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第16話(ある日の訓練風景シリーズ)

その3が抜けておりましたので投稿し直しています。

~ある日の訓練風景6 その3~


『32、ブラボー、弥生台で接触した敵は1コ分隊規模と思われる』

『32了。小隊で対処する。ブラボーは経路沿いで敵との接触を保て』

『ブラボー了』


 第2分隊からの報告に、貝沢曹長はすぐに小隊での対処を決断する。

前方の地形からして、どちらから第1分隊を回せばいいか。

貝沢曹長が歩きながら思案していると、


「砲弾落下!」


 補助官瀧澤3尉が不意をつくように状況を付与する。


「「「砲弾落下!」」」


 補助官の状況付与に第2小隊は素早く反応する。

交戦装置を使った場合は機械の通知音が響くところであるが、声だけで実感に乏しい。

とはいえ、第2小隊の面々は砲弾の被害を避けるべく地形地物を利用して防護の姿勢をとる。


「2名負傷!」


 瀧澤3尉は近くにいた隊員2名を指して、負傷の状況を付与する。


「補助官!細部状況は!?」


 貝沢曹長は瀧澤3尉に問いかける。

貝沢曹長は自分より階級が上である瀧澤3尉にやや荒い言葉遣いで問いかけるが、この程度は問題ない。

訓練、特に検閲のような熱の入る演習において、「状況の人」となっている隊員が気を荒くすることもあるのはお互いよく承知している。


「2名とも重症」

「負傷の細部は?」

「え?」


 重症者について、更に問われた瀧澤3尉は若干困惑した声を上げる。


「砲弾の種別、それと負傷者の細部状況は、どうですか?」

「砲弾は榴弾着発、負傷の細部は……」


 再度貝沢曹長に問われた瀧澤3尉は言葉に詰まる。

演習規定では、重傷者は3時間の行動不能とされている。

負傷判定を受けた隊員は行動停止、収容されて、どこか決められた場所で待機してその時間を過ごし、時間が経ったならば復帰する。

負傷判定を受けた隊員にとっては「おいしい休憩時間」である。

傷病者はその待機場所へ移動するのだが、移動の前後に特別何かすることがあるわけではない。

貝沢曹長はそうした演習の「お約束」を承知の上で補助官に問いかけている。


「重症ではあるが細部不明、これでよろしいですか?」

「え、あ、ああ……」

「分かりました。小隊!砲弾は着発!直ちに退避だ!」


 補助官が負傷について、詳しく状況付与できないであろうことは織り込み済みだ。

小隊へ向き直った貝沢曹長は、直ちに小隊へ指示を出す。

重傷者を出す正確な砲迫射撃を受けたということは、敵から観測されているということ。

その場に留まっていてはいけない。

負傷者が出た第1分隊は、隊員たちが負傷者に駆け寄って、負傷者に肩を貸し、あるいは引きずって林の中へと向かう。


「小隊本部も林内へ移動するぞ」

「「了解」」


貝沢曹長は小隊本部に対して移動を指示すると同時に、すぐさま無線機の通話器を手に取った。


『32アルファ、32、今向かっている右手の林を利用しろ』

『アルファ了』

『32ブラボー、32、敵との接触を維持。敵情を可能な限り解明しろ』

『ブラボー了』


 通話をしながら、貝沢曹長以下小隊本部と第1分隊は一斉に林の中へ移動し始める。

小隊に指示を出した貝沢曹長は、続いて中隊系の無線を使って中隊長を呼ぶ。


『03、32』

『32、03アルファ、送れ』


 中隊長の呼び出し符号を使って呼びかけるが、無線に応答する人は大抵中隊長の近くにいる誰かだ。

中隊長は中隊全体の指揮に忙しい。

今回は運幹が無線の呼びかけに出てきた。

それはよくあることであり、貝沢曹長は特に気にすることなく通信を続ける。


『敵砲迫により2名負傷、救護中。傷病者の収容を要請したい』

『03アルファ了、99を向かわせる。座標送れ』


 呼出符号(コールサイン「99」はメディックを指す。

貝沢曹長は近くの林へと移動を続け続けながらGPSをポーチから取り出して、GPSに表示されている座標を素早く確認する。

さらに地図を取り出し、現在地を確認しながら会合点に適した場所を探す。

左手にはGPSと地図、右手には無線機の受話器を持ち、肘を使って小銃が暴れないように抑えつけながら小走りで移動する、となかなかに芸達者である。


『現在地21547423。山中道と1号道の交点を会合点にしたい』

『03アルファ了、傷病者の処置が終わり次第、32は前進を再開せよ』

『32了、終わり』


 中隊本部への報告と調整を手早く終わらせた貝沢曹長は、第2分隊へ歩み寄る。

負傷判定を受けた隊員の近くに来たところで、貝沢曹長は補助官の代わりに傷病者の状況を付与する。


「小畑、意識レベルV、右前腕負傷、左大腿部前面に10cm大の破片が突き刺さった状態、その他不明」

「八隅、意識レベルPorU、呼吸微弱、左頸部砲弾の破片により裂創、その他不明」


 貝沢曹長の状況付与を聞いた第1分隊は、手分けして負傷者の救護にあたる。


 分隊員が小畑士長の服を裁断し、もう1人は左大腿部に突き刺さった破片を固定するため、丸まった状態の包帯を宛がう。

どちらも空動作だが、それを見た貝沢曹長は状況付与を続ける。


「右前腕部砲弾の破片により深い裂創。出血量大」


 それを受けて、前腕部の創部にガーゼを詰め込み、エマージェンシーバンデージで圧迫を加えるように包帯を巻いていく。

大腿部の方は、破片が動揺しないように固定して、それを被覆するように包帯を巻いていく。

もちろん、訓練用の包帯だ。

どちらもそれなりに包帯を消費する。

個人携行分だけでは到底足りない。

彼らは分隊携行救急品を追加で使用していく。


 八隅1士の方はというと、まずは頸部の止血処置にあたる。

右腕を上に挙げさせ、右腕と首を一緒に包帯で巻く。

巻き終わったら右腕を下げて、紐を使って右腕を身体に固定する。

続いて下顎挙上法で気道確保と頭部保持を1人の隊員が行い、他の隊員が八隅1士の親指と人差し指の指先を摘む。


「左手指先の刺激に対する反応なし」


 貝沢曹長の状況付与を聞いた分隊員は、包帯による止血処置が終わると、次はサムスプリントで首を固定する。

サムスプリントは軽金属板を樹脂で覆った福子で、骨折に対応するための救急品だ。

手で自由に成型可能で、ネックカラー、頸部固定具としても使える。


「八隅、よかったな。この前訓練用に開封した経鼻エアウェイ、あるぞ」

「え゛、まじっすか?」

「んん~?PorUの傷病者がなんで話しているんだ?」


 救護にあたる隊員の1人がにやにやと笑いながら経鼻エアウェイを取り出し、そして潤滑ゼリーを塗っていく。

それを見た八隅1士は顔を引き攣らせた。

首の止血に包帯を巻かれたために右腕が固定され、頸部固定と頭部保持で胸から上は動かせない。

八隅1士は逃げようがない。

潤滑ゼリーで怪しく光る経鼻エアウェイが八隅1士の恐怖心を煽る。


「これも身をもって知るってやつだ。いくぞ、暴れるなよ?」

「ちょ、待っ、はががっ!?」


 空動作ではなく、本当に経鼻エアウェイが入れられていく。

潤滑ゼリーが塗られていることに加え、経鼻エアウェイ自体が民生品より柔らかい特製品なので、挿入は楽なものだ。

……が、どちらであろうと入れられる方はたまったものではない。


「ううっ。変な感じ」

「うし。あんま動くなよ」


 経鼻エアウェイを入れた隊員は、経鼻エアウェイを軽く固定してから次の処置へと移る。

経鼻エアウェイを取り出すときはにやけた顔をしていたが、それもその僅かな間だけ、今は真剣な表情で淡々と処置を続けていく。

分隊全体を眺める貝沢曹長の目に、救護をしている隊員の1人、九重1士が留まる。


「九重、この場合はどういった外傷で、何に注意だった?」

「えっと、砲弾の爆発なので……爆轟で……爆傷、プライマリーに注意です」

「そうだ。プライマリーは我々の手に?」

「負えません」

「うむ。やるべき処置は?」

「全身を素早く観察して目に見える外傷を処置、気道確保をしたら直ちに搬送です」

「よろしい。よく覚えているじゃないか。いいぞ、しっかりその通りにやってくれ」

「はい!」


 九重1士は褒められたことに声を弾ませて返事をする。

2人の処置をあらかた終えた第1分隊は傷病者を運ぶ準備にかかる。

彼らは樹脂製の板が丸められた筒を取り出した。

瀧澤3尉が隊容検査で目にしたものである。

梱包を解くと、それは2m程の板となり、板の左右にはストラップが何本もついている。


「八隅の方は首を動かすなよ」


 分隊長が分隊員に必要な注意を出しつつ担架に載せる。

1人が傷病者の上半身を支え、その臀部に担架を差し込み、上半身を支えていた隊員が担架の上へと引きずり上げる。

傷病者が完全に担架の上に乗ったら、防弾チョッキを脱がせて寝かせた傷病者の上に掛け、防弾チョッキごとストラップで固定する。

八隅1士には、頭部の動揺を軽減する追加処置として、鉄帽の隙間にタオルを詰めていく。

彼らの鉄帽の中は官品のハンモックストラップからパッドに交換されているため、鉄帽が大きく揺れることはない。

それでも救護に使える物があるのなら、多少出る隙間に布等を詰め込んだ方がいい。


 スケッドと呼ばれる樹脂製板状担架は、人手が少なくても傷病者を積載・搬送できる。

更にスリングロープや浮き袋を別に用意すれば陸海空に対応可能と、軍用にうってつけのものだ。

とはいえ本物は高いので、中隊でいくつも買える物ではない。

彼らが今使っているものはオリジナルを参考にした自作品である。

当然オリジナルより性能は劣るが、陸上だけでの使用であれば大きな支障は出ない。

何より、ボロボロになるまで使い倒してもそれほど懐が痛まないことは、自腹負担の彼らにとって何よりも嬉しいことだ。

……等といったことは、補助官瀧澤3尉が知る由もないことである。


「小隊長、搬送準備よし」

「了解、俺が行く。何、そう時間はかからん。小隊陸曹、ここは頼んだ」

「了解。おっし、1分隊は分散警戒しろ。ハコ、中隊本部に報告だ」

「分かりました」


 各々がばらけ始めると同時に、貝沢曹長も傷病者を搬送する2人を連れて移動し始める。

貝沢曹長は傷病者を載せた担架を引く2名を先導して先程調整した地点へと向かう。

スケッドは、普通の棒が2本の担架であれば最低4人必要なところを、1人の傷病者を1人で運ぶことが出来る。

橇と同じように、担架を引きずって進むため、運ぶ側の体力消耗も少ない。

「人手が少なくて済む」という点も軍隊にとって非常にありがたいことだ。

スケッドを引く2人も小銃を構え、周囲を警戒しながら搬送を続ける。

程なくして会合点に到着した貝沢曹長は、無線を入れる。


『03、32、32CCPに到着』

『03了。系切り替えをし、99と連絡をとれ』

『32了』


 無線機を操作して、素早くチャンネル切り替えを行う。


『99、32、32CCP北側50の位置』

『32、99了解。そちらへ向かう』

『32了』


 どうやら相手も近くまで来ているようだ。

交差点を会合点にしているからといって、お互い道路上に身を晒す馬鹿なことはしない。


「菅2曹、こっちだ」


 相手を先に発見した貝沢曹長は、声を掛けて自分たちの場所を知らせる。

声のする方を向いた相手も貝沢曹長を発見したようで、貝沢曹長のいる場所へと駆けてきた。


「小隊長、お疲れ様です」


 菅2曹は連隊本部衛生小隊から第3中隊に配属された衛生陸曹である。

菅2曹は大きな訓練があると第3中隊に配属されることが多く、外傷救護訓練でも交流がある。

お互いを良く知る中であり、意思疎通は慣れたものだ。

菅2曹と調整した貝沢曹長は、菅2曹と合流した場所から近い茂みの中、少し開けた場所に担架を引く2人を誘導する。

菅2曹はその場所の中央に移動し、そこで自分の荷物を下ろした。

下ろしたバックパックの中には様々な医療品が入っている。

担架を引く2人は傷病者の頭を菅2曹に向けて停め、担架のストラップを解く。

傷病者の人数がもっと多かったら、傷病者が円を描くように菅2曹を囲む形になるだろう。


「菅ちゃん、本番でまともに砲迫射撃を受けたら、もう2、3名追加ってところだぞ」

「ですね。エコーが欲しいっす」

「そういえば、NARのカタログにエコーと心電図計が載り始めたな」

「ああ、私も見ましたよ。是非とも欲しいですけど……」

「我が社が装備化することは当面ないだろうな」

「ですよね~」


 菅2曹は貝沢曹長と話をしながら傷病者の継続観察をする。

担架を引いてきた2人はお役ご免で解散とはならず、1人は菅2曹の補助にあたる。

メディック、つまり医療従事者が彼らにしかできないことに集中できるよう、一般隊員には彼らを支える役割が求められる。


(何を話している?何をしているんだ?)


 負傷者発生から今までしばらく経つが、瀧澤3尉は戸惑うばかりだ。

瀧澤3尉は彼らの近くで成り行きを眺めているだけで、完全に蚊帳の外となっている。

瀧澤3尉も「負傷者の救護をしている」のであり、褒められるべきものなのだろうことは分かる。

だが、知らない単語が飛び交い、彼らの取る行動が何を意味するのか分からない。

とりあえず記録しておかないと話しにならないことは確かなため、第2小隊の行動を逐一記録していた瀧澤3尉であるが、後ほど講評を書く際に苦労することになるのだった。

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