100 ギルドマスターはフェンリルを見つけました?
PV&ブクマ&評価、ありがとうございます!!
やっと100話到達です。
ここまで長いお話を書くのは久々です。
進歩のない登場人物たちですが、成長しない作者共々
今後ともお付き合いいただければ幸いです。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
2020/04/26 藤瀬京祥
岩山に作られた堅牢な岩屋の中、鎖に繋がれた一匹の大型犬。
ちょっと青みを帯びた灰色の毛並みをしたその大型犬は剥き出しの岩にのんびりと寝そべり、無遠慮に入ってきたわたしたち侵入者に真っ赤な目で一瞥をくれる。
その姿やアラートが出ないことに今回のイベントの大本命、この森の主フェンリルかどうかを判断しかねていると、むくりと起き上がり、まるでなにかを催促するように唸り声を上げだした。
……き、気絶しそう……
「グレイ」
「ごめ……」
ダメってわかってるんだけど怖い、怖すぎる。
ちょ、ちょっとだけクロウの腕……一本だけでいいから貸して……。
わたしだって頑張って杖にすがりついて堪えていたんだけれど、威嚇とかされたらもう無理。
ちょっとだけのつもりでクロウの腕にしがみつこうとしたんだけれど、こ、強ばる……強ばって腕が伸ばせない。
小さく息を吐いたクロウのほうから腕を掴んでくれたから、そのまましがみつかせていただきました。
それでも安心出来ないんだけど、ムーさんってば
「両手剣の剣士から片腕借りるとか、どんだけ鬼畜?」
じゃ、じゃあムーさん、片手剣だし、一本いらないでしょ?
か、貸し、て……。
「絶対嫌!」
なに、その心底嫌そうな顔!
嗚呼、腹が立つやら怖いやら……うぅ……
「グレイさん、泣いちゃって可愛い。
頭撫でてあげようか?」
ちょ、ベリンダ、あんたはゆりりんの護衛でしょ。
あんたに撫でられたって嬉しくないんだから、あっち行ってよ! って頑張って文句いったら、ベリンダは後ろから来たゆりこさんに杖で殴られたっていうね。
ザマァミロ!
「ベリンダ、小さい子を虐めちゃダメよ」
ゆりこさんまで?!
わたし二三歳、小さい子じゃなーい!!
「どこをどう見ても三歳児だろ。
それよか、どうするよ?」
今のわたしじゃ話にならないと呆れるカニやんは、クロウや他の剣士たちに相談を持ちかける。
うん、わたしは今、使い物になりません。
自分でもわかってるわよ、もう……。
「だが、中央の空白部分も外れ、ここも外れで、他にあては?」
MAPにそれらしい場所は他に見当たらないというクロウに、クロエが提案する。
「とりあえずさ、外れかどうか、ちゃんと確かめようよ」
うん、それをいいながら銃を構えたから撃つと思った。
もちろん撃ったのは大型犬なんだけど……
alert 巨狼フェンリル / 種族・幻獣
クロエの撃った銃声を、岩壁が耳に痛いほど響かせる。
その反響の中、撃たれた大型犬が咆哮を上げてアラートを出す……っていうか出る。
うん、大型犬が出したわけじゃないもんね。
そのタイミングでアラートが出ただけよ、ただの偶然よ。
でもほんと、そう思っちゃいそうなくらいぴったりのタイミングだったんだけど。
「ビンゴ!」
撃ったというか当てたというか……撃って当てたというのが正解かな?
クロエは嬉しそうな声を上げるんだけれど、状況はちっとも喜べない。
だって顔を上げて咆哮を轟かせた大型犬が、見る見る巨大化しだしたから。
一瞬で変化したわけじゃなくて、わたしたちが見ている前で、足が太く長くなり、顔も膨れあがるように巨大化。
四肢を捕らえる枷がその大きさに耐えられなくなり、鈍い音を立てて無残に砕け散る。
大きく裂けた口からは、鋭く尖った大きな牙がギラリとのぞく。
その全身を覆っていた毛も長く伸びに伸び、毛先の癖が強調される。
凄く柔らかそうな毛並みなのに、毛先だけがピコン、ピロンって自由奔放。
……すっごい癖毛……フェンリルって天パなの?
「下がって!」
怪物化してくれたらちょっとは怖さが減った感じ。
今の今まで戦力外だったわたしがとっさに声を上げると、巨大化するフェンリルを見て呆気にとられていた剣士たちが慌てて下がる。
あっというまにボスキャラらしい姿に変化を遂げたフェンリルは、毛並みを整えるように全身をぶるぶると震わせ、毛の長い尻尾をゆらりゆらりと振りながら数歩、わたしたちに近づく。
そしてその大きな赤い目でわたしたち全員を捉えると、再び上を向いて口を大きく開き咆哮を轟かせる。
さっきの咆哮が 「目覚め」 だとしたら、今度のはきっと 「宣戦布告」ね。
硬い岩に反響する咆哮が、まるで風のようにこの閉ざされた空間に乱反射。
「これって……【かまいたち】……?」
カニやんがそう錯覚したのも無理はないと思う。
乱反射する音が、まるで鋭い風の刃のようになってわたしたちを襲い、HPをビシバシと削っていく。
それこそ本当に腕をビシッと削って、足をバシッと削る感じ。
いったぁ~い!
もうね、恥ずかしいとかいってる余裕なんてなくて、庇ってくれるクロウにしがみついたわよ。
ごめんクロウ、HPがどんどん流出してる……後で回復するから、落ちないで!
「心配するな」
耳元でクロウが囁く。
う~……喜んでる時じゃないってわかってるんだけど、耳が熱い……ちょっとクロウ、わざとやってるんじゃないでしょうね?
「バレたか」
……どんな余裕? ……っていうかわたし、完全に遊ばれてるわよね?
まずい、これ以上耳が熱くなったら顔まで赤くなる。
べ、別のことを考えなきゃ別のこと……あ、【かまいたち】 だっけ?
そうそう、カニやんはこの術を 【かまいたち】 じゃないかって思ったみたいだけれど、たぶん違うと思う。
あれは元の所有者であるあの怪鳥が、術を使う時に大きく羽ばたいて風を起こしていた。
つまり風属性。
だけれど今、フェンリルは咆哮を上げている。
これはたぶんエコーとかの類いじゃないかな?
エコーは音を使った術なんだけど二種類あって、響は神経系。
でもこのフェンリルの術はもう一つの壊に近い……っていうか、たぶんあの類いの術なんだと思う。
超音波っていうの? 音の周波数を使って振動を起こす。
難しくてわたしにはそれ以上理解出来なかったんだけれど、とにかくこれはわたしたちが風みたいなものを感じているだけで、実際には風じゃない。
フェンリルの咆哮が起こす振動が、音を伝えるためだけ以上に空気を振動させ、わたしたちにダメージを与えている……たぶんそんなところじゃないかな?
しかもそのダメージはわたしたちだけでなく、周囲の岩壁にまで。
これはヤバい、閉じ込められる!
「全員外へ!
崩れるわ!」
最初は表面を削られ砂埃のようなものを上げていた岩壁が、次第に、溜め込んだダメージで亀裂を生じさせる。
あれがもっと大きく深くなれば崩れるのも時間の問題。
その前に全員外へと駆け出す。
殿を務めてくれたのはJBと恭平さん。
危うくJBが落ちてきた岩に潰されそうになったのを、すぐ横にいた恭平さんがスパークで岩を弾いて救出。
全員が無事に脱出出来たものの息を吐く間はなかった。
通ってきた横穴はすっかり崩れて岩で埋まっていたんだけれど、その瓦礫の中から無傷のフェンリルがのっそりと姿を現したから。
被った埃を払うように全身をぶるぶると震わせたフェンリルは、少し高い位置からわたしたちを見下ろす。
「なんかあいつ、腹立つんだけど」
矜持の高いクロエには、獣に見下ろされるのがお気に召さないみたいで……ほんと、我が儘なんだから。
でも、のんびりしている時間もないし……好きにしちゃっていいわよ。
「じゃ一番乗りで」
っていうか、さっきもクロエが撃ったんだけどね。
クロエが銃声を轟かせると、くるくる、ぽぽが続いて銃撃を開始。
うちの脳筋たちは足場の悪さなんて気にしないけれど、今回はトール君やマコト君、それにまだ接近戦に不慣れな恭平さんもいるし、フェンリルのほうから瓦礫の山を下りてもらいましょ。
そのほんのわずかな待ち時間の内に、念のためにと首を巡らせたわたしはゆりこさんの姿を確認する。
目が合うとにっこりと笑って返してくれる聖女様のそばにはパパしゃんとベリンダが……あら? ねぇベリンダがいないんだけど……
「あの馬鹿ならあそこ」
カニやんが顎で指し示すのはフェンリルの正面。
その巨体からは想像も付かないほど軽快な足取りで瓦礫の山を駆け下りてくるフェンリルの真正面、その進路にベリンダが立ちはだかっている。
誰かが連れ戻す間もなくフェンリルと接触……かと思ったら、立ち止まったフェンリルが前肢で彼女を叩こうとした寸前にその姿が消える。
短剣使いが持つ瞬発力を最大限に生かした彼女は寸前に回避し、フェンリルの腹の下をくぐって後ろに回り込むと、毛の長い尻尾を掴んで……背に乗ろうとしたのかしら?
尻尾を掴むところまでは成功したんだけれど、すぐに気づいたフェンリルが大きく尻尾を振り上げて彼女を空高く放り投げてしまった。
……そして彼女は星になった……わけじゃないけれど、なんか、見ている方が冷汗をかくくらい高くまで放り投げられて、黒い点に。
どんだけっ?!
でもあの高さを落下したら……即死案件!
短剣使いは剣士ほどVITを持たないし、HPも高くないはず。
たぶん地面に叩きつけられた瞬間、ダメージでHPがほぼ全て流出する。
でもたぶん、これはあれよね?
投身自殺に巻き込まれたら、下にいた人も無事じゃ済まないってあのパターン。
じゃあこのまま見殺しにするしかないわけ?
「何がしたかったか知らんが、てめぇのミスだぞ、ベリンダ」
忌々しげに呟くカニやんの声に、さすがに先走ったベリンダも落下しながら大反省。
「ごめん、このまま見捨てて」
「遠慮なくそうさせてもらう」
「ちょっと試してみる。
失敗したらごめん、ベリンダさん」
あら、恭平さん?
なにか策があるの?
「恭平、無理ならお前だけでも避けろよ」
「わかってるよ、カニやん」
なにをするつもりかはわからないけれど、ベリンダの落下地点に向かう恭平さん。
フェンリルの気を引いて足止めをするために銃士三人が銃撃を続ける中、それこそ気づかれればすぐさま蹴り飛ばされそうな位置に立った恭平さんは空を見上げ、落下するベリンダの高度を測る。
……あ、なにをするかわかったかも……。
「スパーク」
ベリンダの落下地点に立った恭平さんは空に向かって、つまりベリンダに向かってスパークを放つ。
恭平さんのMPじゃギリギリ発動出来るレベルね。
しかもINTを持たないから威力もギリギリ……っていうか発動出来るんだ、びっくり。
そういえばさっきも使ってたっけ?
そのスパークをクッション代わりにベリンダの体が中空でバウンドし、速度を緩めて落下するのを下にいた恭平さんが受け止める。
見ているわたしたちはホッとしたのも束の間、二人は慌ててフェンリルから離れる。
さすがのベリンダも青くなって……あら、赤い顔。
なんだかちょっと照れくさそうな感じに顔を赤くしちゃってるんだけど……まぁこんな形で助けてもらえるとは思わなかったでしょうね。
わたしもすぐにはあんな方法、思いつかなかったわ。
途中で気づいたけど。
ただわたしだと、たぶんベリンダにダメージを与えてしまう。
たぶんカニやんがやっても。
二人とも結構なINTを持ってるから、剣士並みにVITを持っていないプレイヤーだと、スパークでもダメージを与えちゃうのよね。
ノギさんみたいに被ダメほぼ無し、転倒もしない……なんて可愛くないプレイヤーは少ないんだから。
「グレイ、少し我慢出来るか」
「大丈夫、たぶん。
犬っぽくなくなったから……」
ベリンダも無事だったことだし、本格的に交戦開始ってなってクロウが声を掛けてくれる。
「無理ならゆりこのところまで下がっていろ」
「……頑張ったらご褒美くれる?」
わたしったらこんな時になに言ってるのよっ?
無意識に出ちゃった言葉に自分でも驚いて、慌てて取り消そうとしたんだけれど、クロウは少し笑ってくれた。
なんだか仕方ないなって感じに……。
「なんでもいいぞ」
よし、頑張る!
わ、我ながら単純だなって思うんだけれど……ヤバい、顔が熱くなってきた……。
「なんなら俺からもご褒美、あげようか?」
みんなと一緒にフェンリルに斬りかかるクロウを見送るわたしを見て、にひって笑うカニやん。
それこそ精神年齢三歳児のご褒美なんてしれてるからって思ってるんでしょうけれど
「いらない!」
「およ」
わざとらしく意外そうな顔をするカニやんに、忙しいはずの柴さん、ムーさんの脳筋コンビか冷やかしてくる。
「やーい、振られてやんの、カニ」
「厚かましいぞ、カニ」
「うるせー脳筋、さっさと首落とせや」
「アホいうな!」
「こいつ、どんだけHP高いと思ってんだ、ごるぁ!」
「そりゃ 【幻獣】 だからな」
当たり前だとカニやんはサラリと言ってのける。
まぁね、確かに 【幻獣】 だもの、HPは馬鹿高いわよね。
とりあえずベリンダ、おとなしくゆりこさんの護衛をしてて頂戴。
派手に物音を立てれば他のプレイヤーが寄ってくる可能性もあるんだから、万が一にも彼女が落とされたらお仕置きよ。
「へへへ、ごめんってグレイさん」
……ねぇベリンダ、まだ顔が赤いんだけど、なんで?
ま、いいわ。
堅くてHPが馬鹿みたいに高いのが 【幻獣】 の特徴。
じゃ、ちょっとわたしも援護するわ。
「起動…………あら?」
詠唱を始めたのに全然魔法陣が展開しないから変だなと思ったら……
「……あ、そういえば避雷針は再起動準備だっけ?」
「あんたまで脳筋になってんじゃねぇよ」
カニやんに怒られた。