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第6話(ある日の訓練風景シリーズ)

第4話よりも更に踏み込んだ内容でわかりにくいかもしれませんが、これがないと本物の第一線救護を描く土台がなくなりますのでお付き合いください。

「他国の軍隊」、「外国」等と海外を引き合いに出す場合の「外国」とは、軍における戦傷医療、大量傷病者発生事態に対応する国内の救急医療体制、国民への救急処置技術の教育・普及が進められている国を指します。


~ある日の訓練風景2~


今日の訓練は、小隊待機室での座学が中心となっている。

第一線救護は救急処置の手技だけ覚えればいいというものではない。

いくら止血の技術に優れていようと、それをどのように使うべきか判断できなければ意味がない。

同時に、傷病者がどういう状態にあって、何が必要なのかを見抜く能力も必要になってくる。


「いいか、戦場においては傷病者に必要なことを最速で実行する必要がある。時間と死亡率の目安を思い出してくれ。銃創の場合はどうだ?」

「1分で50%、もって3分です」


 貝沢の問いかけに柳士長が答える。


「その通りだな。戦闘外傷の救護は1秒を争う。任務、戦闘は継続しなければならない一方で、戦場の混乱と緊張は人間の能力を低下させる。普段の6割ができて御の字、8割できれば素晴らしいといっていいくらいだ。そのような状況でも救護においてやるべきことを忘れないよう端的にまとめたものが、Call-A-CABN-Go-Hotだ」


 貝沢は大きくCall-A-CABN-Go-Hotとホワイトボードに書き起こし、それぞれの意味を解説していく。


「まずは負傷者が発生したことを周囲に知らせないといけない。誰もが戦うことに集中しているし、銃声やら爆発音が煩いがために負傷者発生に気付きにくい。これがCallだな。次にAは脅威の排除。危険が排除されない限りは救護したくてもできないのはわかるな。そして最初に確認すべき傷病者の状態がCABN。Circulation(循環)、Airway(気道)、Breathing(呼吸)、Nervous system(神経系統)の4つだ。Goは搬送・後送、あるいはより高度な医療処置段階への移行で、Hotは保温だ。低体温の予防も重要だぞ」


 貝沢は若い陸士隊員を意識して、隊員たちの反応を見ながら、ゆっくり丁寧に話していく。

包帯、ターニケット、その他各種救急品の使い方であれば、体で覚える実技が主体となる。

戦闘行動における救護を適切にできるようになるには、それらに加えて知識も必要となる。

その知識は医学的な話も含まれており、理解が難しいこともある。

自分たちに必要なことだと理解できてはいても、やはりとっつきにくいことに変わりはない。

しかし、救命率を高めるためには不可欠なことであり、他国の軍隊ではこれくらいやっているのである。

第一線救護の検定技能が心配蘇生法と止血帯(それも不十分な)しかないのは自衛隊くらいだろう。


「わからなかったらすぐに質問してくれよ?これまでの道具の扱いは基礎、今やっていることが身について初めて戦闘間の救護が可能になるからな。戦闘外傷においては、体内の循環が保てなくなることが大きな問題となる。よって、Circulation、循環を確認して、問題があればそれを排除しなければならない」


 循環について解説すべく貝沢は更に筆を進めつつ話を続ける。


「循環と言っても、いくつか視点が必要になるから注意するように。例を挙げながら話していこう。脚を撃たれたらどうだ?大量の出血と血管の損傷、つまり循環血液量と血管の問題になるな。緊張性気胸の場合はというと、胸腔内に空気が溜まったことで心臓の機能に支障が出てくるので、心臓のポンプ機能の問題となる。血液分布異常性ショック、ウォームショックと呼ばれるショック症状の場合は循環血液量の問題ということになる」

「曹長、ウォームショックってなんですか?」

「ああ、ショックについては今の話と関係が深いので、この後きっちりとやっていく。ここではその説明を待ってくれ。意思表示がはっきりできることはいいことだ、九重」


 わからないことをすぐにわからないと言えた九重1士を貝沢が褒める。

日本人の引っ込み思案な性格的傾向は戦場において好ましいものではない。

報告すべきことが報告されないといったことは、任務の達成に関わることすらあるのだ。

貝沢は少しでも分かりやすいよう、人体図を描きながら説明を続ける。


「気道と呼吸はわかりやすいな。気道確保については顎先を押して行う気道確保はもう知っていると思うが、首、頚椎の損傷が疑われる場合は下顎挙上法かがくきょじょうほうを使う。欣哉、来い」


 例によって、展示要員として佐藤3曹が前に呼ばれる。


「このように首を後ろに反らさずに、下の顎だけを上に持ち上げる。頚椎、神経損傷の有無はここが動くかどうかを確認するように」


 貝沢は佐藤の体を使って説明をする。

貝沢はなるべく視覚に訴えることを追求して教える。

具体的なイメージがないと、人間なかなか覚えられないものだ。


「搬送と保温は以前実技でやった通りだ。さて、このCall-A-CABN-Go-Hotと関連付けて、戦場における6大損傷と死の徴候についてやっていくぞ。欣哉は元に戻ってくれ」


 佐藤を下げさせた貝沢は、続いて説明することを、整理しやすいよう表の形にまとめる。


「我々第一線の隊員で対応すべき、見抜けなくてはならない致命的戦闘外傷は、心タンポナーデ、気道閉塞、フレイルチェスト、開放性気胸、緊張性気胸、大量血胸の6つだ。止血技術はこれまでやってきたな。気胸への処置にあたって、チェストシールの注意事項はなんだった?」

「チェストシールのキャップを必ず外すことです」

「うむ、よろしい。その通りだ、柳」


 貝沢の確認を取るための問いに柳士長が素早く答える。

気胸に対処する救急品であるチェストシール、大きな粘着シート、を陸上自衛隊は調達した。

しかし、このチェストシールにも問題がある。

胸腔に溜まった空気を排出するバルブを覆っているキャップを取り外さなければ、脱気バルブは機能しない。

キャップを外し忘れるという事案が発生して改良がされたにも関わらず、なぜか古いモデルを調達したのである。

そして、前述のように、救急法検定で保証されている技能は、心配蘇生法と限定的な止血帯の使用である。

保護キャップを外すという、たったそれだけのことですら、貝沢のように教えられる者が隊内にどれだけいることか。


「さて、気胸と関連性があるフレイルチェストに触れていこう。フレイルチェストがどういう外傷か、どう処置するかは実技を交えてやっていこう。欣哉と包帯、前へ」


 関が佐藤に包帯を持たせ、包帯を持った佐藤が前に出てくる。

そして、先ほどと同様に佐藤の体を使ってフレイルチェストを説明した貝沢は、そのまま処置のやり方を展示する。

途中、佐藤が「ぐえっ」と苦しい声を出すものの、容赦なく包帯を巻いていく。


「処置のやり方はこうだ。骨が折れているフレイル部分から包帯がずれないようにすること。最後に、防弾チョッキをこれに活用することもできる。やり方は……こうだな。質問はあるか?では2人1組で実施」


 教育訓練は座学と実習を交えて繰り返される。

知識として頭で理解しただけでは不十分、実際に行動できて初めて「使える」ものになるのだ。


「よし、止め。フレイルチェストについてはこんなところだ。さて、気胸と関連性があるといったが、もし胸部を撃ち抜かれたとしたら……どうなる?」

「即死でなければ、気胸が発生します」

「大石、銃創の景況を思い出してくれ。単純な気胸になるかな?」


 大石1士が答えると、貝沢はさらに質問を重ねる。


「……ならない、ですか?」

「Yes or Noでいえばそれが正解だが、理由まで分かるか?」

「えっと……」

「銃創では、射出口側に弾丸直径以上の穴が開く。つまり?」

「……あ、骨もなくなる?」

「その通り。射出口側の骨が損傷して、フレイルチェストと同じ状態になるわけだ。よって、フレイルと気胸両方へ対処しなければならない。チェストシールを貼って、さっきやった処置をやるわけだな。そして、もしも緊張性気胸が疑われる場合は、この前教えた通りだ。覚えているか?」

「「「はい」」」

「あと、緊張性気胸への処置が効かなかった場合は、大量血胸だ。残念ながら、第一線では救いようがない。心タンポナーデと同様、胸腔穿刺が必要となるため、速やかに搬送する。いいか、やるべきことを確実にやれば助けることができるんだ。中にはどうせ胸部を撃たれたら死ぬ、なんて無責任発言をするお偉いさんもいるらしいがな」


 緊張性気胸が発生した場合の胸腔減圧(脱気)も、装備と処置技術が進歩している。

「第一線における適確な救命に関する検討会」では、針を用いた脱気が必要であり、そのための特製の脱気針が必要だとされている。

しかし、現場レベルでは必ずしも必要ではなく、むしろ特製の脱気針による身体正面からの脱気方法は成功率が低いことが判明してきた。

脱気の穿刺方法も、今は身体正面からの方法が別の方法に変わっている。

よって、今はその特製の脱気針が売れなくなっているのだ。

このような世界の趨勢を正しく把握していれば、特製の脱気針は必要ないことが分かるはずである。

この件についても、チェストシールと同様の「調達のおかしさ」が見え隠れする。


「気道閉塞についてだが、一般隊員レベルでは経鼻エアウェイの使用、回復体位、顎先挙上法または下顎挙上法くらいだ。気管挿管はメディック以上でないとできん。気道閉塞が疑われる場合は、経鼻エアウェイの使用をためらわないことだな」

「経鼻エアウェイの使うタイミングはいつですか?」

「傷病者の意識があるうちだ。意識レベルが低下して舌根沈下を起こすと、エアウェイを挿入できなくなる。まあ舌根沈下を起こしたとしても、舌を手で引っ張り上げることでエアウェイを入れる隙間を作ることはできるぞ」

「わかりました」


 質問があれば、貝沢は簡潔に答える。

余計に話しを盛っても理解が追いつかなくなったり、話の方向性がずれてしまうだけだ。

順を追って、あるいは質問があればその都度教育すればいい。


「では最後に心タンポナーデだな。心臓ってのは、筋肉の塊だということは知っているな。心臓は、心膜と呼ばれる2枚の薄い膜で覆われており、心膜と心膜の間には心嚢液しんのうえきという液体が存在し、機械の潤滑油のように心臓の拍動を円滑にしている。何らかの原因で心嚢液が大量に、あるいは急速に増加して貯留してしまったため、心臓のポンプ機能に支障が出ること、これが心タンポナーデだ。心臓に大きな衝撃が加わった場合に発生する可能性がある。さて、戦闘行動中、心タンポナーデの可能性を疑うのはどういった場面か分かる者はいるか?」

「心臓の真上に弾が当たった時です」

「防弾チョッキを着ていて、だな。防弾プレートに弾が当たった位置が心臓の真上だった場合だ。ちなみに、防弾プレートの端側に当たった場合はフレイルチェストを起こす可能性がある。ああ、爆発に遭遇したときもそうだが、防弾プレートで弾を止めた場合は、目の観察も忘れないこと。プレートが砕けて、その破片が目に入る場合もある」


 防弾プレートを使っていても、死ぬときは死ぬ。

防弾プレートは死ぬ確率を14分の1に減らすだけである。

防弾装備への過信、あるいは防弾チョッキを着ていれば胸部・腹部を負傷しないといった誤った認識を持っていては危うい。


「よし。ではここで一旦休憩とする。15分後に再開するから、一度頭を休めてくれ」


 小難しい話が続いたことによる疲労は思ったよりもある。

それぞれ用を足したり、自販機で飲み物を買ったりと思い思いに休憩時間を過ごす。

貝沢はというと、その間に次の準備を進める。

何しろ若い隊員には初めてのことばかりだ。

覚えるべきことも多い。

教える内容を如何に整理してわかりやすく説明するか、教える側の腕の見せ所である。


 15分後、全員が戻ってきたところで再開する。


「さっきの補足で、第一線救護で救うべき優先順序はLLEだ。Life(生命)、Limb(四肢)、Eyesight(視力)の順に最大限救うことだ。分かりやすいのは四肢だな。例えば、膝関節が残れば同じ義足でも走れるか走れないかの大きな違いが出てくるということだ。では、次に6つの徴候について説明していくぞ。これは、命の危険が差し迫っている徴候のことで、ショック4種類、心停止、頭部外傷の6つだ。」


 先ほどと同様、貝沢は表にまとめつつ解説をする。


「ショック4種類は、循環血液量減少性ショック、血液分布異常性ショック、機械性・閉塞性ショック、心原性ショックだ。脈拍、心臓の状態、循環血液量、血管の状態により判別する。ああ、この表を書き写さなくていいぞ。後で配布するから、話を聞いてくれ。ショックがどんな状態かというと、身体に酸素、水分、栄養分が適切に供給されないことで、臓器が機能しなくなる状態だ。この状態が続くと、生命維持に重要な臓器の細胞が永続的な障害を受けて、後遺症や死亡に繋がる。特に、脳細胞は一度損傷すると元に戻らないから、努めて損傷を避けなければならない」


 若年隊員の表情を見て、貝沢はまずは説明に集中させる。

この話は難しいため、ゆっくり、確実に説明して理解してもらわないといけない。


「循環血液量減少性ショックは比較的理解しやすいな?銃創などで血管が破損して体外に大量の出血があった場合、起き得る。この場合、破損している血管、循環血液量の問題だな。ウォームショックとも呼ばれる血液分布異常性ショックは、戦闘外傷において神経が損傷すると発生する。神経が損傷すると、末端の必要以上に血管が拡張する。末端部へ血液が引っ張られることで、体幹部の循環血液量が相対的に減る。よって、循環血液量の問題だ。機械性・閉塞性ショックは、戦闘外傷において心タンポナーデ、緊張性気胸を原因として発生し得る。心臓そのものには問題がないが、血管が破損することで結果として心臓のポンプ機能を阻害するわけだ」


 貝沢は、表と合わせて人体図も用いて注意深く説明する。

これらを頭でしっかりと理解してもらわないと先へ進めないのだ。


「心原性ショックは心室頻脈、心筋挫傷といった、心臓のポンプ機能に問題がある場合だ。防弾プレートの心臓直上に命中した場合、こちらが起きる場合もある」

「心室頻脈って何ですか?」

「心臓に強い衝撃を受けたとかで、心臓が正しく鼓動しない状態だ。4つの心室が正常に脈を刻まずに、空打ちしている状態ともいえる。医療の世界ではVTといわれている。これと関連して、VF、心室細動という症状がある。こちらの場合は、心臓が細かく震えている状態で、足がつったようなもんだな。これもVTと同じく心臓が正しく鼓動していない状態だ。分かるか?」

「わかりました」

「少し脇道に逸れるが、VFとVTにはAEDが使える。AEDは、日本語では自動体外式除細動器、細動を取り除くということだ。日常生活で倒れた人に遭遇して、疑わしいと思ったら心肺蘇生法とAED使用をためらうな。VF・VTにおいては、「死戦期呼吸」と呼ばれる不規則で異常な呼吸を伴う。これを「呼吸をしている」と勘違いして放っておくと、死なせてしまう。AEDがあれば確実だ。機械が診断してくれる。VF・VTや何らかの病気で心肺停止になったら、3分で50%が死亡する」


 倒れた人には積極的に手を差し伸べなければ助けることができない。

胸骨圧迫(心臓マッサージ)だけでも市民に普及を図る、PUSHプロジェクトという取り組みも存在する。


「話を元に戻そう。心停止と頭部外傷は、文字通りだな。心停止は心臓のポンプ機能の問題、頭部外傷は心臓には問題ないが、頭蓋内の出血を考慮する必要がある。この6つについて、まとめた表がこれになるが、それぞれの違いをよく見て理解してくれ。ちょっと一息入れようか」


 貝沢は全員を立たせて背伸びをさせる。

ずっと座りっぱなしでは体に悪いし、難しい話と合わせることで眠気も襲ってくる。

座学と実習を程よく組み合わせることは効果的である。

簡単な体操をしてから、貝沢は再度座るよう指示する。


「さて、今日は最後にファーストレスポンダーについて話をしよう。大量出血を伴う傷病者が大量に発生する事態に対し、対処する責務を有する者をファーストレスポンダーという。日本では「一定頻度者」と翻訳されている。これがどういう意味かというと、「業務の内容や活動領域の特性上、一定の頻度で外傷傷病者に遭遇する者、心停止者に対して応急の対応をすることが期待・想定される者」という意味だ。海外ではファーストレスポンダーとは即ち公務員を指す。国民の生命を守るという国家の責務を執行する立場にあるのだから、まさにその通りだな。当然、法整備もしっかりしている。だが、日本はそうじゃない」


 戦争、テロ、大規模災害といった、大量の傷病者が一度に発生し、平時の医療体制が破綻する事態において、ファーストレスポンダーが果たす役割は極めて大きい。

戦争・テロではなく自然災害であっても、大量の傷病者が発生した場合、すぐに治療を受けられるとは限らない。

病院に辿り着く前に命を失われてしまう事態が起きる。

ファーストレスポンダーが現場において救急処置を行うことで、救急隊に引継ぎ、そして病院まで命を繋ぐことができるのだ。

また、これにより医師は、医師にしかできない「治療」に集中することができる。

(医師以外の者が行う処置は「手当て」であり、怪我が決定的に治る「治療」ではない)

ところが、厚労省通達等の中では明確な規定は無く、「一般的に一定頻度者と見なされる」という曖昧な状態となっている。

一定頻度者として責任を有する人が誰なのか厳密に定められていない。

定められていないから教育が徹底されていない。

教育が徹底されていないから補償もない。

一定頻度者が傷病者に救護の手を差し伸べて、もし何か不利益を被っても個人の責任にされてしまう恐れすらある。

ファーストレスポンダーの訳語に「一定頻度者」という言葉を充てたことにもこの曖昧さがよく表れている。

英語のファーストレスポンダーを直訳的に約せば「最初に対応する(すべき)者」、責務があるということが読み取れる言葉となっている。

米国では更に一歩進めて、By standerである市民も救急処置ができるようにするという国策を推進している。

止血帯を例にすると、中途半端な締め付けは出血を助長させてしまうため、一般市民は止血帯を使うなと医師が反対するのが日本、それならば正しく扱えるようにすればいいと教育し普及するのが米国、という差がある。


救急救命に関する日本国民の意識は―国として教育をしていないことが大きな要因であるが―低いのが現状だ。

救急隊が任務と任務の間に飲み食いすれば、役場や消防署等に「問い合わせ」が来る。(逆に、米国や英国では救急隊にコーヒーの差し入れがあったりする)

傷病者を目にして心無い言葉を発し、傷病者の容態を悪化させてしまうこともあれば、救命の為に手を差し出すのではなく携帯電話で現場の写真を撮ることもある。

はたまた、救急隊が要救助者から「助けてもらいありがとうございました。ところで、服の弁償はして頂けるのですか」と言われて、自隊のお金でなんとかした、という笑えない話もある。


更には、救急医療先進国においては、「よきサマリア人の法」と言われる、善意の下に行われた救急処置については無条件で罪に問わないという法整備もされている。

救護を受けた人が訴えを起こすにしても、救急処置をした側に立証責任はなく、救急処置を受けた側に立証責任がある。

日本ではそのような法整備はされていないので、「救急処置をする側」に立証責任がある。

よって、救護の心得がある人であっても、この法律の不備を知れば、手を差し伸べることを躊躇ってしまう。

平時は犯罪が少なく概ね平穏であるが、大量の傷病者が発生する事態においては最大多数の最大限救命を達成できない国が日本といえる。


「国民の命を守らなければならない一方で、このことについて自衛隊、国がケツを持ってくれない恐れがある。だが、俺たちに国民へ救護の手を差し伸べないという選択肢はない。隊員相互だろうが国民に対してだろうが、失敗は許されない。個人の責任にされてしまうかもしれないくそったれな現状において、お前達の社会的生命を守るためでもある。しっかり身につけてくれ」

『はいっ!』

「よし、では今日はこれで終了だ。撤収かかれ」


 有事医療の考え方の一つにSABACAというものがある。

Self Aid、Buddy Aid、Civilian Aidの略で、戦闘に巻き込まれた市民に対する医療の提供もまた軍隊にとって必要なことなのだ。

第一線救護の練成もそれなりの労力と時間を要する。

しかしながら、これとて戦闘行動に必要な知識・技能の一部に過ぎない。

「戦う」とは実に難儀なことなのである。

補足説明

大量傷病者発生事態対応先進国においては、戦争・テロも大規模自然災害も等しく「災害」と捉えます。

大量の傷病者が一度に発生すると言う現象だけを見れば、人災も天災も同じなわけです。

このうち、害意を持った人間による災害が一番厄介です。

人災→時間の経過とともにエスカレートする、あるいは規模・頻度が不規則に変化する

天災→時間の経過とともに収束する

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