第17話(ある日の訓練風景シリーズ)
その3が抜けておりましたので、投稿し直しています。
方位角や座標は適当な値です。
~ある日の訓練風景6 その4~
~狙撃班~
演習場の道路から外れた森の中を、誰にも気付かれることなく歩を進める者たちがいた。
彼らは前園1曹以下第3中隊狙撃班である。
狙撃班の編成は4名、2名1組が2コ組だ。
狙撃手は近接戦闘を行うことはないため、余計な装具は身につけていない。
バックパックは官品ではなく、狙撃銃を挿入して運搬出来る収納部が一体となったバックパックを使用している。
観測手は小銃用ショートスコープを載せた89式小銃を持ち、小銃小隊の隊員と同じような装備をしている。
双方に共通していることは、ギリースーツと呼ばれる偽装装備を身につけていることだが、それは官品ではない。
上半身は普通の迷彩服の上に羽織る、メッシュ生地の上着のようなものだ。
身体を覆う部分は頭部から腕と肩まで、それと背中しかない。
下半身は迷彩服を材料に自作したギリーパンツである。
官品の低品質なジュートは使わず、米軍納入実績のあるジュートを使っており、頭部から肩、身体背面と側面を隠すように取り付けられている。
某テレビ番組キャラクターのように全身ジュートだらけにしてしまうと、邪魔で動きにくいし、偽装効果はジュートの量に比例するわけではない。
ギリースーツやバックパックに被せた網に結びつけるジュートの量はほどほどに、後は現地の草木を使って迷彩効果を高める。
身体前面や前腕部には補強生地を縫い付けており、匍匐の摩擦に対する耐久性を高めている。
バックパックにもジュートを結びつけた網を被せている。
ギリースーツで偽装し、人間らしい輪郭を消した彼らが森に入ると、陸自迷彩以上に発見が極めて困難だ。
彼らは、誰にも見つかることなく、対抗部隊が展開する地域へ潜入していた。
同行する補助官もいない。
狙撃班の行動は完全に秘匿されていた。
潜入していく中で敵を発見すれば、中隊系無線で情報を上げる。
敵の規模が大きければ、詳細を確認するため観察をする。
それを繰り返しながら、彼らは奥へ奥へと進んで行った。
狙撃班の内の1コ組、2名が前方の丘を観察している。
狙撃手は狙撃銃を構えて、観測手は観測スコープで見ている。
草木の丈が高いため、狙撃手は狙撃銃を支える道具としてカメラの三脚を使っている。
こうすれば、手で支えるよりもぶれが少なく、長時間構えることが楽になる。
狙撃銃に載せているスコープは官品ではない。
官品スコープは10倍固定だが、今狙撃手が使っているものは可変倍率で最大24倍の高性能スコープだ。
海外メーカーのOEM品でもない純日本製、Marchシリーズは海外で高い評価を得ている。
高倍率スコープを使うことで狙撃手は狙撃銃を構えたまま観測が出来る。
また、高倍率の観測スコープを用いる観測手との連携も取りやすい。
『32、36、敵部隊発見、座標557442』
『32了』
発見した敵の位置を中隊系の無線に情報を上げる。
その報告に第2小隊がすぐに反応を返してきた。
同時に、無線機を持ち、何やら周りに指示を出すような仕草をする敵を捉えた。
2人はしばらく様子を確認する。
狙撃手は観測手に合わせるため、スコープの倍率を目一杯高くしている。
言葉を交わさずとも観察方向、観察対象は一致しており、2人は機械のように同期していた。
「目標捕捉、敵分隊長と推定、確認か?」
「確認」
「距離400、風向右から左、風速2m、諸元修正」
「修正終わり、準備よし」
「送れ」
狙撃手は息を吸い、少し吐き、そして息を止めて引き金を引く。
小銃よりも軽い引き金はすぐに落ち、カチッと撃鉄が落ちる。
左右へのぶれることなく真っ直ぐに引く様が彼の日頃の訓練を物語っている。呼吸を再開し、落とした引き金をゆっくりと戻す。
銃を揺らさないようにボルトハンドルを引くと、撃針を傷めないためのダミーカードリッジが排出される。
ボルトを押し込んで再装填を終えた狙撃手は、しばし観察を続ける。
これが実戦で、もし外していたならば、二の矢が必要だからだ。
しばらく観察を続けた後、ダミーカードリッジを拾い上げ、その場を撤収するべく装備を整える。
敵の規模はおそらく分隊規模、中隊は砲迫射撃を用いるだろう。
これ以上ここに留まることはないと判断した彼らは、速やかに、それでいて隠密に撤収し、その場を離れていった。
~第2小隊~
傷病者発生に前進が中断されはしたが、菅2曹に傷病者を引き渡した第2小隊は前進を再開する。
前進して敵と接触するごとに敵の規模が大きくなっているため、順当に敵主陣地に近づいていると言えるだろう。
敵の規模が大きくなれば、その分抵抗も激しくなる。
『32、36、敵部隊発見、座標557442』
『32了』
狙撃班の敵情報告を受けた貝沢曹長は、ちょうど自分の正面であることを確認した。
隣にいる迫撃砲小隊FO、湯浅2曹に話しかける。
「557442ってぇと、あの丘の左側だな。湯浅、どうだ?」
「えっと……あ~いたいた。確認」
「射撃要求頼む」
「了解です」
FO湯浅2曹は自分の無線機を取り出し、迫撃砲による射撃を要請するため迫撃砲小隊系で小隊本部を呼び出す。
『34、32FO』
『32FO、34、送れ』
『現在地51244683、方位角6001、距離500、露天敵1コ分隊』
『34了』
第2小隊主力は前衛分隊が攻撃を仕掛ける後ろで主力による攻撃を準備していたところだった。
狙撃班の情報のおかげで、敵の位置が明らかになり、攻撃方向を決めやすくなった。
第2小隊に同行するFO(前進観測員)も射撃要求が幾分楽に行える。
「連隊の見積と合致する、か」
貝沢曹長は事前の資料、演習想定と連隊の情報見積を思い返す。
指揮官たるもの自分たち、中隊正面のことだけを見ていればいいというわけではない。
人間はつい自分の担当することだけに集中しがちだが、指揮官としてそれは戒めねばならない。
視野狭窄に陥らないように気を付けながら、あらゆる可能性を考えて行動する。
「想定外」という言い訳の代償は、己と指揮下隊員の命なのだ。
「敵さん、下がろうとしないですね」
「そりゃこの地形は簡単に捨てられるほど軽くはないからな。防御にうってつけの地形だ」
演習場という枠の中で行動する以上地形は限られており、敵がいる場所は毎度お馴染み、とは言わぬが花であろう。
演習場の地形で似たような想定の下では、各種見積はどうしても結論が似てくる。
とはいえ、例え同じ結論になろうともそれはそれでよし、幕僚にとっては幕僚見積の訓練であるのだ。
『03、36、敵の規模は2コ分隊以上』
『03了』
(ん?小隊規模ではないのか?)
無線を傍受していた貝沢曹長は、若干違和感を覚える。
とはいえ、自分の小隊だけでは突破できそうにないのは間違いない。
『32、03、32は敵との接触を維持。敵情の解明に努めよ』
『32了』
現状維持を命ぜられた貝沢曹長は、分隊に指示を出しつつ、補助官がいないか周囲を見回す。
さきほどまで同行していた補助官は、一度廠舎地区に戻ったのか今はいない。
「福井、補助官いなくなったか?」
「さっき車両が出て行きましたよ」
「そうか。うむ、いい頃合だな」
『アルファ、ブラボー、32、手はず通り要員を差し出せ』
『アルファ了』
『ブラボー了』
分隊に指示を出してしばらく経った後、高橋2曹、勝本3曹、永野3曹、石塚3曹の4名が貝沢曹長の元へやってきた。
「お、来たか。準備にかかってくれ」
「車両から荷物を出せば、すぐにでも行けますよ」
4人を代表して高橋2曹が答える。
「流石だな。まあ、今後の教訓を洗い出せられたら御の字、くらいでいい。気楽にやってくれ」
「そう言って貰えるのはありがたいですが、これまである程度やってきましたから。成功させるつもりでやりますよ」
「連隊にばれないようにな」
「むしろ、そっちの方がよほど訓練になるかもしれません」
「高橋2曹に鍛えられていますから」
「レンジャーばりに斥候訓練やりましたもんね」
「うん、頼もしい限りだ。くれぐれも対抗部隊に捕まらないでくれよ?」
「まかせてください」
しばらく貝沢曹長と雑談交じりに話をした4名は、準備を整えて小隊から離れていく。
しばらく彼らの背中を見送っていた貝沢曹長は、自分の仕事へと戻っていった。
~第2小隊斥候組~
斥候となった4名は狙撃班と同じように敵地への潜入を試みる。
とはいえ、狙撃班は中隊全体のために行動するが、彼らは第2小隊正面のみ、狙撃班ほど行動範囲は広くない。
彼らは敵陣地の近傍、身を隠す植生がしっかりありながらも頭上が開けている場所に辿り着いた。
背のうを下ろし、中身を取り出す。
取り出したのはドローン、市販品のドローンを改造したものだ。
「中国製ってのが悲しいですね」
「全く、日本ほど無人兵器を必要とする国はないはずだがね」
手際よくドローンを飛ばす準備を進める。
4名は2名がドローン操作、2名が周囲を警戒する態勢を取った。
「準備よし」
「離陸しろ」
高橋2曹の号令で、2機のドローンは離陸する。
そのまま垂直上昇を続け、ドローンは高度30m前後の空域に到達する。
「高度よし」
「敵陣地方向へ進めろ」
十分な高度を取ってから、対抗部隊がいるであろう地域の上空へとドローンを向かわせる。
「どうだ?見えるか?」
「植生が邪魔ですけど、見えます。掩体も掘っている人員も丸見えですよ」
「なんだ、バラキュー張ってないのか?」
「張ってないところもありますね」
掩体構築をする際には上空警戒のために偽装網を張るのが基本だが、どうやら手を抜いているところもあるようだ。
「自分たちでも実験しましたけど、やっぱ気付かないっすね」
「ああ、しっかり高度を取ればローター音は聞こえないし、小さい機体も見えないからな」
対抗部隊がドローンに気付く様子は見受けられないが、致し方ないというものである。
ジェット機のエンジン音やヘリコプターのローター音といった騒音はドローンにない。
また、有人航空機よりもずっと小さく、ドローンがある程度の高さにあるとその存在に気付くことは困難だ。
そもそもの根本的な問題であるが、ドローンによる偵察という発想がない。
彼らはしばらくの間敵陣地地域を偵察し、それを記録していく。
一通り偵察が終わった後、潜伏位置を変えて夜を待った。
砲迫射撃も出来ない完全な夜となってから、行動を再開する。
高橋2曹が取り出したものはV8暗視眼鏡(米軍のPVS-14)とほぼ同じ形の赤外線暗視装置だ。
V8の付属部品を流用すれば、V8と同じ感覚で鉄帽に取り付けることも出来る。
映像の滑らかさに関係するリフレッシュレートが30Hzないし60Hz、センサ解像度も高い軍用モデルである。
輸出入が規制されていることもあって普通では手に入らないものだが、蛇の道は蛇というものである。
「うん、いい調子だ。どうだ、見てみるか?」
「おお、プ〇デターみたいだ」
肉眼では全く見えない敵が、熱源映像ではしっかりと見える。
微光暗視装置とはまた違った原理での暗視装置なので、状況次第で使い分ける。
目にする映像に面白がって4人は交代しながら見え方を確認する。
赤外線暗視装置で敵陣地正面を見終えた4人は、ドローンを飛ばす準備に移る。
「ドローン準備できました」
「おっ、じゃあやってみるか」
「行きます」
「よし、離陸しろ」
昼間と同じようにドローンが飛んで行く。
昼間と異なる点は、ドローンのカメラにV8暗視装置を連結していることだ。
「どうだ?見えるか?」
「ええ……あ、いた。さっき熱源で見た人員確認」
「うん。そしたら、陣地地域を一通り偵察だ」
「了解。掘り終わった露天は上空から丸見えですね」
「もしかしたら昼間より偵察しやすいかもな。高度を下げすぎるなよ」
「分かってます」
斥候組4名は夜間も偵察を続ける。
これは何も第2小隊だけではない。
敵と接触を続ける第3小隊も同様に偵察を行っていた。




