107 ギルドマスターはアカウント凍結に怯えます
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「アールグレイ、ログインしました」
『グレイさん、聞いた?』
なにを?
ログイン早々に言われても、そもそもなんの話かわかりません。
他のメンバーが挨拶を返してくれるよりも早く、クロエってばなにを切り出してくるのかと思ったら……うがぁっ!
『どうしたの?』
うっかり油断してルゥに頭突きを食らわされました……いたたた……もう、だから飛びついちゃダメだって言ってるのに……。
ログインの挨拶をしてクロエと話しながら、屈んでルゥを撫でてあげようとしたらルゥが飛びついてきて、わたしの顎に下から頭突きを食らわせてきたの。
ちょ、ちょっと待ってクロエ、顎が痛くて……
『なにやってるんだか』
溜息を吐かれちゃった。
でもルゥって結構なSTRを持っているから、痛いのなんの……もうちょっと待って、ほんと痛くてしゃべれない。
顎が砕けちゃったんじゃないかってくらい痛くて、両手で押さえてのたうち回ろうと思ったら、ルゥの大きな耳が視界の隅に入る。
あ、ごめん、ルゥも痛かったわ、よ……ね? …………うん、全然平気そう。
猫がするみたいに顔を洗ってる。
短い前足で、大きな頭をうしろからぐいって拭う感じで……可愛い……んだけれど、この子、こういう時って絶対に 「僕は知りませーん」 っていう顔をするわよね。
まぁシャチ銅の時みたいに怒って巨大化されても困るんだけれど、痛がって悶えている飼い主を心配するどころか、我関せずっていうのもちょっと悲しいかも……ルゥ……。
よくよく考えてみればルゥってば 【幻獣】 だから、チビになっても馬鹿みたいにSTRが高いんだけれど、VITも馬鹿みたいに高いのよね。
プレイヤーが相手じゃ痛みなんて感じないか。
飼い主はちょっと寂しいんだけど……。
ちなみにどんなに頑張って毛繕いしたって、絶対にその癖毛は直らないから。
これは断言してあげる。
『そんなの断言したって、ルゥが気にするわけないでしょ。
もっと別のことを気にしなよ』
そういえば、なにか言い掛けていたっけ?
お待たせ、クロエ。
『凄く待たされました』
ごめんってば……お願いだからへそを曲げないで。
『えーどうしよっかなぁ~』
ちょっとクロエってば!
すっかりへそを曲げてしまったクロエに焦ったら、話を聞いていた恭平さんが教えてくれる。
『アカウント凍結の通達だろ?』
うん? なに、それ?
すっかり忘れちゃっているわたしに、恭平さんは陽気に笑い声を上げる。
『樹海のPKに対するペナルティ。
あれの裁定が下ったんだよ。
公式、見てないの?』
うん、まだ。
ルゥに頭突きをされてそれどころじゃなかったから……しかもまだ痛いんだけど……。
言われてウィンドウを開いたわたしは、公式のサイトで新しいお知らせを確認する。
…………あった、これね?
【アカウントの凍結につきまして】
運営がなにを思ってこの作業に取りかかったのかはわからないけれど、ずいぶんとストレートなタイトルね。
しかもイベントが終わってからっていうのは良心的だと思うんだけれど……でもこれ、自分で読まなきゃダメ?
いい内容じゃないし、わたし自身もアカウントを凍結されるかもしれないとか……考えるだけで心臓がバクバクしてきた。
まだ開いてもいないんだけれど、ちょっと怖い。
クロエは理不尽な処分には断然抗議するって息巻いていたけれど、いま静かにしているってことは対象じゃなかったってこと?
いいなぁ~
『僕、まだなにも言ってないけど?』
え、凍結されるのっ?
『さぁ、どっちだろうね』
ちょっとクロエ、意地悪しないでよ!
わたしがどれだけ小心者かを知っていてやってるんだから、ほんと、性格悪い!
と、とりあえず、誰かこれ、読んでくれない?
『え~、嫌だよ』
クロエが露骨に断ってくるのはいつものことだけれど、恭平さんにまで呆れられちゃったわ。
『えっと……いつも自分で読まないの?』
読んでませんけど、なにか?
『そこ、開き直るところじゃないでしょ。
クロウさんはどうしたの?』
ログインの挨拶には挨拶を返してくれたけれど、今まで黙っていたカニやんが唐突に割り込んでくる。
ログインしているはずなのに一緒にいないの? ……って聞いてくるんだけれど、いません。
ここにいるのはルゥだけよ。
散歩がてら、とりあえずギルドルームを出て歩いていたんだけれど、ルゥってば相変わらず興味津々に周囲を見ながらフンフンフンフンフンフン……果てしなく臭いを嗅ぎ回ってるけど。
そんでもって通りすがりの見知らぬプレイヤーが、ちょっかいを出してがっつり食べられるっていうね。
無理に引き剥がそうとしなくても、わたしが素知らぬ顔で行ってしまえば、ルゥは飽きたおもちゃに用はない! とばかりに放り出し、慌てて短い足で走ってくる。
これの繰り返しなんだけれど、これはこれで可愛いからよし!
ルゥにはあまりいい飼い主じゃないかもしれないけれど、STRの都合上、わたしにルゥは止められないの。
だから仕方がない。
噛まれたプレイヤーには怒って追いかけてくる人もいるんだけれど、わたしが飼い主ってわかったら慌てて逃げ出しちゃうって……わたし、そんなに怖い顔してる?
この垂れ目は怒っても全然怖くないって、いつも友達に言われてるんだけれど。
『大丈夫、大丈夫、グレイさんは今日も美人だから』
顔も合わせずに言わないでくれる、カニやん。
百%嘘っぱちなのがバレバレなんだけど。
『見なくてもわかってるから大丈夫。
それより珍しいね、グレイさんのログインを聞いてクロウさんが現われないなんて』
『なんか余計なこと言ったんじゃないの?
そういえばこのあいだ、クロウさんは勝手に一緒にいるんだ、みたいなこと言ったじゃない。
あれでいよいよ愛想尽かされたんじゃないの?』
『クロウさんから最後通牒?
あり得ねぇ~』
『それは俺もないと思うけど……でも、どこに行ったんだ?
誰か見てないのか?』
恭平さんの広い問い掛けに、他にログインしているメンバーは口々に知らないって返事をくれる。
ただ一人、柴さんをのぞいては。
『……旦那は……』
みんなが一通り答えて静かになったタイミングで、酷く言い辛そうな感じで切り出してきた。
なに? 知ってることがあるならはっきり言って?
まさか本当にわたしに愛想を尽かしてどこか行っちゃった?
それこそギルドを脱退!? ……はないか、よかった。
慌ててウィンドウを開いてメンバーリスト呼び出してみたんだけれど、ちゃんと一番上に名前がある。
でもわたしには愛想を尽かしちゃったってことかしら?
うん、まぁそれはそれでもいいんだけれど……でも、じゃあこれ、誰か代わりに読んでくれない?
『え……? い、いいの? 愛想尽かされてもいいのっ?』
『この嫁、相変わらずひでぇな。
てめぇの旦那をなんだと思ってるんだ?』
まだうちのギルドに慣れないっていうか、馴染みきっていない恭平さんは慌てるんだけれど、カニやんはまたわたしのことを極悪非道呼ばわりしてくる。
意味はわからないんだけれど、でも、わたしのことを悪く言ってることはわかるんだから!
『わからないなら全部わからなくていいんだけど?』
『なに言ってるのさ、カニやんは。
グレイさんはいつもこんなもんでしょ。
この程度でクロウさんがへこむわけないじゃん。
それこそ可愛いこと言ってる、ぐらいにしか思わないんじゃない?
あの人もどこかでボタン掛け間違えてる人なんだから』
えっとクロエ、それはクロウのフォロー?
でもボタンを掛け間違えてるって、どこかズレてるってことよね?
全然フォローになってないんじゃない?
『どうして僕がクロウさんのフォローなんてするのさ?』
うん、しないわよね、クロエだもん。
『で、柴やん、旦那は?
言いたくなきゃ言わなくてもいいけど、代わりに読んでやれよ』
そう、クロウがいないならいないで別にいいんだけれど、代わりに新しいお知らせを要約してくれる人がいるの。
あ、でも要約だから柴さんはダメね、脳筋だから。
『俺、脳筋やってて初めてよかったって思ったかも』
『その筋肉溶かしてやる。
どこだよ?』
『この会話が聞こえてないみたいだから、特殊エリアか?』
頭のいい恭平さんがクロウの居場所を推測すると、カニやんもすぐに 『ああ、あそこか』 ってわかった感じに呟く。
どこ?
『地下闘技場。
対戦中はインカム使えないから』
なるほど。
これだけ言いたい放題されても、未だクロウがリアクションしないのはそういうことなのね。
カニやんの推測が当たったらしく、柴さんが大きく溜息を吐く。
『もう一〇分くらい、ノギと斬り合ってる』
一〇分って……凄い。
さぞかし迫力ある斬り合いになってるんでしょうね。
わたしも見たいから行こうかな?
ルゥ、おいで。
『一〇分ってことは、たぶんグレイさんがログインしたことを知らないんだ……てかグレイさん、地下闘技場は……おい、柴やん!
そっち行ったらすぐに確保!
ミスったら絶対溶かす!』
『ひでぇ……』
ルゥってば地下闘技場の場所を知っているのか、わたしを追い抜いて得意げに前を走り出すんだけれど……うん、知らないのね!
全然違う道をどんどん行っちゃう。
急ぐわたしがルゥに声も掛けずに角を曲がったら、ルゥってば鳴き声を上げて慌てて追いかけてくる。
あははは……たぶん追いかけっこをしているつもりなのね。
ちょっと酷い飼い主だって自覚をしつつ、きゅーきゅー鳴きながら短い足で必死に追いかけてくるルゥを可愛いとか思っちゃう。
でも急ぐから待ってあげない……本当に酷い飼い主ね、わたしってば。
やっと着いた地下闘技場には沢山のプレイヤーがいて、大歓声と熱気に溢れている。
えっと、どうなってるの? ……って思って誰かに訊こうと思ったら、突然誰かに肩を掴まれる。
「ギルマス確保!」
「あら、柴さん?」
「あら? じゃねぇよ!!」
『命拾いしたな、柴やん』
「うるせぇぞ、カニ。
全然命拾いしてねぇし!」
うん、ある意味そうかもね。
わたしの肩を掴む柴さんの腕には、いつの間にかルゥがガッツリと食いついていて、ぶら~んと下がっている。
しかも低く唸り声を上げ、真っ赤な目で横目に柴さんを睨んでいる。
その縁に涙が少し残っていた。
ルゥってば本気で泣いちゃってたのね、可愛いんだから。
ところで対戦はどうなってるの?
ね、ね、終わっちゃった?
頑張って急いで来たんだけれど……
『つくづくひでぇな。
俺らの苦労をなんだと思ってるんだよ?』
「屁とも思ってねぇよ。
俺は災難継続中だ」
なんだかごちゃごちゃ言ってるカニやんと柴さんを無視していたら、柴さんが地下闘技場中央にある巨大スクリーンを指さす。
この大勢のプレイヤーが観戦する中、クロウとノギさんが激しく剣を斬り結んでいた。