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第20話(ある日の訓練風景シリーズ)

 訓練検閲終了の明くる日、訓練検閲開始式を行った広場に受閲部隊である第3中隊、統裁部が3日前と同じように集まっていた。

受閲部隊である第3中隊は、訓練検閲開始前と異なり、統裁部と同様に戦闘帽、迷彩服という普段の服装をしている。


「統裁官講評、指揮者のみ敬礼」

「休ませ」

「休め!」


 連隊長が壇上に登壇し、司会の進行に従って敬礼を交わすのも同じ光景だ。


「〇月〇日より2夜3日に渡って第3中隊の訓練検閲を実施したが、中隊長山沢3佐を核心とし、第3中隊が一丸となって任務を達成したものと認める。以下、統裁官として所見を述べるので、今後の訓練の参考としてもらいたい。

 隊容検査。良好な点。車両の遮光、資材積載表等、装備の準備を万全にしていたことはよろしい。準備すべきを準備し、漏れを無くして完璧とすることは、人間が人間であるが故に難しい。今後も二重三重の確認を怠ることなく、準備には万全を期してもらいたい。

改善を要する点。防護マスクを8秒以内に装面出来なかった隊員がいたことは改善を要する。8秒以内の装面は基本動作の一つであり、これを欠いては非戦闘損耗が発生する。隊員の基礎的能力として8秒以内の装面は保持するようにせよ。

徒歩行進。良好な点。時間計画通りに各統制点を通過し、粛々と徒歩行進を実施したのはよろしい。徒歩行進において、時間計画からの逸脱は早くとも遅くともあってはならない。

改善を要する点。休止において、部隊が蝟集する状況が発生した点はよろしくない。昼夜間を問わず、部隊の分散は損耗を回避するために必要なことであり、基本動作の一部である。作戦の全てに渡り、基本基礎を徹底せよ。

攻撃前進。良好な点。創意工夫資材を用いて傷病者の搬送を実施していたのはよろしい。第一線救護は傷病者を救護する、それだけで終わりではない。搬送し、連隊収容所へ辿り着く必要がある。今後もゼロ・レスカジュアルティの達成に努めてもらいたい。

改善を要する点。攻撃前進間、敵警戒部隊の駆逐に慎重になるあまり、前進が一時停滞し、主陣地接触までに時間を要した点は一考を要する。前衛の役割は、敵情・地形を解明し、主力の前進を容易にするにある。前衛中隊の前進遅滞は連隊の計画に影響を及ぼす。連隊主力に遅れが出ることがないよう、前衛は積極果敢に行動すべきである。

陣地攻撃。良好な点。第一線目標奪取後、不測事態発生に際して、隊の攻撃遅延を防ぐべく中隊が一丸となって迅速果敢に対処した一連の行動はよろしい。各級指揮官の統制の下、有機的な機能を発揮することは流動的な戦況において重要である。

改善を要する点。突撃に際し、陣前地雷原に開設した地雷原通過口を破棄し、側背を攻撃したことは一考を要する。現場判断は尊重すべき面もあるが、その一方で綿密に調整した火力運用を急遽変更する必要があり、第一線の支援に支障をきたす恐れもある。計画変更にあたっては、指揮統制に及ぼす影響も考慮するよう注意せよ。

以上、統裁官として忌憚のない所見を述べたが、本検閲における第3中隊の評価は「良好」である。今回の評価に一喜一憂せず、更なる練度向上を目指して訓練に励んでもらいたい」

「部隊気をつけ」

「気をつけー!」

「連隊長に敬礼」

「かしらー、中!」

「直れー!」

「連隊長降壇……以上をもちまして、第3中隊訓練検閲講評を終了します。連隊長退場。部隊は休ませてください」

「休め!」

「連絡します。この後廠舎において細評を実施します。中隊長、運用訓練幹部、各小隊長は廠舎へ移動お願いします。部隊解散願います」


 山沢3佐は、先任上級曹長古賀准尉に帰隊の態勢を整えておくように指示し、運用訓練幹部以下を引き連れて廠舎へ移動する。

廠舎内は統裁部たる連隊本部が居を構えていたが、その統裁部も今は一部の幹部と陸曹が撤収作業にあたっていた。

山沢3佐らが廠舎に入り、第3科の隊員に案内された廠舎の一室には、椅子が並べられていた。

簡素な机と正対して中隊長用の椅子、その後ろに運用訓練幹部、小隊長用の椅子が並ぶ。

山沢3佐たちはそれぞれの椅子の前に立ち、連隊長を待っていると、副連隊長が入って来た。


「連隊長が入られます」

「気をつけ」


 副連隊長が入室後程なくして、連隊長がやって来る。


「敬礼」


 山沢3佐の号令で10度の敬礼を行う。


「休ませ」

「着席」


 座ってからは、細評、運用訓練幹部と小隊長の批評が行われる。

良好な点、改善を要する点が運用訓練幹部、小銃小隊長、対戦車小隊長、迫撃砲小隊長の順に述べられていく。

最後は結びの一言で終わり、流れは先ほどの講評と同じだ。


「気をつけ、敬礼」


 山沢3佐が最後に敬礼を行うと、部屋の前に控えていた第3科の隊員が扉を開ける。


「引き続き指揮官細評を行います。運用訓練幹部、小隊長は退出願います」


 部屋には連隊長、副連隊長、山沢3佐が残る。

指揮官細評は指揮官同士で行われる。

運用訓練幹部と小隊長は部屋を出るとそのまま廠舎を後にし、中隊が待機する駐車場地域へと向かった。



―――――――――――――――



 指揮官細評が終わり、連隊長、副連隊長、山沢3佐は部屋を出る。


「ところで3中隊長」

「はい」


 副連隊長はその場を後にするが、連隊長は山沢3佐に話しかけた。

山沢3佐は連隊長の呼び掛けに連隊長の方を向き立ち止まる。


「3中隊は私物装具の使用が目立つが、仕事に趣味を持ち込みすぎではないか?」

「自分たちで考え試した結果、官品よりも利便性が高いという結論に達し、装具は自由にさせております」

「装具は官品があるだろう。それでは不十分か?」

「野戦、市街地どちらにおいても利便性の高さは官品の及ぶところではありません。防弾チョッキへの換装も速くできます。サイズ調整もしやすく、余計なストレスを感じずに済みますので、疲労を軽減し、迅速な行動が出来ます。また、迅速な救護にも繋がります」

「その救護だがな、随分マニアックなことをしているじゃないか。熱心なのはいいが、そればかりに目が向いて、本来やるべきことを疎かにしてはいないか?」


 陸自において、上は陸将から下は2士に至るまで、組織として体系的な外傷救護教育はなされていないし、知識や技能を維持する検定も項目が少ない。

世界的に標準化が進む外傷救護を学ぼうとするには私費を投じるしかないが、そうしてまで学ぶ隊員は極々一部の例外的存在だ。

医療従事者たる衛生科隊員も毎年進化していく世界最新の外傷救護事情に明るいかというと、そうではない。

そして、自分の知らないこと、理解できないことを「趣味」だとか「マニアックなこと」と評して、思考停止する傾向がある。

思考停止で済むのはまだいい方で、最悪出る杭は打たれる。

中には訓練基準にないからと止めさせたり、私物使用禁止の統制を出す指揮官がいたりする。

訓練基準が全て、基準通りやっていれば問題ない、前例踏襲……そこには進化がない。


「間稽古を活用しておりますので、本来の隊務を圧迫することはありません。隊務運営は計画通り順調に進めております」

「そうか、それならいいが。趣味と仕事を混同させることはないようにな」

「はい、分かっております」


 私物の使用や外傷救護を「趣味」と見なされた山沢3佐だが、部下隊員の不利益とならないよう言葉に気をつけながら連隊長と話を続ける。

山沢3佐は中隊長という人事権を持つ指揮官であるから、自主裁量の余地はそれなりにある。

連隊長もマイクロマネジメントは統率に悪影響を齎すことを分かっているから、余程のことがない限り連隊長とて中隊長の統率に強く口を出さない。

それでも従来通りの価値観を持つ連隊長は外傷救護や私物使用に価値を見出せないからこそ、こうして山沢3佐に対して暗に否定してきたのだ。

さて、自分たちの自腹を切ってまでの努力を否定されたことを山沢3佐は内心どう思っているかというと、


(趣味なわけないだろ、このスカタン野郎)


 とまあ、こんなものである。

陸曹陸士であれば、より過激な言葉を使っていたかもしれない。

かつて、とある訓練を視察して「なぜ隊員は私物の雨衣を使うのか。官品があるではないか」と疑問を呈した将官がいた。

それに対して視察対応の隊員が答えて曰く、「そこ(水溜り)で匍匐をすればお分かりになるかと思います」と。

将官に対し勇気ある発言であるが、至極もっともなことでもある。

天下りによる癒着は当然のこととして、個人装備品や救急品が一向に改善されないのは、このような現場への無知や理解不足が幾重にも積み重なっている。

そもそも世界的な軍事の趨勢に疎い、技術の進歩を知らない、個人装備に反映させようという改革意識が無い、第一線の意見を重視しようという問題解決意識が無い、等という場合もある。

いずれにせよ不便を強いられるのは第一線の隊員であるが、不便で済めばまだいい。

下手な装備調達は現場隊員の死に繋がるが、果たして上に当事者意識はあるのだろうか……。



―――――――――――――――



 細評も終わり、後は帰隊するだけとなった第3中隊。

中隊長が戻ってくるまではしばしの待機時間となる。

田畑3尉と数名の隊員たちは、廠舎の近くに車両を停めて談笑していた。


「田畑」

「はい」


 雑談に耽る田畑3尉に声が掛かる。

田畑3尉は呼ばれた方を向くと、副連隊長がいた。


「なんだそのサングラスは。外せ」

「え、はい……」


 検閲が終わり後は整備、帰隊だけで夜に動くことはなくなったため、田畑3尉は検閲終了後にアイウェアのレンズをクリアレンズからスモークレンズに付け替えていた。

田端3尉が使う1枚レンズのアイウェアは、スポーツ選手が着けるようなアイウェアと変わらないデザインだ。

今のご時勢、軍用アイウェアはスポーツ用アイウェアと比べても遜色ない格好良さがある。

機能面で軍用の水準を満たすことは当然のごとく必要だが、「格好良い」ということもまた重要な要素である。

どうやら、副連隊長の目にはアイウェアがファッション用サングラスと同じに見えたようだ。

田畑3尉は副連隊長に言われるままアイウェアを外し、収納ケースにしまう。

アイウェアをしまった田畑3尉が副連隊長に向き直ると、副連隊長は睨みつけるような厳しい顔つきをしている。

その表情を見て、田端3尉は何を言われるのかと、内心戦々恐々とした。


「お前ら私物使いすぎじゃないか?」

「官品に比べて質も利便性も高いですので……」

「官品があるだろう、官品が」

「は、はい」


 悲しいかな、BOCを終えたばかりの若手初級幹部である田畑3尉には副連隊長に持論を強く主張することはできない。

もっとも、私物の使用について最初から聞く耳を持っていない相手ならば、何を言っても意味のないことではあるが。


「ったく、楽を追求しすぎだろう。趣味を仕事に持ち込むんじゃない」

「そのようなことは……ありません」


 田畑3尉の返答は尻すぼみに語尾が弱くなってしまう。

相手は直属上司の更に上、副連隊長だ。

副連隊長の言動を鑑みれば、こちらを全否定せんとする意図は明らかだ。


「お前ら仕事と趣味を一緒くたにしているんじゃないか?」

「……」


 副連隊長は田端3尉と周りの陸曹らを見回す。

第3中隊の面々は押し黙ってしまった。

十中八九、反論すれば火に油を注ぐことになる。

かといって、下手に相手に同調するようなことも言えない。

肯定と捉えられれば、最悪私物禁止の憂き目に会う。

言質を取られるわけにはいかない。


「私物に加えて、そのサングラスもだ。戦争はエアガンでやるような戦争ごっこと同じじゃないんだ。仕事で洒落っ気出してる暇があるなら、戦術の勉強でもしとけ!」

「……」

「わかったか?」

「……はい。自学研鑽に努めます」

「ふんっ」


 田端3尉を指導した副連隊長は、いかにも不機嫌そうな足取りで立ち去っていった。

田畑3尉とその場に居合わせた隊員らは副連隊長が廠舎の中に入っていき、自分たちの話し声が聞こえなくなるまで、その後姿を見続ける。

彼らの目、表情からは副連隊長に対する敬意は微塵も感じられない。

侮蔑、嘲り、不信、不満……そうした類の感情がありありと見て取れる。

不満気な表情を全く隠そうともせず、今にも舌打ちの音を出すのではないかといった隊員もいたが、その者は貝沢曹長に小突かれた。


「田畑3尉怒られた~」


 悪くなってしまった雰囲気を解消しようと思ったのか、勝本3曹が茶化すように田畑3尉へ話しかける。

勝本3曹のおちゃらけた調子の声に、その場の雰囲気が幾分か柔らかくなる。


「小隊長、災難でしたね」

「副連隊長には”Eyewear”という概念がないらしい。嘆かわしいですな」

「冷戦時代で思考が止まっている古ぼけた石頭には困ったもんだ」

「しょうがないですよ。自分たちにやれることを精一杯やりましょう」

「そっすね」


 勝本3曹を皮切りに、陸曹隊員が田畑3尉を支持するように言を発する。

現場がいくら努力を重ねようとも、上に理解がなければ組織としては変わらない。

今のような上の体たらくを目の当たりにすれば、落胆し、怒りを覚えようというものである。

現場指揮官であるはずの連隊長、副連隊長クラスがこの体たらくなのだ。

師団、方面隊、陸幕といった現場から離れる上層部が何の前触れもなく改革を起こすなど期待出来ないし、よしんば改革が起きたとしてもお役所体質に染まったこの組織では時間がかかる。

自分たちに上層部の改革を待つ余裕は、ない。

上層部の失策は結局現場の自分たちの汗と涙と血という代償に繋がるという危機感があるからこそ、彼らは必死なのだ。

一部の隊員に後味の悪い思いを残して本年度の訓練検閲は終わる。

だが、検閲は通過点に過ぎない。

「真に戦える部隊」への道のりはまだまだ遠い。

連隊長を務めるほどの1佐の口から外傷救護をして「マニアック」という言葉が出るくらいですので、陸自の戦傷医療の水準は推して知るべしでしょう。

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