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第19話(ある日の訓練風景シリーズ)

前回に引き続き、方位角や座標等の数値は適当な値です。

お好きな戦闘シーンBGMを脳内再生しながら読んで頂ければ幸いです。

~迫撃砲小隊~


 73式小型トラック、通称小型がまだ薄明けにもなっていない闇の中を疾走する。

迫撃砲分隊4名が乗る小型2両と高機動車に分乗した迫撃砲小隊は射撃陣地へと向かっていた。

小型に引かれるトレーラーが地面の凹凸で暴れ馬のように跳ねるが、意に介することなく小型は前へ前へと進む。

勢いそのままに、小型はとある広場に進入し、素早く方向を変えながら荒々しく止まった。

車両が停まるや否や、中から4人の隊員が飛び出て、トレーラーの幌を外す。

トレーラーに積載されていた82mm迫撃砲の砲身、2脚、底板、照準眼鏡、その他射撃に必要な道具を次々と卸していく。

標悍と呼ばれる棒を敵の陣地方向の地面に突き刺した分隊長は、標悍の手前に小さな棒を立てて分隊員に指示を出す。


「砲の位置この位置、目標剽悍方向、砲据え!」

「「「砲据え!」」」


 砲手は二脚と照準眼鏡が入った小箱を、副砲手は砲身を、弾薬手は底板をそれぞれに持ち、分隊長が示した砲設置位置へと駆ける。

ドスッ、と勢いよく弾薬手が底板を地面に叩きつけるように置く。

間髪入れずに副砲手が底板に砲身を嵌め込み、射撃方向側に砲手が立てていた二脚と接続する。

二脚と砲身の接続が終わると、弾薬手は弾薬や小道具の準備、整理に移り、砲の斜め前方に照準コリメータを設置する。

副砲手は二脚を持って砲手の補助にあたる。

砲手と副砲手は剽悍を目標として、砲の向きを調整する。


「右、右、ちょい右、左……よし!」


 砲の組み立てと大まかな照準が終わってからは砲手の腕の見せ所だ。

砲手は転輪と呼ばれる砲の傾きを調整する回転式ハンドルを回し、上下左右の傾きを調整していく。

構造上、1つの転輪を回せば垂直と水平の両方がずれるため、2つの転輪をバランスよく動かして調節しなければならない。


「んっ……と、照準よし!」


 砲手は慣れた手つきで傾きを調整し、コリメータとの照準を素早く終わらせた。

精緻さが要求される操作を迅速に完了した腕前は日頃の訓練の賜物である。


「第2!」


 敵方、剽悍の更に先から声が掛かる。

第2と呼ばれたように、彼らは第2分隊である。

完全編成だと4コ分隊ある迫撃砲小隊の基準砲分隊だ。

基準となるだけに彼らには高い練度が求められ、つまりは、第2分隊は小隊一練度が高い分隊である。

声のする先には、小隊陸曹がおり、三脚に乗せた照準眼鏡のようなもので第2分隊の方を見ている。

小隊陸曹の呼びかけにあわせ、砲手は照準眼鏡をくるりと向きを変え、小隊陸曹の方を向いた。


「第2、3445!」

「0ミル!」


 砲手が砲の向きを伝え、小隊陸曹が修正値を返す。

同じ作業を第1分隊とも行うことで、小隊の砲が平行して敵の方へ向くようになる。


「計画射撃の準備!当初の目標CA102!」


 小隊長が攻撃準備射撃の目標を指示する。

それに合わせて射撃指揮所が諸元を算定し、分隊に射角、方位角を伝える。

太陽が顔を見せるのはまだ先だが、日の出より先に観測可能、即ち砲迫射撃が可能になる明るさが得られる時間がやってくる。

攻撃準備射撃に間に合うように迫撃砲小隊は準備を急いでいった。



~対戦車小隊~


 迫撃砲小隊と同様に対戦車小隊の小型が走る。

ただし、こちらはトレーラーを引いていない。

牽引するものがない小型は、迫撃砲小隊の車両よりも身軽にまだ暗い演習場を走り抜けていく。

敵陣地からある程度離れた高台の陰に小型は停まる。

迫撃砲小隊と同様に、車両から飛び出すように3名の隊員が出てくると、車両から装備を卸し始める。

2名が装備を卸している間に、1名が台上へ移動していく。

最低限の装備を卸したところで、台上から声が掛けられた。


「発射器、この位置」

「了解」


 3名の内の1人、分隊長は昨日の偵察で射撃陣地を決めていた場所を弾薬手に示す。

無論、戦車小隊と場所が競合しないように昨日の内に調整してある。

弾薬手が了解したことを確認した分隊長は、すぐさま場所を移動して、別の場所に立ち止まって車両の方を向く。

弾薬手は87式対戦車誘導弾の発射器を抱えて示された場所へ向かう。


「照射器、この位置」

「了解」


 発射器と同様、照射器を抱えた操作手は、照射器設置位置へ小走りに移動し、照射器を地面に置いた。

発射器、照射器ともに、仮置きして状態を見て、射撃に支障があれば地面を整地するという作業をしていく。

陣地を示した分隊長は、観測器材を手にして、発射器の位置よりも上に台を登る。

稜線まで出た分隊長は、敵に見つからないようにしながら持っていた器材を地面に置く。


「発射器、遮蔽角確認」

「遮蔽角確認」


 発射器は敵から見えないように台の頂上付近、稜線から下がった位置に隠れている。

敵から隠れた状態で射撃できるという特徴が87式対戦車誘導弾にはあるが、当然どんな状態でも撃てるわけではない。

遮蔽射撃にも限界はあるので、そのための設置角度を調整する必要がある。


「ちょい右……次は上……よし。発射器固定」

「了解」


 分隊長と弾薬手は協力して素早くその調整作業を行う。

分隊長と弾薬手が発射器を設置している一方で、操作手は照射器を手早く置いて、偽装を照射器と自分に偽装を施す。

狙撃班から分けて貰ったギリーネットに現在地の植物を差し込めば、手軽にそして効果の高い偽装が出来る。

対戦車小隊も迫撃砲小隊と同様、時間に追われながら攻撃準備を進めていった。



~第2小隊~


『小隊前進開始』

『03、32、32LD通過』


 箱崎士長は各分隊へ、貝沢曹長は中隊本部へ、それぞれ無線を入れて第2小隊は攻撃を開始する。

攻撃準備射撃終了と同時に予定通り第2小隊はLDを通過する。植生の濃さから敵陣地はまともに見えないし、まだ直射火器の射程外である。

第2小隊は粛々と前進を続ける。

やがて、敵陣地が目の前に迫ってくると、お互いが目視出来るようになってくる。

敵方から発砲音が聞こえてきた。

第2小隊は掩護と移動の役割分担を交代しながら更に近づいていく。

特に、敵に丸見えで掩護物が少ない所を通過するときは、分隊あるいは小隊の火力を集中して移動する味方の掩護を図る。


「湯浅、頼む」

「了解」『34、32FO』

『32FO、34、送れ』

『現在地32244683、方位角3422、距離400、露天敵1コ分隊』

『34了』


 昨日の偵察で敵陣地の位置は割れているため、敵を黙らせたい場合は砲迫を要求する。

自隊の火力と支援火力を使い分けながら小隊は敵陣地へ慎重に、時に大胆に近づいて行った。



~迫撃砲小隊~


『34、32FO』

『32FO、34、送れ』

『現在地32244683、方位角3422、距離400、露天1コ分隊』

『34了』


 前進観測員(FO)からの射撃要求を受けると、射撃指揮所(FDC)の要員は素早く射撃諸元を計算する。

計算し終えた隊員は、すぐさま無線機の通話機を手にして分隊へ指示を出す。


「小隊効力射、榴弾VT、装薬3、方位角5443、3発、射角1070、各個に撃て」

「榴弾VT、装薬3、方位角5443、3発、射角1070」

「よし」


 砲迫支援は歩兵にとって「戦場の女神」と称される。

だがそれも、第一線が欲する時期、場所に的確な射撃が伴ってこそだ。

迫撃砲小隊は射撃指揮、分隊、前進観測員と3つの機能に分かれているが、各々が速く正確に役割を果たさねばならない。

分隊長がFDCの射撃命令を復唱しFDCと緒元を確認し合うと、それを横で聞いていた砲手は素早く迫撃砲を操作する。

砲手が転輪を回して砲の向きと傾きを調整する傍らでは、副砲手と弾薬手が砲弾の準備を進める。


「照準よし!」


 見事な速さで照準を終えた砲手は分隊長へ報告しながら、砲手は砲から一歩横へずれる。

分隊長は砲手が開けた照準眼鏡の前へ身を傾け、照準眼鏡を覗いて照準の確認をする。


「半装填!」


 照準が間違いないことを確認した分隊長は、砲弾の装填を指示する。

分隊長の号令で砲手は照準眼鏡を砲から外して横にずれ、副砲手が砲弾を砲身に差し込む。

カコッ、と乾いた音が鳴り、砲弾は砲身の中へと身を沈めていく。


「半装填よし!」


半装填の言葉通り半分入れたところで副砲手が分隊長へ報告する。


「射撃よーい、てっ!」


 射撃命令は「各個に撃て」であり、第一線が迫撃砲小隊の支援を待っている。

分隊長は間髪入れずに号令を発し、副砲手は手を放しながらその場にしゃがむ。

本来であれば、轟音と共に砲弾が撃ち出させるところであろうが、訓練用の砲身を使っているため、ガコンッと鈍い音を立てて訓練用模擬弾が砲身下部に開いた穴から出てきた。

それを受け止めた弾薬手は模擬弾を回収する。

砲手は照準眼鏡を取り付けて、射撃で生じたずれを修正する。


「次弾準備!」


 分隊は1秒でも速い射撃に集中し、射撃指揮所は次から次へと届く射撃要求を整理して優先順位をつけ、諸元を算出する。

敵と直接銃で撃ち合っているわけではないが、迫撃小隊は戦っている。

第一線で戦う仲間のために……これが彼らにとっての戦いなのだ。



~対戦車小隊~


 迫撃砲小隊と打って変わってこちらは静かなものだ。

誘導弾が飛んでいくわけでもなく、迫撃砲のように模擬弾をあれこれ動かすこともない。

本来ならば、近くに展開する戦車から轟音が響いてくるだろうが、それもない。


「っ、敵車両現出」

「分隊、正面停車中の敵装甲車両、1500、指命」

「固定ピン解除、ジャイロ立ち上げよし」


 目標を発見するや否や、すぐさま射撃を分隊長が指示する。

弾薬手は誘導弾を載せた発射器を操作し、誘導弾を撃ち出せる状態にする。


「目標確認、照射準備よし」

「レーザー照射」

「照射開始」


 続いて分隊長は照射器を構える操作手に指示を出し、目標に対してレーザーを照射する。

もちろん、本物のレーザーは出ない。


「撃て」

「発射」


 操作手の復命復唱の直後、誘導弾発射を分隊長は命ずる。

弾薬手は分隊長の号令とほぼ同時といっていい反応の速さで発射スイッチを入れる。

彼らは極めて淡々と、物静かに自分たちのやるべきことを遂行する。

何も声高らかに叫ぶ必要はないし、余計な音を立てては自分の身が危うい。

なすことを一々叫ぶなど、ドラマのような創作物の演出である。


「砲弾落下!」


 一連の射撃動作を終え、戦果次第では二の矢といったところで、補助官から状況が付与される。

3人は身を護るべく一斉に伏せる。


「報告」

「操作手異状なし」

「弾薬手異状なし」

「分隊、陣地変換」


 撃てば位置がばれる。

砲弾落下をやりすごした分隊は、一斉に撤収にかかった。


『35、51、砲迫射撃を受けた。陣地変換する』

『35了、52、射撃の態勢を維持』

『52了』


 陣地変換の報告を受けた小隊長はもう一つの分隊に戦闘継続を命じた。

戦車小隊もいるとはいえ、小隊として火力を発揮できる状態は維持しなければならない。

陣地変換をする分隊は俄かに慌しくなるが、それとて器材の積卸に多少物音が出るくらいだ。

対戦車小隊の静かなる戦いは続く。



~第2小隊~


 敵陣地の近傍まで接近した第2小隊は、一度立ち止まる。

近傍と言っても、まだそれなりに距離は空いている。

だが、これ以上近づいては突撃支援射撃の近迫限界距離に入ってしまうため、おいそれとこれ以上前進するわけにはいかない。


『03、32、32は突撃発起位置に到達』

『03アルファ了、33はまだであるため、32は待て』

『32了』

『アルファ、ブラボー、突撃準備』


 中隊長に報告を上げ、小隊に突撃の準備を指示する。

各分隊では、分隊長が突撃後の隊形、経路、前進順序等を示している。

個人で行う準備は弾倉を交換するくらいで、そう多くない。

銃剣はない。

皆、隊容検査が終わった直後に銃剣を背のうにしまってある。

89式小銃の銃剣は64式小銃の銃剣のように刺突向きの形をしていない。

防弾チョッキ装着が当たり前になったご時勢、体幹部の致命的な部分は防弾チョッキで守られている。

そんな敵を64式小銃の銃剣よりも刺突に向いていない89式小銃の銃剣で突いても致命傷は与えられない。

銃剣はユーティリティナイフとして使うにしても質が悪いため、腰周りに無駄な装備は不要、というのが彼らの統一意見だ。

銃剣の代わりにと、ナイフやマルチツールを持ち歩く隊員がそれなりにいる。

貝沢曹長は、突撃の前進経路を見定めていた。

施設小隊との調整で陣前に70式地雷原爆破装置による地雷原通過口が開設されている。

しかし、貝沢曹長は折角自分が施設小隊長と調整し、70式地雷原爆破装置を用意してまで開けた地雷原通過口を通るつもりはなかった。

双眼鏡で敵陣地を見れば、スズランテープで地雷原が、紅白の標識で地雷原通過口が標示してある。

地雷原の端の位置を確認し、攻撃目標の地形を頭の中で俯瞰する。


「……ん。行けるな」


 昨日の偵察もあるが、元々地図が不要なくらい地形を熟知している演習場だ。

突撃経路に問題ないことをごく短い時間で判断した貝沢曹長は、突撃発起の時を待つ。


『03、33、33突撃発起位置到着』

『03了』

(来たか)


 程なくして、第3小隊も敵陣前に到着した報告が入る。

突撃にあたって気勢を荒げる者もいるだろうが、貝沢曹長は冷静なままである。


『32、33、03、突撃支援射撃開始は0732。繰り返す、突撃支援射撃は0732』

『32了』

『33了』


 中隊長から突撃支援射撃の時間が示される。

貝沢曹長は箱崎士長に分隊へ通信を流すよう指示しながら、敵陣地を観察し続けた。


『突撃支援射撃開始』


 砲迫射撃が始まる。

本来ならば、敵陣地一帯は突撃支援射撃により土煙が上がり続け、まともに見えないだろう。

敵陣地を鮮明に観察出来るのは、実弾が飛ばない演習だからである。

貝沢曹長は時計に目を遣る。

間もなく突撃支援射撃終了であり、そこからが小銃小隊の本当の出番だ。


『突撃支援射撃最終弾発射、弾着まで28秒』


 迫撃砲小隊FDCからの弾着予告が中隊系に入る。

心は熱くとも頭は冷静に。

貝沢曹長は自らの闘争心を確たるものとしながら、突撃発起の瞬間を待った。


『だんちゃーく……』

「小隊突撃に……」

『今っ!』「進めえ!」


 地面に伏していた、あるいは掩護物に身を隠していた小銃小隊の隊員たちは一斉に立ち上がり、速足で駆けていく。

あくまで小走りであり、全速力で走るような真似はしない。

まともに走っていると急な敵の出現に対応できないし、装備重量がそれなりにある身では体力の消耗が激しい。


「え?」


 驚きと困惑の声を挙げたのは、補助官の瀧澤3尉である。

彼ら、自分が見るべき小銃小隊、第2小隊の隊員たちの向かう方向が明らかに敵陣地正面の地雷原通過口ではないのだ。

計画し、調整し、セオリー通りの突撃をするために開けた地雷原通過口は、まるで無かったかのように見向きもしない。

その代わり、敵陣地の側面を突くように回り込まんとしている。

瀧澤3尉は困惑しながら第2小隊の後をついて行く。

地雷原、鉄条網を避けて陣地の側面を突いた第2小隊は、程なくして敵陣地内へ到達する。


「1分隊左、2分隊右!」


 敵陣地の側面を突いた第2小隊は丘を登り始め、敵陣地が目の前となったところで、貝沢曹長は分隊に展開を指示する。

小隊は概ね横隊に広がり、走るのを止めて歩いて陣地へ進入していく。

2人1組を基本として、据銃したまま全周警戒の態勢を構築している。


パン!パン!


 敵人員を発見すれば、すぐに射撃をする。

2人1組の片方が射撃をすれば、もう片方は相方を掩護するように警戒をする。

小隊は、全体が速く正確な射撃が出来るように小走りすらしない。

あくまでゆっくりと、確実に掃討をしていった。


「状況一時中止!」


 ある程度敵陣地の中へ入っていったところで、補助官が待ったをかける。

補助官は統裁部へ彼我の状況を報告し、統裁部による突撃成否の判定を受ける。

この停止時間は演習だから致し方ないとはいえ、折角の気勢が削がれるところである。


「突撃は成功、敵の一部は後退」


 瀧澤3尉は判定結果を貝沢曹長に告げる。


「2分隊、敵方警戒!A道を抑えろ!」

「了解!」

「1分隊、弾薬再配分と再編成!終わったら2分隊と交代だ!」

「了!」


 貝沢曹長は敵の逆襲に対処出来るように、第2分隊へ指示を出す。

同時に第1分隊へは損耗に応じた態勢の立て直しを指示する。

もっとも、戦死・負傷の状況付与はなく、空包も実戦通りの携行数ではないため、空動作の域を脱しない。


「東野、交代だ」

「ういっす」


 船橋2曹は手早く態勢を取り直すと、丘の稜線付近まで進み、東野2曹に声を掛ける。

交代は阿吽の呼吸、台上から我方へ少し下がった第2分隊は一息ついた。


『03、32、32はC台を奪取した。現在道沿いを警戒中』

『03了』


 さて次はどうしたものかと考えながら、隣の小隊の攻撃を気にする。


『03、33、33目標奪取。道沿いに敵方を警戒中』

『03了』


 しばしの間を置き、第3小隊も突撃が成功した旨の報告を上げてきた。

後は逆襲対処か超越支援か。

検閲も終わりが見えてくる。


「状況ガス!」


 気が緩みがちな時を狙うかのように、補助官からの状況付与が入って来る。


「状況ガス!」


 周りに注意喚起をしながら貝沢曹長は防護マスクを装着する。

状況付与は伝言ゲームのように広がっていき、あっという間に小隊へ伝わった。

おそらく、お隣さん(第3小隊)も同じ状況であろうと思いながら貝沢曹長は防護マスクを装着していく。

装着が終わると、すぐに考えを切り替えて砲迫射撃と敵の逆襲に対する警戒を強める。

が、敵が出てくる気配もなければ、砲弾落下の状況付与も続かない。

お約束の流れがないことに貝沢曹長は訝しんだ。

視界が制限され、若干息苦しいことに意識を割かれるが、自分を律して思考を巡らす。


『911(ナインイレブン)!繰り返す、911!(ナインイレブン)』


 連隊からの情報も持っている中隊本部ならば、と無線で中隊に聞こうかと思っていた矢先に、緊急を知らせる通信が入る。

緊急通信が優先となるため、貝沢曹長はプレストークスイッチを押す手を止める。


『03、36、B高地北側に敵の小規模陣地を確認した!連隊目標の攻撃に支障あり!』

「っ!」


 通信を傍受していた貝沢曹長はその内容に顔を顰める。

南部3佐を警戒していた中隊長の予感は正しかったようだ。

得てして、悪い方向の予想や予感は当たりがちである。


「福井」

「ええ。あそこはちょうどA道を抑えています。中隊で排除しなければ、後ろの中隊が連隊目標を奪取する前にそこで時間を取られます。余計な損耗も出るでしょう」


 防護マスクで声が通り難いことから、大きめの声を出して貝沢曹長は福井曹長へ話しかける。

小部隊指揮官としての能力が貝沢曹長とほぼ同じ水準にある福井曹長は、貝沢曹長の言わんとしていることを継いだ。


『当該敵陣地をこれ以降Eエコーと呼称する。31を以てEへ攻撃する。36、敵情は逐次送れ』

『36了』

『31、03、32を超越してEを奪取せよ』

『31了!』


 中隊長の決断は速かった。

中隊長の企図を聞いた貝沢曹長は、第1小隊が後ろから出てくるであろうことを予想する。

それならば、と自分がやるべきことを素早く判断した。


『アルファ、32、アルファはそのまま台上で対機甲戦闘!』

『アルファ了!』

『ブラボーはC台から100m前方へ進出しろ。台上からは見えない曲がり角を抑えて31の超越支援だ!』

『ブラボー了!』


 貝沢曹長は指揮下の分隊へ指示を出す。

そして小隊の取った行動を03(中隊長)に報告すると、「了解」の一言で通信は終わる。

中隊長の欲することを先取りして小隊を動かした貝沢曹長の行動は、正に以心伝心といったところか。

第2小隊第2分隊はA道沿いの茂みを駆けていく。

防護マスクを装着したままであり、息が上がりやすい。

が、そこは普通科隊員。

日頃から体力練成に励む彼らにとってそう苦になるものでもない。


「84!そこの土塁を使え!A道を抑えろ!MGはこっちだ!小銃組は84とMGを守るように展開しろ!」


 第2分隊長の東野2曹はA道を火制出来る位置へ到達したところですぐに指示を出す。

また、位置取りが不適切な組には現地現物をもって修正の指示をする。


『32、ブラボー、超越支援の態勢完了』

『32了』

『31、32、C台到達まであと何分か?』

『32、31、あと5分』

『32了』


 無線の報告にも澱みがない。

第2分隊の展開完了をもって態勢構築が出来た第2小隊は、第1小隊の到着を待つ。

生身の歩兵にとって、自分の身を晒して1箇所に留まるということは忌避したい行為である。

5分が実際の時間以上に長く感じる。

まだかまだか、と第1小隊の到着に焦れる。


『32、31、C台を通過する』


 無線が入り、来たかと後ろを振り返ると、貝沢曹長の目に接近する車列が映る。

第1小隊が超越すれば、自分の小隊の役目は一段落だ、と気が緩む。

それに伴って、貝沢曹長の頭の中に「状況」から外れた思考が生まれる。

即ち、いつ状況終了となるのか、と。

時計を見れば、まだ午前中ではあるが正午が近い。

時間の制約で考えると、そろそろ状況終了となってもおかしくない。

対抗部隊の撤収作業も時間がかかるし……と貝沢曹長のこれまでの経験から


「状況終了!状況終了!」

『状況終了、状況終了』


 第1小隊がC台を通過してしばし後、補助官と無線放送の両方から演習の終了を告げる音声が流れる。


『状況終了、状況終了』

「……ふう」


 箱崎士長が小隊に状況終了を伝え、貝沢曹長は防護マスクを外す。

息苦しさと暑苦しさから解放された開放感に爽快さを覚える。

多少の問題はあったが、致命的なミスはなく終えられた。

後は連隊がどう評価するだけだ。

攻撃の演習は後片付けがほぼ無いから楽なものであるものの、撤収作業でこの後は少々忙しい。

撤収作業が慌ただしくなるまでの僅かな間、貝沢曹長は感慨深げに空を仰いだ。

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