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第七章 2 『小さな英雄』

 魂に刻まれた想いは、偽らざるソラの真実を語り始める。

 それはソラの孤独と絶望に彩られた記憶であった。




 故郷が崩壊した日、宵闇によってカルマ憑きにされたのはソラだけではなかった。

 母も同様に宵闇に襲われ、カルマ憑きになっていたのだ。

 むしろソラの方が肉体の怪物化が早く進行してしまったのだが、母はソラを生かすために宵闇と交渉し、ソラを生かすために自らの魂をすべてソラに分け与えたのだった。



 そのすべての経緯を宵闇から告げられたソラは、怪物化の痕跡が一切なくなった自分の体を憎んだ。

 運命を悲しんだ。

 しかし母に与えられた命を捨てることなど許されない。

 せめてこの限りある命……母から受け継いだ魂は人間を守るために使おうと、ソラはいつしかスラム街を守るためにカルマと戦うようになっていった。

 例え宵闇が人を喰う欲求を増大させようとも、決してその衝動に身を任せることはなかった。



 その価値観が大きく変わってしまったきっかけが、ホノカという少女の死だった。

 スラム街に流れ着いて一年後、ソラはツカサやユイと共に孤児たちのグループに身を寄せることになったのだが、そこで出会ったカルマ憑きの少女がホノカだった。

 ホノカがカルマ憑きだということは誰も……実の兄であるケイジもはじめは分かっていないようだった。

 ホノカは自分がカルマ憑きであることを隠していたが、些細なきっかけからソラはホノカの正体を知ることとなった。

 初めこそソラは危険を排除しようとホノカを殺そうとしたものの、ホノカは優しく、人を襲うことなく衰弱していくだけだと気づいてからは、その健気に生きる様に惹かれるようになっていった。

 ソラは自分の秘密をホノカだけに打ち明け、二人が絆を育むのに時間はかからなかった。

 ソラはカルマ憑きという存在への意識が一変し、自分自身のことも徐々に肯定できるようになっていった。



 しばらくした頃、ホノカがカルマ憑きになった原因を見つけることが出来た。

 近くのゴミ山の下には小型のカルマが稀に侵入してくる穴が開いていたのだ。

 おそらくうず高く積み上げられたゴミによって、知らず知らずのうちに床面防壁が腐食してしまったのだろう。ゴミ捨て場はスラム街に住む住民にとっての数少ない収入源である。

 ホノカはこの地で憑りつかれていた。

 しかし防壁について何も知らなかった当時のソラには直すことはできなかった。それにあんなゴミに埋もれた破損個所を見つけることが出来たのはカルマの体を使ったからに他ならない。

 カルマ憑きであることを誰にも知られたくなかったソラにできたのは、人知れず侵入してきたカルマを駆除する事だけだった。



 ある日、孤児が隠れ住んでいた廃墟に軍の査察が入った。

 表向きは不衛生で崩壊の危険のある廃墟からの立ち退きという名目だったが、後にわかったのは鰐塚が軍と内密な取引を行うための場所として徴収したという理由だった。

 その査察の中でホノカの正体が明らかにされ、孤児たちを束ねていたケイジはカルマ憑きを匿った責任を問われてしまった。

 当然ケイジはホノカの引き渡しに抵抗したものの、孤児たちを《掃除》することと天秤に掛けられたケイジにとって、ホノカを差し出す決断は仕方なかったのかもしれない。



 《掃除》……。

 その具体的な結末は誰も知らなかったが、軍の治安維持部隊に連行されていった者が二度と帰ってこなかったことを思えば、殺すことの隠語だと理解せざるを得なかった。

 ケイジは孤児たちを守る立場を付け入られてしまったということだ。



 ソラは人知れずホノカを奪還しようとしたのだが、ホノカが囚われていた軍の施設でソラが目撃したのは、手錠で拘束されながらバラバラに惨殺されたホノカの死体と、嬉々として死体を弄ぶ人間たちの姿だった。

 他にも抵抗するほどの力を持たないカルマ憑きが集められ、彼らは能力者たちにいたぶられながら赤黒い液体を吐き出し続けていた。

 能力者たちはカルマに対する積もり積もった恐怖心を爆発させていたのだろうが、その矛先を向けられたのは無抵抗な者に過ぎなかった。

 惨劇を前にしたソラの視界は真っ赤に染まり、我に返った時には、すでに血の海の中で動く物は何一つなかった。

 その場にいるすべてのモノを惨殺し、器を失って漂い始めた魂さえも食い尽くしていたのだ。



 ソラは血まみれになったホノカの頭部を抱きしめた。

 すでにその体に魂は残っていない。

 ただただ救えなかった少女の重みだけを抱きしめて、ソラは哭いた。


 ホノカを惨殺した人間が霊殻という力を使う能力者だったのなら、そんな者は一人残さず殺して見せよう。

 軍とつながりを持ってスラム街に能力者を増やそうとしているのが鰐塚という男なら、そんな害悪は死んだ方がいい。

 子供が作り上げた安住の地を容易く奪い、抵抗できない弱者をいたぶって笑う。

 人間の醜さに溢れたこの世界は地獄にしか見えなくなった。

 自分の中に存在する人間としての魂がひどく醜い物に見えるようになった。

 人間という生き物は滅亡したって構わない。

 むしろカルマ憑きに生まれ変わることで救われるべきだ。


 ……そんな思いがソラの中で渦巻くようになった。




 この時を境にして、人間に対するソラの想いは決定的に崩れ去ってしまった。

 ソラは人間の魂のまま壊れ、ついに内に憑りついた宵闇の言葉に耳を傾けるようになった。

 《富士》を崩壊させたカルマの存在と、そのカルマを目覚めさせる《鍵》の存在を知った。

 いつしかソラはその《鍵》を追い求めるようになり、《鍵》を巡って同志を得た。《富士》の惨劇から逃れたカルマ憑きはソラだけではなかったということだ。

 爆弾だけではなく、《鍵》の在り処といった重要な情報も得られるようになっていった。

 目標を持った人間がいかに逞しくなるのか、ソラは実感していた。





 この一年は楽しくて仕方がなかった。

 《鍵》を手に入れたら、早速《富士》に戻ってあの巨大なカルマを蘇らせよう。

 最初に壊すのはこの《天城》がいい。

 ホノカちゃんを売ったケイジは殺してしまおう。

 上の街の人間は食糧にしてしまおう。

 大好きな兄さんとユイ姉はどんなカルマ憑きになってくれるだろうか。

 街の皆もカルマ憑きになれば、きっとカルマに近いスラム街こそが楽園に見えるようになる。


 ははは。


 はははははは。


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