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第2話

「止血帯」「ターニケット」という言葉が使われていますが、下記の通り区別しています

「ターニケット」という言葉を使う登場人物

→止血帯について戦傷医療先進国の軍人並みに理解があり、かつ使いこなせる登場人物

「止血帯」という言葉を使う登場人物

→止血帯について緊縛止血程度の認識しかない登場人物(平均的な自衛官)

 西部方面隊総監部のある健軍駐屯地は、九州のおおよそ中央に位置し、九州の部隊を束ねる西部方面総監部以下、方面特科隊方面後方支援隊、方面通信群、方面衛生隊、方面情報隊、方面音楽隊が所在する。

半島情勢が緊迫する中、この駐屯地も例に漏れず警戒態勢を敷いており、それなりに緊張した空気が流れている。

「それなりに」というのは、この駐屯地が日本海から若干距離があり、指揮機能と後方支援機能を主体としているからだろう。

また、隊員たちが今の態勢に慣れてきたこともある。

よほど過酷な状況で無い限り、人はその状況に慣れるものであるし、常時緊張状態が続いては心身が持たない。

情報隊については総監部と並んで忙しくしているようであるが、他の部隊からは細部を伺い知ることはできない。

どこからともなく噂話が流れてくる程度である。

その噂話であるが、根も葉もない突拍子なものから現実味のあるものまで様々である。

単なる噂である内はいいのだが、話が広がりすぎて真実味を増し、士気に影響しては問題となる。

指揮官クラスの幹部は、噂話の制御にも腐心していた。


 今日も駐屯地を警備する警衛隊は、その任務にあたっていた。

情勢が情勢なだけに、防弾チョッキは常時着用、小銃にはマガジンを取り付けている。

とはいえ、実弾の管理は厳しく、警衛隊全体で見れば十分な数の弾薬を持ってはいない。

実際のところ、小銃に取り付けたマガジンに実弾は入っていないのだが、その事実は傍目には分からない。

正門入り口に備えられた立哨所には2人の隊員が立ち、1人は駐屯地に入る側、もう1人は駐屯地から出る側の車や人員の点検を行っている。

その立哨所の脇にある警衛所には、警衛司令以下数名の隊員が詰めており、監視カメラの映像を確認する他、不定期に出入りする業者の入門手続きの対応を行っている。

今日は朝から高官の入門が多く、特に忙しい。

警衛司令はその対応に何度となく警衛所から出て、出迎えの儀式を行う。

警衛司令は詳しいことを知らない。

しかし、平時もこのような時はある。

情勢を踏まえれば、何かしらの部隊長会議のような会議があるのだと察せられた。


 その朝の慌しい一時が終わったのも束の間、昼にかけて業者や部隊の車両の出入りが続く。

様々な業者の車両の出入りに加え、時節柄駐屯地内外の部隊の出入りもあって、警衛隊はその対応に追われる。

警衛司令が今日の当番は外れクジだと心の中で思っていたその時、2両の車両が警衛所の脇に停まった。

後ろが多くの荷物を積めるようになっている、宅急便業者が使うようなトラックである。

車両の側面には△△食品という会社名と住所が記載されている。

どうやら食料品を納める業者のようだ。


「ん、2両か。入門手続きやってくれ」

「わかりました」


 警衛所脇の駐車場に停まったその車両を見て、警衛司令は部下の1人に指示を出す。

警衛司令の近くに控えていた隊員は、手続きに必要な書類を手にし、車を下りてきた者が待つ警衛所横の勝手口へと移動する。

警衛司令が歩いていく部下から正面にある立哨所へと視線を向けて数秒の後、それは起きた。


パンッ!パンッ!

「ぐあっ!!」


 乾いた破裂音と部下の悲鳴が響いたのはほぼ同時だった。


「……え?」


 警衛司令ともう1人、警衛所内にいた2人は音の聞こえる方向を振り向く。

立哨所に立つ2人も同様だった。

その場に崩れ落ちる入門手続きにあたっていた隊員と業者と思しき男が視界に入る。

男の手には……拳銃があった。


(何だ?何が起きた?)


 警衛司令以下、その光景を見た警衛隊の思考が停止する。

それは数秒の空白だった。

しかし、「業者」にとっては、そのわずかな時間が十分な時間となった。

男はそのまま警衛司令へと銃を向ける。

警衛司令は、その男の動きがスローモーション映像のようにゆっくりと見えた。


パンッ!パンッ!


 そしてまた2つの破裂音。


「がっ!?」


 警衛司令は右肩に焼け付く痛みを覚え、思わず左手で右の肩口を抑える。

その発砲音を同時に1両のトラックの後ろから1人の男が降りて来る。

男がトラックから降りたと同時に2両のトラックは後進しながら向きを変え始める。

トラックから降りて来た男はバラクラバを被っており、その手にはAK-47のように見える自動小銃。

最初の1人に続いて警衛司令が撃たれたことに混乱していた立哨の2名と警衛所内の1名はその光景に目を疑う。

自動小銃を持った男は数歩歩き、そして立哨の2人へと向かって銃を構える。


バンッ!バンッ!


 拳銃よりも力強い破裂音が響く。


「ぎゃあっ!?」


 立哨の1人が悲鳴とともに倒れる。

どこぞの映画のように後ろに吹き飛ぶようなことはなく、立つ力を失って崩れ落ちるように倒れた。

右腹部と左胸部に一発ずつ貫通銃創、左胸部に命中した銃弾が左肺と心臓の一部を破壊、致命傷となる。

防弾チョッキといっても、防弾プレートが入っている部分でしかライフル弾は止められない。

しかし、後方部隊には十分な数の防弾プレートが配分されず、今日の警衛隊は防弾チョッキを着てはいても、防弾プレートを入れてはいなかった。

自動小銃を撃った男は、そのままもう1人の立哨へと狙いを変える。


「ひっ!?」


 残された立哨の1人は、ここに至ってようやく体が動いた。

その場から逃げようと走り出すも、しかしそれは余りにも遅すぎた。


バンッ!バンッ!

「うああっ!」


 射撃音と悲鳴が木霊する。

左上腕部付け根に1発、左大腿部に1発、それぞれ貫通銃創。

即死、ではないが……


「ぐあああっ!」


 その場に倒れた立哨は、痛みにのた打ち回る。

それでも日頃の訓練の成果が出たのか、撃たれた立哨は救急品袋に手を伸ばす。

片手で手間取りはしたが、右手で止血帯を取り出した。

しかし、ここで迷いが生じる。

なにせ止血帯は1本しかないのだ。

腕と脚、どちらに使えば良いのか。

痛みに堪えて迷う、そのわずかな時間でさえ致命的なこととなる。

立哨の意識レベルは急速に低下し、そして立哨はそのまま動かなくなった。

大量の出血による失血死である。

ライフル弾は弾丸直径の30倍~40倍の大きさで人体を破壊する。

骨は砕け、動脈は千切れ、弾丸の射出口側は体組織が吹き飛んで大きく欠損する。

意識が低下して致命的になる2リットルの出血はあっという間なのだ。


 立哨の2人が撃たれるのと同じ時、受付と警衛司令を打った拳銃の男は、バラクラバを被りながら警衛所の中へと入り、残りの1人を撃つ。

残った1人もすぐに撃てる銃を持っているわけではない。

まともな抵抗もできず、撃たれてその場に崩れ落ちる。

2両のトラックは駐屯地の中へと侵入して行く。

小銃の男も警衛所へ移動し、拳銃の男と合流、拳銃で撃たれた3名に止めを刺す。

拳銃の男と小銃の男の2人は、警衛所の警報装置や監視カメラ等を見て回り、自分たちに不都合な設備は破壊した。

一方、2両のトラックは駐屯地内を疾走し、「西部方面総監部」と書かれた看板が掛けられた建物の前で停止した。

停止すると同時に、トラックの後部貨物室から小銃で武装した10人を超えるバラクラバを被った人員が降りてきて、一目散に建物の中へと入っていく。

程なくして銃声が聞こえ始める。

トラックの運転席に残っていた者はトラックの近くに偶然居合わせた隊員を撃った後、トラックの近くに残る。

トラック周辺から見える隊員、あるいは何事かと近づいてくる隊員は、容赦なく撃たれた。

そうしてしばらくの間、健軍駐屯地において銃声、爆発音、怒号、悲鳴が散発的に響き渡る。


 約2時間後、トラック2両は駐屯地から出て行った。

その日西部方面総監部に集まっていた高官や駐屯地所在部隊の指揮官といった主要な幹部の悉くは射殺され、更には通信施設が破壊された。

同様の襲撃は、九州の主要な駐屯地・基地でも発生し、指揮通信機能に大きな損害を受けたのであった。

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