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第21話

前提(主役が積み上げてきたもの)を描いてきましたが、徐々に話を進めていきたいと思います。

ブオオオー


 重低音のエンジン音を響かせながら、軽装甲機動車、通称LAVが走る。

LAVの前には小型が2両、LAVの先を行く。

全部で3両の車列は、一定の車間距離を保ちながら目的地に向けて走り続けていた。 

この車列は第16普通科連隊の連隊長とその幕僚達のものだ。

連隊長、各中隊長といった指揮官が使う車両は通常1/2tトラックであるが、連隊長が乗る車両としてLAVを使用している。

今の状況を踏まえて装甲車両を用意したのだ。


 連隊長と連隊本部の幕僚は上級部隊である第4師団の司令部が行う緊急会議へと向かっていた。

通常指揮官は部隊と共にあるべきところだが、認識を統一するための会議が必要になることもある。

指揮官が集められる会議はそれだけ重要な意味を持つものであり、情報収集や調整のために幕僚も帯同していた。

幕僚にとっても、顔の見えない電話よりも直接面と向かっての遣り取りのほうが望ましい。

また、直接足を運ぶことで司令部の関係部署以外からも情報を得られるという利点もある。


 人事権を持つ指揮官とその部下は、指揮官が評価する側で部下が評価される側である。

これはなにも軍隊に限った話ではなく、官公庁や民間企業における上司・部下の関係と同じことだ。

この上司と部下の関係は、部下が昇任して追い越す場合は別として、通常逆転することはない。

しかし、軍事組織においては人事とは別にその関係性が逆転する場合がある。

いや、逆転する「時」がある。

今、彼らにその時が迫っていた。



―――――――――――――――



ズドオォォォッ!!


 順調に目的地へ進んでいたところに突如路肩で爆発が起き、3両は爆発に巻き込まれる。

先頭の小型は爆風により横転し、勢い衰えず放り投げられたおもちゃの車のように何度も転がっていく。

真ん中の小型は原型を留めないほどに損傷を受けながら吹き飛んだ。

最後尾のLAVは爆風と飛散物に損傷を受けながらも横転せずに済む。

しかし、爆風により煽られ、路肩の電柱にぶつかりながら止まる。

LAVの乗員、連隊長と操縦手小田2曹は爆発と衝突の衝撃によって一瞬認識能力を喪失する。


「ぐっ……くそっ、何が起きた?」

「うっ……うぅ……」

「連隊長!?」


 小田2曹が呻き声の聞こえてくる横を見れば、連隊長が苦しそうにしている。

だが、この狭い車内では救護しにくい。

小田2曹はLAVから出ると、周囲を見回す。

爆発が起きたということは認識している。

その爆発で先行する2両が吹き飛んだということも。

爆風で自車の制御を失い、路肩の電柱やガードレールにぶつかって視界が急転してからは、自分がどうなったか一瞬分からなくなった。

小型1両は横転し、煙を上げて止まっていた。

もう1両は誰の目にも明らかなほどに破壊され、車両だったものが道路脇に止まっている。

小田2曹の目に映る、見るも無残な小型2両の中から人が出てくる様子はない。


「っと、連隊長だ」


 小型の惨状に目を奪われて立ち尽くしていた小田2曹は、自分が何のために下車したかを思い出し、車長席側へと移動する。

周囲に危険はないようなので、まずは連隊長を助け出さねばと車長席ドアに手をかけ、開けた。


「……うっ、くっ、はっ……はっ……」


 ドアを開けると、連隊長は苦しそうに呼吸をしながらぐったりしていた。


「大丈夫ですか!?」


 小田2曹は声を掛けながら、連隊長を車外に引き出す。

頭部を揺らさないように支えつつ、連隊長の肩を支えてながら引っ張る。

普通は1人だと苦労するところだが、そこは火事場の馬鹿力が働いているのか、何とか引きずり出すことに成功する。

そのまま地面に連隊長を寝かせ、ラピッドトラウマサーベイの要領で全身を観察した。

胸部を触ると、明らかな痛みを訴える。

加えて呼吸困難の様子……となれば、胸部外傷だ。

致命傷になりうると判断し、自分のデイパックを取り出そうとLAVの後部座席ドアを開けようとしたところで、ふと小田2曹は動きを止める。

小田2曹はドアノブに伸ばしていた手を下ろし、煙を上げる小型の方へ目を向けると、わずかな時間ではあるがその場に立ち止まった。

車両が止まってから多少時間が過ぎているが、なおも小型から人が出てくる様子はない。

大破した1両は明らかとして、横転した1両の乗員も無事ではいないだろう。

生きていたとしても、相当の外傷を負っているはずと思われた。

小田2曹は再び歩き出してLAVへ辿り着くと、後部座席からデイパックを取り出し、連隊長の元へと戻る。


 小田2曹は自衛隊では御馴染みのプラスチック製煙草ケースをデイパック中から取り出す。

小田2曹は一応喫煙者だが、ヘビースモーカーではなく、煙草を吸うといってもたまにふと吸いたくなった時だけだ。

滅多に吸うことはないため、煙草ケースは新品のように綺麗なままであった。

多くの自衛官が使うプラスチックの煙草ケースの蓋を開けて、煙草を1本抜き出し、煙草ケースに括り付けてあるライターで火をつける。

煙草に火が着いたことを確かめた小田2曹は、地面に倒れている連隊長に歩み寄り、ヤンキーがするようにしゃがんで煙草を口にした。


「ふうー」


 小田2曹は久々に深く吸い込んだ煙を連隊長に向かって大きく吐き出す。


「ごほっ、ごほっ、な、何をする……ぜー、はー」


 小田2曹は上司に煙草の煙を吹き掛けるという、通常有り得ない行為をとった。

煙を吹き掛けられた連隊長は息苦しさと相まって苦しそうに咳き込む。


 さて、先程の評価する側と評価される側の逆転現象だが、軍事組織において部下から評価を突きつけられる時とは即ち、任務において生死がかかった時である。

生きるか死ぬかの瀬戸際で部下がその指揮官の統率に従うか、ということだ。

指揮官はある瞬間、唐突に評価を下され、文字通り命が左右される。

統率とは指揮官が部隊を率いることであり、より具体的に言えば指揮下隊員を自分に従わせることである。

死地へ赴くことになる隊員を従わせるには、指揮官はそれ相応の人格・能力を備えてなければならない。

では、部下隊員は何を以って指揮官を評価するのかといえば、常日頃からの指揮官の立ち振る舞い、言動からその指揮官を評価する。

先ほど小田2曹が立ち止まった時、彼の頭にはこれまでの記憶が思い起こされていた。



―――――――――――――――



バンッ!

「だから、そうじゃないと言ってるだろう!」


 その日も隣の連隊長室からは怒号が鳴り響いて来ていた。

連隊長室隣の第1科で勤務する自分の耳にはそれが聞こえてくる。

今指導受けに入っているのは古田3尉だ。

古田3尉は今週ずっと同じ内容で入り続けているが、もうこれで何回目だろうか。

連隊長が大きく声を張り上げた時は壁越しに聞こえてくるが、それ以外は具体的に何を話しているかは聞こえてこない。

そのため、どのような指導を受けているかの具体的な内容は窺い知れない。

連隊長の怒鳴り声が聞こえて来る度に第1科の雰囲気は暗くなる。

時には他の科から大丈夫か、と誰かが覗きに来る始末だ。


「ふ、古田3尉、大丈夫ですか?」

「ん、ああ……」


 小田2曹は連隊長室から出てきた古田3尉に声を掛ける。

小田2曹は陸曹なりたての頃、当時陸曹だった古田3尉によく世話になっていた。

陸曹教育隊から原隊復帰したばかりで経験が足りておらず、陸曹としての責務を果たせるか不安を抱いていた。

新米3等陸曹だった当時の小田2曹にとって、頼れる大先輩だった。

力なく返事を返す古田3尉は誰が見てもはっきりと分かるほどに顔色が悪く、陸曹時代の面影は全くない。


 しばらく経ってから、古田3尉は出勤しなくなった。

第1科長からは、精神的疲労で病気休暇を取っていると聞いた。

間違いなく、奴が原因だ。

誰も公には口にしないが、連隊の皆も分かっている。

連隊本部、しかも連隊長室隣の第1科にいるだけに、情報は方々から耳に入って来る。

古田3尉の他にも古田3尉と同じようになりかけている幹部がいるようだ。

連隊本部のみならず、連隊全体に漂う閉塞感はひどいものがある。

あれこれ考えると自分までおかしくなってしまいそうだ、と小田2曹は感情を押し殺して業務にあたっていた。



―――――――――――――――



「すぅ……はあ~。連隊長、すいませんねえ。止血帯も包帯も連隊長の怪我には使っても意味がないようです。他に手当ての仕方は知らないし……いやあ困った」


 再度煙草を吸い、大きく煙を吐き出しながら、小田2曹は薄ら笑いを浮かべる。

口調も若干演技がかっており、自分に打つ手がないということを強調するように話しかける。

小田2曹の言葉は正しくもあり、間違ってもいる。

「手当ての仕方は知らない」には「陸自の救急法検定で標準化されている外傷救護能力の範囲では」という前置きがある。

その意味では正しいが、一方で間違っている意味もまた含まれていた。

小田2曹は小倉40連の隊員と交流がある。

サバイバルゲームで知り合ったことがきっかけで、サバイバルゲームもリアルカウント戦に参加するようになった。

彼らに釣られて、外傷救護も勉強するようになった。

小田2曹は、今や小倉の隊員と遜色ない水準の外傷救護能力を持つまでになっている。

自分のデイパックの中にはその能力を発揮するための私物救急品も、自腹で買ったものが入っている。

そのため、実際には連隊長をどう救護すべきか知っているし、自分の知識技能と私物救急品の駆使の組み合わせという点では、「手当ての仕方は知らない」という発言は間違っているのだ。


「小田……ぜえ、はあ……な、何とかしろ……ごほっ、ぜえ、ぜえ……」


 自分を助けるよう訴える連隊長に対し、小田2曹は薄ら笑いを浮かべていた表情を真顔に一変させる。

何の感情も読み取れない顔で連隊長を見つめる小田2曹は、横たわる連隊長へ小声でも聞こえる距離まで近づく。


「平時に部下を潰すような指揮官に誰が付いて行くってんだ。指導の名の下に連隊の幹部を怒鳴りつけるばかりで業務は滞る。古田3尉を駄目にするし、連隊本部の幹部は毎日夜遅くまで残って午前様が当たり前。隷下の中隊も困ってばかりだ……おめえの統率はなってねえんだよ」


 小田2曹の声には感情が篭っておらず、その目は路傍の石を見るかのような冷たい目をしていた。

これまでのことを思い出していた小田2曹だが、積年の思いが高じる余り、怒りが反転して頭が冷えきっていた。


「ごほっ……な、何だと?」

「指導力が絶望的に足りないってのもあるが、お前みたいな人間は……あれだ。他人の気持ちが理解できない奴だ。部下が潰れても、自分に過失はないって思ってるんだろ?自分が悪い、間違っているとは考えられず、どこまでいっても他者に非があると考える」

「ぜえ、ぜえ……お、俺は間違ってなど……ごほっ」


 小田2曹の人物評価は正鵠を得ており、現に連隊長は苦しそうにしながらも小田2曹の指摘を否定しようとする。


「はあ……今日だって自分だけLAVを使うし……救いようがねえな。生き残った俺たちにとって、あんたは害悪でしかない。そのまま死ねよ。名誉の戦死だ。連隊朝礼で勇ましいことを言っていたが、自分がその通りになるんだ。お望み通りだろ?くそったれ」


 静かに、それでも激情が込められていると分かる強い口調で小田2曹は連隊長へ言葉を紡ぐ。

小田2曹の頭の中では、連隊朝礼で有事には自らが先頭に立って命を懸ける等と耳障りの良いことを意気揚々と話す連隊長の姿が思い返されていた。


「かっ……はっ……」


 小田2曹の言葉に驚愕の表情を浮かべた連隊長だったが、すぐに苦しむ顔に戻り、やがて呼吸が止まり、意識も落ちた。

小田2曹は循環の状態を確認すべく、橈骨動脈と総頸動脈に手を当てる。

脈は無く、最早救命の可能性は無いに等しい。

外傷によって心停止に至った場合、救命の可能性は1%もないのだ。


「……どの道、この状況じゃ救命は難しかったがな」


 小田2曹は表情を曇らせる。

小田2曹が表情を暗くしたのは、同じ状況で仲間が負傷したとしたらと想定して見積もってみたが故のことだ。

名誉の戦死を遂げた連隊長のことはもう既にどうでもいい。

現在位置、車両の損傷状態、病院までの時間距離、2次3次とあるかもしれない敵の襲撃……。

全体の状況から踏まえれば、自分の処置で当面の救命は出来ていたとしても、連隊長が生きて病院に辿り着いて「治療」に至れたかというと、微妙なところだ。


「ちいと歪んじゃいるが、走れなくもない、か」


 LAVの車体を確認すると、どうやら走れそうだと判り、小田2曹は安堵する。

車の原形を留めている小型を覗くと、人の形が残った遺体を見つける。

小田2曹は遺体をLAVの後部座席へ載せる。

2両目の小型は見るだけ無駄だろうと思った小田2曹だが、一応確認をとる。

ぱっと目についたのは、変形した鉄帽だった。

車内を捜索すると、幸か不幸か半長靴とともに足の一部が分かりやすい形として残っていた。

小田2曹はそれらを丁重に拾い上げて、LAVの後部に載せる。

気分を紛らわす独り言を発する気には一切なれない小田2曹は終始無言のまま回収できるものを回収し、その場を後にした。

LAVはSTANAGレベル1かそれ以下の紙装甲ですが、爆発から距離が開いていたおかげで助かったということで。

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