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自衛隊戦傷医療に関する小論考

本稿は國守・シバ様の「今日でにわかミリオタ卒業!「自衛隊の本質」徹底研究!」(https://ncode.syosetu.com/n7337fv/)に触発されて書いてみたものです。

自衛隊に少しでも興味のある方は、國守・シバ様の作品(論考)の精読をお勧めします。


行政・軍政レベルのマクロ視点はその問題点を指摘する記事や報道が既に存在するため、ここではミクロ視点で自衛隊の衛生 (戦傷医療)について述べたい。


結論から言おう。

災害時、現場に駆け付けてきてくれた自衛隊員に救急手当を期待してはいけない。

運よく衛生科隊員と出会った場合であっても、対応可能な範囲は限定的である。

そして、自衛官が任務中に致命的外傷を負った場合、その救命率は極めて低い。


陸上自衛官の外傷救護(救急手当て)能力の担保となる救急法検定は、年1回行われている。

その内容は、以下の通りである。

1、止血帯による緊縛止血法

2、CPR(心肺脳蘇生)

3、一連の救護動作


どのような内容かは、第13話を参照されたい。

この検定で保障される救命技術は、以下の3点だ。

1、緊縛止血法 (限定)

2、気道確保 (顎先挙上法)

3、胸骨圧迫


1に「限定」と付けているのは、緊縛止血法を正しく行う標準的教育がなされていないからである。

つまり、陸上自衛官には止血帯を十全に扱う能力がない。

気道確保は下顎挙上法を知らない。

胸骨圧迫は出来ても、AEDは使いこなせない。

包帯を状況に応じて柔軟に巻くこともできない。

傷病者の観察技術など望むべくもない。

衛生科隊員は別として、陸上自衛官の外傷救護能力はこの程度である。

陸自の救急法検定のような検定が義務化されていない海自・空自は陸自以下であろう。

これが現実である。

「そんなので大丈夫?」と疑問に思うことだろう。

当然、大丈夫なはずがない。


戦傷医療において、適切な救命処置がなされていれば救命できる死因を「防ぎ得た死 (Preventable Trauma Death)」という。

軍事行動において、戦死者の発生は避けられない。

PTDをいかに低減するか、救命するかが戦傷医療における課題となる。

PTDのデータは一部が公開情報となっており、翻訳された資料も存在する。

そのデータと陸自救急法検定の内容を照らし合わせると、陸自の救命率は10%にも満たない。

つまり、陸上自衛官が戦場において致命的外傷を負ったが最後、ほぼ全員が戦死となるということである。


一応同盟関係にある米国、米軍はというと、防ぎ得た死の救命率は90%を超え、精鋭部隊においては95%超を達成している。

常に戦い続けている米軍は、相応の犠牲者を出しつつも改革をし続けており、戦傷医療についても進化している。

高い救命率の達成には、軍政レベルの戦傷医療システムはもちろん、部隊・個人レベルの教育訓練も大きく寄与していると推察される。

公開情報としては、以下のような報道がある。

New medical training for all services on the way (December 10, 2019)

https://www.armytimes.com/news/your-army/2019/12/10/new-medical-training-for-all-services-on-the-way/

当該記事で強調されていることの一つに「非医療従事者に対する訓練」がある。

要点となる一文を抜き出すと、「救命にあたり最も重要なことの1つは非医療従事者を訓練することである」という記述がある。

医療システムと教育訓練が両輪となっていることは注目に値する。

即ち、時代の変化に合わせた適切な装備体系の構築と計画的調達、その装備を使いこなすための教育訓練が表裏一体であることと同じということだ。


兵士が任務中に外傷を負う時、その現場は戦場であり、銃弾が飛び交い、爆発に伴う爆風と破片が吹き荒れる危険極まりない場所である。

その戦場に都合よく救急救命技術に秀でた医療従事者はいない。

「メディーック!」と呼ばれて駆け付ける衛生兵は、兵器が発達した現代において格好の標的となる。

戦闘が発生している場所に医療従事者が立ち入ることは自殺行為に等しい。

現代戦において、医療従事者たるメディックは危険に近づくことはない。

では、誰が外傷を負った者の命を繋ぎ止めるのだろうか?

お察しの通り、外傷を負った本人かその場に居合わせる同僚の兵士、非医療従事者に他ならない。

これをSelf Aid、Buddy Aidという。

第一義的に自分たち自身で救命を図り、危険な場所から脱し、医療従事者に引き継ぐ。

医療従事者は救急医療の専門家としての能力発揮に集中してもらうべきなのだ。

蛇足だが、筆者は災害対処の割合である「自助:共助:公助=7:2:1」に通じるものがあると感じている。


これは軍事行動に限った話ではない。

災害やテロといった外傷傷病者が同時多発する事態においても同様である。

地震が起きた時、通り魔が現れた時、あなたの隣に医療従事者はいるだろうか。

しかも、医療従事者なら誰でも良いということはなく、救急救命技術に秀でた医療従事者である。

補足になるが、日本では現代医療が専門分野に細分化されているという認識が一般市民に十分浸透していないように見受けられる。

診療所に勤務する医師と一悶着を起こす事例がその一端だが、これもテロ・災害対応という観点からすると一つの問題である。


残念ながら、日本は自然災害が多発する環境にある国だ。

過去の歴史を鑑みれば、この70年ほどは災害が少ない方だとする意見もある。

今後はこれまで以上に自然災害が増える可能性もある。

人災はどうだろう。

銃規制は厳しくても、刃物はその特性上規制しきれない。

神奈川県川崎市の幼稚園児が犠牲となった通り魔事件は記憶に新しいところだろう。

天災・人災を問わず、平時の対応能力を超える事態が発生すると、途端に傷病者は厳しい状況におかれるのが日本という国である。


話が逸れたが、なぜこのような状態になっているかとなると、自衛隊全体の杜撰な装備調達及び脆弱な兵站と同根の問題といえる。

即ち、創立以来当事者意識に欠け、ドクトリンや組織体制の改革がなされず、専ら組織防衛に感けてきたが故の現状なのだ。

そして、政治と同様に国民の無関心がそれを許してしまっている。

では、どうすれば改革ができるだろうかという話になると、どうしても軍政レベルの話に踏み込まざるを得ないが、冒頭で述べた通り、ここでは隊員個人レベルでの話に留めたい。


一つの解決策として、防衛省・自衛隊がITLSとライセンス契約を結ぶという手段がある。

ITLSはInternational Trauma Life Supportの略であり、米国に本部をおく外傷救護に関するNPO団体である。

外傷救護の調査研究と教育の提供を行っており、体系的な外傷救護の教育プログラムが構築されている。

そして、教育プログラムにはミリタリーコースがある。

そのミリタリーコースを導入すればいいのだ。

国として現場の力を高めたいのであれば、警察、公安、海上保安庁を巻き込んでしまっても良い。


なぜ外から教育プログラムを持ち込むのかは、組織内の問題による。

1、明確な指針を示さない

2、救命に必要な基礎知識を教えない

3、適切な装備・救急品を与えない

4、上記3点が反映された貧相な救急法検定

以上が戦傷医療の元締めである衛生学校の実績である。

求められる業務を行っているかが疑われる不祥事が過去に起きている点でも組織の健全性が疑われる。

加えて、自衛隊に限らず、日本として、現代戦や現代のテロに伴う有事医療の教訓の蓄積及び研究がなされていないという問題もある。

これらから判断するに、体系的な外傷救護教育プログラムの構築を衛生学校に期待できるだろうか。

今から教育プログラムを整備するのにどれくらい時間がかかるかを考えれば、世界規模で教訓収集と研究をしているITLSの教育プログラムを導入した方が早く、そして効率的である。


また、防衛省・自衛隊という特殊な業界であれば、日本において顕著な問題も飛び越えられる。

その問題とは、組織内政治、つまりムラ社会という障壁であり、外傷救護の世界にもムラ社会問題がある。

原子力ムラならぬ医学ムラ、外傷救護ムラだ。

ITLSは世界規模で展開しており、当然のごとく日本支部もある。

しかし、日本では軍事に対する忌避感情と希薄な国防意識のためか、医学においても軍民一体の協力体制がない。

このため、日本ではITLSミリタリーコースの開催はない。

しかし、戦傷医療という特殊な、閉鎖的な医療という言い訳をすればこのムラ問題を回避できるのではないだろうか。

とはいえ、この問題を乗り越えるための壁は高い。

なぜならば、この外から教育プログラムを導入する件について、一度頓挫しているからだ。

解決するには、然るべき権限を持つ者の果敢な決断、組織としての強い意志と実行力が求められる。

また、自衛隊が適切な組織運営をしているか、国民による厳しい目線での監視・評価が必要である。

政治と同様、今の状態を許容しているのは他ならぬ国民なのだ。


最後に

途中、一般社会のでも他人事ではないことを述べたが、テロ・災害においては、一般社会における医療も戦傷医療と同じといえる。

外傷傷病者が同時多発するという点において、天災も人災も同じだからだ。

米軍で非医療従事者に対する教育訓練が重視されていることに触れたが、一般市民も非医療従事者である。

非医療従事者であっても出来る救命技術は、医学の発展と道具の進化がそれを可能とした。

無論、怪我をしないことが第一であるが、少子高齢化と人口減少が進む我が国では「防ぎ得た死」を回避することは重要な課題といえるはずだ。

他の防衛問題と同様、当事者意識を持つ人が一人でも増えることを願って筆を擱く。


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