第3話 リオンの過去 1
ーー時は遡り、10年前 ある小さな村
この村は帝国の南端に位置し、村が所有する鉱山で取れた僅かな資源で生計を立てていた。住民は奴隷身分の者が多く、国から支給された小さなテントを家として暮らしており、そのほとんどが鉱山作業員である。
この村でリオンは、父のナバールと共に暮らしていた。
「おいリオン!仕事の時間だぞ早く起きろ」
「...うーん...今起きるよ、父さん...」
「今日は特別な仕事だ。どうやらこんな片田舎の村に、皇帝陛下が直々に視察に来るらしい。俺たちが掘り出してる石ころに貴重な鉱石が混じっていた事が分かったんだとよ」
「鉱石...?まあよく分からないけど今日はいつもみたいに鉱山に入る仕事じゃないんだね」
まだ幼いレオンにとって鉱山での発掘作業は過酷な仕事だった。しかしこの国で奴隷の身分である以上、どんな年齢であれ仕事を選択する余裕などなかった。
「鉱山に入らなくて嬉しいのは分かるが、今日の仕事が楽だとも限らねえ。皇帝陛下が視察に来る前に、掘り出したブツを献上する用意をしないといけねえからな」
「じゃあやることはいつもと変わらない石運びだね。でもあの蒸し暑くて危険だらけの坑道での仕事じゃないだけマシさ」
「それもそーだな。ほら、わかったらさっさと用意していくぞ!親方は遅刻に厳しいからな」
リオンたちは家を出て作業場の鉱山へと向かった。
♢♢♢♢♢
「なんだこりゃ...。一体誰がこんな酷い事を...!」
鉱山の作業場に着いたリオンたち親子の目の前には、一緒に働いていた仲間たちの悲惨な姿が広がっていた。どの死体も外傷が激しく、明確な殺意の元殺されていることがすぐに分かった。
「父さんこれは...」
「マズイことになったな。これをやった奴らの目的は例の鉱石だろう。今日献上するはずのブツが盗られちまってる」
「早くここから逃げようよ!」
「あぁ、でももう家の方も危険かもしれない。この村から出る他ないが、今ここに皇帝陛下が来てしまったら危険だ。何とかして視察の中止を伝えなければ」
ナバールはそう言うと、地面に横たわる親方の亡骸に手を触れた。
「親方、こんな姿にされちまって悔しいだろう。すまねえがお前さんの記憶を少し貸してもらうぜ」
「何をしているの?」
「お前にもいつか話す時が来る。今この状況を把握するにはこいつらを頼るしかない」
ナバールは手に魔力を集中させた。緑色の眩い光がナバールとリオンを包み込む。
「リオン、少し混乱するかもしれないが、今からこいつの記憶に入り込んでこの惨状について調べる。俺から離れるなよ」
リオンは次第に夢に落ちるかのように意識を失っていった。そして二人の身体は光に飲み込まれ、亡骸の中へと吸い込まれていった。
♢♢♢♢♢
ーーリオンは意識を取り戻すと、さっきまで立っていた作業場に倒れていた。
『親方、おはようございます!』
『おはよう。早いじゃねえか、今日は皇帝陛下が直々に視察に来るからって張り切ってんのか?』
『まあそんなところです。なんでもお目当ては俺らの掘り出したこの鉱石らしいですね。早いとこ献上の準備をしちまいましょう。今日の仕事は楽そうですね!』
リオンの目の前にはいつもと同じ仕事場の風景が広がっていた。さっきまでの死体も消えていて、盗まれたはずの鉱石もまだちゃんと残っている。
「父さん、これはどう言うこと?」
「ここは親方の記憶の中だ。リオン、お前にはちゃんと話しておかなけりゃいけない事があるんだが、今はこいつらの無念を晴らす方が先決だ。あとでゆっくり教えてやる。」
そう言うとナバールは仕事場を調べ始めた。
「登っている日の位置からして、俺らの到着はあと1時間後くらいと言ったところか。皇帝陛下が来るっていうからこいつらも張り切っていつもより早く仕事場に来たんだろう」
「親方がやっぱりいつも一番乗りだったんだね。まだ他の仲間は来てないよ」
「そうだな、少し記憶を早送りしよう」
あたりの景色が目まぐるしく変化する、他の同僚たちが次々に仕事場に到着した。
「俺らが来る30分ほど前だ。そろそろ何かが起きるはずだ」
すると突然、目の前に大きな光の塊が現れた。親方や同僚たちはあまりの眩しさに目を覆う。強い光は徐々に弱まっていき、中から人影が現れた。年齢は20歳前後だろうか、まだ若々しく聡明な雰囲気をもつ男性だった。
「これはワープか。人や物を別な場所へ一瞬で転移される事ができる魔法だが、これが使えるとなるとこいつはそこそこの腕は持ってる魔法使いのようだな。こいつが事件の犯人か」
ナバールにはこの男に見覚えはなかった。当然リオンにもない。
『何だお前は?急に現れて俺らの仕事場に何の用だ。』
親方は一瞬の出来事に多少の驚きを隠せなかったようだが、この怪しい男に警戒心を強めきつい口調で詰め寄った。
男は親方に詰め寄られても一切動じる事なく、丁寧な口調で静かに答えた。
『私はとある国の軍師で、名をドレイクと申します』
「ドレイク...。どこかで聞いた名前だな」
ナバールは眉をひそめる。
『ドレイク殿、ここは見ての通り田舎の小さな鉱山だ。お前さんのような人間が用のある場所には思えねえが?』
『私の用があるものはそちらに置いてある石ころです。貴方達にではありません』
『この鉱石は、残念だがお前に譲る分はないんだ。遥々遠いところから来たのにすまねえが帰ってもらいたい』
『それは鉱石ではない。過去の遺物、貴方達には価値すら分からない貴重な品だ。聞くところによると、貴方の国の皇帝がその品にとても強い興味をお持ちのようで』
『何...?貴様どこでそれを』
『貴方達には何の恨みもありませんが、申し訳ありません。これも戦争に勝つためです』
男はそういうと手のひらを天に掲げ、大きな声で叫んだ。
『目的の品を発見した。情報通りだ、作戦にかかるぞ!』
男がいい終えるや否や、先ほどと同じ無数の光の塊が現れる。
「父さん!」
「心配するな、リオン。これは過去の記憶で、ただの映像に過ぎない...」
光の中から次々とドレイクが呼び寄せた仲間が現れる。見たところ全員ドレイクと同じ国の兵士だろう。
『親方!』
作業員達が皆、親方の次の言葉を覚悟していた。
『お前ら、こいつを渡すわけにはいかねえ!戦うぞ!』
親方達は手頃な作業道具を片手に、敵に立ち向かった。
『相手は少数だ。数ではこっちが勝っている!』
作業員達の攻勢にドレイクは落ち着きを崩す事なく、部下へ命令した。
『おいお前、私は一度報告に戻る。例の物を確保したらすぐに撤退し持ち帰れ。皇帝が視察するタイミングでまたここに戻り、暗殺計画を実行する』
『承知しました。この作業員達は?』
『当然皆殺しにしろ。手段は荒っぽくていい。私たちがただの鉱石泥棒のゴロツキだと思えば、皇帝も油断するだろう』
『仰せのままに』
ドレイクは再び光に包まれ姿を消した。
『おい、逃げんのかよ!クソ、野党ども残党をぶっ殺すぞ!』
作業員達はドレイクの残した配下達に殴りかかろうとしたが、彼らの攻撃は当たらない。
『私たちを舐めてもらっては困る。そんな武器とも言えない代物じゃ、攻撃をかすめる事すら出来ませんよ。』
ドレイクの支持を受けた男が親方めがけて魔法を放った。
轟音と共に閃光が走る。魔法の知識がないリオンにもあれが当たれば致命傷になる事は本能でわかった。
「親方!危ない!」
「無駄だ...。俺らには何もできないんだ、リオン...」
リオンの叫びは虚しく、親方に命中したその魔法は彼の体を瞬く間に切り刻んでいった。