第5話
部屋内に重苦しい雰囲気が立ち込める。
誰もが何を話し始めたら良いものか考えあぐねている。
このままでは時間を徒に浪費してしまうと思った第3中隊長、山沢3佐が声を上げる。
「皆さん、中隊はどれくらい無事ですかね?うちはまだ掌握中ですが、今のところ7割くらいかというところです」
普通であれば、所属人員は全員居て当たり前、「どれくらい」などとは言わない。
「本管は8割くらいです」
「1中は6割といったところです」
「重迫は約7割ですね」
本部管理中隊長の武田1尉、第1中隊長の南部3佐、重迫撃砲中隊長の佐竹1尉がそれぞれ答える。
「業務隊はどうですか?」
「業務隊は狙われとらんからな。犠牲は若干名で済んでいる」
中隊長の集合に合わせて来てもらった業務隊長が答える。
「各中隊掌握をし直している事と思います。では、駐屯地としてやるべきことの認識統一を図って、速やかに取り掛かりましょう」
「山沢さん、まずは上級部隊に確認するのが順当なのでは?」
山沢が司会として取り仕切ろうかというところで、南部が疑問を呈する。
南部は「あえて」ここで指揮系統に基づくべきという正論を持ち出した。
「1中隊長、襲撃されたのはここだけではないでしょう。最悪、全国的に同様の混乱が起きているものと思われます。業務隊長、外部への通信はどうですか?」
「師団司令部に連絡を取ろうとしたが、通じんかったよ」
「一般電話回線もうまく繋がりませんね」
業務隊長が答えると、武田1尉が一言付け足す。
「先立って、うちの一部を弾薬確保のため弾薬支処へ向かわせています」
「手が早いですね。山沢さん、どこまで見積もっています?」
「半島が動き出したと見ています。このままいけば、対馬と北九州の一部が占拠されるのでは、と」
「「「……」」」
山沢の言葉に、各々が自分の考えと照らし合わせて、しばし黙考する。
「当面、戦える態勢を整備するのが急務と思っています」
「それは、まあそうだな」
「先ほども言った通り、やるべきことをとりあえず羅列していきましょう。役割分担はその後です」
「弾薬支処へ向かったのは何両ですか?」
「うちの大型3両です、重迫中隊長」
「では、急ぎうちも弾薬受領に行かないとならんですね。重迫の弾は積みきれんでしょう」
「ええ。すいませんが、小弾(小火器用弾薬)と対戦車火器を優先するよう指示しましたので、迫の弾までは手が回らないかと」
「では、1中からも車両を出しましょう。うちは大弾(対戦車火器、迫撃砲弾)を優先でいいですか?」
「それでお願いします。業務隊長、駐屯地にある弾薬を全部出して下さい。3中は先に行きましたが、次はしっかり自衛用の弾を十分持たせたいので」
「了解。あ、藤井曹長、内線を取ってくれ」
業務隊長は横で控えている訓練准尉の藤井曹長に内線電話を取ってもらうと、弾薬を扱う部署に指示を出し始める。
山沢は各中隊長から挙がる意見を箇条書きで並べていく。
そして、優先順位の高いものは、赤ペンで印をつける。
「あと急ぐべきは……遺体の扱いですね」
南部3佐が渋い顔を浮かべながら言う。
「米軍のように防腐剤入りの遺体袋なんて整備しちゃいませんからね。本管にもないですよ」
「この暑さですから、腐敗も早いでしょうね」
南部3佐に続いて武田1尉、佐竹1尉も顔を顰める。
「遺体の収容は業務隊にお願いしたいところです」
「いや、しかしそれは。自隊じゃできんのか?」
「隊舎の入り口に集積するまではやりますが、それ以後の搬出までは手が回りません。何せ戦闘準備が優先されますので」
「う、うーむ……」
いつもの調子で「集積」「搬出」と遺体をモノ扱いするかのような言葉を使ってしまうが、誰も咎めはしない。
平時における少数の殉職者発生であれば、注意の一つでも誰かがするのだろうが、これだけ多くの死者が出た事態はないのだし、今の状況をなんとか処理しようと誰もが必死なのだ。
皆一様に頭を悩ませているところで、小銃小隊長の1人、田畑3尉が部屋に入ってきた。
「中隊長!」
「ん?田畑、どうした?」
「あ、朝日放送を見てください」
「朝日放送?」
田畑3尉の若干慌てた様子を見て、すぐにテレビをつけてチャンネルを変える。
テレビの画面には、バラクラバを被った男と福岡県知事が映っていた。
「これはっ!?」
<……我々は遂に失われた土地を取り戻すべく決起した。古来偉大なる我が祖先が日本において得たものの、日帝の強権により奪われた安住の地である。このように少々手荒な行動に出たことを許してもらいたい。だが、安心して欲しい。我々は対立を望まない。知事と逐次協議を行い、平和的な共存を目指すことをここに約束する……>
<県民の皆さん、一先ずご安心ください。これから県と彼らとで協議の場を設けて、この問題に取り組んでいきます。また、不用意な衝突を避けるよう……>
福岡県知事の表情は強張り、血の気が引いている。
無理もない。
この様子では、画面の外に銃を持った連中が控えているのだろう。
「田畑、ありがとう」
「いえ、引き続き準備を続けます」
「頼んだ。……決まりですな」
最早事態は明らか、と山沢3佐は確認を取るように各中隊長の顔を窺う。
「ですね。山沢さん、編成は1中と2中、3中と4中の集成編成を基本、でよろしいですか?微調整はある程度固まってからにしましょう」
「異議ありません。常々考えていたことも実行しようかと」
「協力してくれる病院があればいいですね」
「そうですね。重迫中隊長、そちらも再編成をお願いします」
「わ、わかりました」
「本管はまず、情報小隊を周辺地域の偵察に向かわせます」
「お願いします。ゲリコマの襲撃には十分気をつけてください」
「ええ。内線借ります」
いち早く反応した南部3佐と山沢3佐の調整を皮切りに、話が進み出す。
山沢3佐以外の中隊長は調整をしつつ、決まったことを内線で自分の中隊に指示していく。
中隊長が不在の第2中隊と第4中隊には、山沢3佐と南部3佐の話を受け、第1中隊の隊員が第2中隊へ、第3中隊の隊員が第4中隊へ、それぞれ指示を伝達しに行っている。
山沢3佐はといえば、ここが自分の中隊であるため、運用訓練幹部深瀬2尉と先任上級曹長赤塚准尉を呼び、所要の指示を出していく。
「業務隊長、とりあえず、遺体の安置と火葬の手配をお願いします。こちらはすぐにでも出動できる態勢を目指します」
「あ、ああ、わかった」
「家族対応も大変ですね。とりあえず官舎地域に……そうですね、通信の隊員で説明に行かせましょう」
「助かります」
調整の速度が俄かに上昇する。
上級部隊と連絡が取れない以上、自分たちでなんとかするしかない。
演習と違って、住民はごく普通に生活しているため、攻勢作戦をするにあたっては、警察、消防と連携した治安維持が大きな枷となる。
国内において、敵を排除するためとはいえ、好き勝手破壊するわけにはいかないし、国民保護にも隊力は割かれる。
だいたい、「作戦地域の住民の避難は完了している」という演習の想定は現実的ではない。
現実的ではないのだが、それが慣例的な設定となっており、住民混在下での作戦行動を訓練してきたことはほぼない。
しかし、相手はこちらの準備不足を待ってくれない。
正真正銘、これは実戦である。
小倉駐屯地は、死者を弔う暇もなく態勢の整備に追われるのであった。




