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第1話

 ドンッ、ドンッとくぐもった音と衝撃波が室内に響く。

屋外であればもっと乾いたような音となるのだが、ここは屋内。

反響が激しく、体全体で射撃音と衝撃波を感じる。

耳栓やイヤーマフが無かったら確実に聴覚を悪くしてしまうような音と衝撃である。

人によっては、「うるさい」のではなく「痛い」と感じてしまうほどだ。

様々な装備に身を固めた者達が絶え間なく射撃を続ける。

陸上自衛隊が採用している防弾チョッキ2型・3型を着ている者は一人もいない。

皆一様にプレートキャリアと呼ばれる、最小限の範囲でバイタルゾーンを防護し、機動性を重視した装備を身に着けている。

プレートキャリアの形もばらばら、プレートキャリアに取り付けたポーチやその取り付け方も様々である。

IFAKポーチの装着位置が唯一の共通点と言っていいくらいだ。

また、小銃と拳銃の両方を装備し、この場に居る全員が常に自分の銃を持ち歩いている。

通常、自衛隊の実弾射撃において、撃つ隊員以外の隊員は、順番待ちの間に練習する場合を除いて銃を持つことはない。

一ヶ所に銃をまとめておくのだが、ここではそうしていないようだ。


 射撃距離は30mもない。

的が等間隔でいくつか置かれている。

今は一人ずつ順番に、歩きながらそれぞれの的に射撃をしている。

的の前に差し掛かると銃を持ち上げ、狙いを定めて射撃、撃ち終わったらローレディ。

歩く足は止めずに射撃を続ける。

射撃訓練のやり方の一種なのだろうが、彼らには一つおかしな点がある。

射撃自体は特段変わっているというものではない。

では何がおかしいというのかと言えば……的と的の間に人が立っている。

撃っているのは当然、実弾だ。

一発でも当たれば大怪我、当たり所が悪ければ死ぬ可能性もある。

しかし、的の間に立つ者は何事でもないかのように立ち、前を向いている。

射撃する側も仲間が立っていることを意に介すことなく射撃する。

銃口が向くのは的か己の足元か、マズルコントロールは完璧だ。

傍から見れば異常、しかし彼らにとってはごく普通のこと。

大音量の銃声が無ければ静謐な雰囲気を醸し出すであろうと思われるほどに、彼らの所作は淡々としている。


 一通り射撃を終えると的を並べ直す。

次は拳銃を撃つようだ。

的には紙が貼り付けられている。

人を模した、正確には骨格模型を描いたような図である。

骨格に加えて、脳、脳幹、脊髄、心臓、肺、肝臓といった臓器も描かれている。

数人が並び、それぞれが自分の呼吸で射撃を始め、パンッパンッと再び射撃音が響き渡る。

先ほどのライフル弾に比べれば体に感じる衝撃は少ないが、それでも銃声は大きい。

撃った弾丸は吸い込まれるように心臓、口、頭部といった人間のバイタルゾーンに命中する。

目線はターゲットから外さず、銃を視界に入れて空になったマガジンを落としつつポーチから換えのマガジンを引き抜き、装填。

マガジン交換も実に滑らかな動作である。

彼らにとって、ここは練度を高める場ではない。

何も考えずともできるようにまでなっている射撃動作を、いつも通りか確認する、あるいは身体の調子を微調整するかするためのものだ。

日常の家事と同じような感覚である。

そしてまた的を交換し、射撃は続いていく。



―――――――――――――――



 射撃訓練から戻ってきた悠人は、テレビの音声を聞きながら新聞に目を通していた。

核実験、弾道ミサイルと緊張した情勢を伝える半島関連のニュースは事欠かない昨今である。


「ふむふむ……ま、核は連中にとっての生命線だからな……」


 悠人は独り言をつぶやきつつ一通りニュースをチェックしていく。

テレビ、新聞、国内の主要メディアはもとより、海外メディアのニュースまで満遍なく目を通す。

とはいえ、国内の主要メディアは半島寄りであるため、あまりあてにはならないのだが。

既に日課となったことを半ば自動的こなし、それも終わるかといったところで、電話が鳴った。


「草薙です」

「ああ、草薙か。ちょっと来てくれ」

「わかりました」


 それは上司の呼び出しの電話だった。

悠人はすぐに席を立ち、上司のもとへ急ぐ。


「どういったご用件ですか?」

「半島の情勢は承知しているな?」

「はい」


 毎日ニュースを確認し、ついさっきもやっていたことだ。

悠人はよどみなく応答する。


「もしかすると、の可能性が出てきた」

「なるほど、確度が高いと」

「うむ。我が国の情勢も敵には有利に働く。連中も当然それを踏まえてのことだろう」

「そうですね」


 上司はもちろん、同僚・部下同士でも定期的に認識を統一し合っている。

話は早い。

そして、お互い苦々しい表情を浮かべる。

国内の政情は、時機が悪いことに、左派政党が政権を担っている。

親半島政党が政権を担っている我が国は、国防を担う側からすれば厄介なことこの上ない。

それこそ、「隣国を援助する国は滅びる」というマキャベリの言葉通りになってしまうのではないかと思うくらいに。


「我々はできることをやらねばならんことに変わりは無い。いよいよ動くことになった」

「わかりました」

「さて、計画の確認だが……」


 自分たちが動くときが遂にやってきたことに、悠人は自然と緊張する一方で、若干の高揚感を覚えていた。

やれることは全てやってきた。

それらが裏打ちとなり、恐怖に打ち勝つ原動力となる。


「……といったところだな」

「はい。ではこれは……」


 悠人とその上官はお互いに内容を確認しあい、話を詰めていく……。



―――――――――――――――



「杉本准尉」

「はい、なんでしょうか?」


 悠人は部下の先任である杉本准尉に声をかける。


「命令が出た。行くぞ」

「了解。すぐに集合をかけます」

「頼む」


 何のこともない、雑談をするかのようにやりとりをする2人。

特段緊張感を纏わせた感じはない。

それこそ、今から飲みに出掛けようか、と誘うような気軽さが感じられるほどである。

悠人が杉本に声を掛けてから10分後には、小隊は集合完了した。

元々人数が少ないため、点呼も手間はかからない。

すぐに悠人は概要の説明に移った。


「……以上の通りだ。ここまでで何か質問は?」


 これまで部隊内で認識統一はもちろん、大小様々な図上演習を繰り返している。

そのため、質問や意見で溢れ、紛糾するといったことにはならない。

2つ、3つ、再確認するような質問が出ただけで、説明は円滑に終わった。


「よし。他に何も無ければ最終的な準備にかかる。装備に漏れが出ないよう万全を期してくれ」

「わかりました。1800に最終点検を行う。各組長はそれまでに準備を完了せよ」

「「了解」」


 悠人の締めの言葉に杉本准尉が代表するように応じ、杉本准尉は2名の組長に時間を示す。


「では、我々も取り掛かりますか」

「そうだな」


 悠人、杉本の他に松井、南を合わせた小隊本部の4名は、先に部屋を出た組に続いて部屋を出る。

皆、気負った様子はなく、平常心が保たれていることに改めて悠人は頼もしさを覚える。

○○工務店、××食品といったありきたりな業者名が書かれた3台の車が駐屯地を出発したのは、十分に日が暮れてからのことだった。


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