第13話(ある日の訓練風景シリーズ)
本編も更新しています。
~ある日の訓練風景5~
「今から救急法検定を始めまーす。5列縦隊で並んでくださーい」
駐屯地の営庭の一角、訓練准尉藤井曹長は救急法検定開始の音頭を執る。
藤井曹長の声が掛かるまでは、各々ガンハンドリングや格闘の間稽古をしていた受検者たる隊員たちは5列縦隊を作りながら並んでいく。
隊員たちは小銃、鉄帽、防弾チョッキ3型、チェストリグ、手袋、アイウェア、と完全武装の装いである。
体力検定と同じく、救急法検定は年に1度実施することが義務付けられている。
任務遂行能力の一端を測るものであるため、当然のことながら検定に定められる基準に到達していなければならない。
本来であれば検定はそれなりに緊張感をもって行うものであるが、この場の雰囲気はどうにも緩めだ。
藤井曹長の言動や人柄も一因ではあるものの、それが主要因というわけではない。
「ほんじゃまあ第1課題、ターニケットによる止血要領から。5列縦隊を作ったので、5人ずついきまーす。各列を担当する検定官の統制に従って実施ぃ」
藤井曹長を補佐する検定官となっている上級曹長らは各列の前に立ち、それぞれが担当する列に並ぶ隊員らを見ながらチェックリストに氏階級を記入していく。
準備が整った列では、早速検定が始まった。
「今橋3曹」
受検者が自己の氏階級を申告する。
「CATを出せ」
検定官の指示に従い、今橋3曹は訓練用のCATをポーチから取り出す。
今橋3曹は取り出したCATを片手で持ち、検定官の指示を待つ。
「第1課題を実施する。用意……はじめ!」
検定官の号令に今橋3曹は素早く反応する。
今橋3曹はCATを持っていない方の腕にCATを通し、CATの帯を締め、帯と自分の体との間に指が3本入らないか点検し、巻上棒を3回捻り、巻上棒を固定した。
号令がかかってから一連の動作を終えるまで僅か9秒。
検定官はチェックリストに基づき、今橋3曹の行動を評価する。
「ん……よろしい。ではCATを外して次の者と交代」
「はい」
CATを外してポーチに入れなおした今橋3曹は、列の最後尾へ移動していく。
今しがた検定の第1課題を終えた今橋3曹もこれから検定を受ける隊員も、どことなくのんびりとしている。
好意的な表現をすれば、無用な緊張は一切なく、寛いでいる様子だ。
全く緊張感がないわけではない。
検定であることに変わりはないので、必要最低限の規律は維持されてはいる。
さて、この全体の緩い雰囲気、各隊員の緊張度の低さ、その主要因は何かといえば、検定基準にある。
現行の救急法検定の基準は、世界標準の外傷救護訓練をしている第3中隊の面々にとっては温い、実に温いのだ。
第1課題の合格基準である制限時間は60秒である。
「俺のところで15秒以上かかった奴は反省だからな」
「サトケン、ミスるなよー」
「ちょ、腕引っ張らないでくださいよ、東野2曹」
検定官の一人、貝沢曹長が軽い調子で隊員らを脅せば、悪ふざけする者が出てくる。
とはいえ、その悪ふざけも一瞬で、検定の進行を邪魔することはない。
彼らは彼らの求める水準で出来て当たり前だといわんばかりに、次々と第1課題をこなしていく。
一人一人が速いので、全体の進行も速い。
程なくして、全ての検定官が検定終了を藤井曹長へ報告したところで藤井曹長が次の指示を出す。
「はい、続いて第2課題をやりまーす。次、3列縦隊作れー」
藤井曹長が全体を統制している間に、検定官らは衛生小隊から借りてきた心肺蘇生・人工呼吸訓練用の人形を並べていく。
CATと違って数がないため、今度は3人ずつ行うようだ。
「第2課題、心肺蘇生。各列検定官の統制に従って実施ぃ」
「箱崎士長」
「準備いいか?」
「準備よし」
箱崎士長は負い紐を使って小銃を背中に回し、両手を自由にした状態で検定官と向き合う。
「では第2課題を始める。用意……はじめ!」
検定官の号令とともに、箱崎士長は倒れている人(人形)に駆け寄る。
そして素早く頸部と手首の付け根に手を触れて脈拍を確認するや、すぐさま胸骨圧迫を開始した。
「そこのあなた!AEDを持ってきてください!そっちの人は119番通報をお願いします。通報が終わったら私を手伝ってください!」
胸骨圧迫を続けながら、検定官をその場に居合わせた人と見立てて指示を出す。
一般的な救急現場という場面設定であり、戦闘間という想定ではない。
その場に居合わせた人として声を掛けられた検定官は、AEDを持ってきたり、通報する真似をする。
箱崎士長は胸骨圧迫を30回したところで一度中断し、人工呼吸をする。
「ふぅー……ふぅー……」
傷病者の胸の動きを見ながら人工呼吸を2回、息を吹き込む勢いに注意しながら行う。
人工呼吸を終えたらすぐに胸骨圧迫を再開する。
「こっちへ来てください!いつでも交代できるように準備お願いします!」
箱崎士長は119番通報をした人を自分の傍に呼び、胸骨圧迫を続けながら指示を出す。
「よし。動作やめ」
一連の行動を評価していた検定官は検定終了を箱崎士長に告げる。
「検定を終了する。次の者と交代」
「はい」
心肺蘇生は第1課題よりも1回あたりの時間が長い。
とはいえ、これも特段難しいことではないため、間違いを起こす者はいない。
第1課題よりも時間は要したが、滞りなく全員が検定を終了した。
検定官側が全員の検定記録を整理し、受検者側が整列し直したところで、藤井曹長が指示を出す。
「次は第3課題でーす。同じく3列縦隊作って整列してください」
先程と同様に検定の準備をする検定官らは、今度はいくつか机を衝立代わりに横倒しにし、横倒しにした机、毛布、訓練用の救急品を一式として、3コ組用意する。
隊員らは間隔を空けて並べられたそれらに合わせて3列縦隊を作り、並ぶ。
「では、第3課題、救護の一連動作。事前に示した通り、最後尾の者が傷病者となり、それ以後は受検者を終えたものが傷病者役となるように。受検者を1番として2番目以降は掩護行動の演練を実施ぃ」
「勝本3曹」
「準備いいか?」
「準備よし」
「敵の一般方向については隊舎方向、遮蔽物の高さは現物の通りで設想はなし。了解か?」
「了解」
検定官の前には最初の受検者勝本3曹が立つ。
傷病者役の隊員は衝立となっている机よりも敵方側に倒れている。
それに加えて勝本3曹の後ろには数人の隊員が控え、検定開始を待っている。
勝本3曹の後ろにいる隊員は順番待ちの隊員であり、本来であれば前の者が検定を受けている間は何もすることがない。
「第3課題を実施する。用意……はじめ!」
「ぬあっ!脚を撃たれた!」
検定官が検定開始を告げるや、傷病者役の隊員が右脚を両手で抑えつけてその場にのた打ち回る。
「負傷1、掩護!」
直ちに勝本3曹の後ろにいた隊員が前に出て、遮蔽物を利用しながら反撃の態勢をとる。
「30秒!」
「了解!」
勝本3曹は彼らが勝本3曹と負傷者を掩護している間に負傷者の首元を掴んで遮蔽物の陰に引きずって行く。
「退避完了!」
掩護役の隊員に告げながら、素早く右脚の付け根にターニケットを掛ける。
訓練とはいえ、3フィンガーチェック3タッチをきっちりとする。
ターニケットで大腿部を締められた傷病者役の隊員は少し表情を歪めたが、それも一瞬のことで、痛みを我慢する。
一方勝本3曹の退避を確認した掩護役は、続けて位置取りを変更して、戦闘継続の態勢を取る。
「敵1名撃破!」
「よし、敵の検索にかかる。前へ」
いつの間にかいた敵役の隊員が倒れたのを確認した掩護役は、倒れた敵に向かって歩を進める。
前進する間も、周囲の警戒範囲を分担し、互いを掩護できるようにしながら歩いていく。
日頃のガンハンドリング訓練の成果か、歩きながらでも小銃が不必要にぶれることはない。
倒れた敵の目の前まで来たところで、先任者の指示で周辺警戒、検索役の掩護、検索約に素早く分かれて死体検索を行う。
ところで、通常第3課題は傷病者役と受検者の2人で事足りる。
受検者と傷病者の態勢、負傷部位は何故か必ず大腿部、といった最低限のことは決められているが、その他は「実施部隊の裁量による」とされている。
「裁量」とは聞こえのいい言葉だが、実際のところは現場への丸投げである。
あくまで第3中隊は定められたことを守って検定を行っている。
どうせ大した検定内容ではないのだから少しでも有意義な時間を、と彼らは「実施部隊の裁量による」を逆手に取った。
少しでも実戦的な訓練の一部を検定にしてしまえばいい。
規定事項にどれだけ追加要素を加えても、それは実施部隊の裁量であり、検定基準に反するものではない。
「ターニケットよし」
ターニケットを掛け終わった勝本3曹は続いて服を切る動作をする。
当然のことながら、自分も傷病者も遮蔽物からはみ出さないように伏せるようにしている。
「右大腿部膝付近、貫通銃創。貫通経路は真っ直ぐ」
勝本3曹の行動に応じて検定官は追加で状況を付与する。
勝本3曹は検定官から付与された状況に基づき、包帯による直接圧迫止血を試みる。
創部に包帯を詰め込み、エマージェエンシーバンデージで圧迫を掛ける。
しばらく圧迫した後、包帯による止血が有効かどうか、ターニケットを緩めて評価する。
「包帯による止血は有効」
検定官が更に状況を付与する。
勝本3曹はターニケットを完全に取り外し、別の包帯をもって創部の被覆を行う。
被覆を終えると、勝本3曹はラピッドトラウマサーベイ(全身探索)を行う。
「大腿部の負傷以外に負傷なし」
検定官の状況付与を確認後、毛布を使って傷病者の保温を図る。
毛布を傷病者の上に被せるだけという愚行はしない。
毛布を地面に広げ、その上に傷病者を移動させ、傷病者を毛布で包む。
「保温処置完了!」
「状況終了」
実際には、保温処置の前にもう1つ処置が必要となるが、ここではモノがないため実行できない。
保温まで完了したところで検定官は検定終了を告げる。
検定官の言葉に、勝本3曹、傷病者役の隊員は立ち上がって片づけをする。
戦闘をしていた方の隊員らも動きを止めて、安全点検を行う。
次の者へ交代する行動も手馴れたもので、速やかに検定の準備が整う。
「では次……」
第3課題についても、彼らは淡々とこなしていった。
流石に第3課題を全員が終えるためには時間がかかったが、それでも救護の行動だけを見れば、円滑で洗練されていた。
平均的な自衛官に比べれば、非常に速く正確といっていい。
もっとも、極めて水準の低い自衛官の平均的外傷救護能力と比較したとしても全く意味がないことではあるが。
検定終了後、彼らは営庭から隊舎への移動も戦闘訓練を兼ねて即席の分隊を作って移動していく。
何かをするならば、少しでも訓練になるようにと彼らは創意工夫に智慧を絞っていた。




