしながらもわたしは何か忘れているような気はしていたの。
でも思い出せないままギルドルームに着いちゃって、タイミング悪く悪戯を思いついちゃって……どうせ思いつくなら、忘れている何かを思い出せればよかったんだけれど、そう上手くいかないのが人間の脳みそなのよ。
少なくともわたしの脳みそはそういう造りらしい。
で、すっかり忘れたまま悪戯を実行することにした。
そもそもこれはクロウが悪いんだから。
わたしをからかって遊んだでしょ。
『いや、普段旦那を弄んでるのは女王のほうで……』
ちょっとなによ、柴さん。
その言い方だとわたしがとんでもない悪女みたいじゃない!
うん? ひょっとして、まだ地下闘技場にいるの?
『いるいる。
ノーキーが乱入してきて面白いことになってきた』
凄く楽しそうな柴さんの声。
ノーキーさんは明日からアカウント凍結だからせいぜい楽しんでおいて。
まぁどうせ凍結解除したらすぐにまた憂さ晴らしに暴れるんだろうけれど、それはそれでみんなで楽しんでね。
今はノギさんがいないみたいでよかったわ。
『いや、あいつがいたらいたで面白いことになるんだがな』
そうなの?
ノギさんって、凄くノーキーさんのことを嫌ってる感じだから険悪になるかと思ったけれど、違うの?
『んー……まぁそう見えないこともないが、結局暴れ出したらあいつも見境ないから』
つまりノギさんも楽しくなっちゃうのね。
それはよかったわ……やっぱりクロウも行く?
わたしはもうログアウトするし。
「かまうな。
今日はもうノギの相手で疲れた」
うん、そういえばわたしがログインした時、ノギさんと対戦してたんだっけ?
クロウに負けたあとノギさんってばどこかに行っちゃったのかしら?
不破さんや柴さんの話じゃ、今は地下闘技場にいないみたいだけれど。
「いないだろうな」
なんだかクロウがちょっと笑っている。
ノギさんになにかあるのかな? ……って思ったんだけれど、やっぱり教えてくれないのがクロウなのよね。
ケチ!
ノギさんとノーキーさんには一時期同一人物説があったんだけれど……名前がちょっと似ているからなんだけれど、二人同時にログインしていることも珍しくないからその説はすぐに消えた。
今もあるのは二人の兄弟説……事実だったら怖いけど。
だってあの二人よ。
あれで兄弟だったら……面白いかも……事実は小説よりも奇なりっていうもんね。
うん、あれで兄弟だったら凄く面白いかも。
もちろんそんな事実があったとしても、尻尾を見せるような二人ではないだろうけれど。
「ノーキーとノギに興味があるのか?」
「あの二人が兄弟って噂があるじゃない。
あれが事実だったら面白いなって思ってたの」
「末恐ろしい話だな」
もちろんクロウも噂は知っているから、わたしの話に、それこそ頭が痛いといわんばかり。
そんなことよりクロウ、ちょっとお願いがあるんだけど、いい?
「なんだ?
まだログアウトしないのか?」
ちょっとお願い……っていうか、さっきの 「お詫び」 を頂戴。
もらったら大人しくログアウトするわ。
「どうしたらいい?」
ふふふ……これはわたしをからかった罰なんだから、クロウは大人しく立っていてね。
「かまわないが……」
ただ立っているだけでいいってことでクロウは不思議そうな顔をしてわたしを見るんだけれど…………よし、言い出したらもう後には引けません、やります!
もちろん自分で言い出したことだし……お、思いついた時はいい仕返しになるって思ったんだけれど、これ、ちょっと……その、実際にするのは恥ずかしいっていうか、難しいっていうか……戸惑っているあいだにもどんどん顔が熱くなってきた。
まずい、勘のいいクロウにはバレる。
よし、行きます!
これ以上顔が熱くなると赤くなって……いや、もう赤いかもしれないけど……か、隠そう。
うん、丁度いいじゃない……ってことでクロウにしがみついてみた。
顔を見られないように、両腕でしっかりしがみついてみる。
たぶんクロウはどうしていいか戸惑っていると思うんだけれど、顔を見られたくないので確かめられない。
わたしは何かあると、そのへんの木の代わりにクロウにしがみつくことがある。
木があればいいのよ、木があれば。
でもわたしがしがみつくのにいいサイズの木とか、代わりになるものが早々都合よくあるはずもなくて。
それで仕方なくクロウにしがみついて、クロウも理由をわかっているから宥めてくれたりするんだけれど、今はなにもない。
どうしてわたしにしがみつかれているのかわからなくて、きっと大いに戸惑っているに違いない。
これは 「お詫び」 だからクロウを困らせてやろうと思ったんだけれど、結構自分も恥ずかしい。
よ、よし、このままログアウトしたらきっともっと戸惑うはず……って思ったのに、あら? ……えっと、逆にクロウにガッツリホールドされた?
も、もちろんこのままの状態でもログアウトは出来るはずなんだけれど……ちょっとクロウ、なに?
「なにをするかと思ったら……」
ちょ、クロウ……お、お願いだから耳元で喋らないで。
耳元でその声を聞かされるのはちょっと……心臓がバクバクして、て、手が震えてきた……ヤバい、離れて……。
「お詫びをしろと言ったのはグレイだろう」
そ、そうなんですが、こ……これでは、わたしへの罰ゲームでは?
とりあえず耳元で喋らないでって言ってるのに、よ、余計に近づけてる、でしょ?
「それとも俺へのご褒美か?」
ごめん、それは意味がわからないんだけど……とにかく、それ以上喋らないで。
足まで震えてきた……いよいよヤバいから離れて、お願い……。
「支えているから大丈夫だ」
わたしが全然大丈夫じゃなぁ~い!
もうね、クロウが耳の中で喋ってる感じで、声が頭の中に響いてくるの。
嬉しいんだか恥ずかしいんだかわかんない!
隙間がないくらいガッツリ抱きしめられてて逃げられないし、顔が見えないのがせめてもの救い……って思ったけれど、たぶん耳まで真っ赤だから意味がない……これ、ほんとどんな罰ゲームよ。
「もう少しこうしていたいが、そろそろ休むか」
そうしましょう!
これでやっと放してもらえるって思ったのに、どうしてよりによってこんな状況でクロウの我が儘が爆発するわけっ?!
「このままログアウト、出来るな?」
で、出来ると思うけど、出来たら放して欲しい……ってお願いしたんだけれど、きいてくれない。
でもせめてもう少しだけ腕を緩めてくれないとウィンドウを開けないってお願いして、ようやく、本当に少しだけ緩めてくれるって……今日のラストはこんな罰ゲーム。
少しだけ顔をずらして横にウィンドウを呼び出す。
「みんな、お先に。
クロウも、お休み」
「ああ、今夜はいい夢を見られそうだ」
それはよかったわ……わたしは全然眠れそうにないけれど……っていうかね、本当に眠れませんでした。
もう、どうしてくれるのよっ?
ようやくのことでウトウトしてきたらお母さんに朝だって起こされて、寝ぼけ眼で出社。
繁忙期じゃなくてつくづくよかったわ。
今日は余計な仕事はせず……ミスをしそうだから、ルーティンワークだけこなして定時に退社。
それでも一つ、ミスをしたような気もするんだけれど……後始末はサトミ課長代理、お願いします。
そっちが悪いんだから! ……とはもちろん言えないけど……。
しかもログインしたら、まるで何事もなかったかのようにクロウが待っていた。
「アールグレイ、ログインしました」
いつものようにみんなに挨拶をして、インカムからみんなの挨拶が返ってくるのをききながら……でもクロウは少し無視するようにルゥを撫で……ルゥを撫で……ん? ルゥ……あれ? ルゥがいないっ?!
うそ? ルゥ、どこっ?
いつもわたしの前でお座りをして待っているルゥがいないのっ!
油断をしていると頭突きを食らわせてくるんだけれど、いないから食らうことはなかったんだけれど、どうしていないのっ?
まさかギルドルームでかくれんぼっ?
必死で、それほど広くはないギルドルームを探し回るわたしを見て、それまで様子を見るように眺めていたクロウが言う。
「昨日、トチョウの前に腕輪に仕舞わなかったか」
あ、そうか!
なにか忘れてると思ったのはルゥのことだったんだ!!
丸一日ルゥのことを忘れてるなんて、それもこれも全部クロウのせいだからね。
ルゥ、ごめん。
撫でてあげるから出ておいで……って呼びかけたんだけれど、反応がない。
いつもならポンって出てくるのに、ウンともスンともいわなくて……どうして?
「クロウ、ルゥが出てこない」
結局クロウに助けを求めちゃった。
だってルゥが出てこないんだもん。
「腕輪はあるな?」
腕輪? ……ああ、ルゥとの 【契約の証】 ね、あるわよ。
自分の目で右手首の赤い腕輪を確かめたわたしは、クロウにも見せるように腕を上げる。
椅子にすわって自分のウィンドウを開いていたクロウは、それまでしていた作業を中断してウィンドウを閉じる。
そしてわたしにウィンドウを開くように言って立ち上がる。
いつものようにわたしの手を使ってわたしのウィンドウを操作するクロウは、まずわたしのステータスを呼び出し、装備一覧を展開する。
そしてその中から 【契約の証】 を選んでステータスを表示するとSTRやVITの補正値、それに耐久値なんかが表示されるんだけれど、一番下に……
備考 ルゥは遊びに行きました
…………なに、これ?