1 ギルドマスターは今日もギルドを運営します
どうぞ、よろしくお付き合いくださいませ。
今日も今日とてログインをするのはVRMMORPG 【the edge of twilight online】。
わたしはここで 【素敵なお茶会】 というギルドを主催しているわけなんだけれど、まぁMMORPGなんて色んな人がいるもんだから、色々と大変。
目下、わたしの悩みはギルドメンバーが増えないこと。
それこそ色んな人がいるから誰でもいいってわけにもいかないんだけれど、少なすぎても寂しすぎる。
はじめからぼっちギルドのつもりならいいんだけど、そういうつもりで作ったわけじゃないし、せっかくゲームをしているんだから皆でわいわい楽しくプレイしたいじゃない。
そう思っているんだけれど、これがなかなか難しいのよね。
このVRMMORPG 【the edge of twilight online】 は正式サービス開始からまだ一ヶ月。
まだまだプレイヤーも少ないから仕方ないといえば仕方ないんだけれど、やっぱり楽しく遊びたい。
だから公式トピックスのギルドメンバー募集にも出してるし、そのためにキャッチーなコピーも色々考えた。
エリアチャットでも独り言みたいに勧誘してたら、通りすがりに
「うるさい」
とか言われたりもした。
あれは腹が立ったわ。
頑張って考えたコピーも、ギルドメンバーには不評だったし……
「アールグレイ、インしました」
アールグレイっていうのが私のキャラ名。
自動表示システムを切っているからログインは自己申告。
周囲に顔見知りは誰もいないんだけれど、頭にセットしたインカムから、ログインしているメンバーの挨拶が返ってくる。
『グレイさん、こんー』
『グレイさん、こんにちは』
『こんにちはー』
うちのギルドは挨拶必須にしているから、自動表示システムでログインが表示されても挨拶はすることになっている。
その挨拶に混じって、変なことを言う奴がいる。
『あ、グレイさん、さっきセブン君が探してたよ』
「セブン君が?
どこで?」
『わからない。
直通会話で話しかけられたんだけど、なんか困ってる感じで。
んー……五分くらい前かな?』
「わかった、ありがとう」
どうやら何人かでパーティを組んで、どこかのダンジョンに潜っているらしい。
集中したいならパーティチャットに切り替えて話すだろうから、おそらくお遊びか、素材集めか。
インカムからは、メンバーたちの楽しそうな会話がだだ漏れしている。
もちろん楽しく過ごしてくれているのなら結構。
問題はセブン君かな?
ウインドウを開いて、インカムを直通会話にセット。
フレンドリストから 【ラッキーセブン】 を選択する。
コールしようと思ったら……
「グレイさん、インしてもフレリストに表示されないからわからないんだよね」
中央広場にある噴水に腰掛けてウィンドウを広げてたんだけど、向こうから近づいてくる男女が手を上げて 「やっ」 とか挨拶してくるじゃない。
自動表示を切るとギルドメンバーリストはもちろん、フレンドリストでもログイン状況は表示されない。
当然だけれど居場所も表示されない。
一応わたしが自動表示を切っているのには理由があるんだけれど、その話はまた今度。
今はセブン君の話を聞こうと思うんだけれど……。
「丁度よかった、今セブン君呼び出そうと思ってたところ」
サラッサラの黒髪をした中性的なこいつは、ラッキーセブンっていう男性プレイヤー。
だけど見た目はちょっと男か女かわからないんだよね。
あ、そうでもないか。
胸がぺったんこだったわ。
たぶん下もついてるわね。
こいつはギルドメンバーじゃなくて、ギルド 【鷹の目】 のギルドマスターをしてるんだけど、付き合いが古いんで、結構なれなれしく「セブン君」なんて呼んでる。
向こうもわたしのことを「グレイさん」って呼ぶしね。
「うん、カニやんに聞いたらまだインしてないっていってたんだけど、ちょっと前にりりか様に会って聞いたら、たぶん今日もインするだろうっていうからここで待ってたんだ」
お前はストーカーか。
カニやんっていうのはうちのギルドメンバーで、さっきセブン君のことを教えてくれた人。
りりか様っていうのはやっぱりうちのギルドメンバーで、この広場の近くに店舗兼倉庫を構えている生産職。
どうやらそこをのぞいたらしい。
これからは教えないように言っておかねば。
ちなみに「りりか様」がキャラ名で、わたしもセブン君も、好きで彼女を様と呼んでるわけじゃないの。
わたしは必要のないウインドウを閉じ、セブン君を見る。
「何かあった?」
「グレイさんのところにナオキって子がいるよね?」
「うん、新人君。
まだお試し期間だけど、ナオキ君がどうかした?」
「それがね、うちのギルメンに喧嘩売ってきてさ」
セブン君の話を要約すると、双方が好き勝手を言うから喧嘩の原因はわからないんだけど、うちのお試し新人のナオキ君が相手に向かって
「俺は 【素敵なお茶会】 のメンバーなんだぞ!
うちのマスターがあの灰色の魔女って知ってるか?」
なんて恫喝めいたことを言ったらしい。
セブン君はその少し前から仲裁に入っていて、ばっちりこの科白を聞いちゃったらしい。
正直、気分のいいことじゃないし、ギルドの印象も悪くなる。
それでわざわざ忠告に来てくれたってわけ。
殺してやろうかしら?
いや、もちろんナオキ君を、よ。
ここでセブン君を殺してもただの八つ当たりだしね。
しかもセブン君、火力だけなら結構な重火力なのよ。
銃士の中でもトッププレイヤーってのは伊達じゃない。
正面切ってやり合うには、ちょーっと面倒臭いのよねぇ。
「ごめん、正式加入はちょっと考えるわ」
「いえ、うちのギルドもちょっとあれだから、よそのことは言えないんだけどね」
セブン君も、ちょっと申し訳なさそうに苦笑い。
まぁ確かに【鷹の目】もあれなのよ。
わかりやすく言えば廃課金の廃人ギルド。
それなりに強いメンバーばっかりなんだけど、これが結構性格悪ばっか。
課金に物を言わせた廃装備で、なんであんなに弱いのか……じゃなくて、態度がデカすぎてムカつく……。
そんなギルドのマスターが、なんでこのセブン君なの?
世の中わからないものよね~
まぁ今回のことは個人同士の喧嘩だし、ギルドとしては特に何かをする必要もない。
ナオキ君が恫喝みたいな真似をしなければ、セブン君だって気にすることもなかったわけだし、お互いにギルマスがそこんとこを注意しましょうってことで話は終わったんだけど、終わりじゃなかった。
「セブン?」
「や、クロウさん」
背中に大きな剣を担いだ大男がやってきちゃった。
赤毛のこいつはクロウっていううちのメンバーで、2メートルくらい身長があって、細身のくせにやたらでっかい剣を背中に担いでるの。
職業は言わずと知れた剣士。
わたしのログインを知ってここに来たんだろうけど、セブン君がナオキ君のことを話しちゃったのは余計だった。
話を聞き終えたと思ったら、おもむろに自分のウィンドウを開いてポチりだす。
丁度わたしもウィンドウを開いてギルドメンバーリストを開いていたんだけど、その上に重なるようにインフォメーションが出た。
information ナオキ がギルドを脱退しました
「ちょっとクロウ、なにやってんのよ!」
思わず立ち上がっちゃったし、大声も出しちゃった!
メンバーの加入には、加入希望者から出された申請を受理して成立するんだけれど、受理は権限を持つプレイヤーにしか出来ないわけで、マスターかサブマスターにしかその権限がない。
逆に脱退は、本人の自由意志に加えて、マスターとサブマスターに解除する権限が与えられていて、今うちのギルド 【素敵なお茶会】 にその権限を持つサブマスターはクロウ、クロエ、カニやんの三人だけ。
ギルド脱退に関しての表示は一律 「脱退しました」 となって、本人の自由意志なのかギルド側から解除されたのかわからないようになっているんだけど、今のは絶対にクロウの仕業でしょ?
疑う余地なんてないじゃない。
それなのにクロウったら、いつもの表情乏しい顔のまんま。
「どうせお前には切れないだろうから、代わりに切ってやっただけだが?」
「いや、普通さ、切る前に本人と話さない?
ちゃんと正式メンバーに出来ない理由とか、説明しない?」
「必要ない」
あぁ~
もう、これで何回目よ?
同情しながらもセブン君は、自分ところのギルドメンバーにインカムで呼ばれたらしくて行っちゃうし、脱力のあまりその場に座り込んじゃった!
もう人目なんてどうでもいいわ!
『グレイさん、今メンバー消えたけど?』
『なんかあったのー?』
気づいたメンバーが、インカムを通して声を掛けてくる。
うん? 今のクロウの話、聞いてなかったの? ……って思ったらクロウ、インカム外してるし。
インカムどころか、いつものかっこいい鎧も外してるし。
「あんた、装備一式どこやったの?」
「りりかに預けた。
整備」
そう、りりか様のお店はこの近く。
わたしを回収しに来るついでに、りりか様のお店に装備一式を整備に出してきたらしい。
でも剣だけは出し忘れたのか、背負ったまま。
いや、装備外すのに背中の剣は一度下ろさないと駄目か。
出し忘れじゃないわね。
「インカムはしておきなさいよ、運営からチェック入るわよ」
「はじめから外れないようにしておけばいいだろう」
言いたいこともわかるけれど、ただのMMORPGならともかく、VRMMORPGでその辺に規制入れまくられちゃ面白くないと思うんだけど?
面倒くさがりながらも一応掛けてくれたけれど、クロウだけ外れない仕様にしてくれないかしら?
『ああ、クロウさんが何かしたんだ』
今まで声がしなかったから、てっきりログインしてないと思っていたクロエの声がする。
クロウと同じ、三人いるサブマスターの一人ね。
「よくおわかりで」
『僕、思うんだけど、今日インしたら消えてたメンバー、あれもクロウさんの仕業じゃない?』
「なに、その消えてたメンバーって?」
心当たりがなくてウインドウを開いてみたんだけど、確かにメンバーリストから、ナオキ君以外にもう一人減ってるじゃない!
クロウを見上げてみれば、いつもの表情乏しい顔のまま。
「なによ、これ?」
「活動しないメンバーを置いておく必要はない」
やっぱり……
マスターに比べてサブマスターの権限は少ないんだけど、メンバーには結構干渉できる。
だからちゃんとクロウには説明したのよ!
前にも同じことをやられたから!
一週間様子を見てログインしなかったらメッセージを送って、それでも一週間ログインがなかったらメンバー解除通告を送って、その翌日に解除するってちゃんと説明したのよ!
人間色々あるじゃない。
急に仕事が忙しくなってログインできなくなったとかさ。
だから二週間くらい猶予を置くって説明したのにこれだもの。
誰が主催者だと思ってるのよ!
人がせっかくギルドを大きくしようと思って営業してるのに、お試し期間もへったくれもなく切っていくんだから!
そりゃログインしないとか問題行動とか、やってくれちゃってるわけだけど、いきなり切るのはなしでしょ?
それは人としてどうかと思う。
あとでナオキ君、探して話さなきゃ。
「誰かナオキ君とフレンド登録してない?」
『してません』
『会ったこともないし』
これは見つけるの、大変だわ。
『グレイさんの営業努力も、クロウさんには蚊に刺されたほどもないんじゃない?』
「クロエ、黙れ。
ぶった斬られたいのか?」
いつでもどこでも斬られように、剣だけは整備に出さないのね。
でも剣だって耐久あるから、そんなに斬りまくったら耐久削れるから。
クロエ、結構固いからかなり削れるから。
『怖い怖い。
そんな可哀相なグレイさんに朗報』
「なになに?」
ちょっと期待していたら、わたしの居場所を聞いてきた。
「現在地?
ナゴヤドームの中央広場」
そう、ここは中部東海エリアにあるナゴヤドームの中。
見回した景色は広い広場なんだけど、頭上高くには天井があって建物の中だとわかる。
いくつかある安全地帯の中で一番広く、ここをホームにして活動しているギルドがほとんど。
もちろんうちのギルドもここをホームにしている。
だからここにいたわけなんだけど、クロエも口が減らなくて。
『いつもの場所でクロウさんとデート中?』
「はいはい、勝手に言ってなさい」
『ちょっと移動に時間がかかりそうなんだけど、待ってて。
そっち行くから』
ちらりとクロウを見上げたら、わかってくれたみたいで大きく頷かれた。
「いいわ、そこで待ってて。
りりか様の店に寄ってクロウの鎧、整備から回収したらこっちから迎えに行くわ」
わたしはウィンドウを閉じると、先に歩き出したクロウを追いかけた。