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第3話

自衛隊の一般部隊に軽快なプレートキャリアはありません。

夏に防弾チョッキは体力の消耗が激しいです。

 小倉駐屯地。

九州と中国地方を繋ぐ、本州から見て九州の玄関口といえる場所に位置する陸上自衛隊の駐屯地である。

第4師団隷下の第40普通科連隊とそれを支援する第2普通科直接支援中隊の他、駐屯地を維持する業務隊や通信隊等が駐屯する。


~side 佐藤健一~

 今日は夏真っ盛りに相応しい暑さを記録し、朝礼前には気温30度を超えた。

こんな暑い日に訓練なんて真っ平ごめんだ、と健一は思う。

かといって今現在就いている警衛―駐屯地の警備任務―も好き好んでやるものではない。

しかし、駐屯地正門の脇にある警衛所の中にいる時間に限っては快適だ。

ちらり、と営門にある人一人が入れる程度の電話ボックスのようなものの方へ目を向ける。

そこには同期の佐藤欣哉3等陸曹がいた。

新隊員教育は同期、陸曹教育隊も区隊は違えども同期、原隊も同じ。

幸いなことに馬も合い、互いを親友と認める仲となった。

中隊では「サトケン」「サトキン」と呼ばれる二人である。

そのサトキンは炎天下の中、頻繁に出入りする車の対応に追われている。


(あ~あ、もうすぐ交代の時間か…)


 見ているだけで汗をかきそうな同期の姿を眺めながら、健一は心の中でため息をつく。

昨今の情勢を受けてか、現在警衛に上番する者は防弾チョッキを着るようお達しが出ている。

WBGT指数が容易に危険値を示す時期になっても、それは変わらない。

更には普通科らしく、防弾チョッキには防弾プレートまで入れており、その重さがずっしりと肩にかかっている。


(なんだって今時戦争なんて起こすんだよ)


 その原因となっている隣国の情勢に対して心の中でぼやきを発する。

この駐屯地の立地からして当然のごとく、両国の在日国民が大移動を余儀なくされている現状をいやでも見聞きするのだ。

在韓邦人への対応には自分たちが出ることはなく、悔しさ・不安・安堵・苛立ちといった複雑な感情を覚えつつも、緊張感をなくすことはできない。

しかし、目の前のどうしようもない暑さに意識が引っ張られてしまうのもまた揺ぎ無い事実であった。


(警衛が終わったらどうしようかな…)


 そしてついつい非番のことを考えてもしまう。

やがて来るであろう楽しみはやる気の源である。


(近場で飲みに行くのもいいし、いっそ中州まで繰り出すのもいいな)

「おい、サトケン。もうすぐ交代だぞ」

(ッ!?)


 気が緩み始めた矢先に声をかけられ、ビクッと体を震わせてしまった。


「は、はい、わかってます。貝沢曹長」

「ならいいが。ぼうっとしているように見えたからな。次の休みにどうするかとか考えていたか?」

「そんなことありませんよ。ははっ・・・(よし詰まらずに言えた)」


 警衛司令である貝沢の言葉に焦りはしたが、なんとかよどみなく返答してごまかすことに成功した。

感の鋭い貝沢曹長相手によくやったと自分で自分を褒めたい気分になる。

貝沢曹長、同じ中隊にいる何事にも厳しい、いわゆる鬼軍曹的な存在だ。

かといって、理不尽に怒鳴り散らすこともなく、変に威張ることもない。

いたって沈着冷静、下の教育にも熱心で周囲の信頼も厚い。

俺が目下目標としている人の筆頭である。


「それじゃあ、そろそろ欣哉と交代してきます」

「ああ、頼んだぞ」


 ちょうど交代の時間が来たところであったため、警衛所を出るためのちょっとした準備にとりかかる。

視界の端には、出入り業者のトラックに対応するサトキンの姿が見える。

なにやら助手席に乗っていた人が降りてこようとしていた。


(あれ?あそこで車から降りる必要なんかないはずなのにな・・・)


 それは、目にした光景に俺が変だと思ってサトキンの方へふと目を向けたのと同時だった。

パンッ!

乾いた音が鳴った。

自分の目に飛び込んできたのは、崩れ落ちる同期とその傍らに拳銃らしきものをサトキンに向けて立つ男の姿だった。


「・・・え?」


頭の思考が停止し、その場に立ち尽くすことしか出来ない。

いや、目にする光景から何が起こったのかは理解できる。

しかし、普通は起こりえないことで、その可能性すら考えられない、あまりにも予想外の出来事であった。

数瞬の後、何をすべきか思考が回り始める。


(欣哉が倒れている?どこを撃たれた?助けないと!)

「欣哉!」

「馬鹿野郎!伏せろっ!」


 俺が警衛所から駆け出するよりも速く、貝沢曹長が俺を叫びながら押し倒した。


パパパパパパッ!ガシャンッ!


乾いた連続音とガラスの割れる音が響き渡る。


「おいっ!健一!無事か!?」

「え?は、はい!」


 思考の空白が貝沢曹長の呼びかけによって取り払われる。

どうやら本当に銃で撃たれているようだ。

外からは車のドアが閉まる音と、車が走り去る音が聞こえてきた。



~side 貝沢隆~

 健一を押し倒し、無事を確かめながら、息を潜めて外の様子を窺う。

欣也を撃った奴は、車に乗りこみ、その車は駐屯地の中へと入っていった。

とりあえず危険が去ったことにほっと息をつく。

ここを潰すことなく中へ行ったようだ。

急いでいるのか、馬鹿なのか、いずれにせよ助かった。

だが、うかうかしてはいられない。


「健一、欣也を引っ張って来い!ターニケットは迷わず使用しろ!」

「は、はい!」


 健一に指示を出す。


「東野、いるか!?俺のバックパックを持って来い!奥に控えている連中も連れて来てくれ!それと電話だ!」

「了解!」

「安部!警報鳴らせ!」

「わかりました!」


 警衛所の奥で休憩していた東野に声を掛け、続いて同じく伏せていた安部に指示をしながら受話器を手にとる。

電話をかける途中で駐屯地にサイレンが鳴り始める。


「連隊長、警衛司令です」

「この警報は!?何があった!?」

「敵の襲撃です。トラック1台が駐屯地の中へ侵入しました」

「何!?警衛は大丈夫なのか!?車両はどこへ向かった!?」

「1名負傷、車両の向かった先は確認できません」

「お、おい!?」


 事実を簡潔に伝えて電話を切る。

伏せていて見えなかったが、おそらく連隊の隊舎へ向かっただろう。

でなければ、この駐屯地を襲撃する意味が無い。

生き残れるかどうかはこちらの手が及ぶことではない。

長々と話していても時間の無駄となるだけだ。

続いて電話を別のところへかける。


「中隊長、貝沢です。敵の襲撃です」

「貝沢、銃声らしき音とこの警報は本物か?」

「間違いありません。佐藤欣哉3曹が負傷、これから処置にあたります。咄嗟に伏せたので確認しきれませんでしたが、そちらへ向かったはずです」

「・・・わかった」

「ご武運を」

「そちらもな」


 手短にやりとりをして電話を切る。

日頃見積もられる事態を話し合っていたことが功を奏し、すぐに話をつけることができた。

・・・あとはお互いの努力と運次第だな。

できれば中隊はなるべく残って欲しいところだが・・・。


「あああっ!」


痛みに苦しむ叫び声を伴って、健一が欣也を警衛所の中に引っ張ってきた。


「曹長、連れてきました!」

「よし、そのまま奥へ行くぞ!ターニケットは?」

「右大腿部に1本!」

「わかった!安部はそこで弾薬の準備!準備できたらそのまま装填だ!」

「りょ、了解!」

「東野!1人こっちにまわしてくれ!お前は安部ともう1人を指揮し、3人で周囲の警戒!」

「了解!」

「外に出る必要はない!敵に見つからないようにしつつ警戒監視!」


 矢継ぎ早に指示を出しながら、欣也を警衛所の奥へ連れ込む。

拳銃で撃たれたのが不幸中の幸いだな。

だが、急がないと時間がない。

ターニケットを使うことによる疼痛は激しく、耐えられる時間は短いのだ。


「健一、高橋!欣也を抑えつけろ!俺が準備している間にターニケットの評価もだ!」

「はいっ!健一、お前はそっちを抑えろ!」

「了解!」


 俺の指示を受けて、高橋と健一が欣也を押えつける。

本気で暴れる成人男性を一人で押さえつけるのは難しいが、日頃の訓練が功を奏し、欣哉を上手く押えつけることができている。

体格差にもよるが、適切な部位を掴むことで、暴れる成人男性を男性1人でも押さえつけることができるのだ。

今は2人がかりでやっているので、より確実に押さえつけられている。

バックパックからファーストエイドキットを取り出し、キットの中からニトリルグローブを引っ張り出して自分の手にはめる。


「ターニケットはどうだ?」

「傷口からの出血はなし、ターニケットによる出血の制御はできているようです。C(s)ABN問題ありません」


 右大腿部の迷彩服をメディカルシザーで切り裂いた高橋が答える。

エマージェンシーバンデージとガーゼを取り出し、傷口を確認する。

射入口は脚の中心からずれていること、拳銃弾であることが幸いしたのか、大腿骨は無事のようだし、体組織の欠損も軽微だ。

これなら止血剤(血液凝固促進剤製剤包帯)を使わずにいけそうだ。

コンバットガーゼ(血液凝固促進剤含浸包帯)の方が安上がりだが、そちらは持っていない。

湿気に弱いので、湿度が高い日本ではすぐに空気中の水分を吸収してしまうからだ。


「欣哉~、運が良かったなあ。お前、助かるぞ」

「はあ、はあ・・・。そ、そうですか・・・?」


 荒い呼吸をつきながら欣也が応答する。

意識レベルA、出血も制御されている。

これなら当面の心配はない。


「よし、やるか。しっかり押さえといてくれ。欣哉、これでも噛んどけ」

「「はい!」」

「む、むぐっ」


 欣也の口に布切れを突っ込み、それを噛ませる。

そして・・・ほどいたガーゼを傷口に突っ込んだ。


「む~!!!」


 欣也がうめき声を上げるが、構わずガーゼを詰め込み続ける。

高橋と健一が抑えているので、欣也が暴れても処置に支障はない。

やがて、ガーゼが入らなくなってきたので、エマージェンシーバンデージを取り出す。

2重のパッケージを手で裂き、中身を取り出す。

コンプレッションバーを傷口の上にあて、基本に忠実に巻いていく。

今、いざという時が来てしまったが、もしもこのエマージェンシーバンデージの正しい使い方を知らなかったらどうなっていたことか。

そんなことを頭の片隅で考えたら、薄らと寒気を覚える。

コンプレッションバーを単なる「バー」と書いて、正しい使い方を教えていない部内資料なんぞゴミ箱に入れたくなるってものだ。

包帯を巻き終えるところで、そんな益体もない考えが頭の片隅に湧いてしまう。


「よし、終わりだ。高橋、圧迫は任せた。一応全身探索(Rapid Trauma Survey)もやっておいてくれ。健一は俺について来い」

「了解。欣哉、気分はどうだ?わかるか?」

「っぷは。はあ、はあ・・・い、痛みで気を失ってられないですって」

「おっ、減らず口が出るだけ元気があれば大丈夫か?」


 口から布切れを吐き出し、呼吸を荒げながら答える欣也と付き添う高橋のやり取りを視界の端に収めながら視線を移す。


「東野、そっちはどうだ?」


 警衛所内は叫ばずとも声が通るので、なるべく声量を落として警戒中の東野に問いかける。

警戒と欣也の救護にあたっていた人員以外は、奥で装備を変換中だ。


「・・・銃声が聞こえてきますね。あと隊舎から出てくる人員もちらほら見られます」

「ふむ、当面は息を潜めて自己の生存を優先だな。こちらへ避難してくる人員がいたら、目立たないように収容しろ」

「了」


 東野との状況確認、認識の統一を済ませたならば、警衛所奥の控え室へ向かう。


「装備変換はどうだ?動きやすいように余計なものはバッグに収めとけよ?」

「か、貝沢曹長。中隊は、いや連隊はどうなってしまうんでしょうか?」


 あくまで平静を保って話しかけるが、柳士長が不安げな表情を浮かべて問いかけてくる。

その他の者も声には出さないが、こちらを一様に注視してくる。

やはり皆不安のようだ。


「常々中隊長が話をしていただろう?その時が遂に来てしまったということだな。無責任に安心しろとは言えん。家族のことが不安だろうが、覚悟を決めろ。今後の行動にどうしても不安がある者は遠慮なく申し出てくれ、と言いたいところだが、今は生き残ることが第一だ。俺はお前たちを無駄死にさせないために最善を尽くす。いつも通り、各人のやるべきことをしっかりやってくれ」


 不安な表情、緊張して強張った顔、人それぞれだが、とりあえずは皆頷いてくれた。

俺自身とて怖いし不安もあるが、部下の命は俺の行動に左右されるだろう。

ならば、部下の前でそのような心の動揺を見せるわけにはいかない。


「当面はここで息を潜めて待機だ。今はできる限り緊張をしないことだ。呼吸を意識的にして、緊張を緩めてくれ。ここについては船橋に頼む」

「わかりました」


 控え室にいる人員の中で先任者の船橋にここをまかせ、再び警衛所正面へ向かう。

途中、欣也の様子を確認する。


「高橋、欣哉はどうだ?」

「意識レベルA、大腿部以外の創傷はなく、麻痺の兆候もありません。大腿部の出血の制御は維持されています。薬も飲ませました」

「そうか。では後ろに下げてくれ。船橋が統制している。保温の処置も忘れずにな。俺のバックパックの中身は自由に使え」


 高橋の所見を聞いて安堵し、欣也にも声を掛ける。


「欣哉、気分はどうだ?麻酔ほどではないが、飲んだ鎮痛剤は多少効いたか?」

「はい・・・な、なんとか痛みは我慢できます」

「よし、いいぞ。後で病院に連れて行くからな。包帯が効いたということは、時間に余裕があるのは理解できるだろ?」

「はい、わかります」

「なら気をしっかりもってくれ。引き続き高橋をつけるからな。高橋、頼んだ」

「了解です。ほら、欣哉、移動するぞ」


 欣哉に肩を貸して移動する高橋と欣也を見送って、再び警衛所の正面へ歩を進める。

東野、安部、健一の3人は小銃を構えつつ、身を晒さないようにしながら駐屯地の中を窺っている。


「東野、どうだ?」

「まだ騒がしいですね。何人残ることか・・・」


 東野は表情を曇らせる。


「まあな。連隊のほとんどは駐屯地内にいるからな。厳しいだろう」

「駐屯地を不在にしているとこもありますけど、それとて多くはないですしね」

「ああ・・・む!?」


 東野と話し合っていたところで、車両の音が聞こえてきた。


「健一、車両は見えないか!?」

「ええっと・・・あ!さっきの車両がこっちへ来ます!」

「全員隠れろ!」


 健一の報告を受けて反射的に指示を出す。

この場にいる俺を含めた4人は一斉に物陰に身を潜める。

車両のエンジン音が近づくにつれ、銃声も聞こえてくる。

そっと手鏡を差し出して外を見れば、建物の外で右往左往していた人員が撃たれていた。

俺のようにIFAKを充実させてはいないだろうし、何より装備をつけているように見えない。

あれは・・・助からんだろうな・・・。

残った弾薬を使ってしまえといわんばかりに、連中は乱射気味だ。

頃合を見て手鏡を引っ込める。


パパパパッ!!


 銃声が響き渡るとともに車両が通り過ぎる音が聞こえ、車両のエンジン音が遠ざかっていく。

車両が通り過ぎたことは間違いないが、数秒は時間をおく。

そして、ゆっくりと動いて外を窺う。

隣では東野も同様に外を見ている。


「脅威は去ったと思うが・・・東野、お前はどう思う?」

「俺もそう思います」

「となると、連隊を強襲して、主たる目標は連隊本部と各中隊長ってところか?」

「あとはその道すがら、やれるだけやるって感じじゃないですか?」

「ふむ・・・」


 東野と意見を交わしつつ、頭の中を整理する。

まずは生存者の確認だろう。


「よし、まずは連隊の隊舎へ行く。弾薬は各人に配分だ。配分が終わり次第出る。高橋と欣哉、それと谷!お前たちはそのまま待機、他は集合!」

「安部、弾薬をばらせ。配分するぞ」

「了解!」


 東野は俺の企図を元に安部に対して素早く指示を出す。

すぐさま、船橋以下控え室で待機していた面々が出てくる。

直ちに弾薬を配分して状況を説明、出発の態勢を整える。


「フー、1人30発とないか。心細いねえ」

「フゥー・・・フゥー・・・」

「1弾倉かあ。ま、軽くて済むけど・・・」

「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ・・・」


 煙草をくわえながらぼやく船橋・・・こいつは酒が入っていないなら心配はいらない。

柳は深呼吸を繰り返している・・・一番若いし、緊張がとれないのも仕方ない。

面倒くさがりの荒井はこんな状況でも相変わらず、ある意味大物だ。

どこぞの14歳の少年だと思わせる伊藤は、顔を見ればニヤついてやがる・・・別の意味で心配だが、まあ動けるだろう。

柳が少し心配だが・・・船橋に見させるか。


「よし、我々はこれから連隊の隊舎へ向かう。全周の警戒を怠るな。先頭は東野と健一、その後ろに俺だ。俺の後は安部、伊藤、荒井、柳、船橋の順。安部は右、伊藤は右及び右上方、荒井は左、柳は左及び左上方、船橋は後方をそれぞれ警戒だ。上方の警戒は建物の状況に応じて変化させろ。まずは中隊にいくぞ」

「「「「「「「了解!」」」」」」」


 警衛所から順番に出て、連隊の隊舎へ向かう。

道中、倒れている者が何人かいるが、皆ぴくりとも動かない。

小銃弾を受けたのだ。

仮にその瞬間は生きていたとしても、3分以上経っている。

生きてはいまい。

頭に被弾していないのがせめてもの救いだ。


「誰か生きてないですかね・・・」

「もう大分時間が経っている。諦めろ・・・」


 健一と東野が同じようなことを話している。

倒れている者を注視すれば、所々迷彩服に黒いしみがついている。

服の内側は酷いことになっていることだろう。

程なくして、連隊の隊舎に到着した。


「曹長、着きました」

「よし、扉を開ける時は罠を確認するのを忘れるな。入るぞ」


 頷いた先頭の二人は、扉を検索してから、ゆっくりと扉を開ける。

開けた途端に感じる鉄錆のような臭い。

玄関で俺たちを最初に出迎えてくれたのは・・・頭が半分吹き飛んだ遺体だった。


「うっ・・・」


 皆、無言になる。

一番若い柳の吐き気を堪えるような声が後ろから聞こえてくる。


「座学で教えた通りだ!気をしっかりもて!」


 皆を叱咤激励する。

俺とて初めてのことだ。

何かがこみ上げてくる気持ち悪さを感じる。

だが、俺が倒れるわけにはいかない。

指揮官としての立場が自身を奮い立たせる。


「前進を続けるぞ」

「「・・・了解」」


 先頭2人の返事をきっかけに足を進める。

俺達の中隊、第3中隊を目指す。

途中、何人も人が倒れているが、反応はない。

頭が吹き飛んでいる者以外は、服の上から銃創は見えないため、凄惨な光景を見ずに済む。

血の臭いに耐えられれば、なんとかなりそうだ。

足早になりがちな先頭を抑えつつ、警戒を厳重に進むと、中隊の区画に到着した。


「一部屋ずつ検索していくぞ。4人1組に分かれる。船橋、そっちは任せた」

「了解っ」

「東野、まずは中隊長室だ」

「了解」


 そうして、俺の組4人は中隊長室へ向かう。

廊下には、同じ中隊の見知った何人かが倒れている。

悔しさ、無力感、憎しみ、そうした感情が渦巻くが、今は不要なそれを思考の外へ無理矢理にでも追いやる。


「中隊長室です」


 健一が扉の前で止まる。


「よし、代わってくれ。健一、安部は左右を警戒。東野、俺のバックアップ」

「「「了解」」」


 扉を慎重に検索し、ドアノブに手を掛ける。

ガチャガチャ

開けようとしたが、鍵がかかっている。


ドンドンッ

「中隊長、貝沢です。無事ですか!?」


 ノックと同時に呼びかける。


「・・・ああ、貝沢か。警衛の皆は無事か?」

「先ほど報告した通り佐藤欣哉3曹のみ負傷、他は無事です」

ガチャ


 ドアの鍵が解除され、中隊長が姿を見せる。

どうやら怪我はしていない様子だ。


「佐藤の負傷はどの程度だ?」

「右大腿部、拳銃弾による貫通銃創。骨、大動脈は損傷なしです。助かります」

「そうか、それは何よりだ」

「指揮官クラスが狙われたと思っていましたが」

「私はすぐに部屋に閉じこもって息を潜めていたのでな。部屋に撃ち込まれはしたが、弾が飛んできにくいところに身を縮めていたから助かったよ」

「では、中隊の掌握を。船橋以下4名を残しますので。私はこれから連隊本部と各中隊を確認してきます」

「頼む」

「船橋!こっちへ来てくれ!」


 廊下に顔を出すと、同じく銃を構えつつ顔を出した船橋がいた。

きっちり左右に銃を出して警戒しているところを見ると、向こうの組も普段通り動けているようで安心する。


「呼びましたか?」

「ああ、中隊長は生きている。中隊長の掌握下に入ってくれ。こっちは連本と他中隊を見てくる」

「了解」


 船橋の組4名が廊下に出てくる。


「よし、東野、安部、健一、行くぞ」

「了っ」「「はいっ」」


 中隊長と船橋らを残して、前進を開始する。

血の臭いにも鼻が慣れて―正確には鈍感になったと言った方が正しいのだろうが―きたようだ。

表情は強張ったままだが、他の3人も心なしか先ほどよりも円滑に歩を進める。

中隊に辿り着くまでの状況から敵は残っていないと思われるが、警戒を緩めることはしない。

市街地戦闘訓練を細々と続けてきてよかったと、心底思う。


 連隊本部の区域に到着するが、人の気配はしない。

至る所に人が倒れている・・・。


「曹長、第3科です」

「入るぞ、ゆっくりとな」


 先頭を行く健一の報告にすぐさま応える。

さて、部屋の中はどうなっているか・・・。


ガチャ・・・


 入り口の検索をした後、ゆっくりと扉を開ける。


「・・・連隊長と・・・3科長・・・か」


 2人が折り重なるように倒れている光景が真っ先に目に入ってきた。

幸いにも頭部を撃たれていないので、誰なのか判別できる。


「生存者がいないか手分けして確認していくぞ」

「「「・・・了解」」」


 3人に指示を出す。

予想はしていたが、流石に重苦しい空気にならざるを得ない。

生存確認と同時に銃創の位置をついでに確認する。

上半身に複数発、それも胸部によく当てている・・・手馴れてやがるな。

間違いなく素人じゃあない。


「生存者なし」

「こっちもです」

「同じくいません」


 3人が報告を上げて来る。


「よし、次に行くぞ」


 3人を集めてまた別の部屋へ行く。

第1科、生存者なし。

第2科、生存者なし。

第4科、生存者なし。

隊舎内にいた連隊本部の人員は全滅か。


「次、他の中隊だ」


 3人の士気に影響を与えないよう、気を払う。

動揺した素振りを見せないよう、機械的に必要な指示を出していく。

そうして、隊舎の中を調べていき、中隊に戻った。


「中隊長、戻りました」

「おお戻ったか。で、どうだった?」


 幹部室において、状況を掌握するため、ホワイトボードに様々なことを書き連ねている中隊長に報告する。


「隊舎内に留まっていた連隊本部の要員は全滅です。生存が確認できた中隊長は、本管、1中、重迫です。2中隊長、4中隊長は残念ながら。隊舎内にいた隊員で生存していた者はいません。生き残った者が何人いるかは、隊舎外に出た者を掌握してみないとわかりません」

「・・・そうか」


 中隊長は目を閉じ、黙祷するように俯きながら呟いた。

沈黙すること数秒、中隊長は顔を上げる。


「やるべきことは山積みだな」

「はい」

「よし、生き残った中隊長を呼んで来てくれ。悩んでいる時間はない。やれることをやっていくぞ」

「了解!」


 いつもは穏やかな表情を崩さない中隊長が引き締まった表情で指示を出す。

人員、武器、弾薬、車両、補給、通信、衛生・・・掌握すべきことは山ほどある。

更に、掌握した上でそれらを整理しないといけない。

中隊ごとの編成は取れまい。

それでも可能な限り整合を図って動けるようにしなければ。


 彼等は黙々と、あるいは必要以上に声を張って体を動かす。

事態を収拾するための課題が山積みであり、思い悩んで落ち込む暇を許してくれないことが逆に救いとなっている。

混乱はまだ始まったばかりであった。

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