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第4話

「ケビンさま、実はお渡ししたいものがありまして」

 

 スザンヌは蝶園から出ると、持っていた自分の鞄をガサゴソと漁りだした。取り出したのは小さな袋で、白い布とピンクのリボンで可愛らしくラッピングされている。スザンヌはそれをおずおずと俺に差し出した。


「あの、もし嫌じゃ無かったらなのですけど……」


「なに? 開けてもいい??」


 何か貰えるなんて思っていなかったし、小さな袋の中身が何なのか全く見当がつかなかった俺はそれをその場で開けてみた。中を見て、俺は驚きで目を瞠った。


「これ……。自分で食べちゃったんじゃなかったの?」


「え? ケビンさま、あの言い訳が聞こえていらしたのですか?やだ、恥ずかしいわ」


 スザンヌはまた赤くなって両頬を手で覆った。そして上目遣いに俺を見上げた。


「実は、フレッドさまから焼き菓子を頂戴と調理実習前に言われてしまいまして。でも私はケビンさまに差し上げたかったので、あのような嘘をついたのです。イルゼも知っていますわ」


 イルゼと言うのは確かあの時スザンヌが話していたお友達の名前だ。そんなことより、フレッドにくれって言われたけど俺にあげたかったから隠してたって言ったんだよな? そっちの方が大問題だ。小さな袋の中には今日学校でフレッドがフレッド親衛隊から貰っていたのと同じ焼き菓子が入れられていた。それを見て俺の胸は高鳴った。


「ありがとう、スザンヌ嬢。凄く嬉しいよ」


「いえ、お口に合えばいいのですが」


 頬をバラ色に染めたスザンヌは俺を見上げて微笑んだ。凄く嬉しそうだ。


 彼女歴=年齢の恋愛偏差値ゼロの俺にも何となくわかる。たぶん、スザンヌは俺に好意を持ってくれている。ここは俺が行かなければならない場面なんじゃないか?? 俺は人生で一番の勇気を振り絞った。


「スザンヌ嬢!」


「は、はいっ」


 俺のあまりの勢いにスザンヌは授業中に怖い先生に当てられたときのような返事をしてビシッと固まった。


「俺と……、俺と付き合ってくれ!」


 驚いたように目を瞠ったスザンヌ。それから徐々に頬に赤味がさし、花が綻ぶようにふわりと微笑んだ。


「はい。私でよろしければケビンさまの恋人にしてください」


 その時のスザンヌの可愛さたるや、きっと蝶の妖精ですら嫉妬したと思うよ。まあ、そんな甘い言葉を俺がスザンヌに直接言えたわけはないんだが。そこは察してくれ。



 帰り道、俺はスザンヌ嬢を自宅まで送っていく事にした。両親がまだ外国にいるスザンヌが今身を寄せている屋敷は蝶園から歩いて十分程らしい。魔虫研究所の門を出るとやけに豪華な馬車が一台だけ停まっていた。今日は親父の元にVIPでも来ているのかもしれない。


「俺、スザンヌ嬢はフレッドのことが好きなんだと思ってた」


「まあ! 酷い勘違いですわ!! 私、あの方は強引で傲慢(ごうまん)なのではっきり言って嫌いです。いつも怒りを爆発させ無いように抑えるが大変で」


 隣を歩くスザンヌは心底嫌そうに顔を顰めた。ってことは、よくスザンヌがフレッドの前で顔を赤らめていたのは怒りで赤くなっていたってことか? 俺はスザンヌは怒った顔も可愛いんだな、と場違いなことを考えて思わずニヤニヤしてしまった。


「ところで、ケビンさまったら私のこと忘れてましたわよね? 私と初対面だって言ってましたわ。私はケビンさまに再会するのを楽しみにしてましたのに」


 スザンヌが頬を膨らませる。俺は再会の日のことを思い出してちょっと焦った。だって、八年ぶりだし太さがちょっと、いや、だいぶ違ったし。普通わからないだろ!?


「ごめん、その……。すごく綺麗になっていたからすぐに気付かなかったんだ」


「まぁ」


 拗ねたように口を尖らせていたスザンヌは、俺の『綺麗』って言葉を聞くなり頬をピンク色に染めて恥ずかしそうに俯いた。


「私、ケビンさまが初恋だったんです。泣いている私の手をひいて下さるケビンさまが現れた時は王子様が現れたと思いましたわ」


「は、初恋?」


 こんな美少女が俺に初恋? 嘘だろ??


 俺はつくづくあの日泣いていたスザンヌを蝶園に誘った自分の行動に感謝した。


 良くやった、幼き日の俺!!


「だから、再会出来るのを本当に楽しみにしていたのです。それなのに、ケビンさまったら憶えてて下さらないんだもの」


 隣を歩くスザンヌは正面を見たまま再びぷぅっと頬を膨らませた。


「本当にごめん」


 俺は足を止めた。眉尻を下げて謝罪する俺を、同じく足をとめたスザンヌはいたずらッぽい笑みを浮かべて見上げた。


「お詫びにお願い事を聞いて下さいませ」


「お願い事? 俺に出来ることなら……」


 お願い事ってなんだろう。ドレスを買って欲しいとか? うちは貧乏貴族では無いはずだが、俺の自由になるお金はあまりない。俺の手持ちで足りるといいんだけど……と少し不安を覚えた。


「『スザンヌ』って呼び捨てして欲しいです」


 俺は思いがけないスザンヌのお願い事に瞠目した。スザンヌは猫みたいな目で真っ直ぐに俺を見上げている。瞳が僅かに揺れていて、少しだけ不安そうだ。


「ス…スザンヌ」


「はい」


 スザンヌがにっこりと笑って嬉しそうに返事する。胸の内に何とも言えないこそばゆい気持ちが生まれた。


「あと、――たいです……」


「え? なに??」


 よく聞きとれずに聞き返すと、スザンヌは頬を赤くした。背の高い俺に少ししゃがむように服の袖を引かれたので膝を屈める。スザンヌは俺の耳元に内緒話をするように手を添えて顔を近づけた。


「手を繫ぎたいです」


 耳にスザンヌの吐息が当たってぞくぞくした。俺は慌てて自分の手を、着ていた服の裾でごしごしとこすった。


 そっと重なった手をスザンヌが緩い力で握り返してくる。柔らかくてすべすべしてる。


「私、もしかしたらケビンさまを困らせてしまうかもしれません。きっとお付き合いする中で色々とケビンさまに我が儘を言いますわ。だから、私が我が儘を言い過ぎたら愛想を尽かすまえに叱って下さいませ」


 スザンヌは俺を見上げてちょっと困った顔をした。

 

 我が儘? どんな我が儘だろう?? 聞いてはあげたいけど、あんまりにも酷いと流石に無理かもしれない。俺は聞く覚悟を決めてごくりとつばをのんだ。


「……例えばどんな?」


「例えば、またには一緒にお昼を食べたいとか」


「うん」


「調理実習で作ったものは毎回ケビンさまに食べて欲しいとか」


「うん」


「朝起きたら一番に私を思い浮かべて欲しいとか」


「うん」


「まだまだ沢山ありますわよ? 我が儘でしょう?? だから、我慢ならないときは言って下さいね」


「……うん」


 肩からどっと力が抜ける。どうやら俺がスザンヌを叱る日は一生来なそうだ。スザンヌは会話をしながらも華奢な手でずっと俺の手を緩く握りしめていた。女の子の手って小さいんだなって思った。


 大丈夫だよな?

 俺、手汗かいてないよな?

 ベトベトしてないよな??


 そんなことばっかりが頭に浮かび、十分の道のりはあっという間に終わってしまった。


 


 



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