第7話
ある日の夕食のこと、サーブされた牛の柔らか煮込みを食べながら親父の言葉を聞いた俺は耳を疑った。
「いやー、ケビンが前向きになってくれてよかったよ。正直、父さんもあんなお方が相手じゃ断りようが無くて悩んでたんだ。よかったよかった」
「は?」
「だから、お前が婚約に同意したと先方からお聞きしたぞ。遂に決心してくれたとお嬢さんも大喜びしてたそうだ」
それは、三度も断ったお見合い話を何故か俺が同意したと先方が言っているという、意味不明な話だった。だいたいからして、スザンヌが居るのにそんなことに同意するわけ無いだろ? 今、俺とスザンヌはラブラブなんだ。その話は出鱈目もいいところだ。
どうやら先方のご令嬢は何度断っても諦めないストーカー気質に加えて、都合のよい妄想を作り出すメンヘラ気質まであるらしい。これは完全にヤバいやつに違いない。
「そんなこと同意してないよ。断ってくれ」
「え? でも、あちらは確かにケビン本人が同意したと言っていたよ??」
「同意なんかするかよ。出鱈目だ」
親父は明らかに困惑していた。親父の態度から察するに、きっと断りにくい相手なのだろう。もしかしたら、没落貴族で何が何でも我が家と縁を結びたいパターンかもしれない。俺はハァッと溜息をつくと、両手をテーブルについて立ち上がった。
「わかった。じゃあ俺が先方に手紙を書くから、それを届けてくれ」
本当はこんな事したくないんだけどな。あっちがいかれた態度ならこっちもいかれたお返しをするまでだ。
俺は自分の魔虫コレクションでも特にグロい見た目である、黒と緑と黄色の縞模様にオレンジ色のつのの生えた魔法蝶の幼虫を何匹も用意した。これは成虫になれば黄緑色の光りを放つことを期待して試行錯誤中のものだ。それをお洒落な箱に入れて蓋を閉じ、リボンを掛けて綺麗にラッピングする。最後に、『君をイメージしました』とメッセージを添えた。名前も知らないから『君』としか書きようがない。
俺はそれをもって親父のもとを訪れ、手渡した。
「これは何が入っているんだい?」
「良いものだよ」
「軽いね。お菓子かな?」
親父は不思議そうに箱を揺らす。中には何匹かのグロテスクな魔法蝶の幼虫と葉っぱが入っているだけなので、カサカサと軽い音がした。
「とにかく、それを先方に届けてくれ。色々と解決するはずだ」
「わかったよ。自分で届けに行かないのかい?」
俺は無言で首を振った。ストーカー気質にメンヘラ気質を持ったヤバいやつの家なんかに届けに行ったら、監禁されかねない。俺はとにかくその問題大ありなご令嬢に関わり合いたくないんだよ。
親父は俺の顔をとその箱を見比べると、届けてくれる事を了承したようで「わかったよ」と言い、使用人を呼んだ。使用人が仰々しくそれを受け取り、部屋を去ってゆく。
正直、胸は痛む。めちゃくちゃ痛む。
俺の名誉のために一つ言わせてくれ。
俺は普段は決してこんないじめまがいの陰湿な事をするほど落ちぶれては居ないんだ。しかし、相手は何度断っても言葉の通じないストーカー気質に、メンヘラ気質を兼ね備えたいかれた令嬢だ。背に腹はかえられない。
ここまでぶっ飛んだ贈り物をされたら、流石の先方も俺への執着心を無くすに違いない。俺は大事にここまで育ててきた幼虫達に心の中で深く謝罪した。
ご令嬢に謝罪? んなもんするわけ無い。
***
学園祭の最後を締めくくる舞踏会は学園のダンスホールで行われる。それに向けて、男子生徒は自分のパートナーの女の子に事前に髪を結ぶリボンを贈る風習がある。
本来、成人男性であれば意中の女性にはドレスやアクセサリーを贈る。しかし、俺達のような学生にはドレスやアクセサリーを贈るのは難しい。なので、これはその代わりに生まれた文化だ。
リボンを贈って、それを相手が付けてきてくれれば女の子からの『私もあなたに惹かれています』という意思表示になるんだ。
俺は人生で初めて女性用のリボンを買いに行った。店の前で怖じ気づくんじゃないかとびびっていたけれど、この時期は学園の男子生徒が沢山買いに来ているから思ったより抵抗無く店には潜入することが出来た。店の中には所狭しとリボンが並んでいた。
「沢山あり過ぎて全然どれがいいかわからん」
「俺決めたよ。イルゼは赤い魔法石がお気に入りだからこの色がいいと思ってさ」
一緒に行ったロベルトは早々にどれにするか決めたようだ。魔法石に似た少し紫ががった赤色のリボンを俺の前に広げて見てた。
俺がスザンヌと舞踏会に出るせいでその時間はぼっちになるんじゃ無いかとの心配をよそに、ロベルトはいつの間にかイルゼと舞踏会に行く約束を取り付けていたらしい。
リボンと言ってもシンプルなワンカラーからレース使いのものや、模様があしらわれたものなど様々だ。普段リボンなど手にすることが無い俺にはどれがいいのかさっぱりだ。
俺はもう一度店の中を一周した。そして、黒の地の中央ラインにピンクの四角が並べられたリボンに目をとめた。店内で蝶々結びされて飾られたそのリボンは柄が魔法蝶に似ている。スザンヌのイメージにも合う気がした。俺は少し悩み、結局そのリボンをスザンヌにプレゼントした。
「ケビンさま、素敵な魔法蝶をありがとうございます」
リボンを贈った数日後、スザンヌは嬉しそうに俺にお礼を言ってきた。やっぱりスザンヌならあのリボンが魔法蝶をイメージしたものだって気付いてくれると思っていたんだ。俺はそれに気付いて貰えてすごく嬉しくなった。
「あれは学園祭の舞踏会で付けてきてね」
「学園祭の舞踏会に? どうやってつけるのですか?」
スザンヌはコテンと首を傾げる。スザンヌは転校してきてからの初めての学園祭だということに気づいた俺は、あれは髪に飾るのだと教えてあげた。
「まあ、知りませんでした。上手く飾れるかしら? 飛んで行っちゃわないかしら?」
「大丈夫だよ。舞踏会があるダンスホールは室内だし」
スザンヌはリボンが飛んでいくことを心配していたので俺は笑って大丈夫だと伝えた。テラスのドアが開いていたとしても、そこまでの強風は吹かないはずだ。
「上手く出来なかったらケビンさまが飾って下さいますか?」
「もちろんだよ」
俺だって蝶々結びくらいは出来る。俺が微笑みかけると、スザンヌは嬉しそうに微笑んで俺の胸にきゅっと抱きついてきた。
俺は今、世界で最も幸せな男に違いない! 今ならフレッドどころか魔王が来ても勝てる気がするぜ。
そんなアホなことを思いながら、俺はスザンヌの華奢な背中にそっと手を回した。




