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第六章 4 『嘘』

 ソラの意識がツカサに囚われている頃、全身を襲う激痛に揺り動かされ、ケイジは薄らと瞼を開いた。 気が付くと傍らにはユイと数人の住民たちがおり、懸命に飛弾の手当てを行っている。

 飛弾の意識は戻っていないようだったが、かすかに胸が上下している様を見てケイジはほっと胸を撫で下ろした。

 ケイジの体は痛みこそあれ、奇跡的に目立った外傷はない。飛弾が持てる力を賭けてケイジを守ってくれたように思えた。

 ユイは目を伏せたまま黙々と手を動かしている。


「よかった……。ユイもみんなも生きていたんだな。」


 ケイジの言葉にもユイは小さくうなづくだけだ。その表情は凍りついたように硬い。

 ケイジはしばし迷ったものの、ここで起きたことをユイに伝える必要があると思い、重い唇を開く。


「ユイ……あのな。………実はソラが………。」

「分かってる。」


 ユイはケイジの言葉を遮るように言った。


「あの黒いカルマがソラ君と一つになるところが見えたから………。」


 ケイジはそれ以上何も言えなかった。

 家族がカルマ憑きになったのはケイジも同じだが、妹のホノカは殺人は行っていなかった。

 しかしソラは違う。

 ユイは感情を押し殺しているように見えるが、その心の内がどんなに酷い有様になっているのか想像もできなかった。



 しかしケイジにとっては意外なことに、ユイは冷静さを保ち続けていた。

 ユイは飛弾の処置を終えると住民たちに防護扉の外まで運ぶように頼んだのだが、ユイ自身はまるで逃げるそぶりを見せないでケイジの傍らに残る。


「まだ私にできることが何かあるはず。……例えばケイジが持っている薬を使って、私も戦えるようになるとか………。」

「………もういいんだ。ユイはもう十分良くやってくれた。早く逃げてくれ。」

「十分かどうかは終わってみないと言えないことだよ。それに、ツカサとソラ君を置いて私だけ逃げるなんてできるわけない。……それで、どうなの? 薬のこと。」


 ユイは真剣な表情でケイジに詰め寄る。

 しかし、ケイジは首を横に振ることしかできなかった。


「無理だ。……この力は簡単には身につかない。薬が体に合わなければ死ぬ危険もある上に、もし適性があっても力を使えるようになるまでには早くても数か月はかかるんだ。」


 それは確かに事実だったが、もし状況に余裕があったとしてもケイジはユイを能力者にさせる気はない。能力者になって戦えば命は長く持たない。ユイのような将来のあるエンジニアはそんな危険を冒すべきではないという思いがあった。


「分かった。薬は選択肢から外しておくね。……で、他にこの状況下でできることはある?」

「逃げるって選択肢はないのかよ。」

「ないよ。」


 ケイジは呆れるようにため息をつく。


「ほんっと、お前もツカサも、強情なところはそっくりだよな!」


 ユイの口調は柔らかいものの、一度言い出したら意見を変えるということをしない。

 逃げる逃げないの問答をこれ以上続けることの無意味さを感じ、ケイジも思考を巡らし始めた。





 その時ケイジの中に恐ろしい閃きが降り立った。

 ソラを逃がさないように封じ込めることさえ出来れば、ケイジの能力によってソラの精神世界に入ることが出来る。

 そこには確実に弱点であるソラの魂と宵闇の魂がむき出しの状態でいるはずだ。

 《ソラの中に入ること》さえできれば、ケイジはあのカルマ憑きを殺す刃を持っているのだ。自分に残された力を振り絞れば一度ぐらいならできそうだとケイジは思った。

 そして目の前には防壁に詳しいエンジニアがいる。

 しかもケイジが知る限りにおいて飛び切り才能にあふれた人物だ。

 飛弾が倒れてしまい諦めざるを得なかった《敵を拘束する事》を、防壁を使うことで実現できてしまうかもしれない。

 しかしユイはカルマ憑きになったことを知ってでもツカサを守ろうとしたお人よしだ。ソラを殺す計画を馬鹿正直にユイに伝えたところで協力してくれるはずもない。

 うまい具合に騙して協力を仰いだとしても、それは親友への裏切り行為だ。

 それにそもそも、ケイジは嘘が苦手なことを自覚している。こんな切羽詰った時に嘘がつける自信が無かった。




「ねえケイジ。」

「えっ……? あ……。」


 ユイの声にケイジが顔を上げた時、覗き込むように見つめていたユイと視線が交わった。


「何か……いい案でも浮かんだの?」


 ユイの声にはどこか期待が混じっている。

 どうやら神妙に思いつめていたケイジの表情も、この状況下だと自然な物に見えたようだ。



 親友の問いに、ケイジはできるだけ希望に満ちた笑みを浮かべてみた。


「…………ああ。一つだけ、ソラを救う方法を思いついたんだ。」





 ケイジは嘘をついた。




 ソラを確実に殺さなければこの街はおろか、全ての高層都市に危機が訪れるのだ。

 すべてはこの街を……人間の世界を守るため。そのためなら親友を騙す最低な男になっても構わない。

 もう二度とユイとツカサに近づくことは許されないと、ケイジは思った。


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