104 ギルドマスターはフェンリルに名前を付けます
pv&ブクマ&評価、ありがとうございます!!
「著作権……じゃないか、この場合は。
肖像権さえ侵害しなけりゃ勝手にすりゃいいけど、撮ったことをバラすなよ。
マジ、安定な脳筋だな」
ちょっと待ってカニやん、バレなきゃいいって問題でもないから。
なんかちょっとインテリっぽいこといってるけれど、でもそれって隠し撮りOKっていっているようなものだから。
全然OKじゃないし、肖像権無茶苦茶侵害してるし、わたしの人権も無視してるから。
うん、カニやんも一緒に抹消決定!
「脳筋と一緒に抹消されるのはごめんだけど、これ、どうするのさ?」
それこそ顔を洗いに行くなら連れて行けといわんばかりのカニやんだけれど、絶対に連れて行くわけないでしょ。
「いや、でもこれ、グレイさんが飼い主なんじゃ……」
そんなわけあるかー!!
だいたいこのゲーム、ペットなんていないじゃない。
「そうなんだけど……」
言い掛けたカニやんの目が、わたしたちの足下でずっとお行儀よくお座りをしているフェンリルを見る。
時々毛繕いっぽいことをしてちょっと落ち着きがないんだけれど、その長い舌でどんなに繕っても毛先はピコン、ピロン……好き勝手自由に跳ねまくっている。
相変わらずの凄い癖毛。
時々年少組が興味半分にちょっかいを出そうとするんだけれど、そうするとフェンリルは怒ってうなり声を上げる。
やめて……
お願い、怖いからやめて。
もうフェンリルはこのままそっとしておいてあげて。
そのままそこにずっとすわっていて欲しいから、ちょっかい出さないで。
「グレイ、少しだけ我慢していろ」
唐突に言い出したクロウがなにをするつもりなのかと思ったら、またわたしの手を捕まえるの。
これはろくなことをしないと思ってすぐに抵抗したんだけれど、軽く四桁を超えるクロウのSTR。
わたしの貧弱なSTRじゃビクともしなくて、クロウにされるがままわたしはフェンリルの頭上にポップアップしているビックリマークに触れさせられる。
そうしたらビックリマークが消えて、代わりにウィンドウが開く。
でもこれ、わたしのウィンドウじゃないし、もちろんクロウのウィンドウでもない。
誰の?
ちょうどわたしの見やすい位置に開くウィンドウを、わたしの肩越しにのぞき込むクロウ。
近い……。
ついでと言わんばかりにカニやんも横からのぞき込んできて、そのうしろから柴さんものぞき込んでいる。
こっちも近いんだけれど、それよりなによりみんな、腹が立つくらい背が高い。
その身長でわたしを囲まないで!
status 名前を決めて下さい
これ、誰のステータス画面?
名前を決めろって、誰の名前よ?
そもそも名前なんて設定時に決めることで、一度スタートさせたゲーム内で変更は出来ないはず。
「……あ……フェンリルのステータスか」
最初に気がついたのはカニやんなんだけれど……フェンリルのステータスってなに?
いや、うん、もちろん意味はわかるんだけれど、そんなの見られたっけ?
プレイヤーにそんなの公表してなかったわよね?
「でもこれ、間違いないと思うけど?」
フェンリルのステータスらしきウィンドウを前にわたしたちが悩んでいると、不意にインフォメーションが出る。
information 運営の小林 からメッセージが届きました
……出た、運営の小林。
これって確か、第四回イベント絡みの名前よね?
とりあえず用件を確かめるためにウィンドウを開いてみたんだけれど……
『アールグレイ様におかれましては、いつも 【the edge of twilight online】 をご利用いただき誠にありがとうございます。
大変遅くなりましたが、過日、ご報告いただきました未実装ダンジョンの不具合報告及び、その調査へのご協力に対するお礼の品をお届けいたします。
新規要素として立案したのですがプロジェクトリーダーより却下されまして、でもせっかく創ったので代わりに可愛がっていただけたらと思います。
試験的実装という形でねじ込みはOKが出ていますので、まずは名前を付けてあげて下さい。 【the edge of twilight online】運営・小林』
珍しく最後まで自分で読んじゃったわ、疲れた。
読み終えてすぐにウィンドウを叩き割ろうとしたんだけれど、勢いよく振り上げた拳をクロウに止められてしまった。
……なによ、これ?
つまり新規要素として考えて創り上げたテイムもどきのデータを、上司に却下されたけれど廃棄するのはもったいないから、代わりに可愛がってあげてねってこと?
「書いてることそのまんまだけどな」
「可愛がってあげてねってことは、ほら、やっぱりギルマスが飼い主ってことじゃん」
嫌よ!
「嫌って言われても、こうして名前付けてくれるのを大人しく待ってるみたいだけど?」
そう言ってカニやんは、未だわたしたちの前でお座りをして何かを待っているフェンリルを見る。
……あ、名前を付けてくれるのを待ってるんだっけ?
じゃあ代わりにカニやんが飼ってあげてよ。
猫はアレルギーだけれど犬は大丈夫なんでしょ?
「犬は飼ってます」
よし、躾とか任せた。
こいつ、絶対噛み癖がある!
「噛み癖っていうか、あれだろ?
ゲーム内のどこかに転送させられて、グレイさんが見つからないから一生懸命探してたのに、プレイヤーが邪魔するから噛んだんじゃないの?」
まぁカニやんのいうこともわからなくもないんだけれど、じゃあ実験してみましょう。
ちょっと柴さんにお願いしてみたんだけれど、こういう面白そうなことには快く、しかも即座に協力してくれるのよね。
カニやんの腕を掴んで、無理矢理フェンリルを撫でさせてみたの。
さっきは非力じゃないとかいっていたけれど、カニやんもわたしと同じ魔法使いだもの。
剣士の柴さんにSTRで勝てるはずもなくて。
そうしたらやっぱり……
「食うのかよ、お前……」
もうね、柴さんのやり方も絶妙だったんだけれど、フェンリルってば大口を開けてカニやんの腕を肘近くまでバックリいってくれちゃった。
しかもまた低く唸って威嚇してる。
うん、これって絶対に噛み癖よ。
犬好きのカニやんがフェンリルを庇いたいのもわかるんだけれど、そもそもよく考えたらフェンリルは犬じゃなくて狼よね。
躾けられるの?
「さぁ、どうだろう?
とりあえずこれ、外してくれない?」
どうしてわたしに言うのよ?
「だってグレイさんが飼い主だろう?」
じゃあそれも試してみましょう! ……ってことで、わたしはフェンリルをそのままに踵を返して歩き出してみたの。
もちろんクロウを連れてね。
だって一人じゃ怖くて背中なんて向けられなくて、だからうしろからクロウについてきてもらったんだけれど、フェンリルってばそのクロウを押しのけるようにしてついて来たっ!!
例によってカニやんの手なんて、わたしが歩き出すのを見たら飽きたおもちゃみたいにポイって放り出してね。
そのぞんざいすぎる扱いにさすがのカニやんもちょっと落ち込んだみたいだけれど、柴さんは、わたしの実験を邪魔しないよう、年少組を使って交通整理とかしてるの。
まぁ変なことをさせようとしたり、余計なことを教えようとしたらゆりこさんが叱るからそっちは問題ないんだけれど……カニやんも、しばらく放っておいてもいいわよね。
どうせ自力で浮上してくるんだし、それ以上にフェンリルのほうが問題なんだから。
もうね、ずっとわたしのあとをついてくるの。
しかもまたお尻の臭い嗅いでるし……これ、泣きそうなくらい恥ずかしい。
えっと、たぶんフェンリルはお尻の臭いを嗅ぎたいんじゃなくて、わたしが後ろを向いているからなんだと思うんだけれど、なんで臭いを嗅ぐのよ?
我慢出来なくて両手でお尻をブロックしたら、今度は手を舐めてくる。
そうじゃない!
だからそうじゃないの!
どうしてそうなるのかわからない。
誰が舐めていいって言ったのよぉ~。
いつものわたしならとっくに掘った穴に埋まって逃避しているところなんだけれど、今回はそれも出来ないとか。
どんな罰ゲームよ、これ?
だって犬って穴を掘るじゃない。
せっかく穴を掘って埋まって現実逃避しても、すぐに掘り返されそうで……無理ゲー……。
「つまりだな、フェンリルのいい位置に女王のケツがあるのが悪いだけで……」
柴さん、それ、言わなくていいから。
でも言っちゃって、さすがにゆりこさんに杖でぶっ叩かれた。
脳筋だから、言っていいこととダメなことの判断をする前に口から出ちゃうのよね。
考えるより行動が速いのよ。
ムーさんが夜勤シフトに入って今週は休みだから、柴さん一人なら少しは大人しくなるかと思ったけれど全然。
いつもどおりどころか絶好調じゃない。
誰か止めて
「いや、俺はフェンリルに罪はないって言いたかっただけで、なんで?」
「さあ、なんでだろうな?
俺に訊くな。
こっちを向くな」
わざとらしくゆりこさんにぶっ叩かれた頭を痛そうに押さえる柴さんは、同意を求めてカニやんを見る。
でも犬好きのカニやんでも、柴さんと同類になるのは御免と来た。
……っていうか、ゆりこさんにぶっ叩かれるのが嫌なんでしょ?
わたしは情けない気持ちでお尻をガードしながら、頑張ってギルドルームに逃げ込んでみたんだけれど……
「入ってこられるんだな、こいつ」
そうみたいね……。
ここまで来ちゃうと、さすがにカニやんもちょっと呆れちゃうわよね。
うん、わたしも呆れた。
ギルドルームは例外なくギルドメンバーしか入れない場所なのに、メンバーでもなく、まだわたしの飼い犬になったわけでもないくせに堂々と、それも当たり前のように入ってくるのよ、フェンリルってば。
ステータス画面は消えたんだけれど、そうするとまた頭上にビックリマークがポップアップ。
その状態でずっとわたしについてきた。
きっとまたあのビックリマークに触れたらステータス画面が出てくるんだと思うんだけれど、わたし以外が触れたらどうなるんだろう? ……って思ったら、双子が、触ると噛まれるからって、フェンリルの頭上に手をかざして遊んでみせる。
「触れないよ」
「僕らじゃダメみたい」
試しに柴さんやカニやんもやってみたんだけれど、スカッと抜けちゃってポップアップに触れることすら出来ないから、当然ステータス画面も出てこない。
「いや、小林からメッセージを受け取った時点でグレイさんの飼い犬でしょ?
そう書いてあったし」
カニやんのいうことはわかる。
今も、わたしが足を止めると、すぐそばでお行儀よくお座りをして何かを待っている。
たぶん、わたしが名前を付けるのを待ってるんじゃないかな?
「わかってるんなら付けてあげたら、名前ぐらい」
「僕が考えてあげましょうか?」
「あ、あたしが考える!」
勢いよく手を挙げた双子が名付け親に立候補。
でもね、その……センスがわたしとは合わない。
二人が次々に上げる候補がアレキサンダー大王とかアーサー王とか、クィーン・エリザベスとかマザー・テレサにヘレン・ケラーとか……なんでそうなるの?
ゴツいっていうか、大時代っていうか……どうしてそっち方面なの?
二人のセンスはちょーっとわたしと合わないんだけれど、カニやんや柴さん、ゆりこさんにも苦笑いされちゃうくらい。
そのうちに諸葛亮孔明とかチンギス・ハーンまで出てきて苦笑いを通り越す。
さすがに聖徳太子が出てきて冠位十二階が来た時には、それはもうすでに人の名前じゃない。
応仁の乱とか壬申の乱とか……盛り上がる二人の思考は明後日の方向……じゃないわね、これは。
一昨日っていうか、遥か千年以上前くらいに行っちゃった。
しかも大人たちは誰も止めてあげないし……。
「これ、小林にいって猫にしてもらうことって出来ないわけ?」
なかなかナイスアイディーアなカニやんだけれど、そもそもそんな要望を運営が聞いてくれるわけ?
このフェンリルは、メッセージを信じるなら 「お礼の品」 なわけで、今の今まで、ただの一度だってそういう要望に応えてくれたことってないじゃない。
譲渡不可っていう条件を外してくれっていう要望さえ。
でも、せめて……
「子犬だったら……」
うん、子犬っていうか、小型犬だったらここまで逃げ回らなくて済むかも。
それこそわたしのお尻に鼻が届かないくらい小さいサイズでお願いします。
もうお尻は嫌……
「ダメ元でフェンリルに言ってみたら?」
わかった、ダメ元で言ってみる。
お願いだから小型犬サイズになって……って頑張ってフェンリルを拝んでみたら、本当に小さくなっちゃった……なに、これ?
この大型犬サイズはフェンリル本来の姿じゃない。
本来の姿は超巨大で、ギルドルームになんて収まりきられるサイズじゃなくて、イベント中、この大型犬サイズから変貌してゆく様をわたしたちの前でみせてくれた。
風船に空気を入れて膨らませてゆくみたいにね。
でもわたしのお願いを聞いた大型犬サイズのフェンリルは一瞬首を傾げ、それから犬みたいにワンッて一回だけ吠えたかと思ったら、一瞬で小さくなっちゃった。
なに、これ?
青みを帯びた灰色の毛並みはそのままで、毛先があちらこちらを向いた酷い癖毛もそのまま。
それがポンって一瞬で、二頭身の子犬の姿に……わたしでも抱えられるくらい小さくなっちゃったの。
酷く大きな頭に大きな赤い目と大きな耳が二つ、口も大きいんだけれど、すっかり小さくなっちゃった牙がチラリと見えている。
尻尾もずいぶんと短くなっちゃったんだけれど、機嫌良く、千切れそうなくらい勢いよく振ってる。
こ、これならなんとか……ちょっと安心しかけたわたしの前で、双子がフェンリルにちょっかいを出す。
でも……うん、見掛けは変わっても中身は一緒なのね。
「やっぱり噛むー!」
小っちゃくなった牙でガッツり噛みついて、噛みつかれたラウラが悲鳴を上げる。
噛みついたままの腕を振り回されても放さないところはさすがというか、なんというか……。
「たいした顎の強さね」
ゆりこさん、褒めるところが違うと思う。
でも彼女がいうには、人様のペットを勝手に触ろうとした二人が悪いらしい。
相変わらず躾には厳しいんだから。
まぁ双子の躾はゆりこさんに任せるとして、とりあえず名前ね。
「おチビちゃん、おいで」
左手でクロウの袖を掴みつつ、右手でチビフェンリルを呼び寄せる。
やっぱり中身はそのままだから、飽きたおもちゃのようにラウラの腕をポイっと捨てたフェンリルは、喜び勇んでわたしの足下にやってくる。
そしてお行儀よくお座りをして、期待に満ちた目でわたしを見上げてくる。
えっと……そんなに期待されてもあれなんだけれど、ご満足いただけるかどうかわからないんだけれど、その、こんな名前はどうかしら?
「ルゥっていうのはどう?」
怒るかなって思ったんだけれど、怒ったらすぐ、噛まれる前にクロウの後ろに隠れようと思ってたんだけれど、尻尾でパタパタと数回床を叩いたフェンリルは、本当に子犬のようにワンッとひと吠え。
次の瞬間、頭上にポップアップしていたビックリマークが消えた。
これで命名完了ってことでいいのかしら?
意見を伺うようにクロウを見上げようとしたら、不意にフェンリルの足下、床から鎖が放たれ、わたしの右手首に巻き付く。
鉄と鉄がぶつかり合う重く耳障りな音にハッとしたんだけれど、わたしが避けるよりも、クロウがわたしを抱えるよりも速くわたしの右手首を捕らえたそれには見覚えがある。
あの堅牢な岩屋の中、大型犬サイズだったフェンリルの四肢を捕らえていた重厚な鎖。
あれが不意に床から伸びてきてわたしの手首を捕らえる。
「嘘、なにこれっ?」
まぁね、わたしのSTRじゃビクともしないんだけれど、四桁を越えるクロウのSTRで引っ張ってもビクともしない。
突然のことに一瞬でギルドルームは色めき立ったんだけれど、当のルゥはまるで知らん顔。
それこそ関係ありませーんとでも言わんばかりに、後ろ足で耳の後ろとか掻いてるんだけど……ちょっとルゥ、これ、あんたの仕業じゃないのっ?
スラリと剣を抜いた柴さんが斬ろうと試みた瞬間に消えた……え? 消えた……?
あの重い無骨な鎖が一瞬で消え、柴さんの剣は虚しく空を切る。
でも完全に消えたわけじゃなくて、わたしの右手首には、ルゥのルビーみたいな目を思わせる赤い腕輪が残されていた。
外そうと思っても外れないそれを、慌ててウィンドウを開いてステータスで確認してみたら……
「契約の証?
なに、これ?」
一応装備の一つってことみたいでSTRとVITの補正がついているのは嬉しいんだけれど、わたしは魔法使いなので出来たらINTが……じゃなくて、つまりルゥとの契約の証明ってこと?
カニやんが予測するには、主従関係の証明じゃないかっていうんだけれど……別にそれでもいいわよ、それでも。
でもね、さっきのあの感じ、まるでわたしがルゥに捕まったみたいな感じじゃないっ?
しかも鎖で繋がれたのはわたしのほうなのよ。
これって、どっちが主人でどっちがペットよ?