第10話(ある日の訓練風景シリーズ)
~ある日の訓練風景4~
朝礼前の空き時間、第3中隊の面々は少し早く集まっていた。
塵も積もれば山となるという格言通り、零細時間も使い方次第で練成時間とすることができる。
とはいえ、朝一番から銃を出してガンハンドリングや射撃予習をするには武器庫を開け、武器を点検するといった銃の出し入れに伴い手間がかかる。
モノを必要とせず、軽易にできることが望ましい。
普通科らしく、引き締まった体型、がっしりとした体型、いずれにせよ太った隊員は一人としていない。
彼らは2人1組を作り、互いに向き合い、真剣な表情でお互いの身体に触れ合う。
その手の女性からすれば眼福な光景であろう。
だが彼らは至って真面目に、動脈の走る位置、あるいは脈拍を触知可能な場所を探り合っている。
血管の位置はそこまで大きな差にはならないものの、若干の個人差は生じる。
普段から部隊内で互いの身体のことを知っておくことは、迅速な救急処置につながるのだ。
「さっき説明した血圧・脈拍を確かめる場所は、必ず確認するように」
貝沢曹長は全体を監督しながら必要に応じて注意喚起をする。
一般的な脈拍触知位置は、総頚動脈(首)、橈骨動脈(手首)や足背動脈(足の甲)である。
よく手首の付け根を触ることがあるが、そこが橈骨動脈の位置である。
しかし、爆発物による損害が増えている昨今の軍事の世界においては、複数の四肢が吹き飛ばされるのが当たり前となっている。
最悪、四肢全てが一気に失われるため、脈拍をとる場所がなくなる。
よって、脈拍を触知できる、即ち最低限の血圧があることを確認できる場所が四肢以外に必要となる。
「そこは橈骨と違ってわかりにくいからな。よく探ってくれ。それが終わったら四肢の止血点も確認すること。力の加減に注意するように」
小隊内で交代を繰り返し、その位置を互いに確かめていく。
止血点も同様に、素早い止血処置に必要となる。
ターニケットを適用可能な場合は限定される。
止血の基本は堅いもの(骨)に血管を押し付けて血管を潰すこと。
ところが、銃弾の破壊力が四肢の付け根にまで及んだ場合、血管を押し付けるべき骨が砕けてしまっているため、血管を押しつぶすことができない。
つまり、そのような場合はターニケットを使うことができない。
よって、ターニケットに頼らない止血技術も必要になってくるのだ。
「階級関係無く、最低限分隊内でお互いの止血点を把握しておくように。目標は小隊内での相互把握だ」
今の訓練は、小隊で分かれて行っている。
小隊は約30人だが、充足率の低い昨今、小隊は20人程度だ。
本来よりも少ない人数であるが、それとて結構な数であるため、継続的な訓練が必要だ。
「よし、動作やめ。小隊ごと朝礼隊形をとれ」
貝沢曹長の指示で隊員らは訓練を止め、並びなおす。
「間稽古終わります」
「うむ」
貝沢曹長は中隊長山沢3佐に敬礼をし、自らも小隊の列に加わる。
「朝礼を実施します。各小隊気をつけ」
「「「気をつけー!」」」
貝沢曹長が列中に戻ってから、運用訓練幹部の深瀬2尉が指示を出す。
それに応じて各小隊長は号令を発する。
「中隊長に敬礼!」
「「「かしらー、右(中)(左)!」」」
部隊は部隊の前に進んだ中隊長に敬礼をする。
指揮官に対しては、「部隊の敬礼」を行う。
小隊長は通常の右手を挙げた「挙手の敬礼」を行い、小隊長以外の隊員は受礼者(中隊長)に注視するように顔を向ける。
「「「なおれー!」」」
中隊長が答礼として挙げた右手を降ろした直後、部隊も敬礼を直る。
「おはようっ!」
「「「ざすっ!」」」
続いて中隊長が朝の挨拶をすれば、隊員もそれに「ざす」と短く応える。
「おはようございます」は長ったらしいので、このように短く言われることが多い。
「さて、中隊検閲が段々と近づいてきているが、一つの結節として、ここで再度私の考えを述べておきたい。半島情勢が緊迫化してきていることは、皆も承知のことと思う」
山沢3佐は中隊員の顔を見回しながらゆっくりと、声量は抑えながらも力強く話しかける。
山沢3佐は中隊員全員に話したいことがあれば、朝礼の場で話す。
仕事終わりの終礼では、一日の疲れもあってあまり頭に入ってこないものだ。
「「百年兵を養うは一日これを用いんがため」という言葉がある。この言葉通り、我々は教育訓練に励んでいるわけだが、その「一日」がやって来る可能性が高い。皆それぞれに危機感を抱いているかとは思うが、我が中隊は「真に戦える部隊」として練成を続けている、と胸を張っていえると私は思う」
今の第3中隊は他の部隊からすれば変わり者だ。
階級関係無く、どんな訓練が必要か話し合い、意見をまとめて訓練内容に反映している。
当然、上級部隊の方針はあるわけで、方針と異なる部分が出てくる。
そこは中隊長が上手くとりなしており、隊員も親分が守ってくれると安心して自分たちがやるべきだと考え抜いた訓練をしている。
「前にも話したが、私はI幹部で、それなりに年もとっておる。出世は望んでおらん。一度限りの中隊長だ。本当に必要なことをして皆が生きて帰って来られるようにしたい。競技会の順位なぞはこだわらん」
陸自では様々な競技会が行われており、競技会の結果は指揮官の人事評価にも繋がる。
競い合い、切磋琢磨することは素晴らしいことではある。
しかし一歩間違えば、競技会に勝つための準備に時間を費やし、本来やるべき教育訓練がないがしろになってしまう。
かつて、「なぜ自衛隊は競技会ばかりしているのか。我々は競技会をやる暇があるならば訓練をする」と疑問を呈した米軍人がいたが、この情勢下でも競技会は各地で続けられている。
「私が上番して以来、外傷救護に取り組んでいるが、それも取り組みの一つだ。小畑や貝沢といった知見を持つ者が揃ったことは、天の采配であろう。小倉はかつて市街地戦闘という新たな道を切り開いた実績がある。何かを与えられるのを待つことなく、各々が何をすべきか日々考え続けて欲しい」
今、中隊は山沢3佐が目指す方向を向いているが、山沢3佐も立ち上がりは苦労した。
人が3人集まれば派閥ができるというように、新しいことを始めようとすると、必ず反対する者がいるものである。
連隊長が臨席する着任式においては、当たり障りの無い着任の辞を述べた。
その後、中隊だけの場において、このような忌憚の無い考えを述べたのだが、その時点では山沢3佐の言葉を疑う隊員が多かった。
しかし、有言実行で教育訓練をしていくと、最初は話半分で聞いていた隊員も、徐々に山沢3佐の真意に耳を傾け始める。
今の訓練に疑問を抱える隊員が一定数おり、訓練に反映できる知見を持つ者もいたことは、山沢3佐にとって僥倖であった。
全体の1割、2割で収まっている事象も、ある一定の割合を超えると一気に全体へ波及する。
こうしていくつかの要素が重なり、第3中隊の改革は現実のものとなったのだ。
「中隊検閲も近いが、検閲のための練成をするつもりはない。問題点を洗い出す一つの機会としてもらいたい」
検閲、部隊の任務遂行能力の評価試験、は部隊にとって重要なものである。
部隊長はもとより、その部隊の評価にもなる。
これも競技会と同様、ともすれば訓練が検閲のための訓練になるという落とし穴が存在する。
「良いかな?では今日も頑張っていこう。運幹」
山沢3佐は程々のところで話を切り上げる。
話が長すぎると、人間聞いているようで聞いてないという状態になる。
30秒を超えると、人は退屈や長さを感じて集中力が低下してしまうという話もあるくらいだ。
そうして、運用訓練幹部の深瀬2尉に交代する。
「はい。では今日の訓練指示をします。本日の訓練は、小銃小隊は戦闘訓練、迫小隊、対戦は午前中小隊訓練、午後は整備です。連隊、駐屯地での行事はありませんので、特別に留意すべきことはありません」
深瀬2尉はやや早口に今日の予定を一通り伝える。
中隊の掲示板には1週間先までの人員の予定が掲示されている。
それも常に更新され続けているため、朝礼の場は確認の意味合いが大きく、急遽の用件があればそれが追加される。
「調整事項があれば逐次お願いします。では区分ごとかかれ」
「「「気をつけー!」」」
深瀬2尉の「かかれ」を合図に各小隊長は敬礼をする。
「戦闘訓練の区分集合……よし、まずはエアガンを出すぞ。その後、装具は各人で準備。中隊廊下に0845集合、質問?」
「「「なし」」」
「うむ、分かれ」
貝沢曹長は手早く指示を出して部隊を解散させる。
敬礼をし合い、それぞれが散っていく。
多くは建物内にすぐ入っていくが、何名かは貝沢曹長の周りに集まってくる。
「貝ちゃん、2つに分かれるんだったよな?」
「ああ、指導部も2つに分かれる。マッツ、大山、遠藤、船橋で1つ。もう片方は俺、谷内、関、東野だ」
松尾曹長に対して貝沢曹長が答える。
「昨日配ったLPを基準にやってくれ。最初は屋内の行動をおさらいして、次に対抗方式、エアガンの弾が当たった場所に応じて外傷を付与だ」
「どこまでやる?」
「TAFXXXまでできればいいが、そこまではまだ無理だと思っている。とりあえずは四肢の銃創だな」
「まっ、そうだろうな。だが、飲み込みの速い連中はどんどん進めていいんだろ?」
「それは勿論だ。それと、研修組にもAARの時間で組ごと考えさせてやってくれ」
「了解」「分かりました」
貝沢曹長と松尾曹長の遣り取りを聞いていた大山曹長、谷内1曹、遠藤2曹、船橋2曹、関2曹、東野2曹が返事をする。
前日に打ち合わせをしていたので、確認は円滑に進む。
「とは言え、救護だけに目が向かないようにな。今日は総合的な訓練だ。受傷しないようにきっちり動けていれば、それはそれで結構だ」
「あいよ」
「じゃあ行こうか」
そうして指導部も隊舎に向かって歩き出す。
「ほれ、体を動かしたいのは分かるが、俺たちは俺たちの仕事をやるぞ」
「わ、分かってますよ……はあ」
「そのため息がなけりゃ合格なんだがな」
ため息をつく田畑3尉を見て深瀬2尉は苦笑する。
今日、田畑3尉は深瀬2尉と一緒に事務仕事である。
事務仕事が立て込んでいるため、田畑3尉はLPを作り、実行は貝沢曹長以下の陸曹が担当だ。
小隊長として隊員と訓練をしたい田畑3尉にとって、計画を作るだけ作って、訓練不参加は残念無念といったところだ。
「俺が教育入校すれば、運幹代行なんてすぐやってくるぞ」
「縁起でもないこと言わないで下さいよ」
「ま、今のところそんな話はないけどな。だが、BOCを終えたんだ。中隊全体を見渡せるようになって損はないぞ」
「それはまあ、そうでしょうけど」
幹部が小隊長として隊員と現場 (最前線)に立てる時間は意外と短い。
小隊長より上の職務に就くようになれば、現場から離れることになる。
昨今の人員不足は小隊長下番早期化に拍車をかけている。
人の多い普通科でもその傾向は見られ、他の職種では尚更である。
それ故、田畑3尉は少しでも隊員たちと一緒に汗を流したいと思っている。
「あちらを立てればこちらが立たず。彼方を祝えば此方の怨み。痛し痒し。人生難しいもんだ」
「深瀬2尉、なんです?急に哲学的なこと言って」
「馬っ鹿、俺はいつでも真面目だ」
「ええ~?」
ことあるごとに「だりい」と口にしてだらける深瀬2尉の言動を日頃から目の当たりにしている田畑3尉は、胡乱な目つきで深瀬を見る。
「ちっとは仏教を齧ったこともあるしな」
「そうなんですか?初めて聞きました」
話しながら自販機の前まで歩いてきた2人は、小銭を取り出す。
駐屯地内の自販機では一般の自販機よりも安く買える。
深瀬2尉は缶コーヒー、田畑3尉はエナジードリンクを選ぶ。
「……それ、美味いか?」
「美味いっすよ?」
怪訝な顔をエナジードリンクに向ける深瀬2尉に、田畑3尉は不思議に思う顔で深瀬の疑問に答える。
「カフェインがコーヒー以上に入ってるから、飲み過ぎには気をつけろよ」
「一日に何本も飲みはしませんから。深瀬2尉こそ何杯もコーヒー飲んでたら同じですよ。それに、缶コーヒーだと砂糖、多いですし」
ちなみに、海外ではエナジードリンクの飲み過ぎ(カフェインの過剰摂取)によって死亡する事案が起きている。
「まあな。さて、段取り休憩は終わりだ。始めるぞ」
「はい」
2人とも缶飲料を手早く飲み干し、移動し始めた。
検閲に向けて、中隊の計画を仕上げなければならない。
「は~、だりい」
いつもの口癖を発する深瀬、それに対し何とも言えない表情を浮かべる田畑、2人の若手幹部は幹部室へと向かっていった。
―――――――――――
中隊廊下に隊員たちが並ぶ。
見れば、隊員らは思い思いの装備を着けている。
チェストリグと呼ばれる、大小のポーチが一体となった前掛け型装具を装着する者が多い。
これは、個人の好みや懐事情に合わせて各々が使いやすいように、と自主裁量に任せた結果であった。
唯一共通している点は、ターニケットポーチを体の正面左右に1つずつ、IFAKポーチを腰の背面に、それぞれ取り付けているくらいである。
チェストリグ風装備の者もいるが、それとてマガジンポーチは私物のフラップタイプか、オープントップのものにしている。
また、アイウェアと呼ばれるサングラス型の眼鏡、あるいはゴーグルを装着している。
日頃から着けた感覚に慣れるために、防護装備は装着するようにしているのだ。
加えてもう一つ、特異な点がある。
今彼らの着ている服は、迷彩服ではない。
ジャージ、ごく普通のカジュアルな衣服、と着ている服は様々であり、中にはサイズの合っていない服を無理やり着ている隊員もいる。
よく見れば、長袖であること、着古した服であること、という共通点があるが、何にせよ通常の訓練ではあり得ない服装である。
隊員たちが集まっている中央には貝沢曹長がいる。
貝沢は周りを見渡して人員が集まったか確かめ、ちらっと時計を見る。
時間は示した時間よりも少しだけ早い。
既に全員集合しているため、時間を無駄にする必要もないか、と口を開く。
「さて、今日は市街地戦闘の場面を用いた総合的な訓練を行う。事前に示してある通り、2つに分かれる。1組は俺、2組は松尾曹長の統制で行う。場所については、2組は現在地、1組は上の階だ。編成と実施順を示したら、直ぐに始めていくからな。回数こなして体に叩き込むのが大事だ。質問?ないな。1組は移動するぞ」
「よし、こっちは早速やるぞ。人員の振り分けについては……」
松尾曹長はすぐに説明を始め、貝沢曹長以下1組は移動していく。
移動する隊員たちは銃口を下に向けて、歩く。
彼らは銃を安全に取り扱うように徹底して躾けられる。
特に、銃口の向きは個々人で管理出来るようにしなければならない。
それは市街地戦でも野戦でも変わらない。
そのため、エアガンであっても実銃同様に扱う。
他人へ不用意に向けるのはもっての他だが、意外と自分の足に銃口を向けてしまうことがあるので、彼らは少し足を開いた独特の歩き方をしている。
「よし、では1組はここでやるぞ。人員の組分けについては……」
移動が終われば、別命なく隊員たちが貝沢曹長の周りに集まる。
貝沢曹長が名前を呼ぶたびに、呼ばれた隊員は列を作っていく。
そして、4人1組が4組出来る。
「最初は1、2組が実施、3組が対抗部隊で4組は研修だ。研修の4組は、赤のマーキングをしてある部屋に入れ。その部屋から顔を出してよく見ておくように。廊下に出過ぎると撃たれるから注意しろよ」
貝沢曹長は、視線を廊下に移しながら解説をする。
釣られて隊員たちがその方向を見れば、いくつかの部屋の入り口には赤いスズランテープが貼り付けてある。
「扉の大きさの関係上、廊下を十分に見られる人数は2人が限界だろうから、研修組は上手く散らばってくれ。では4組は移動してくれ。谷内、3組から2名選んで配置につかせてくれ。1、2組はこっちに来い」
「了解」
貝沢曹長の指示に従って、それぞれが動き出す。
貝沢曹長は1組、2組と一緒に移動する。
関2曹と東野2曹もその後に続く。
「状況、現在のフロアに2名の敵が潜伏している模様。貴官らはその掃討を命じられた2コ組である。状況外については、赤い標示がされている部屋、中央階段より西側、指導部及び研修人員。その他状況付与については、必要に応じて指導部が付与する。質問?」
「「「なし」」」
「では、5分後に状況開始」
貝沢曹長による指示が終わると、8名の隊員は簡単な打ち合わせを始める。
貝沢曹長は全体を見渡せる位置に移動し、関2曹と東野2曹は8名の隊員の傍につく。
上から見ると、訓練地域はL字になっており、中央階段から敵がいるとされた地域へは、曲がり角を通る必要がある。
打ち合わせの終わった8名が1組先頭、2組が後ろにつく形に並び始める。
「準備は良いか?……状況開始!」
貝沢曹長の号令で訓練が始まる。
貝沢曹長の号令とともに、8名の隊員はすぐに銃を構え、前進を始める。
程なくして、曲がり角に到達すると、先頭の隊員は曲がり角に対して距離を保ちつつ、歩幅を小さくして少しずつ曲がった先の視界を広げていく。
カットパイと呼ばれる手法で、曲がり角を慎重に確認していく方法だ。
そして、最も危険な最後の一歩となったところで停止し、後ろの隊員に合図を送る。
2番目の隊員は、先頭の隊員に合図を返し、先頭の隊員はしゃがむ。
そして、お互いにタイミングを計って、一気に身を乗り出す。
2人は別々の方向に銃を向けており、そうすることで自分たちの進行方向全てを撃てるようにしている。
交戦距離の短い環境において、不意に出てくる敵に損耗を出さずに対処することは難しい。
仮に対処できたとしても、最低一人はやられてしまう。
それを極力避けるには、常に敵がいるかもしれない方向に誰かが銃を向けている必要がある。
「クリア」
先頭の隊員が小さく発した声を合図に、先頭の隊員は立ち上がり、8名は曲がり角を曲がって進んでいく。
彼らは壁から一定の距離をおいており、そうした細かい動きからもよく訓練していることが見て取れた。
スズランテープで標示をしていない部屋の手前まで来ると、また先頭の隊員が合図を出して立ち止まる。
先頭の隊員はすぐに扉を点検し、罠がないかを確かめる。
速やかにやることをやったら、後続の隊員に突入の合図を出す。
警戒しているとはいえ、何も掩蔽物のない廊下で立ち止まり続けるのは好ましくないのだ。
タイミングを計って部屋に突入、最初の2人が扉を通過した瞬間、
パン!パン!
廊下の奥から射撃を受ける。
パン!パン!
と同時に、8名の内進行方向を警戒していた隊員もすぐに応戦する。
「3番右脚負傷。歩行困難」
8名に随行していた関2曹がBB弾の命中具合を見て、状況を付与する。
「3番負傷!」
既に部屋に入っていた1番2番の隊員は、部屋の掃討を継続する。
3番の隊員はその場に崩れ落ちるが、4番の隊員が3番を引きずって部屋に入る。
後ろに続く4名の内2名は4番の隊員に続いて部屋に入り、残りの2名は曲がり角まで交代する。
彼らの動きはよどみなく、長となる者があれこれ指示することなく半ば自動的に行われている。
「ターニケットよし!」
「了解!」
2人が負傷者に取り付いている。
部屋に運び込んだと同時にターニケットを右脚の付け根に素早くかける。
そして、ターニケットをかけ終わると、負傷箇所を確認するために服を切り裂く。
訓練でありがちな空動作ではなく、本当に服を切っている。
「ライフル弾による貫通銃創、射入口は膝関節の5cm上、ライフル弾は真っ直ぐ貫通、被害範囲は弾丸直径の30倍」
服を裁断したのを確認し、関2曹が追加の状況を付与する。
救護にあたっている2名は、それに応じて包帯を巻いていく。
救護にあたる隊員以外はというと、敵が撃って来た方向を警戒しており、いつでも自分たちが前進できるような態勢をとっていた。
包帯を巻き終えた隊員は、流れるような動作で全身を確認していく。
「頭部外傷なし。頸部外傷なし。胸部外傷なし。腹部外傷なし。呼吸数、正常。血圧やや低い。若干の冷感湿潤……」
観察を行う隊員の動作に合わせて、関2曹は傷病者の状態について淡々と状況を付与する。
「包帯による止血は有効」
関2曹の状況付与によって包帯が効いているとわかった隊員は、止血帯を緩める。
体の中心を走る動脈からの出血を止めるためには、締め上げる力は相当なものであり、止血帯による緊縛は激しい痛みをもたらす。
包帯に切り替えられるのならば、それに越したことはないのだ。
「処置完了!」
右脚の固定まで終わった隊員は救護処置が終わったことを告げる。
『廊下抑えているか?』
部屋に入っている隊員の内の一人が無線機で曲がり角まで後退した隊員に問いかける。
『OKだ』
『では負傷者を下げ、4人で前進を継続する』
『了解』
手早く無線でやり取りをし、態勢を整える。
曲がり角に後退した2名の掩護下に負傷者を1名が運び、残りの4名は廊下に出て前進を再開した。
装備を身に着けた成人男性はかなり重いが、そこは普通科隊員、難なくやってのける。
曲がり角まで負傷者を引きずるように運んできた隊員はすぐさま無線を手にする。
「00、01」
「送れ」
実際には電波を発しておらず、傍にいる東野2曹が口頭で応答する。
「1名右大腿部負傷、包帯による止血成功」
「了解、収容地点については……」
肉声でのやりとりではあるが、無線で通話しているものとして、2人は会話を続ける。
廊下に出た4人はというと、次々と部屋を掃討していく。
パン!パン!
途中、また敵が顔を出すが、予め警戒していた隊員はすぐに反応して射撃をする。
「敵1名ダウン!」
先頭で素早く射撃をした隊員が周知のため声を発するが、彼らは動きを止めることはない。
その一方で、傷病者の状況も続いている。
「呼吸数増加、橈骨動脈弱く速い、チアノーゼ顕在化」
継続的に傷病者を観察していた隊員は、東野2曹から容態の変化を告げられる。
その変化に応じて、速やかに処置をしていく。
「状況終了!」
全ての部屋を掃討し終えたところで貝沢曹長が状況終了を告げる。
「全員中央に集合!」
続けて集合の指示に従って全員が移動する。
「よし、では今の状況を振り返るぞ。1組2組は俺の下で、3組は関、4組は東野が担当する」
それぞれに分かれて、一連の行動を振り返り、問題点を洗い出してどう改善すべきかを話し合っていく。
今回当事者でなかった3組、4組についても、自分たちのこととして考えを巡らせる。
指導部は、個人的な非難に陥ったり、見落とした問題点があったりした場合には介入するが、基本的にはなるべく口を出さない。
当事者があれこれ考えて答えを出すことが重要であり、悩んで導き出したものは定着度合いが高い。
「よし、止め。全体で集約するぞ」
そして、分かれて話し合ったことを全体で共有する。
加えて、全員が認識すべき重要なことがあれば指導部からその場で補足説明がなされる。
練磨無限
訓練に目標はあっても、際限はない。




