103 ギルドマスターはフェンリルと再会します
pv&ブクマ&評価、ありがとうございます!!
『グレイさん、ききましたかぁ~?』
相変わらず唐突に話しかけてくるのはマメ。
ログインの挨拶をしたばかりでこれだもの、びっくりしたわ。
で、なんの話?
『犬が散歩してるそうでぇ~す』
…………………………………………あ、思考回路が一瞬フリーズしちゃった……うん、一瞬どころじゃないけど。
えーっと、思考が停止したついでに一瞬記憶も飛んじゃったみたいで、マメがなにを言ったのかわからないんだけれど……
『犬です、ワンコ!
なんかですねー、ナゴヤドーム内をウロウロしてるそうですよぉ~』
……なんで犬がいるわけ?
だってこのゲーム、ペットとかいないでしょ?
えっとテイムっていうんだっけ?
あれ、出来ないでしょ?
そんな職も術もないはずだけど……なに、それ?
しかもどうしてよりによって犬なの?
せめて猫とか、猫とか、猫とか……猫じゃダメなの?
『猫は平気なんだ。
俺、猫はアレルギー』
そういえばカニやんは、前にあった期間限定イベント化け猫屋敷の時にそんなことをいっていたっけ。
そんでもって猫になったわたしでアレルギーを試したりしたわね。
「平気じゃないけど怖くはない」
そもそも動物全般が苦手なわけで、犬が怖いのは別格。
あの恐怖の幼児体験がなければここまで怖がったりしないわよ。
『それって、兎とかハムスターもダメなわけ?』
「全っ然ダメ」
このことを知っている友達には 「あのモフモフで癒やされないなんて、人生を損してるよ」 ってよく言われるんだけれど、仕方ないじゃない。
世の中にはそれで死んじゃう人だっているわけで、わたしも病院送りになったことがあるんだから。
『あー喘息とかの類いね』
ええ、その類いです……というか、まさにそれです。
『やっぱ呼吸器系の持病があるんだ、そんな気はしてたけど。
でも仮想現実だと俺もアレルギーでなかったし、大丈夫なんじゃない?
ちょっと触ってみたら?』
うん、根本的に間違ってるんだけどっ?
動物が苦手なのは喘息のせいだけれど、犬が怖いのは幼児体験なの。
五針縫って、肩と肋骨にヒビが入って、体調崩して喘息が酷くなって三ヶ月も入院しました。
『なかなかハードなトラウマだな』
ちょっとカニやん、なに笑ってるのよ?
わたしは全然笑えないんだけど!
『遭遇しないことを祈るよ』
『犬の話?』
第四回イベントで商売が繁盛したハルさんは、商品の補充をするため、今日は素材の採取に出掛けているらしい。
一人で出掛けているっていうから安全なところにいるんだと思うけれど、大丈夫?
暇だし、手伝おうか?
『今日は大丈夫ですよ。
今度、手伝って欲しいことがあるんで』
「いつでも言ってね」
『ありがとうございます。
さっきキンキーとラウラも、犬の噂を聞いて探しにいったみたいですけど?』
ゆりこさんとジャック君が一緒っていうから大丈夫だとは思うけれど、そもそもその犬、なんなの?
マメの話だとナゴヤドーム内にいるっていうから敵ではないと思うんだけれど……。
『さっき見たわよ。
ドームにいる犬でしょ?』
トール君、マコト君と一緒に素材採取に出掛けているらしいベリンダ。
エリアダンジョン【蛇の道】 にいるっていうから、塊の採取かしら。
そういえばトール君が防具を作るっていってたし、たぶんその材料ね。
『あの犬、このあいだのイベントで出てきたフェンリルの犬版。
巨大化する前の、鎖につながってた時の状態』
え、あれなの?
っていうかフェンリルは倒したわよね。
なんでそれが復活して、しかも安全地帯であるはずのナゴヤドーム内をほっつき歩いてるわけ?
敵は入れないはずじゃないの?
『あー敵じゃなかった感じだけど……大蛇が沸いたからあとで!』
はいはーい、気をつけてね。
とりあえずわたしは問題の犬と遭遇する前にナゴヤドームを出ましょう。
散歩してるっていってもドーム内は広いし、早々遭遇することは…………なにかしら、騒ぎが……?
わたしとクロウはナゴヤドーム中央にあるいつもの広場にいたんだけれど、北の方から広場に流れてくるプレイヤーたちの様子が変なの。
みんなちょっとうつむき加減になにかを見てる感じ……あ、これはヤバい!
「逃げるわ、クロウ」
別にクロウを置いて逃げてもいいんだけれど、いざという時にいてもらわないと困るからとりあえず一緒に逃げる。
でも腕を引っ張って走り出そうとしたところで、プレイヤーたちの流れの中からキンキーとラウラの声が呼びかけてきた。
「ギルマス、ワンコ!」
「見つけましたよ、犬!」
だから連れてこないでよ!
綺麗なピンク色の髪をしたラウラと、やっぱり綺麗な水色の髪をしたキンキーの双子。
某星の双子キャラを彷彿させる二人は、わたしとクロウを見て無邪気に手を振ってくるんだけれど、その足下には、ベリンダの話にあったとおり、大型犬の姿をしたあのフェンリルがのっそりと歩いている。
全身ちょっと青みがかった灰色の毛並みをした大型犬は、近くにいるプレイヤーたちに近づいては鼻先でフンフンフンフンフンフンフン……臭いを嗅ぎながら、なにかを探して歩いているみたい。
しかも頭上には大きなはてなマークがポップアップしていて、下の点を起点に、フェンリルの頭上でクルクルと回っている。
なに、あれ?
イベントに参加していたゆりこさんは、犬を見て顔を引き攣らせるわたしを見て苦笑い。
一応わたしには見せなくていいって二人を止めたらしいんだけれど……会っちゃったわね。
わたしは年少組や他のプレイヤーの手前、必死に悲鳴を堪えるんだけれど……い、息が……出来ない。
なんで???
「落ち着け、グレイ」
もうね、人前とか気にしてられなくてクロウにしがみついちゃった……顔から火が出るくらい恥ずかしいけれど、それ以上に怖くて無理……。
ここが一般エリアじゃなければ、あのフェンリルに演蛇や焔獄を食らわせてあげたい。
絶対コロス……
「あ……いた」
なぜかインカムじゃなくカニやんの声が聞こえたと思ったら、柴さんと連れだって歩いていた。
「いや、ちょっと気になって様子を見に……」
「クロウさんがいるから大丈夫だとは思ったけど……女王がむっちゃ泣いてる。
可愛いからSS撮ろうぜ」
「柴やん、あとで首を落とされても知らねぇぞ」
それこそ一人で落とされろって……付き合い悪いわね、カニやんってば。
しかも柴さんってば、本気でウィンドウ開いてるし。
撮ったら柴さんごと抹消してやる!
記念とか、あとでみんなで見ようとか言ってるけれど、見た人全員同罪。
覚悟してね。
「カニやん、柴、悪いがその犬、どこかに連れて行ってくれないか?」
クロウに頼まれた二人は苦笑いを浮かべながらフェンリルをわたしから遠ざけようとしてくれたんだけれど、双子がいうの。
「フェンリル、言うこときいてくれないよ」
「この犬、すぐに……」
ラウラに続いてキンキーがなにか言い掛けたところで、ちょうどフェンリルの口近くにあった柴さんの手をフェンリルの大きな口がバックンって……食べたー?!
えっ? 柴さん、手がっ!
「落ち着け、グレイ。
大丈夫だ、ここは一般エリアだから」
クロウの大きな手が背を撫でてくれたり頭を撫でてくれたりするんだけれど、いつもなら凄く嬉しいんだけれど今はそれどころじゃなくて、すっかり取り乱したわたしはクロウにしがみついてボロボロ泣いちゃって……嗚呼、みっともない……。
「噛むんだよ」
「大丈夫か、柴やん?」
「柴さん、手、ある?」
それこそ回復しましょうか? って聖女の笑みを浮かべるゆりこさん。
少し首を傾げると、被ったフードの中から漆黒の髪が一房、サラリとこぼれ落ちる。
手を食べられたままの柴さんは少しぶっきらぼうに
「ある。
が……」
その先が続かないのは、片手をフェンリルに食べられた状態で、もう一方の手だけでフェンリルの顎を掴み、頑張って口を開くのに忙しくなったから。
あの頑丈で鋭い牙にがっつり食べられちゃってて、なかなか抜けないみたい。
ジャック君、手伝ってあげてくれる?
カニやんはあなたよりレベルは高いけれど、魔法使いだからSTRがないの。
つまり非力なの。
「いや、これぐらい出来るし。
どんだけ貧弱扱いするんだよ。
ジャック君、フェンリルの胴体抑えてて」
「はい」
抑えるっていうか、ジャック君はほとんどフェンリルの背に乗っかるような感じで抑え、柴さんがフェンリルの上顎を、カニやんが下顎を押さえる。
三人がかりって……どんだけ本気で噛んでるのよ?
しかも噛みながらグルルルルゥ……って唸って威嚇……やめてぇ……。
五分くらいかかってようやく柴さんの腕を救出したんだけれど、みんなが疲れたようにグッタリする中、フェンリルはまるでなにもなかったようにまたフンフンフンフンフン……って、近くにいるプレイヤーの臭いを嗅ぎながらウロウロし始める。
……え? ……やだ、こっちに来る……来る来る来る来る来る、いやーっ!!
「グレイ、大丈夫だ。
なにもしなければ臭いを嗅ぐだけだ、噛まれないから」
違う、違うの、そういう問題じゃないの……わかってくれないクロウはそういって宥めてくれるんだけれど、違うんだって……無理なのよぉ……。
怖くてたまらないわたしになんてお構いなしにフェンリルはのっしのっしと、物珍しそうに集まってきたプレイヤーたちのあいだを歩き回り、わたしたちのところにまで来た。
とっさにわたしがクロウの後ろに隠れると、フェンリルはまずクロウの臭いを嗅ぐ。
フンフンフンフン……その感じは、どうやら探してる人? ……人を探しているのか、ものを探しているのか? わからないんだけれど、でも、どうやらクロウは違ったみたい。
そのまま他の人のところに行ってくれたらいいのに、わざわざ回り込んでわたしのほうにくるんだけれど……けれど……うん、角度が悪かったのよね、うん。
ちょうどいいところにスリットが入ってた。
たぶんフェンリルに他意はなかったと思うんだけれど、でもお願い、スカートの中に入るのはやめて!
ズボンは穿いてるけれど、スカートの中に思いっきり頭を突っ込んで、お尻のあたりで臭いを嗅ぐのはやめてーっ!!
これ、普通に嫌!!
犬嫌いとか、そういう問題じゃなくて普通に嫌なやつじゃない!
カニやんは情けなさそうな顔をしてそっぽ向いちゃうし、柴さんは……やに下がりやがって、このクソ親父ーっ!!
頭からバックリ食われてしまえーっ!!
ジャック君とか双子なんて、フェンリルの尻尾を引っ張ってわたしから遠ざけようとしてくれてるのに……でもビクともしないんだけどね。
小さく息を吐いたクロウが、大きな手でフェンリルの頭を撫でる振りをして、首根っこ引っつかんで無理矢理スカートの中から頭を引っこ抜く。
見事なフェイントだわ。
もちろんフェンリルも黙って引っこ抜かれたりしなくて、クロウの手首あたりを思いっきり噛んだんだけどね。
その隙に自分でスカートを直しました。
ただその時に、ほんと瞬間なんだけれど、フェンリルの鼻先をわたしの手がかすめる。
そうしたらフェンリルが何かに気がついたみたいでクロウの手を放し……それこそ飽きたおもちゃみたいにポイって感じで、今度はスカートの上からなんだけれど、でも、だからお尻の臭いを嗅ぐのはやめてってばっ!!
もうなに、なんなのよ、この恥ずかしいプレイは!
「グレイ、少し大人しくしていろ」
フェンリルに続いて何かに気づいたみたいなクロウなんだけれど……やめて……わたしの手を捕まえてフェンリルの鼻先に近づけるのはやめてー!
全力で抵抗を試みたんだけれど軽く四桁を越えるクロウのSTRはビクともしなくて、フェンリルは鼻先に突きつけられたわたしの掌をフンフンフンフンフンフンフンフン…………しつこいくらい嗅ぐし……。
でもね、不意にフェンリルが臭いを嗅ぐのを止めたと思ったら、長い舌でベロォ~ンって舐めた……わたしの手を……。
そうしたら頭の上にポップアップしていたはてなマークが急にビックリマークに変わる。
なに、これ?
でも次の瞬間には上を向いて思いっきり咆哮を上げられちゃって、わたしは一瞬意識を失っちゃった。
クロウがいてくれなきゃ、危うく倒れているところだったわ。
「大丈夫か?」
「なんとか……なんなの、これ?」
一瞬意識が飛んだわたしが改めてフェンリルを見れば、わたしたちを向いてお行儀よくお座りをしている。
毛の長い尻尾を機嫌良くブンブン振ってるんだけれど……これ、ほんと、なに?
どうしたらいいわけ?
「さあな」
うん、クロウにもわからないわよね。
とりあえず顔を洗いたい。
もう涙と鼻水でボロボロのぶっさいくになっちゃった。
せっかくフェンリルが大人しくなったから、このまま刺激しないようにしてここから……というかフェンリルから離れたい。
「大丈夫、大丈夫、美人は泣いても綺麗だから」
「なんなら見るか?
ばっちりSS撮ったから」
柴さん、抹殺決定!
SSごと存在抹消してやる!!