第5話
「おはよう、スザンヌ」
「おはようございます、ケビンさま」
毎朝、屋敷の前まで迎えに行くとスザンヌは笑顔で俺に駆け寄ってくる。はっきり言ってちょっと学園に行くには遠回りになる。でも、スザンヌが嬉しそうに俺に駆け寄ってきてちょこんと手を握ってくるのが可愛くて、早起きするのも全然苦にならなかった。
家を出る前に鏡の前で寝癖が無いかを念入りにチェックして、髪形を整える。毎日お決まりのように剃り残しがあった髭はつるつるにそり上げる。まぁ、俺の髭は元々が薄いんだけどな。柄でも無く、朝から少しだけ運動して汗を流しシャワーを浴びる。金縁瓶底眼鏡はお洒落なものに変える。制服は常に清潔感があるように……
スザンヌと付き合い始め、俺は彼女に愛想を尽かされないように、そして彼女と少しでも釣り合うようにと自分磨きを始めた。それぞれはほんの些細な事だけど、全部が積み重なるとそれなりの変化をもたらす。自分で言うのもなんだが、中の下だった見た目は中の中くらいには到達したんじゃ無いだろうか。
それと同時に、いつも一緒に居るロベルトまで俺に触発されて自分磨きを始めた。ロベルトは小柄ながら元々の綺麗な顔立ちから、友人の俺から見てもかなり垢抜けたと思う。今までは誰も声を掛けてこなかった女子のクラスメートが時々俺達にも声を掛けてくれるようになった。
「わぁ、これ綺麗だね」
「これはね、北部のシチル地方で産出された魔法石なんだ。氷属性の魔力を貯めておくのに適してる」
ロベルトはスザンヌの友人のイルゼに自慢の石を見せていた。イルゼは色とりどりの魔法石を手のひらに載せて興味深げに眺めている。ロベルトは今まで見向きもされなかった自分の趣味に興味を持つ女の子が現れて嬉しそうだ。
こういう時、趣味が魔法石集めだといいよなって思う。俺が学園に自慢の魔虫を詰め込んだ虫かごを持ってきたら、学園中の女子に総スカンを食らわされることは間違いない。
「調子乗ってんじゃねーよ、石ころオタクと虫オタクのくせに」
イルゼが席に戻ると、チッと舌打ちする音がした。隣を見るとフレッドが射殺しそうな目で俺を睨みつけていた。常に見下してきた俺が垢抜けてきて、しかも美少女のスザンヌと仲良くしてるのが気に食わないんだろうな。相手にしないに限る思い、俺はフレッドから目を逸らすと持っていた虫の飼育方法の研究誌に視線を落とした。
魔術科の専門授業である実技魔法の授業は、万が一のために結界が張られた校舎の外れで行われる。そこに向かう途中、俺は見慣れた人影を階段の片隅に発見した。フレッドだ。
フレッドは両手を壁に当てて誰か女の子を囲い込むような格好をしていた。きっといつもみたいに何人かいる恋人の一人といちゃついているんだろうと思い、そこを通り過ぎようとしたとき、閉じ込められている女の子が視界に入り俺は動きを止めた。スザンヌだ。
俺の心臓はバクバクと煩く鼓動を打ち始めた。まさか、スザンヌは俺の気持ちをもてあそんで遊んでいただけで本命はやっぱりフレッドなのか? 焦る気持ちを抑え、俺は身を潜めて二人にそっと近付いた。
「これはスザンヌにとって光栄なことだと思うよ。去年、僕のパートナーになりたくて女の子達が大喧嘩してね」
「それはフレッドさまがちゃんと恋人をお一人に絞らずに不誠実な態度をとるからです」
「僕は優しいから、出来るだけ多くの女の子達の期待に応えたいと思ってる。以外と大変なんだよ。だけど、今年はこうやってスザンヌに絞ろうとしてる」
「私は……まだ誘われてはおりませんが一緒に行きたい人がいます」
「……は?」
顔は見えないが、フレッドの声が一段低くなって剣呑さを帯びた。途中からしか聞いていないが、恐らくフレッドは学園祭の最後に開催される舞踏会のパートナーをスザンヌに迫っているようだ。俺は体を少し乗り出す。スザンヌの体にぴったり寄り添う位に密着したフレッドを見て頭に血が上った。
「やめろよ!」
自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。フレッドがこちらを振り返り、俺の顔を見て舌打ちした。その拍子に緩んだ拘束からスザンヌが体を滑り出し、俺の元へと駆け寄る。
「私、ケビンさまとご一緒したいんです。だからフレッドさまとはご一緒出来ません!」
騒ぎ気付いた教室を移動中の学生達がざわざわと集まり始める。フレッドは階段をゆっくりと降りてきて、俺達の方へ近付いてきた。
「スザンヌ。たまに変わり種をつまみ食いしたくなる気持ちは俺にもよくわかるよ。けど、いい加減でやめておかないと彼は本気にしちゃうよ?」
フレッドはまずスザンヌににっこりと笑いかけてそう言った。悔しいが、男の俺でも惚れ惚れするような綺麗な笑みだ。そして、今度は俺の方を見て馬鹿にしたような顔をした。俺の方が少し背が高いからフレッドは少しだけ見上げる形になっていた。
「スザンヌは優しいから、ボランティア精神でオタク野郎のお前のパートナーを申し出てくれているんだ。勘違いするなよ」
「勘違いじゃありません! 私、ケビンさまがいいんです。それに、馴れ馴れしく私を呼び捨てにしないで下さいませ!!」
スザンヌが一歩前に出て更に言い返そうとしたので、俺は慌てて引き止めた。フレッドはスザンヌが言い返してくるとは思っていなかったようで目を見開いた。そして、忌々しげに俺を睨みつけ、すれ違い際にボソリと呟いた。
「お前、最近いちいち目障りなんだよ。魔術科なら学園祭の武道会でるよな? 大恥かかせてやるから覚悟しとけよ」
「それはこっちの台詞だ」
売り言葉に買い言葉で俺はフレッドを睨み返した。
フレッドが去った後、野次馬をしていた学生達はいそいそと次の授業へと向かい、その場には俺とスザンヌだけが残された。俺は暫しの沈黙の後、少しの勇気を振り絞ってスザンヌに向き合った。
女の子をパートナーに誘うなんて俺にはハードルが高すぎて、去年はロベルトと一緒に校舎裏のベンチで暇潰ししていた。そもそも舞踏会に出るという発想がなかったから今年も気にしていなかったけど、きっとスザンヌは俺に誘われるのをずっと待っていたんだ。
「スザンヌ。学園祭の最後の舞踏会だけど……よかったら俺のパートナーをしてくれないかな?」
多分断られないと思ってはいても、やっぱり緊張して心臓はバクバクした。スザンヌは目を瞠ってから、いつものように頬を少しだけバラ色に染めて満面に笑みを浮かべた。
「はい、喜んで。私もケビンさまとご一緒したいです」
スザンヌがあまりにも嬉しそうに微笑むものだから、俺は何でもっと早く誘わなかったんだろうと自分の恋愛偏差値の低さを少し恨めしく思ったよ。




